第1話 [事の始まり]

「ふわぁあ……やっぱり眠たいや……」


 桜の花びらも落ち、緑の葉が生えてくる五月。

 大きな欠伸をしながら道路をテクテクと歩く一人の男子高校生がいた。


 彼の名前は——“笹田ささだ七美ななみ”。

 サラサラな黒髪で、パッチリとした大きな碧眼。身長は低くて小柄、肩幅も狭く、声が高くて女々しい顔をしている。

 そう、彼は男なのだが女の子のような見た目をしている。俗に言う“男の娘”だ。


 当の本人は可愛いと言われても嬉しいとは思っておらず、口癖が「可愛いよりかっこいい方がいい!」なのだ。


「う〜〜ん……昨日はテレビを見すぎてしまった……」


 昨日の夜に僕が好きなスパイものの映画がやってて、ついつい深夜まで見てしまったのだ。

 お母さんと妹と幼馴染が「学校では絶対に寝るな!!」と口酸っぱく言っている。

 「そこまで?」って言うくらい言うから僕は高校ではまだ寝たことがない。


 とりあえず、今日を頑張って乗り越えよう!





「みんな、おはよー」


 ガラガラと教室のドアを開け、手をひらひらとしながらみんなに挨拶をした。


「おはよー」

「七美くんちぃーっす」

「七美ちゃんは相変わらずかわええなぁ〜」


 クラスのみんなは優しくて、僕が挨拶をすると全員挨拶を返してくれる。


「おはよう、白銀さん!」

「あら、おはようございます。七美くん」


 僕は自分の席に座りながら隣の席の女の子に挨拶をした。

 その人は——“白銀しろがね紅蘭くらん”さんと言う名前で、少し変わった容姿をしている。

 綺麗な銀髪を腰まで伸ばして、に赤い瞳に真っ白な肌。“アルビノ”ってものらしい。

 あと真っ赤なリボンを頭につけている。


「七美くん……何やら体調が優れないように見えますが大丈夫ですか? 保健室へ行きますか?」

「えへへ、バレちゃった。でも昨日夜更かししちゃって眠いだけだから大丈夫だよ」

「夜更かしはいけませんよ? お肌が荒れるのですよ?」

「うん、次から気をつけるよ」


 少しおしゃべりをしていると、先生が昨日室に入ってきて朝のHRが始まった。


(眠いけど頑張って今日を耐えてみせるぞー!)



 —一時間目—


 眠気はあるけどまだ全然大丈夫。

 目はちゃんと開いているし、欠伸も数回しかしてないぞ。


 —二時間目—


 やばい……瞼がすごく重くなってきたし欠伸の回数も増えてきた。

 頭も回らなくなってきたよ……。


 —三時間目—


 目は三分の二くらい閉じていて、授業の内容が頭に全く入ってこない……。

 ノートに書いているつもりの文字は何かの暗号みたいになってる。


 —四時間目—


 目が……目がァッ! もう何度も閉じたり開いたりを繰り返している。

 授業の内容は一切入ってこないし、ペンをノートに走らせることはできなくなっている。


 そうだ! この授業は四時間目だから、弁当が待ってるって思えば……。

 あっ、だめだ。食欲よりも睡眠欲の方が勝ってる……。


 ——キーンコーンカーンコーン


「終わったぁぁぁ……」


 四時間目の授業が終わるチャイムが聞こえたと同時に、僕はバタンと机に倒れて眠ってしまった。


「な、七美くん!? 大丈——」

「すぴーー……」

「はぅっ!!」

(な、何かしらこの可愛い生き物は。テイクアウトしたいわ……じゃなくて! 七美くんは普段から可愛いけれど眠ったらさらに可愛くなってるじゃない!!)


 紅蘭は自分の席に座りながら悶絶していた。


「紅蘭ちゃーん、ちょっといいー?」


 彼女の女友達がテクテクと近づいてきていた。

 紅蘭は七美に気を取られていて、気づくのが遅れてしまった。


(い、今きたらダメ! この可愛さにやられてしまうわっ!!)


 だが時すでに遅し。


「うにゅ〜〜」

「「はわわわわわっ!!」」

「なになに〜?」

「二人とも何騒いでるのさ」


 二人が騒いでいると、もう二人が……。


「めんちかちゅ……」

「「「「ぐわぁっ!!」」」」


 三人は目を抑えて悶絶していた。


「授業終わってるからいいが、お前ら何騒いでるん——」


 騒ぎを聞きつけた他のクラスメイト、さらには先生が七美の席へとやってきていた。


「ぷー……ぷー……」

「「「「「……っ!」」」」」


 鼻が詰まっているらしく、寝息が何とも可愛らしい音を出していた。

 そしてそれを見て、聴いている者たちは鼻を抑えて鼻血が出ないように堪えていた。


「こ、これは反則級の可愛さ……」

「もう……言葉が出ないっ!」

「俺……どうにかなっちまいそうだ……」

「激しく同意」

「…………」


 各々がこの七美の愛らしい姿の感想を述べていた。

 さらには言葉が出せなくなっている者もいた。


「普段から可愛かったけれど、まさか——寝ている姿がこんなに可愛いすぎるなんてねぇ……」


 七美を囲んでいる者たちは、まるで草食動物を狙う肉食動物のような目をしていた。


 この日から、笹田七美の波乱万丈な日々が始まるのであった。

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