IF タフネス ~タフなわたしは悲観しない~ 2

「お仕事、邪魔。ごめん、さい」


 そういえば、私はまだこの世界の言葉が不自由だったな、と久しぶりの人間との会話で思いだす。

 ヤギに向かって話しかけていたので、声の出し方は忘れていなかったが、相変わらずの片言トークだ。

 動物相手なら文法もなにも気にせず、思ったままに話しかけられたが、人間を相手にするとそうはいかない。

 

 血を滴らせた蛇を振り回す幼女の襲撃に驚いた男は、まず悲鳴をあげた。

 まあ、悲鳴ぐらいあげたくもなるだろう。

 絵面を想像したら、私だって悲鳴をあげたくなるような、わけの判らない情況だ。

 

 男の悲鳴を聞きつけた仲間たちはすぐにアントンさん宅へと集まり、家の取り壊しと放火作業は一時中止となった。

 突然現れて暴れはじめ、逃げ回る私を捕まえるために、だ。

 

 家の中に逃げ込み、屋根裏を走り、屋根に上って庭の木へと飛びうつり、地面へと下りて森へと逃げ込む。

 そこまでは見事な手腕と自分を褒めてやりたいのだが、やはり大人と子どもの歩幅と体力と持久力には差がある。

 すぐに私は男たちに捕まり――自己紹介と事情の説明を受けた。

 

 黒い鎧の男たちは『黒騎士』と呼ばれる前世でいうところの警察のような、自衛隊のような組織の人間で、無人の村の調査に来た。

 ほかにも無人になっている村があり、そちらでは村人が腐乱死体になっているのが確認された。

 おそらくは伝染病かなにかであろう、という判断がおり、村をまるごと焼き清めるところであったのだ、と。

 

「おじさんたち、悪い人、違った。悪い人おもって、仕事邪魔。ごめん、さい」


「おじさん……そうか、おじさんか……」


 せっかく私が反省して謝っているというのに、テディと名乗った黒騎士は別のところが気になっているようだ。

 どうやら『おじさん』と呼ばれるのが気になる、実に微妙な年齢らしい。

 

 テディにはこれまでの経緯を聞かれたので、覚えている限りを正確に答えていく。

 本当に未知の伝染病が広がっているのだとしたら、少しでも情報が必要になってくるはずだ。

 秋の終わりから続いた村の異変や村人たちの症状を思いだせる限りで語ると、驚かれた。

 そこまで詳細に記憶しているとは思わなかった、と。

 

「アントンさんの家、燃やすの、ダメ」


「やぁ……ダメって言われてもなぁ。病気の出た家は全部燃やさないといけないし……」


「アントンさんたち燃やしたら、わたし、寝るトコない」


「……あれ? ティナちゃんのお父さんの名前はサロじゃなかったか? アントンさんの家を燃やしても、ティナちゃんの寝る家は……」


「家、違う。わたし、お父さん死んじゃってから、ヤギのアントンさんち、寝てた」


「ヤギのアントンさんち?」


 首を捻るテディを家畜小屋へと案内する。

 ヤギのアントンさん夫婦を紹介し、夜は毛布に包まって藁の上で寝ていたのだ、と聞かせると、テディの目に涙が溢れた。

 どうやら、このテディという黒騎士は、顔は強面だが、中身は人情家らしい。

 八歳の私が両親と死に別れ、村人の絶えたこの村で家畜と身を寄せ合って生きてきたことにかなり同情しているようだ。

 

「ん? なンだ、そのガキ」


「村の生き残りだ。黒騎士を知らず、山賊が襲ってきたかと森に隠れていたらしい」


 家に火をつけられて慌てて森から出てきたところを保護した、とテディが私の武勇伝おてんばをやんわりとオブラートに包んで隊長らしき黒騎士へと報告する。

 ジャン=ジャックという黒騎士はテディからの報告に興味なさげな相槌を打ったかと思うと、腰に下げた小袋を私の目の前へと差し出してきた。

 

「……なに?」


「いや、ガキはこういうの好きだろ?」


 なんだろう? と差し出された袋を受け取る。

 ふにゃっとした触り心地の袋は、ふわふわとしているが塊だ。

 触感からして、中に入っているものは――

 

 ……あ。

 

 ピンと脳裏に閃くことがあり、恐るおそる手にした袋を地面に下ろす。

 口をしっかりと握って中のものが逃げ出さないようにし、さきほどは蛇の首を切り落としたナイフをポケットの中から取り出した。

 そして、そのまま――

 

「ちょっと待てっ!? なンてことしやがるっ!! おっそろしいがガキだなァ!?」


 このあたりが首か。

 外れても胴体あたりだろう、と狙いをつけてナイフを突き立てようとしたのだが、ナイフを握った手をテディに、袋はジャン=ジャックの手へと回収されてしまった。

 

「ガキは小せェ生きモンをかわいがるモンだろっ!? なんでいきなり殺そうとすンだよっ!?」


「それ」


 たぶん、それだ、と取り上げられた袋を指さす。

 伝染病の発生源は、おそらくジャン=ジャックが持った袋の中にいる生き物だ、と。

 

「あン? こんな小せェ生き物が――」


「前、聞いた。いきもの、しょうひん。びょうき。しらなくて、移る。みんな、なる。びょうき」


 前世で見たドキュメンタリー番組の内容を、片言を駆使して伝える。

 病に感染したげっ歯類がペットとして輸入され、その輸送・販売過程で病が人間へと移り、次々に感染を広げていくという内容だった。

 

 前世だとか、テレビ番組だとかは、頭の中で言葉を探す過程で排除した。

 テディにはすでに私の言葉が不自由であることは理解されていたので、言葉を区切った話し方も、とくに不審に思われることはない。

 

