第4話 隠しの里
颯真は、生まれ育った家を出た。
颯真の両親は、最初は妖怪の話を全く信じてはいなかったが、息子の右目が見えるようになったことで、納得したようだ。
完全な結界は、呪受者にしか作ることはできないのだと、春日は言った。
もしこのままここで生活していたら、妖力の強い妖怪が現れたら、呪受者以外の者が張った結界はすぐに破られてしまうらしい。
そうなってしまえば、なんの力も持ち合わせていない颯真の両親にも被害が及ぶ。
一族の家に行けば、あの時颯真を助けてくれた刹那のように、妖怪を祓うことができる者がたくさんいる。
「お前が自分で、自分の結界を張れるようになるまでの辛抱さね。親との別れは辛いだろうが、これは、お前とお前の両親を守る為に必要なことなのさね」
自分で力を操れるようになるまでは、決してここへは戻れない。
飛鳥との思い出がたくさん詰まった家を守るため、颯真は両親と離れて暮らすことになった。
「ところで、春日様…………一つ疑問があるんですが」
「何さね、颯真」
「俺の母さん……つまりは、ばあちゃんの娘の母さんは、どうして何も知らなかったんですか?」
一族が住む隠し里へ向かう車の中で、颯真は春日に思ったことを聞いてみた。
(おかしいじゃないか……そんな危険な一族の娘なのに、どうして妖怪のことも、呪いのことも知らないで育ったなんて……)
それに、颯真の母親は、自分の母親に双子の妹がいたことも知らなかったのだ。
「そうさね……それは——……」
春日は少し困った顔して、一つ咳払いをすると、運転手の男性や助手席にいる刹那に聞こえないよう、小さな声で言った。
「お前のおじいさんと、駆け落ちしたのさ。許嫁の約束をすっぽかしてね」
「え?」
「呪受者は代々頭首となり、一族の選んだ者と結婚をして、家を守ってきたのさね。姉様は、それをみんな私に押し付けて、いなくなった……姉様は自分が頭首になるのが嫌だったのさね」
(そういえば、ばあちゃんとじいちゃんは大恋愛の末に結婚したって、前に聞いたことがあったな……)
生まれる前に祖父は亡くなっているため、颯真は祖父の顔を写真でしか見たことはない。
しかし、とてもいい男だったと飛鳥が自慢気に言っていたのを颯真は思い出した。
(あの話、本当だったんだな……)
* * *
颯真の前を歩いていた刹那が呪文を唱えると、ふわりと風が吹いて颯真の頬を撫でる。
「ここが、隠しの里さね」
一族が妖怪から身を守る為の隠し里は、深い霧で覆われた山の中に、確かにあった。
「ここは、地図には載っていない場所なのさね。里の者以外は、結界の中には入ることができないからただの山にしか見えない。もちろん、妖怪にも」
刹那が先頭を歩き、春日、颯真の順で、里の中央へ向かう道を歩いた。
車は結界のある手前に駐車スペースがあり、里の中までは入ることができないようになっている。
隠し里というのだから、小さな集落がある感じなのかと思っていたが、細い山道を歩くと、時代劇に出てくるような、城下町が出て来て驚く颯真。
昔ながらの日本家屋が並び、建物もすべて日本式で作られているようで、しばらく歩いていると本当に時代劇のセットの中にいるのではないかと錯覚してしまう。
そもそも地図にも乗っていないのため、電気が通っていないらしい。
鎖国をしたまま、文明が開化する前に時間が止まっているかのようだった。
しばらく歩いていると、里の人たちは颯真を見て何か話している。
ヒソヒソと噂されているのは、はっきり言って気分が悪かったが、呪受者という言葉だけは耳に入ってきた。
歓迎されているのか、それとも、呪受者なんて迷惑だと思われているのか…………
どちらにせよ、颯真は注目の的だった。
見られていることが恥ずかしくて、下を向いて歩いていると、春日はピタリと止まる。
「さぁ、着いたよ。ここが、お前の新しい住処さね」
颯真が顔を上げると、そこには一際大きな門があり……————
「え、と……これは、城ですか?」
「城といえば確かに元は城であったが…………今は皆、大屋敷と呼んでいる」
————……その大屋敷は、屋敷というには大きすぎるほど立派だった。
「こんな大きなお屋敷に……一体何人暮らしているんですか?」
「そうさね……正確な数はわからないが………今は大体五十人くらいかね? ここで暮らしているのは、頭首家の人間と、陰陽師見習たちさね。お前の住んでいたところでわかりやすく言うのであれば、全寮制の学校のようなものさね。頭首家の人間は教師だと思えばいい」
「がっ……学校?」
「ああ、日中普通に里の外の一般の学校へ通って、帰ってきたらここで修行があるのさね。颯真、お前もだよ」
「え? 外の学校?こんな山奥に一般の学校があるんですか?」
「ないさ。一番近い学校は、里から二十キロ以上離れている」
「じゃあ、どうやって通うんですか?」
春日様は、それがどうしたと言わんばかりの顔をして言った。
「自分の足でさね。術が使えるようになれば、すぐに着く距離さね」
(いや、無理だろ、二十キロなんて……俺まだ、何もできないんだけど……————)
颯真の心の声が聞こえたのか、それまで大人しくしていた刹那は、フッと嘲笑う。
「呪受者ってだけで、無能ね……————」
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