人生に疲れたオペレーターと外での生き方を知らない青年、彼らが織成す封鎖された遊園地からの脱出劇
私と彼はきっと出会うべきではなかったのだろう。
とはいえ、私の人生――つまらないつまらない、自分である必要のない人生の、あるべき転換点は間違いなく今ここであろう。
閉鎖された遊園地の、裏側の、さらに奥。絶対に近づいてはいけないといわれていた一室。
そこに行こうと思ったのは、ただの思い付きだった。いや、今の私からしたら運命に近いもののようにも思えるが。
残業が終わり、もう誰も彼もが帰っている時間。
深夜の職員用通路は妙にパンプスの足音が響いた。
天井を這うように設置されたパイプが、妙な反響音を上げている。
その部屋には職員用のカードキーですんなりと入れた。今考えればありえないことだ。
入れてしまったのだから、それがすべてだ。
ドアを開ける音が、寒々しい廊下に妙に響いた。
そこには、ファンの音を物々しく唸らせる機械たちと、その中心には、青年がいた。
「――っ」
思わず息を止めた。
ガラス張りの筒、泡の立っている培養液の中で、目を閉じた細身の青年。
何年も日を浴びていないのは肌は病的なまでに真っ白く、死んでいないだけのようにも見えた。
長い睫毛がピクリと動くと同時に、私は側らにあった消火器に手をかけた。
ガッシャンッ! という小さな音と共に、培養液は噴水のように外に漏れだし、視界一杯が赤く染まる。
警報が鼓膜を潰さんばかりに鳴り響く。
逃げるのが吉だ。吉なのだ。
しかし、そんなものは関係ないのだ。私は彼と共にいなければならないのだ。それはきっと神からの啓示だ。きっと運命の選択だ。
私は、ここで捕まるわけにもいかないんだ。
彼が抜けられるだけの穴を割って、スーツが培養液で濡れることも厭わないで彼を背負う。大丈夫。職員はもういない。
非常用の出口から飛び出る。心臓が鼓膜に張り付いているみたいにドクンドクンという音が脳を揺らす。
日ごろの運動不足が祟ってしまったのか、私の四肢はとっくに悲鳴を上げている。
そんなことは気にしていられない。走りにくいパンプスを脱ぎ飛ばしながら走る。
ようやくマンションに到着したころには、下着はぐっしょりと汗で濡れていた。
玄関に倒れ、限界を超えた体は強制的に私の意識をシャットダウンさせた。
○○○
最悪の気分だ。
体はべとべとだし、妙に体がきしむ。……筋肉痛か。
そうだ、昨日は確か、疲れて玄関で眠って――彼はどこだ?
「すぅ……すぅ……」
玄関で静かに寝息を立てていた。
丸まるように腕を抱き、呼吸と共に胸が上下している。
――彼は、間違いなく、ここにいる。
それだけで体中に残っていた倦怠感がどこかへ吹っ飛んでいった。体は風船のように軽くて、世界は宝石で出来ているかのように煌めいている。
ああ、今まで私は人生に疲れていた。生きる意味を見失っていた。
だが、それは当たり前だったのだ。私にとって価値のある人生は彼に出会ってからなのだから。
世界の選択か、運命の導きか、神の啓示か。
何だっていい。とにかく本能が私にそう訴えかけて止まらない。
私は彼と、あの遊園地から脱出して。
これからの本当の意味のある人生を歩んでいくんだ。
彼に尽くす人生を。
彼にすべてを捧げる人生を。
――――
以後、蛇足。
流石にこれだけだと分からないかと思ったので情報の付け足し。
青年は「人間を魅了する力」を持っていて、少年の頃の方がその力は強かった。
そして、唯一その力にかからない大人(誰だろうね。考えてないです)が研究の結果の超技術力(まあ、そういうもんだよね、フィクションって)でその力を広範囲に弱く使うことで遊園地を運営していた。
しかし、少年の年齢が上がるごとにその力は弱まり、遊園地の運営は出来なくなった。都合の悪くなった大人は、少年を遊園地の奥に培養液につけて保存(なんで殺さなかったかというと、殺人の悪評を嫌ったっていうのと、研究素材としてまだ使えると思ったから。主人公は研究の数値?が安定しているかの監視役)をしていた。
主人公が青年に近づけたのは偶然。というか、もはや奇跡レベル。
偶然、青年の調子が良くて能力が主人公に伝わってしまって
偶然、システムのバグで扉が開いてしまって
偶然、主人公が青年の能力に縋るしかないレベルで人生に疲れていた
からこその結果。
神様の啓示も世界の選択も運命の導きも主人公が勝手に作り出した妄想、幻想みたいなもん。
警備会社が来た頃にはとっくにもぬけの殻。大人が、青年を研究していることがばれるのを恐れて情報を残さないように監視カメラも館内に設置していなかった。
……みたいな裏設定。読むのの参考になればいいです。
短編集。気が向いたら更新 黒瀬くらり @klose_cl
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