第28話 ごめんね

 街の中心地へ戻ると、隣街へ行くためどこかで馬車を出してくれる人がいないかと探しだす。




 隣街といっても馬車でも半日はかかる。出来れば竜車のほうがよいのだが、都市でもないかぎり竜車のような高級車はない。主に貴族でも上の位の者たちが使うからだ。




 しばらく歩くと馬車を出してくれる施設を発見し、運良く1台だけ出せる馬車が残っているということなので乗せてもらうことにした。




 予め頭金を支払い、目的地に無事到着すれば残りも支払うというのがルールだ。なぜ現代では車や飛行機がなく、地上では馬車、空では竜車が主な交通手段となっているかといえば、答えは簡単だ。




 魔物に襲われるからだ。




 魔物に襲われれば当然戦闘となるだろうが、車や飛行機では戦闘に向いていないし、小回りもきかない。そして動力となる燃料が切れれば動かなくなるただの鉄塊となってしまう。だが馬車や竜車では燃料切れもなく、騎乗して戦闘することも可能だ。なによりも馬車の場合、最悪馬を魔物の餌として囮にすることができるからだ。




 竜車の場合は餌にしないといけない事態はほとんどない。地上ほど魔物は多くないので遭遇率は低く、竜自体が強いので安全なのだ。だからこそ利用料も高く、また数も少ない。




 エリザベスは運賃を支払い馬車に乗車すると、馬車を探しながら買っておいたアレスティア周辺地図を広げる。そこには目的地である隣街『ガリキア』までのルートとその周辺までも載っていた。




 予め持ってきておいた地図と買った地図とを比較し誤差を修正、王都までの帰路も確認しておく。だが地図を買った1番の理由は街の大きさを確認するためだ。




 統治する領土の広さで領主が保持するだいたいの戦力が想像つくからだ。戦力以上の領地は持っていられない。反乱が起きたら対処できないという簡単な理由だ。




 地図で見比べる限りではアレスティア街の方がガリキア街より一回りは広い。それもそうだ。ここのもともとの領主は先ほどの男たちの話では子爵なのだから。




 子爵と男爵では単純に考えればもちろん子爵の方が強いことになる。1人の魔法師としてもそうだが、保持する戦力がだ。




 そんな誰もが分かりきっている事実があるからこそ下の者から上の者へは戦争をしかけず、上の者は下の者へ自分に都合の良い条件で貿易交渉をする。それを承諾する変わりに領土を攻めないというパワーバランスが成り立っている。そもそも勝手な争いで領土を広げたところで自分の爵位は上がらない。




 国内紛争は禁止されてはいないが、得はあまりないということだ。




 なのにガリキア領主はアレスティアを襲い、今もなお領主を続けられている。




 それはつまり、男爵という戦力でガリキアのみならず子爵としての領地をも統治し続ける力があるということだ。




 一体なにが現状を保たせているのか。エリザベスはそこが引っ掛かっていた。




 男爵や子爵自身の大多数の魔法師ランクはCかBランクがほとんどだ。Aランク魔法師のエリザベスのほうが強い。だがそれは1対1で対等な条件の場合だ。エリザベス1人では統治できても精々男爵が統治する街の半分の大きさ。その半分を埋めるほどの戦力を、つまり隊を保持しているからこそ街1つを国から任せられている。




 そして今の領主は街2つ分を統治できる隊を半年前に持ったということだ。




 こういう出来事のだいたいは何等かのイレギュラーが発生しているからだ。




 そのイレギュラーをエリザベスは1人の強い魔法師が加わったとよんでいる。




「もし、領主がほかの男爵のようにCかBランクだとしたら、隊の魔法師はほとんどがCランク以下のはず。この条件なら子爵が一晩で負けるはずがない。でも――」




(もしここに、Bランク魔法師が数人加われば、ううん、Aランクが1人加わっただけで……)




 エリザベスが嫌な予感を感じていると、目的地のガリキアが見えてきた。




 街に着き、馬車を降りると残りの支払いも済ませる。最後に、御者にこの領主の名前を聞いてみた。




「――フレデリック男爵、ね。聞いたことない名前だわ。とにかく1度、今日中に邸宅を見ておきたいわね」




 あたりを見るとすでに夜も更けすっかり暗闇に染まってしまっている。いくら馬車に倍の料金を支払い、急いでもらったとはいえとうに時刻は12時をまわっていた。




 真っ直ぐ歩いていくとすぐに大通りへと出ることができた。街灯のおかげで辺りもハッキリと見える。街へ入ってきた周辺には邸宅らしき建物が見えなかったので、エリザベスは真逆の方へと大通りを進む。




 今夜泊まれそうな宿も探しつつ街の反対側を進みきると、街外れに大きな館が見えてきた。どうやらあの館こそがフレデリック邸のようだ。




 大きさとしては男爵相応なものだが、邸宅の周りを逆U字型に囲むように聳え立つ岩山が天然の要塞と化していた。




 隊で邸宅を攻めるには正面からしかできないようにあえてこの場所に建てたのだろう。




エリザベスはもう少し近くで見ようと館へと近づく。と、その時だった。




「――そこの者止まれっ! そこでなにをしている!」




 館へ近づくと、こんな時間だというのにエリザベスの周りが急に明るくなった。そして館の敷地を囲むように建つ壁の上から叫び止められる。




 エリザベスは人の気配がなく完全に油断していた。肩をびくりと震わせ、反射的に両手を上げて敵意の意思がないことを示す。




 壁上に立つ人数を確認するため、エリザベスはゆっくりと視線を向けた。




(1、2……3、4……4人か。手に溜めている魔力量的にはそんなに威力のある魔法ではなさそうだけど……4人ともDランクってところかしら)




