第3話 玉藻前の呪い


 その昔、大陸からこの地に渡ってきた狐の妖怪がいた。

 日本では玉藻前たまものまえとして知られている。


 玉藻はとても悪い妖怪で、美しい女の姿に化けては、時の権力者をたぶらかし、悪行を繰り返していた。

 その妖力はあまりに強く、どんな陰陽師や僧侶でも完全に倒すことはできなかった。

 なぜなら、玉藻は陰陽師達に正体を見破られ、命の危険を感じても、その体を分裂させて逃げ、その後体を集めては復活を繰り返していたからだ。


 そんな当時、帝から命を受け、玉藻退治に向かう者たちの中に、とても強い力を持った巫女がいた。

 その巫女は、玉藻にかつてないほどの傷を負わせ、これでようやく平安の時が来たと思われていた。

 はじめて、玉藻と戦えるほどの力を持ったものが現れたのだから。


 再び分裂し、逃げようとする玉藻はその巫女の力によって、もう二度と復活することのないように殺生石として、封印の地に封じ込めることに成功した。

 封印される間際、玉藻はこんな言葉を残している。


「この身滅びようと、我はお前達一族を末代まで祟る呪いをかけようぞ。巫女よ、これはお前のように特に強いものだけにかかる呪いである。己の行いを悔やむがいい」


 初めは言霊による呪いだと思われたが、特に何も起こらなかったため、巫女たちは玉藻のあの言葉は、死に際の戯言だと判断した。


 しかし、それから二ヶ月ほど経った頃、巫女は子を宿していたことを知る。

 玉藻を封じたあの時、すでに腹に子を宿していたのだ。


 そうして、生まれて来た子は、右目の瞳が赤みを帯びた赤子だった。

 赤い瞳の色は、妖怪の証拠。

 呪いを受けたのは巫女ではなく、この赤子の方だった。


 赤子は巫女と同じくとても強い力を持った男児だったが、その珍しい瞳には、玉藻の力が宿っており、他の妖怪どもはその右目と、その右目を持った能力者の体を欲していた。

 

 その右目を食べれば、玉藻と同等の力を。

 その体を食べれば、それ相応の力を得ることになるらしい。


 一族は総力をあげて、その男児を妖怪から守った。

 やがて時が立ちその男児は元服後、絶大な力を持っていたため、一族の頭首となり、頭首には息子が三人と娘が四人生まれた。

 その子供達の中に、赤い瞳を持った赤子は生まれなかった。


 一族は、玉藻が末代まで呪うと言った言葉は、嘘なのだと思った。

 だが、その頭首の末の娘が産んだ赤子が、赤い瞳を持って生まれてしまう。

 頭首にとっては孫にあたり、巫女からすればひ孫に当たる。


 赤い瞳の赤子が生まれてくるのは、いつも決まってひと世代後。

 または、赤い瞳の者が死んだ後に生まれた強い力を持つ一族の者へと代々その呪いは受け継がれる。

 たとえ自害しようと、その呪いは必ず受け継がれていく。

 いつしか妖怪たちはその者のことを呪受者と呼び、一族は妖怪どもから追われる身となった。


 だが一族もただ逃げているだけではない。

 妖怪達から逃れるために色々と策を練っている。

 そして、今から約六十年前、一族にまた赤い瞳の赤子が産まれた。



 * * *




「————それが、私の姉様で、お前の祖母さね」


 春日の話は、普通なら信じられる話ではない。

 玉藻だの妖怪だの、呪いだなんて……そんなのフィクションの世界の話だと颯真は思っていた。

 現実にはない話だと思っていた。


 しかし、今日、颯真はソレを見た。

 空から落ちて来たソレを。

 自分の右目を喰らおうとしていた、妖怪ソレを。



「お前が呪受者であることを隠す為に、姉様はこの家に絶対の結界を張って、さらに、お前の右目にも隠しの術を掛けたのだろうさね。代々の研究で、呪受者はそうやって自分の孫がその力を使えるほどの年齢になるまでは封印してきた。自分の孫を守るために。しかし————」


 春日は、颯真の右目を目を細めてじっと見つめる。

 右側だけ長い颯真の真っ黒な前髪を搔きわけて、右の頬に手を添えた。


(ああ、ばあちゃんもよく、こんな風に俺の目を見ていたな————)


 春日と飛鳥は、双子なだけあって、本当によく似ている。

 外見だけじゃなく、仕草も声も似ている。


(だけど、別の人なんだ。俺のばあちゃんじゃない)



「————姉様が死んで四十九日が過ぎた。もうその瞳に掛けられた隠しの術の効力は切れたのさね。この家の結界も、いずれ破れるだろうさね。その前に行こう。我が一族の家へ。隠しの里へ」





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