第26話 エリザベスの過去

 ――アンヴィエッタはエリザベスを連れ自室へと入ると、ソファーへ座ることを手で指示しコーヒーを淹れるため湯を沸かし始める。




 その場でキッチン台に寄りかかりエリザベスへと向き直ると、また煙管を口へと運ぶ。




 ソファーに静かに座っている彼女を物理的に上から目線で眺める。エリザベスも自分が観察するように見られていることはわかっているが眼を合わそうとせず、まっすぐただ正面を見つめていた。視線の先には大きめな窓があった。距離がある講義棟の屋根や、演習場に関しては全体が見える。アンヴィエッタはどうやらここから先程の騒ぎに気付いたみたいだ。いくら使用許可願いが提出されていたとはいえ、使用日だけで時刻までは記載する必要がない。事前に待っていることはいくら彼女が優秀でもできるわけがない。




 結局湯が沸く3分ほどの間、2人は言葉を交わすことも視線を合わせることもただの1度もなかった。室内では時計の秒針音と、ケトルの音、それとアンヴィエッタが煙管を吹かす音だけが静かにリズムを刻んでいた。




 予めインスタントコーヒーを入れておいたマグカップに湯を入れると、煙管をくわえて2人分のコーヒーを手にソファーへと向かう。1つをエリザベスの前にあるテーブルに置き、彼女自身は正面に向かい合うように配置されているソファーには座らず通りすぎ、ベッド横に位置する机の椅子へと腰掛け煙管をひと吹かし。そして煙管を机に置くと椅子を反転させ、ここで初めてこの部屋へ来て言葉を発した。




「冷める前に君も飲んだらどうだね?」




 アンヴィエッタが飲むのを横目に確認すると、エリザベスも一口口をつけると、それでもう終わりなのか両手でマグカップを包むように持ち自身の腿へと置く。




「寮長、私、早くお風呂に入りたいのですが」




「そう急くこともないだろう。私の淹れたコーヒーはお口にあわなかったかね? エリザベス・スカーレット。いや――〈暴虐の姫〉」




「ッ!」




 自身の嫌っている二つ名を呼ばれ、反射的にアンヴィエッタを睨む。




「冗談だ、そんな怖い顔をするなよ。折角の綺麗な顔が台無しだぞ?」




「冗談には聞こえなかったです。私がその名を嫌っていることくらい知ってますよね? いい加減その探るような言動を止めてもらって、本題に入ってくれませんか?」




「はぁー……うちの姫さんは随分とせっかちなようだ」




 アンヴィエッタはわざとらしく溜め息を吐くと、コーヒーをもう一口飲んだ。




「いいかげんに――」




「――いいだろう」




 痺れを切らしたエリザベスが今にも立ち上がりそうになったところでアンヴィエッタは話を切り出した。




「率直に言おう。スカーレット、貴様は一体なにを考えている。なにを企んでいる。なにが目的であの子に――アルヴィス・レインズワースに近づく」




「ッ!? 私はなにも企んでなんて――」




「領土を! ――」




「――!?」




「取り戻すために利用するためなんじゃないのかね? ――〈暴虐の姫〉、この名前、たしかこの学院に入る前からついていたな? 由来はたしか……あー、そうだ。国を滅ぼしてしまった姫だから、だったな?」




「…………」




 アンヴィエッタにこの学院に来て以来誰にも話したことが無い過去を話され、エリザベスは俯いてしまう。




「公爵の位を持つ父を持ちそのただ1人の子、エリザベス・スカーレット。君は正真正銘のお姫様だ。ただし――元、だがな。たしかサーヴァント継承に失敗し暴走、君は魔力尽きるまで暴れ国は壊滅。そして付いた名が――〈暴虐の姫〉」




「……どうしてそこまで」




「なに、生徒の過去を調べるのが私の趣味でね」




 アンヴィエッタは眼鏡を直すいつもの仕草をする。ただ今回は癖ではなく故意的におこなったようだ。




「そのことをアルくんには、彼だけには言わないでください……彼には……嫌われたくない……」




 俯く彼女の頬には1つの光る滴が伝う。




「ならば教えてくれんかね? どう過去を探っても君とあの坊やとの接点はない。なのになぜ近づく?」




「……アルくんは……覚えていないかもしれないけど。1度だけ、3年前に1度だけあってるんです」




(3年前となると、この子がBランクになった年――1年生の頃か)




 アンヴィエッタは彼女の入学当初を思い出しながら腕を組み、話の続きを待った。




「私がギルドの依頼に失敗して山林で倒れていたのをアルくんが助けてくれたんです。他の人からしたらありふれた話かもしれないですけど、国を、家族を失って何もなかった私には、たった数日でしたけど彼と一緒に暮らした孤児院での生活が幸せでした。――だから私には恩があります。命と心を救われた恩が」




「それで、君は彼に何がしたいのだ?」




「全て――です。私にできることなら何だってしますよ。アルくんがこの学院に入学したときにそう誓いましたから」




 涙を拭い顔を上げこちらを向いたエリザベスの表情を、眼を、全てを見たアンヴィエッタは椅子を反転させ彼女に背を向ける。




 そして煙管をくわえ一服。




「坊やがなぁ……この学院に入ったのはある目的があるからだそうだ」




「目的……ですか?」




「君と過ごした坊やの孤児院の土地、領主が殺され新たな領主に代わってね。いつ取り壊されてもおかしくないそうだ」




「そんな!?」




「さすがに学の無い彼でも解っているのだろう、貴族でも民間人でもない、戸籍がない戦争孤児では例え領主を殺しても自分が新たな領主になれないことを。国から派遣された軍にでも始末され正式な領主が誕生するだけだからな。――だからここへ来た。ここでなら地位など関係なく魔法師として評価される。魔法師として名を上げ戦争で武功をあげれば、いくら孤児でも昇級していき民に、そして貴族になれば正式な領主になることも可能となる」




「そして孤児院を守れる」




「そうだ」




 エリザベスの言葉に未だ背中を向けたまま応える。




(だからアルくんは名前を広めることに必死だったのね)




「差し詰め彼の目的は、下民が貴族に成り上がる――下剋上、といったところか」




 ここでアンヴィエッタは煙管をカンッと叩き響かせ灰をだし、振り向いた。




「どうだねスカーレット。君が彼に全てを捧げると言うのなら、彼のこの険しい荊の道を――下剋上を、手伝ってみては」




「はいっ」

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