第6話夏祭り2

人混みの中をただ歩く。ただ歩いているだけで楽しい。それが祭りだ。射的に輪投げ、金魚すくい。たくさんの屋台が次々に目に入り込んでくる。

それにしても人が多い。

『蜜です』

こんなに多くの人混みの中を歩いているとあの人の言葉が頭の中で流れてくる。でもこの年にはコロナウィルスは存在しない。今はいいのか悪いのか分からないこの状況を楽しむことにした。

「ん?」

服の下の方が引っ張られるのを感じる。見ると服を掴んでいた少年が足を止め、それでも私の服を掴んだままでいた。じっと向こうを見ている。少年の視線の先に目をやるとそれは金魚すくいの屋台だった。私は少年の視点までしゃがんで

「金魚すくいがしたいのかい?」

と聞いた。少年は首を縦にふる。

ジーンズのポケットに念の為入れてある゛野口英世゛を取り出して

「ボトルは私が持っておくからやって見ようか」

と、言うと少年の顔はとても明るくなりとても喜んでいることがすぐにわかった。

「おじちゃん!1回!」

少年は元気よく1000円札を渡す。

「はい 1回ね 網かコーンか」

「網!」

お釣りの600円は私が受け取り。少年は網を受け取る。まだ小学生、どうせ1匹も取れずじまいだろうと思ったがここで小学生を舐めすぎていたと思い知らされる。


「やった!みてみて7匹もとったよ」

ご機嫌といった様子で少年が私に金魚を見せる

「すごいなぁ」

自分が小学生の時は・・・いや、中学生のときでも金魚すくいでこんなにとったことは無い。子供の時は射的も金魚すくいも自分が体験することで楽しんでいたけど今はその様子を見ているだけで何故か楽しかった。


それから私達は一通り屋台を見てまわり、近くにあった階段に腰を下ろした。少年は残りの金で買ったトルネードポテトを食べながら屋台の方に視線をやっている。私はどうやら少年の荷物持ちだが、それでもこの祭りに来れただけで満足だった。

「このポテトなんか形おかしくない?」

「うん、僕もこんなカクカクしたの初めて」

その少年のトルネードポテトは端が角張っていて見たことも無い形をしていた」

「それ ひと口くれない?」

「うん」

相変わらず愛想がよく人懐っこい少年だ。少年からポテトをもらおうと手を伸ばしたところで再び放送が聞こえた。

『下田市白浜〜花火大会は7時から予定通り開催いたします』

「花火もあるじゃん!!」

気づいたらそんなことを口にしていた。私らしくないその言葉と口調に少年が驚いた顔でこちらを見ている。

「それじゃあ花火を見に行こうか」

さっきの言葉は自分の中で無かったことにして立ち上がった。

その時それは聞こえた。それは懐かしい声で、懐かしい口調で

「大丈夫だ 後で一緒におばさんには謝ろ。せっかくの祭りだしさ泣いてても変わんないよ、今を楽しもうぜ」

それは中学生の時の自分だった。

思い出した。私の彼女は母から借りた浴衣が汚れてしまい、それを気にして泣いていた。それを慰めるためにかけた何気ない言葉。

「今を楽しもう・・・か」

振り向きたい、けど振り向けない。過去の自分を見たくなかった。だってそれを見たら、よけいに・・・

「花火終わってもここにいたいな」

ふと呟いていた

「え?」少年は振り向いて聞き返す。

「いや、なんでもない、さぁ行こうか、おじさん秘密の丘を知って」

そこで言葉が止まった。

「え?そんな場所があるの?」

「いや、今は使えなくなってるかも、他の場所で見よう」

あそこへは行けなかった。いや、行きたくなかった。


その年の夏祭り、私と彼女は友達と見つけた秘密の丘で2人花火を見た。それを邪魔したくは無かったしその時の自分を見たくなかった。


もう気づいている。自分がこの時間に居たくて居たくてたまらなくなっていることに。







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