第7話歪み
久しぶりの夏祭りに私と少年はすっかりはしゃぎきっていた。近ずいてくる足音の正体も知らずに。
花火の見える白浜海岸に向かっている途中後ろから大きな声が聞こえてきた。
「おーーい、ボトルもった坊主見なかったかー」
「おじちゃん、僕たちのことかな?」
「あ、ああ 多分そうだよ、ちょっとこれ持っててくれないか?でもなんだろう」
少年に持っていたボトルと金魚を渡して後ろを振り向いた。すると私達を呼んでいたのは金魚すくいの店番をしていたじいさんだった。
そのじいさんは私達を見つけたかと思うとこちらに近ずいて来て言った。
「あんたねぇ こんな偽札出されちゃ困るよ」
「はい?」
予想だにしていなかった言葉に私はおかしな声で返事をしてしまった。
「ほらこれ見てみろ」
目を凝らして見てみるがどこにもおかしな点はない。とは言っても素人が見た程度でわかるような偽札は存在しないだろう、それに偽札に関わるようなことに関与した覚えはない。
「どこがおかしいんですか?よく分からないんですけど」
「はぁあんた何言ってんだいどう見てもおかしいだろうよ」
この言葉の次にそのじいさんが言ったことはまたしても私の中では予想していなかった言葉だった。
「ほらこれ、あんた1000円札見たことねぇのか?ここに写ってる人!明らかにちげぇだろ!本物にはこの北里柴三郎ちゅうのが乗っとるの!」
「え、いや、そんな」
突然のことに言葉が出なくなった。2007年には1000円札は野口英世だったはずだ。まず北里柴三郎がお札に選ばれたことはない、そんなお札は私の知っているかぎりこの世には存在しないはずなのだ。
「とにかく、お巡りさんも呼んで来たからちょっと交番まで来てよ」
じいさんの後ろを見ると2人の警察官が近ずいて来る。ドクドクと心臓の音が聞こえる。今は身分証明書も持っていない、ここで捕まれば少年とは離れ離れ、元の世界に帰る手段もなくなってしまう、説明したところで信じてもらえるはずがない、どうする、どうしたら・・・
考えた末、私の脳は最終手段を選んでいた。
「雄也!走れ!」
私はじいさんを押し倒し、そのまま雄也を連れて逃げる。でも小学三年生の走力はたかが知れている。
「ほらしっかり!」
私は訳の分からない掛け声を発しながら雄也を持ち上げて走った。
この路地裏を抜ければ秘密の丘にたどり着ける。
「はぁ、はぁ」
私は汗だくになりながら走った、走りつづけた。
「はぁはぁ ゲホッゲホッ」
結局この丘に来てしまった。後ろを確認するが警察は来ていない。何とか巻いたみたいだ。この秘密の丘は警察官でも知らないみたいだ。
「いてっ」
知らないうちに少年を離してしまっていた。もう腕の感覚もほとんど無くなっている。少年の方を見ると心配そうな顔でこちらを見ている。
「ねぇお巡りさんから逃げても良かったの?おじさんなんか悪いことした?」
「してないよ、それに心当たりもない」
「でもお金が何とかって」
「そうだね、おじさんは何も知らないんだ、今考えるからちょっとまってて」
「お巡りさんから逃げる人って悪い人だって学校で言ってたよ?」
「うん、そうだね」
「だからおじさんも悪い人なの?」
「そうじゃない」
「でも」
「いいから黙っててくれ!」
「ひっ」
怒鳴った瞬間、浜辺から大きな花火が上がった。最悪のタイミングだ。
しまったと心の中で思うがもう手遅れだ。これからこの子は花火を見る度にこのことを思い出す。今日出会ったばかりの知らない男に怒鳴られたことを。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。久しぶりの夏祭りに久しぶりの花火なのに。
「あ、ごめん、言いすぎたよ、ほら花火見よう」
とっさに出てくる言葉に少年の心の傷を治すものは無い。
「う、うう」
少年は泣きそうになるのを我慢して走って丘を降りていく。追いかけなくてはいけない。そのはずだ。でも足が動かない。1歩が踏み出せない。後悔と罪悪感という名の重りが足にまとわりついて離れない。
「だれ?」
後ろから声がした。恐る恐る振り返る。
「ここ俺たちが先にとってた場所なんだけど」
「京介くん、いいよ 私は下でも」
振り向きはしたが恐ろしくて顔は見れない。けど声は聞こえる。どちらの声にも聞き覚がある。その声は私をパニックにさせる。
「あ、ああごめん、ごめんね、ちょっと寄っただけだからさ」
「さっきの子、どうすんだよ」
「え?」
「だから さっき怒鳴りつけてた子、どうすんだよ!」
「それは、その」
「あんたあの子の父親だろ?俺たちにとってはな、大事な祭りで今しかねぇ時間なんだよ!大の大人が子供の夏休み台無しにしてんじゃねぇよ!」
ああ、この情熱はいつ消えてしまったのだろうか。
自分の中で消えていた何かがまた燃え始めるのを感じた。
「ありがとう」
それだけ言って私・・・俺は走り出した。彼にはそれで十分だろう。
「何言ってんだいあいつ?気持ちわりぃ」
さっきまでついていた重りは燃えて無くなっていた。
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