炎上少女とひねくれ少女
キノハタ
炎上少女とひねくれ少女
ツイッターを開いてたら、嫌な記事が目に入って思わず、私はうげえと顔をしかめた。
記事の内容は、私の知っているアーティストの炎上騒ぎ。
昨日のアーティストの発言を発端に、人権を軽視する発言だとか、差別的発言だとか、そんな感じて世間がわちゃわちゃと騒いでる。
気楽に音楽を聴いていたいだけの私としては、そんなに騒がなくてもいいのにねえと思うだけだけど。辟易しながら、そっとツイッターのタブを閉じた。
記事の内容はどうせ昨日、何度も見たし、……見てしまったからこそ、こうやっておすすめAIくんがせっせと見せに来てくれるわけだが。
残念ながら違うんだよ、別に見たいわけじゃない。ただ、嫌だけれど気になるから見てしまっただけなんだよ。
そんな感じで、ため息をついた私の隣で、クラスメイトが一人転んでた。
偶然、転んだにしては、唐突で。突然足元にあった鞄の持ち主が不自然に動かした結果なのだけど。
周りがそれとなく嗤いに満ちる。
微妙に隠された、そんな嘲笑。
私は、歯を食いしばるその子を見た。なんというか、『陰キャ』で『まじめ』って感じだった。
思わずスマホを見て、ため息をつく。
現実も電子の世界も、なんだかどっちもろくでもない。
まあ、どっちも人間がやってんだから、そうそう変わらないのは当たり前なのかな。
そういうもんかと、ため息をついて、私は現実逃避に窓を見た。
地方都市の中学校から見上げる空は、今日も今日とてどんよりで。
世の中、ほんとにろくでもない。
そう、ため息をついたところで、現実は何も変わらなかった。
ああ、ほんとにろくでもない。
※
「さくおじさん、テレビ切っていい?」
親の帰りが遅くなるころ、私はよく親戚のさくおじさんの家に泊まってた。
さくおじさんは、お母さんの年の離れた弟で、20代後半くらいのおじさんっていより、印象としてはお兄ちゃんだ。仕事は塾で理科を教えてる。
「いいけど、どしたの? 好きなアーティスト出るって言ってなかったっけ」
「えんじょーしたから、今ちょっと見たくないの」
私の答えにさくおじさんは、ふうんと相槌を打つとそっとテレビのリモコンを手渡してくれた。
私はテレビの電源を切ると、さくおじさんがエプロンつけてご飯の準備をしてくれているのを居間に座りながら、ぼんやり待つ。
程なくして、座卓に料理が並べられる。今日は親子丼と、お味噌汁。野菜がとれるからと、どっちも具はもりもりだ。
手を合わせて、二人揃っていただきます。口に入れた親子丼は大雑把な味だけど、どことなくしっかりしていて、とても美味しい。
私独りで作るより、やっぱりこっちに来てた方が美味しいご飯が出てくるんだよね。
適当に口を動かしながら、食事時の恒例行事として私はその日の出来事を喋ってた。
つっても、今日の話題は……なー。スマホをちらっと見て、ちょっと後悔。
「うわ、まっだ炎上してる」
「何が?」
「……さっき言ってた人。なんか謝罪会見とかあったらしいけど、そこをまたいろんな人がぼこぼこにしてるみたい」
「……そいつは、また」
「ほんっと、なんでなんだろね、別にそこまでしなくてよくない?」
「その人、なに言ってたの?」
「えー……と、なんだったかな、人種差別……的な? そこまではっきり言ったわけじゃないけれど」
「ふうん」
「でもさ、ここまで叩かなくてよくない? って私は正直、思うのですよ」
人種差別ってやつにどれほどの意義があるのか、私は正直、わかんない。
何せ、近くにいるのは、まあ大概日本人だし。ちゃんと知る人が聞いたら怒るだろうけど、海外旅行すらしたことがないうちの家庭事情では、人種差別って言われても正直、何のことやらって感じだった。関心がないっていうか、出会ったこともない人の問題はわからない。
いやあ、まあ、でも結局そこが問題じゃないんだろう。
「そんなに叩かれてるんだ」
「うん、なんだっけ。CMスポンサー解除、歌ってる曲はあちこちで流れるの停止、事務所に抗議の電話と手紙が雨あられ、ツイッターと曲のMVも荒らし集団の大合唱、国の偉い人とか人権団体の人とかがどれだけ罵倒できるか選手権みたいなのやってるみたい」
「あらあ……大変だね」
「ほんっともう、こっちは普通に曲が聞きたいだけなのに、なんか余計なこと考えちゃうよ」
はあ、とため息をつくけれど、もやもやは一向に解消しない。
なんていうか、世の中の人は随分狭量なのだなと思い知る。
騒いでる人の中には、社会的に抹殺しようとか、稼いでる経路を潰して打撃を与えようとか、こういう悪がいるから差別なんか起こるんだとか、果たしてそこまで言う意味があるのか、よくわからないことを言ってる人もいる。
