第15話 天才と呼ばれる男
ぽつりと漏らしたアルヴィスは、自分自身もよくわからない根拠のない自信からついつい口許が緩んでしまう。
「行くか」
アンヴィエッタの後を追う様にアルヴィスも演習場内へと入ると、ロベルトはフィールド中心で剣を持ち立っていた。その身体にはすでに淡い青白い光を纏っていた。魔力による身体強化だ。
「遅いぞ、さっさと始める。――殺す気でかかってこい」
ロベルトは剣を持つ右手が前になるよう左足を1歩下げ、斜に構えた。その姿があまりにも様になっていてアルヴィスは思わずこれから闘う相手だということを忘れそうになってしまう。
自身の頬を叩き気合いを入れると、アルヴィスも戦闘体勢ファイティングポーズを取る。そして魔力を纏い魔法も発動。ロキを倒した5重の速度増加スピードアップ魔法を施す。
「んじゃまぁ――やってみますかッ!」
アルヴィスが叫んだ直後、砂塵が舞い姿が消える。ロキ戦で最後ラストに見せた超高速の突きと同じだ。
(なッ――!? マジかよ……)
「これで終わりか?」
アルヴィスが後ろから後頭部目掛け殴り掛かろうとロベルトの背後へ回り込む。そして拳が命中する――よりも早く、アルヴィスの首元にはロベルトの剣の鋒が触れていた。
たらりとアルヴィスの頬を冷や汗が伝う。
「これで終わりかと聞いている」
「ナメんなッ!!」
アルヴィスは、無表情だがどこか余裕な笑みを浮かべているように感じたロベルトに叫び、距離を取る行動と同時にさらに加速魔法を自身にかけた。
合わせて6重の加速魔法になったアルヴィスは、またロベルトの背後へと距離を保ったまま回り込んでいた。つまり、初期位置に戻ったことになる。
速い――そうアルヴィスの頭の中に言葉が浮かんだ。決して自分自身のことではない。そう、今眼前に悠然と立っている少年――ロベルトのことだ。
(回り込んだ直後まではあいつは俺が立っていた場所を見ていた! 確かに見てたんだ。つまり、殴り掛かったあの一瞬で振り向いて俺の咽に剣を突き付けたことになる――)
「Cランク……ね」
(あの先生が天才と呼ぶわけだ。ロキとはまるで格が違う)
「あんたに勝負をしかけて正解だったぜ。まさか同じ歳の奴でこんなすげぇ奴がいるとは思っても見なかったからな」
(こんな面白いところに入れてくれたシスターに感謝だな)
アルヴィスはついニヤついてしまいそうになる顔を必死に堪え、さらに4回の加速魔法をかけた。これで10重の加速魔法がかかっている状態になったのだ。
(おいおい、いくらなんでも多重魔法をその歳でそこまで多重にかけられるなんて並みの魔術師レベルじゃないぞ!? 坊やも天才か……。――いや、化け物の類いか?)
交戦フィールドと観客席とを隔てる壁に寄り掛かりながら観戦していたアンヴィエッタは、身体に戦慄が走ったように一瞬震えたことに気がついた。
そのことに自分自身も驚きつつもそれも一瞬、ふっと微笑し眼鏡を直すいつもの癖をする。
そして腕組をしたまま壁から1歩だけ彼等に近付き叫ぶ。
「ロベルト、どうやら坊やはここからが本番だ! 君も手加減していないで少しは本気を出してはどうかね?」
その言葉にチラリと横目でアンヴィエッタを見ると、続いてアルヴィスの纏っている魔力量を注視する。
その瞳には僅かに驚きのいろが見えるが表情には出さず、ただロベルトは構えを変え始めた。左脚を前に出し右脚に重心が乗るように膝を落とし斜に構える。左腕を真っ直ぐに伸ばしその手にも1本の剣を召喚した。右腕は肘を曲げ左腕より高い位置、顔の横に構えた。どちらの剣も矛先は真っ直ぐにアルヴィスに向いている。相手の突撃を真正面から受け止めるような構えだ。
ゾク――ッ。
アルヴィスはロベルトの構えを見た途端、背筋が震えた。そしてその表情は嬉々としている。本能的に感じたのだろう。アルヴィス同様ロベルトもまた、本気になったことを。
(おもしれぇッ!!)
「……じゃあ……こっからが本番っつーことで……。――いくぜッ!」
アルヴィスは話ながら倒れるように前傾姿勢になっていくと小さく前に、けれどしっかりとした1歩を踏む。
――刹那。
ロベルトの眼前に突如、アルヴィスの拳が回避不可な距離で現れた。
「かは――――ッ!?」
顔面に拳を喰らったロベルトは空中を数メートルふっ飛び、さらに地面を転がるように、まるで水切り石の様にふき飛んだ。
だが数秒でロベルトは片膝を地面に着き、2本の剣を杖代わりのようにしてその場を立つ。ロキのように一撃で戦闘不能状態にはならなかった。流石はCランク、といったところだろうか。
(あいつ、いきなり剣の間に現れやがった……初撃の倍速と見て間違いないだろうが……)
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