第16話 倒すべき相手

「どうやらロキを倒したのは嘘ではないようだな……」




 ロベルトは口許の血を制服の袖で拭いながら纏っている魔力を高め始めた。2倍、3倍と――どんどん膨れ上がり先程までとはまるで桁違いの魔力を纏う。




「俺からも行くぞ」




 ロベルトは姿勢低く地面を滑るように駆け出した。速度スピードはアルヴィスとは比べるほどのものではないがそれでも十分に速く、みるみる距離を詰めていく。それに対してアルヴィスも前進。一瞬でロベルトの左横へと詰めると殴りかかる。が、それを身体能力をさらに強化したロベルトは反応し剣で受け止め防いだ。同時に空いている右剣で斬りかかる。




「おっと――!」




 アルヴィスはバックステップでギリギリかわし、脚が地に着くと同時にロベルトの背後へと一瞬で回り込んだ。そこにはロベルトの予想されていたかのようなタイミングで左足による蹴りが繰り出されていた。




 腹部目掛けてきた脚それは、アルヴィスが左腕で防ぎながら上へ弾くことで体勢を崩される結果となる。




「ハッ!」




 だがロベルトにはそれすらも予想内だったのか、軸となっていた右足で自ら流れに逆らわずむしろアルヴィスの弾いた力に合わせるように跳んだ。空中をロンダートのように横回転したロベルトは2本の剣で下から切り上げるように剣を振るう。




(おいおい!? その体勢でも問題ないってか!?)




 アルヴィスは一斬り目はかわし、二斬り目がくる一瞬の間にロベルトとの距離を取った。




「ほう、俺の剣をここまでかわすか」




「あんたも相当にやるな。俺も1発しかかましてねェ」




 アルヴィスは自身の左手を軽く殴り意味を付け足す。




「まだ全力ではないだろうな?」




「あんたもまだ何か隠してんだろ? なーんか違和感感じんだよなァ」




 ロベルトの問いにアルヴィスも探りで返す。




「フゥーっ……」




 アルヴィスは短く深呼吸し精神を落ち着けると、魔力を高めだす。




 ロベルトも両手の剣を地面に突き刺し手を空けると、両手を突き出し魔法を発動させる。手が発光する度1本、また1本と剣が召喚され地面に突き刺さっていく。




 どうやらロベルトの魔法は空間転移のようだ。アルヴィスの石礫を弾いた剣の正体もこの魔法によるものだったのだろう。




 元々召喚していた2本の剣と合わせ10本の剣を召喚したロベルトは、その剣に手を向けると――




(なッ、なんだよそれッ!?)




 魔力を高めていたアルヴィスは、ロベルトの手を見ると目を見開きその光景に驚いた。




 ロベルトの手――いや、それぞれの指から青白く細いまるで糸のような何かが伸びていた。その糸のようなものが個別に剣の柄を縛り、持ち上げ始める。




 まるで千手観音菩薩のようだ。




(やばいぜそれッ! 超わくわくするぜッ!)




 アルヴィスは尚も魔力を高め嬉々とする。




「いくぞ」




「おうっ」




 両者準備を終えるとロベルトが再開とばかりに言葉を発し、アルヴィスが活気よく応える。




「ハァーーッ!!」




「うるあァっ!!」




 ロベルトもアルヴィスもそれぞれが剣と拳に全力を込めるように雄叫び、急接近する。




「両者そこまでだッ!!」




 2人の間に割って入るように突如現れたのはアンヴィエッタだ。




「邪魔だ!」




「どけッ! 先生!」




(くっ、この距離では――)




(勢いが殺しきれねぇ――!?)