「別にさー、悪いこと言ったのは、それはそれで悪いと想うんだよ。反省するじゃん、謝って会見もしてるじゃん。でもそれで終わんないんだよね。まるでその人の全部を否定しないと気が済まないのかなって言うか、その一言で本当にその人の全部が分かるのかなって」
「そっかー」
「うん。だってさー、一回間違えたら社会的に終わりならさ。私ら間違えまくってんじゃん、私、ちっちゃいころすれ違った黒人のおっちゃんに、『なんでそんな日焼けしたの?』とか聞いちゃったよ? それでもうアウトじゃん、はい社会的にしゅーりょー、じんせいおーわりってね。んなわけあるかー」
「まあ、有名人だから取り上げられたんだろうね」
「そー、っていうことはだよ。批判してる人の大半も多分言ってるんだよ、それか普段はなんも気にしてない。それでもそんな自分のこと棚上げにしてさ、有名人の責任があるからとか、影響力があるからとか言っちゃって、ばっかみたい。人の失言に文句言う前に、自分の言葉を直せばいいのに」
口にすればするほど、苛立ちはふつふつと湧き上がってる、自分でもなんでこんなに怒ってるのかわかんないくらい。
「そうなんだよ! あれね、大半の人はなーんも関係ないの。叩きたいだけ。ちゃんとさ人権のこと考えて、差別をなくそうって取り組んでる人は100人いて1人とかだよ。大半は、別にどうでもいいのに、叩きたいから叩いてるとか、正しいこと言ってる自分がかっこいいって想ってるだけの奴なんだよ。説教が無駄に長い学校の先生と同じじゃん、もう自分が正しいこと言ってる気持ちよさに酔ってるだけだよ。いいね、ついてうひょーとか思ってるんだよ、ああ、気持ち悪い!!」
「っふふ、そうだねえ」
「極めつけがさ、こんなこと言ってる奴の歌なんて信用ならないとかさ、ろくでもない歌だとかさ、人間性がおかしいとか、根っからの差別主義者だとかさ。お前ら何がわかんだーって感じじゃん! あの人、歌は滅茶苦茶いいんだよ、こう心の弱いところにずんってくるっていうか、あの歌のお陰で自殺を思いとどまったみたいな人もいるくらいでさ、そんなの全部無視して、よく知りもしないくせに盛り上がってるから乗っかって否定しようって、ばっかじゃないの!」
……いかん、言えば言うほど、不満がたらたらと湧いてくる。誰にも言えなかったから、余計むしゃくしゃするし……さくおじさんに迷惑だな、これ。ああ、ちょっと自重しよ。
「……ごめん、ちょっとヒートアップしちゃった」
「いーよ、別に。でも珍しいね、随分怒るじゃん
「ん? んー、確かにそうかも」
「前、政治家の人が女性蔑視で叩かれた時は、ここで鼻くそほじってたのに」
「ほじってまーせーん。……んー、なんだろ私、別にあの政治家さんのこと知らないからかな……」
まあ、話題としては人種差別よりは私に近いはずだけど。はー、おじいちゃんもこんな時代に馬鹿なこと言うなあとか、それくらいにしか考えてなかったっけ。
確かに、今回、妙に怒ってるな、私。やっぱ、知ってるアーティストだったからかな。どういう背景にその人がいて、何を積み重ねてきたか、知っているからなのかな。
冷めないように親子丼をかきこみながら、考える。
どうして、私はここまでそのことを気にしてるんだろう。なんで、ここまで怒ってるんだろう。
「まあ、結局みんな、周りに期待しすぎてるだけなのかもしれないね」
さくおじさんは、ふと調子を変えたように、そう言った。
気楽に、軽快に、何気ない話をするみたいに。
「僕らは結局、群れた弱い生き物だ。一人だと、アリの群れの中の一匹と何も変わらない。有名人も結局一緒だよ、たくさんの人に囲まれただけのただのアリの一匹だ」
私達は親子丼を口に運ぶ。
「僕達は完璧じゃない。僕達にはできることと、できないことがある。僕達は失敗もたくさんする、誰だって、もちろん有名人だって」
みそ汁が熱い。
「でも、不思議なことに、僕達はそれを中々認めらない生き物だ。だから、『期待』を託す。それは『完璧』だったり、『気持ちの代弁』だったり、形はいろいろなんだろうけどね」
手を合わせた。ごちそうさまの合図を送る。
「それで『期待』を裏切ったら、そいつは悪い奴だからって、みんなで攻撃する。小話だけど、正義感で他人を攻撃してる時って、脳みそにドーパミンがバンバン出るんだよ。感覚的には麻薬中毒みたいなもんになるんだね。だから、世の中にはのめり込む人が絶対、出てくる。だから際限が効かない。だから自分だって失敗する割に、他人の失敗を許せなくなる、自分が責められたらたまったもんじゃないのにね」
ちなみに、ドーパミンって『期待』を煽るだけだから、満足や安心はできないんだけどねって、さくおじさんは言いながら笑ってた。