「ここがフレデリック邸と分かっていて近づくのなら名を名乗れ! そうでなければ即刻立ち去れ!」




(Dランク4人くらいならいけるけど、騒ぎを大きくしたくないし……ここはひとまず――)




「私はラザフォード魔術学院からギルド任務でこの地に来た学生です! この地を治めるフレデリック様の邸宅を一目みたく来ただけです!」




 エリザベスはこの場を静めようと身分を明かし敵意がないことを伝えた。




 すると壁上の1人が片手はエリザベスに向けたまま、もう一方の手で連絡を取り出した。




 その間も両手を上げたままなにもせず、エリザベスはただじっと4人の様子を窺う。




 しばらくするとやりとりが終わったのか、連絡を取っていた男がこちらへ向き直った。すると4人ともがエリザベスへ向けていた手を下げる。




「入れ、フレデリック様がお前にお会いするとのことだ」




「――!?」




(会うつもりまではなかったんだけどな……。仕方ないか)




 エリザベスは壁上から降りてきた2人の男に大人しく付いていき、敷地内へと入っていくとそのまま邸内にも通される。




 そして1階奥にある少し広めの部屋へと通された。初めは応接間かとも思ったが、どうやらそれは違う。ソファーやテーブルはもちろんあるが、部屋の広さにたいして明らかに家具など物が置かれていない。スペースだけが無駄に余っている感じだ。




 エリザベスはこの部屋に違和感を感じるが、下手に動くことができない。今もなお監視役として1人の男が同じ部屋で彼女の背後に立っている。




 出入り口は2ヶ所。エリザベスたちが入ってきた背後にある扉と、今彼女の視線の先にある正面の扉だ。部屋へ通され3分程でその正面扉が開かれる。




 入ってきたのは4人の男。その1人が3人を率いるように入室してきたところから察するに、あの小太りな男がここの領主、フレデリック男爵で間違いないだろう。




 後ろの3人はその従者。だが何かがおかしいとエリザベスは思った。3人の中でも1番後ろに控えめに立っている男が、背後に立つ男も含め5人の中で1番の強者だと感じるからだ。




「君かね、私の屋敷を見たがっていたという学生は」




 フレデリックがエリザベスの正面ソファーに座るなり声を掛けてきた。だが彼女はそんなことは気にしていない。そんなことよりもいくら2人の間にテーブルをはさんでいるとはいえ、手を伸ばせば握手が出来そうな距離まで身分もよくわからない者に近づくだろうか、という疑問を抱いた。




 彼女を甘く見ているのか、それとも自分に自信が、いや、あの後ろの男に信頼をおいているのか。




 どちらでもいいがこの場を出来るだけ穏便に済ませて早く出たい、というのがエリザベスの思いだ。




「はい、エリザベスと申します。アレスティア周辺に調査依頼で来ましたが、領主様がお代わりになったと聞きましたので、是非フレデリック様のお顔を拝みたく参りました」




「おっほっ、そうかそうか。屋敷ではなく私の顔だったか。よいよい、いくらでも見るがよいぞ」




 エリザベスのような美人に言われ気を良くしたのか、控えめに見ても肥満気味のその腹を突き出すように背凭れに体重を預け、髭を触るように顎をさわる。が、その顎に髭は生えていない。




 エリザベスも笑顔を絶やさず接する。




 と、そこでいきなりフレデリックの表情が変わった。




「――して、真の狙いはなんだ?」




「ッ!? ――狙いだなんてそんな、フレデリック様、私にそんな企みなどございませんよ」




「…………おっほっ、そうかそうか。悪かったな。気を悪くせんでくれ。なに、そちも知っての通り統治を広げた領主だからな、いつ首を狙われてもおかしくないのだ。だからつい疑ってかかってしまうのだよ」




「そうでしたか。その様なときに来てしまい申し訳ございません」




 エリザベスは内心バレたのではと驚いたが、そこは慌てず対応した。




「ときにそち、今夜の宿は決まっておるのか?」




「いえ、これからですが」




「ならば今日はここで過ごすがよい」




「そんこと出来ません! 男爵様にお世話になるなど――」




「よいよい、遠慮するな――」




 フレデリックはソファーから立ち上がると、この場を去るためかエリザベスに背を向けた。そして顔だけこちらへ向けると、フレデリックの隣に位置する男――あの強者と感じた細身で長身の男の肩をポンと叩き、言った。




「遠慮せず、ゆっくり眠るがよい」




 その言葉が合図のように周りにいる4人の男達が一斉に襲いかかってきた。




「な――ッ!?」




(バレてるっ!? ――ごめんね、アルくん……。少しでしゃばりすぎたみたい)

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