 アンヴィエッタが2人の攻撃を受け止めるように両手をそれぞれに向けると――




「ハァァっ!!」




 大量の魔力を放出し円形の障壁となった。




 その障壁にズバズバザクザクと剣が刺さること10回。




 そして――




「な――ッ!?」




 驚くことがない、とは言わないまでも滅多なことでは表情にまでは出さないアンヴィエッタが驚愕の表情でアルヴィスがいる右側を振り向く。




 そこではドゴォォーンという効果音が似合うほどの衝撃音とパリンッという何かが割れるような音が鳴り響いていた。さらに地響きとなり土煙を上げる。




(ロベルトが魔糸までも使い始めたから止めに入ったが、防ぐべきはこの坊やの方だっていうのか!?  ……とにかくこの場を治めるとしよう……)




 アンヴィエッタは眼鏡を直すいつもの仕草をし、平常心を取り戻す。




「2人ともここまでだ。私は殺し合いをさせたいわけではないからな」




「…………くっ…………。――興が醒めた。俺は帰らせてもらう」




「はっ!? お、おいっ、ちょっと待てよ! 俺はまだやりたりねぇ……ぞ……」




 今までの戦闘がまるで無かったかのように帰るロベルトの背中を見たアルヴィスは、言葉の勢いを無くしてしまった。




「なんだよ……あいつ……」




(こんなスッキリしないままあいつは終われるのかよ……)




 そんなアルヴィスを見たアンヴィエッタは、彼の背中を叩き俯き丸まった背中を伸ばさせる。




「おいおい、何か勘違いしているんじゃないのかな坊や? 本番は今じゃないだろう?」




「本番? ……はっ!?」




(――新人戦か!)




 どうやら言いたいことに気付いてくれたアルヴィスの表情を見たアンヴィエッタは、生徒の無言の問いに頷き答えると寮に帰ることを促した。




(それにしても私の魔力障壁を一撃で破壊とはな……一体この子の魔力量はどうなってるんだ……まったく)




「ククッ」




「ん? なんだよ先生。急に笑いだして。なんか恐いんですけど?」




「いやなに、坊やのこの先を考えたらついな」




「んん?」




「すまん、気にするな坊や。精々頑張ってくれたまえよ」




 あまりに愉快そうに笑っているアンヴィエッタを見たアルヴィスはこれ以上追及するのは止め 、黙って笑わせておいてあげることにした。ここで追及したら何か嫌なことが起こる気がしたのが本音だ。




 そうして寮に向かう途中、アンヴィエッタは寄る所があると解散し独りで帰った。














 ――数分前。




「…………くっ…………。――興が醒めた。俺は帰らせてもらう」




「はっ!? お、おいっ、ちょっと待てよ! 俺はまだやりたりねぇ……ぞ……」




 ロベルトは背中から聞こえてくる自分を呼び止める声に耳を傾けることなく演習場を去った。いや、声がまったく頭に入ってこなかったのだ。




 先程のロベルトとアルヴィスが繰り出した渾身の一撃を受け止めたアンヴィエッタの魔法障壁、破壊したのは落ちこぼれのはずのアルヴィスの方だけで、自身の剣では10本全て受けきられようやく亀裂が入った程度だ。




 その事実を受け止めきれずにいたのだ。




 演習場を出てすぐさま曲がると、




 ――ダンッ!




 ロベルトは演習場外壁――丁度自身が数十分前まで凭れ掛かっていた辺りだ――を叩いた。




「クソっ……この俺が……この俺が……あんなやつに……」




(あんなやつに1度も剣を触れることすら……)




 ロベルトはいまだ血の味がする口内を忌々しく思い乱暴に口許を拭った。




 そして後悔をしていた。興味が無く名前すら聞いていないことを。同じ1寮ということ以外あまりにも情報が無いのだ。




 そして同時に苛立ちを覚えた。見掛けだけで判断し侮っていた自分自身にだ。




「こんなことでは……こんなことでは兄さんを超えることなど……」




 さらにもう一度壁を強く叩くとロベルトは俯いていた顔を上げ、寮へと歩き出した。




「兄さんよりまずはあいつにこの借りを返す――たしかあいつも新人戦に出るはずだったな」




 狙いを決めたロベルトの表情には先程までの後悔や屈辱による負の様子はなく、いつもの冷たいものへと戻っていた。

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