第2話 隔世遺伝


 今年の春に、颯真の祖母・飛鳥あすかが亡くなった。

 今日はその四十九日の法要の日。

 夏休みの間はいつも昼近くまで寝ていた颯真は、珍しく早く起きすぎた。

 法要の時間まで少し時間がある。

 そこで颯真は、制服に着替え終わった後、少し家の近所を散策することにした。


 実は、ここ最近、彼には気になっていることがある。


(やっぱり、見えてるな……)


 生まれた時から、彼の右目は見ることができなかった。

 片側の目が見えないことを不便だと思ったことはないが、他の周りの人とは見え方が違うことは理解している。

 しかし最近、妙なことが起きた。

 いつもと、何か見え方が違うのだ。


 明るさが違う気がした。

 物が二重に見える事があった。

 急に距離感がつかめなくなって、何度か人や物にぶつかった。


 そうして、数日経った今日。

 起き抜けにふと思いついて、左目を手で隠して見ると明らかに右目が見えていることに気がついた。


(……すごい……なんでだろう?)


 十三年間、全く機能していなかった右目……

 強いて言うなら、瞳の色が赤みを帯びているのが綺麗だと、クラスの女子に言われて嬉しかったくらいで、何の意味もなかったこの右目が、見えている。

 左目と遜色なく、寧ろ、右目で見る方がなんだか色が明るく、キラキラと輝いているような感じがした。


 特段治療などはしていない。

 これは先天性のもので治すことは不可能だと、病院に通ったこともない。

 どうして急に見えるようになったのか、理由は全くわからないがとにかく彼は嬉しかった。


(もっと、色んなものを見てみたい)



 法要が始まるまでのわずかな時間、家の近所の散策で彼は草や木がキラキラと輝いて見えるのが楽しかった。

 何しろ、今日はよく晴れている。


(————夏の空の色は、確か紺碧っていうんだったな)


 昔何かの本で読んだことを思い出しながら、空を見上げる。

 そして、空を見上げていたら、人間の顔が——————



「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 あの時出なかった叫び声が、今更出た。


 大きく見開いた視界には、見覚えのある自分の部屋の天井。

 背中に当たるのは、彼の形に凹んだベッドのマットレスの感触。


(夢を……見ていたのか?)


 悪夢のせいで整わない呼吸。

 仰向けのまま、何度も吸って吐いてを繰り返して、自分が今までどうやって呼吸していたか思い出す。

 苦しくて涙目になった。

 そうして、少し落ち着いてから上体を動かして起き上がると、よく知った声が聞こえる。


「起きたか。颯真………」


 声のした方を向くと、ドアの前に右目に黒い眼帯をつけた老婆が立っていた。


「ばあちゃん……!?」


 真っ黒な着物を着て、春に死んだはずの飛鳥が立っていた。


(俺は、死んだのか————!?)



「ばあちゃん……どうして、ここに?」


 飛鳥が死んだ日、颯真は涙が枯れるくらい泣いた。

 颯真は、飛鳥が大好きだった。


 よく笑う人で、いつも明るくて元気で、共働きの両親より、ずっと長く一緒にいる時間が多かったからだ。

 飛鳥は颯真と同じで、右目の瞳が赤い色をしていたが、その目は見えていた。

 けれど、この瞳の色は隔世遺伝で、自分の孫という証拠だと言って笑っていた。

 いつも否定することなく、颯真のことを肯定して、優しく守ってくれているような人だった。


 その人が今、目の前にいる。


(どこから、どこまでが夢なんだ? 顔が落ちて着たところか? それとも、目が見えるようになったところ? ばあちゃんが死んだあの日か?)


「そんなに、あの人と私は似ているかい? やっぱり、離れていても、あね様は姉様なのさね……似ていて当然か」

「姉様……?」

「颯真、私はお前の祖母ではない。妹さね。双子のね」

「妹……?」


 飛鳥に妹がいたなんて、颯真は聞いたことがない話だった。

 けれど、落ち着いてその人をよく見ると、顔も体型もそっくりで、もう本人としか思えないくらい同じだ。


 ただ、右目は黒い眼帯で隠れていて、颯真と同じ色かどうかはわからなかった。


「颯真、私はお前を助けに来たのさね。ここにいては危険だ。またいつあの者たちがお前を食おうと襲ってくるやも知れぬ…………」

「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですか!? あの者たちって————」

「わからないかい? お前は今日、ソレを見たのだろう? だから、今ここにいる」

「え……?」


 颯真はドアのすぐ横にかけてあったデジタル時計を見た。

 すでに十二時を過ぎている。

 四十九日の法要は、十一時からだ。


(そうだ……法要があるから、その前に外に出て、それで————)


「お前は妖気にやられて倒れたのさね。本当はあの者たちに見つかる前に、話をしたかったのだが、私たちがここに来た時にはお前はこの家の中にいなかった。姉様が張った結界の外に、お前はその目で出てしまったのさね」


「そうよ!! あんたが家にいないせいで、探すのに時間がかかったんだから! 頭首様のお手を煩わすなんて、いくら呪受者だからって、生意気よ!!」


 頭首様と呼ばれたその人の後ろから、見知らぬ少女が飛び出してくるなり、怒っている。

 倒れる直前に見た、いつの間にか颯真の隣にいた少女だ。


刹那せつな、落ち着きなさい。これから一緒に暮らすのだから、そのすぐにカッとなって怒る癖は直さなければ、この先やっていけないさね」

「ご、ごめんなさい。頭首様」


(一緒に、暮らす……?)


 頭首・春日かすがは、颯真に一体何が起きたのか、話しはじめる————


「颯真、お前の右目は、呪いを受けているのさね。我々の先祖代々受け継がれる、忌々しき、妖怪・玉藻たまもの呪いさね……」



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