「あとはあれだね、みんなめんどくさいんだ。めんどくさがりだから、名前を付ける『差別主義者』とか『~~系』とか、何でもいい。分かりやすいものに飛びついて、背景のことは想像しない。疲れるしね、そこまで深く考えたくないんだろ。でも、芽玖が引っかかったのは、そのアーティストをちゃんと知ってたからなんじゃないかな、だから知らない人がどれだけ想像してないかわかっちゃったんだ」
二人揃って洗い物をした。私はふーむと唸りながら、洗い終わった皿たちを食器乾燥機に入れていく。
「まあ、そういうのを踏まえたうえで、結局、自分がどうするか、だよ芽玖。群れたアリの特性は君にはどうしようもないけれど、君の行動くらいは君のさじ加減で変えれるだろう?」
洗い終わって、リビングでテレビをつけた。もうニュースは終わってて、テレビの中ではアイドルがせっせと野菜を作ってた。
「んー、SNSで私の意見を言ってみる?」
「悪くはないけど、基本的に他人の意見は都合よく変わらないよ。それは芽玖ができる範囲の外だからね」
「んー、じゃあ……」
何ができるだろ。
私に。
こうして、人を許せないたくさんの人たちが。人に『期待』しすぎるたくさんの人たちがいる場所で。
私に何ができるだろ。
たった、アリの一匹に。
悩みながらテレビを見た。
それから、さくおじさんの家でお風呂を借りて、そのままおじさんの家で眠りについた。
それで、さくおじさんが子どもの頃から大事にしてるうさぎの人形を借りて、ベッドでごろごろ転がった。ちなみにさくおじさんは居間のソファで寝るそうな。
さてはて、どーしよっかなー。
なんとなくうさぎの人形に聞いてみたら、好きなようにすればって、言われた気がした。
気がするだけだよ。うさぎの人形が喋るわけなんてないんだから。
※
結局、私はアリの一匹で、何千、何万っていう群れのうねりを変えることなんてできやしない。
私が変えれるのは、私の指の先っちょまで、そこから先は相手次第。どうなるか、どうするかなんて私には決められない。
ちなみに、アーティストの炎上騒ぎは一週間もすれば止んでいた。
ネットの話題は、気づけば次の炎上騒ぎ、はてさて今日も、ろくでもないことこの上ない。
勝手に誰かに『期待』して、気持ちいいから正義に酔って、めんどくさいから適当に名前を付ける。
そうして今日も、変わらず世界はせっせと回ってる。アーティストが歌った歌は、今日もどこかで変わることなく響いてる。
私も、次、黒人のおっちゃんに会ったら、『なんで日焼けしてるんですか?』なんて聞かないようにしないとね。
ふわぁとあくびを出したころ、昼食も終えた昼休み。
私の隣で、またクラスメイトがこけていた。
ぱっと周りを見渡せば、嘲笑と侮蔑が目に見えた。
まあったくみんなろくでもない。私も大して違いがあるわけじゃないけどさ。
仕方ないので、私は軽く息をついた。
気楽に、軽快に、何気なく。
私は彼らを変えられない。私が変えられるのは私の指のさきっちょまで、そこから先は相手次第。
だからそっと、何気なく、私はぼんやり手を伸ばした。
この『陰キャ』……じゃないな、なんていうんだっけ、名前。
「立てる?」
「……は?」
いじめをなくす? 立場を変える? 正義の意思をみんなに伝える?
これまた奥さん、ご冗談を。
アリの一匹にできることなんて、精々、こけたアリの一匹に手を伸ばすことくらいでしょう。
「で、立てるの、えーと……岸山さんだ」
「岸峰だけど……なに、助けんの? 気持ちわる」
その陰キャ女子……じゃなくて、岸峰さんはそう言って、ぶつくさ言いながら仕方ないとでもいうように、伸ばした私の手を取った。
「あー、いじめられるのもわかりますなあ。口がわっるい」
「はあ? 突然、何よ。善意の押し売りとか気持ち悪いから止めてよ」
「しない、しない、気が向いて手を伸ばしただけだから。時価一円くらいの善意だよ」
「はっ。大体、詐欺ってそういう所から始まるのよ、最初に安いもの買わせて、後々、高い高い物押し付けんの」
「………」
「………」
「「……っぷ」」
思わず、吹き出した。まだ大して知りはしないけど、嫌われる理由はよくわかった。そして多分、面白い人だと言うことも。
二人揃って、私達はけらけら笑う。
世界を変える? 悪い冗談。
誰かを変える? それもちょっと難しい。
私にできるのは、精々、私を変えるだけ。
そんなこんなで、私は今日も過ごしてる。
アリの一匹がアリの一匹に手を貸して、世界は今日も廻ってる。
炎上少女とひねくれ少女 キノハタ @kinohata
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