第5話 白檀の香り


「よかったわね、今がちょうど夏休みで。少しは、自分の身ぐらい自分で守れるようになりなさいよ」


 朝霧あさぎり刹那は、呪受者である颯真が気に入らないようで、何かと暴言を吐いてくる。

 それも決まって、春日のいないところでだ。

 隠しの里の人間は、当初の不安とは別に意外に手厚く歓迎してくれて、みんな颯真に優しかった。

 だが、刹那だけはバカにしている態度を取り続けていた。

 嘲笑ったかと思うと、急に無視をしてきたり……


 そして、決まって最後にはこう言うのだ。


「呪受者のくせに……」


 ついには、不意に目が合っただけでも。


「何見てんのよ、呪受者のくせに……!」

「いや、目が合っただけだろう……!!」


 刹那は颯真と同じ、中学二年生だった。

 初めて会った時彼女が着ていた制服は、夏休み明けに颯真が転入することになる一般の中学校のものだ。

 一応、四十九日の法要に参加するために制服できていたらしい。


 普段は動きやすいようにすらりと長い脚が見える短いハーフパンツに、涼しそうなTシャツを着て、常に扇子を持っていた。

 そしていつも赤い紐をリボン結びにし、長い髪を高い位置で一括りにしている。

 見た目は年相応の可愛い女の子ではあるが、颯真に対してのあたりが強すぎる。


 ちょっと廊下で会って、ついつい華奢で綺麗な脚に目がいっただけで、この反応だ。

 同じ建物内で暮らしているのだから、会うのは仕方がないことなのに……


「刹那、なんでそんなに俺を目の敵にするんだ? 俺、何かしたか?」

「それは……————」


 刹那は何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んで……


「——……うるさい! あんたが悪いのよ!!」


 プイッと後ろを向いて、逃げるように颯真から離れて行った。


 その長い黒髪の毛先が、振り向き様に颯真の頬を掠める。

 また、彼女がいると必ず白檀の香りがする。


(ばあちゃんが好きだって言ってたお香の匂い……)


 颯真もその香りが好きだったが、これだけ理由もわからず目の敵にされてしまうと、嫌いになりそうだった。




 * * *




 颯真がここへ来て、二週間が経った。

 夏休み終了まで残り三日となったが、今だに颯真は何一つできないままだ。


「おかしいな……本当に、君は呪受者なのか? その割には、まったく力があるように思えないのだが…………髪も黒いし」


 颯真の師匠となったのは、朝霧士郎。

 刹那の叔父で、颯真の母親にとっては従弟イトコに当たる。

 そして颯真は後から知ったのだが、刹那と颯真は実は再従兄弟ハトコだ。


 士郎は八の字の眉のせいか、それとも大きな丸い眼鏡のせいか……

 見た目は頼りなさそうな優男ではあるけれど、この里で頭首・春日の次に強いとの噂があったりなかったり。

 ちょっと適当なところもあるけれど、教え方はうまいと評判の師匠だ。


 しかしこの二週間、つきっきりで颯真に陰陽道の基本を教えてくれてくれていたが、あまりにも颯真が何もできない。

 さすがに困り果てていた。


(俺の髪が黒いのと何が関係あるんだ? この里の人たちだって、みんな髪染めてないじゃないか……)


「せめて、小物の妖怪くらい祓えるようになって欲しいんだけど…………うーん……」


 何度も颯真の長い前髪をかき分けて、右目を確認しながら、士郎は何か考えている。

 ずっと唸っているかと思えば、急に突然ポンと手を叩いた。

 何か閃いたようだ。


「一回、出ようか」

「え? どこに?」

「この里をさ。結界の外に出てみよう」

「え!? そんなことしたら、妖怪に襲われるんじゃ……?」

「大丈夫、大丈夫! 本当に危なくなったら助けに行くよ。本当に、危なくなったら……ね。あまりこの手は使いたくなかったけど、仕方がない」



 颯真は、一人で結界の外に放り出された。

 霧で視界が悪い、深い森の中に。



(本当に、大丈夫なのか?)


 不安でしかなかった。




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