「ジャン=チャック、マスクもどき、ぎむ。つける」


「俺、コレ、嫌いなンだわ」


「お母さん、同じ、言った。うちで一番、はじめ。なった。びょうき」


 ほかの黒騎士たちはマスクを付けている、とテディを指差す。

 彼らは「伝染病で滅びた村を焼き清めに来た」と言うとおり、手袋やマスクといった最低限の備えは万全だ。

 うっかり小動物を捕まえようとし、まんまと噛まれたジャン=ジャックとは違う。

 

 村に病を運んだ原因説が濃厚な小動物に噛まれた。

 これだけでジャン=ジャックは病に感染した可能性がある。

 

 さらには、噛まれた直後にジャン=ジャックは自分で傷口を舐めてしまってもいるらしい。

 傷口からの感染の可能性に加えて、口腔内からの感染の可能性もあるだろう。

 なんだったら、小動物を捕まえた時、袋へ入れる際にも暴れたはずだ。

 ということは、周囲に飛んだであろう目に見えないサイズの毛や埃を鼻から吸い込んでいて、鼻腔からの感染の可能性もある。

 

 ……むしろ、これで感染してなかったら凄いよ。

 

 結局、ジャン=ジャックと私は伝染病の疑いあり、ということで、黒騎士たちからは隔離されることとなった。

 とはいえ、八歳の私を焼き払った村に残して置いては「死ね」と言っているも同然なので、街へは連れて行かれることになっている。

 すっかり情の移ったヤギのアントンさん夫妻の同行を願えば、テディは渋面を浮かべた。

 まだ生きているとはいえ、ヤギが病に感染していないという保証はない、と。

 が、ジャン=ジャックが「ここでゴネられても面倒だから」と同行を許してくれたことで、まだしばらくヤギのアントン夫妻とは一緒だ。

 ただし、先に送った伝令がヤギの街への持ち込みを拒否したら、その時は殺処分する、という約束もさせられた。

 これは私への譲歩と考えるよりも、いざヤギを殺処分することになった場合に、私から事前に言質をとっている、という実績がほしいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ヤギのアントン夫妻は、無事グルノールという大きな街へと入ることを許された。

 移動の途中で伝令が戻ってきて、セドヴァラ教会という病院のような役割をしている施設からヤギの受け入れを許可されたようだ。

 私の記憶していた伝染病にまつわる数々の報告から、病の正体が判明したらしい。

 その結果から、ヤギが未だに生きていて、病に感染している様子がないようならば大丈夫だろう、という判断だ。

 

 そして、私とジャン=ジャックはというと――

 

 ……隔離中なーう。

 

 街に近づいたら、麻袋の中へと移動させられた。

 移動中に街中で病を撒き散らさないように、という配慮だとはわかるのだが、なんとも微妙な気分だ。

 

 街の中に入ると、まっすぐにセドヴァラ教会へと運びこまれる。

 そこで待っていたのは病の潜伏期間を過ごす隔離生活だ。

 私に対しては潜伏期間の隔離処置だが、ジャン=ジャックに対しての隔離は、完全に感染者に対するソレである。

 

 やはりというか、なんというのか、ジャン=ジャックはワーズ病という名前だったらしい伝染病に感染していた。

 私たちと一緒に村から戻って来た黒騎士も隔離生活を送っているが、発症したのはジャン=ジャックだけである。

 早期発見というか、栗鼠ウシリに噛まれたほとんど直後に感染の可能性に気がつき、全員でマスクや距離を取るといった自主的な感染対策を行ったおかげだ。

 

「……おまえがティナ・メイユか」


「わたしはティナ、ですよ。なに? メイユって」


 ティナだけなら私の名前だが、メイユが付いたら人違いかもしれない。

 私はただの『ティナ』で、今生は姓などないのだ。

 

 姓などない――と思っていたのだが、ジャスパーと名乗った薬師によると、私が『ティナ・メイユ』で合っているらしい。

 メイユ村出身、というぐらいの意味合いで『ティナ・メイユ』なのだとか。

 黒騎士たちのあげる報告書には、私の名前は『ティナ・メイユ』と書かれているらしい。

 本人が知らない名前が普通に使われていた、という事実にびっくりだ。

 

「あの村、メイユ村、言った。はじめて」


 村の名前など初めて知った、と片言で答えると、ジャスパーは奇妙な表情をする。

 片言で話す幼女を愛でるでも、上手くしゃべれない子どもを嘲るでもない、不思議な表情だ。

 

「同じメイユ村出身、ということで、俺がおまえの担当になった。……おまえの連れて来たヤギの世話も見させられている」


「アントンさん、たち、お元気です?」


「……アントン?」


「ヤギのアントンさん」


 元はアントンという名の村人の家の家畜である、と伝えると、今度の表情は判りやすい。

 ジャスパーは心底嫌そうな顔をして額を押さえた。

 

「メイユ村のアントンといえば、あれだ。俺も昔何度か遊んだ……あのアントンか」


 あのアントンも死んだのか、と聞かれたので、覚えている限りでアントンの様子を伝える。

 アントンがまだ生きていた頃は、私は病気の家には近づかないように、と母から言われていた。

 そのため、実際の様子を私は見ていない。

 私が知っていることは、すべて両親たちがお互いの情報交換として交わしていた内容だ。

 

「……ダルトワ夫妻も死んだのか? あの二人は村人とはほとんど付き合いがなかっただろ」


「だから、お父さんの前、死んだ。えっと……」


 複雑な会話は、まだ私には難しい。

 片言でならなんとか話せるのだが、文章を頭の中で作っているうちについ言葉が漏れ出して、舌が回らずに噛むぐらいならいいのだが、時折日本語まで漏れてしまう。

 片言なのはまだしも、日本語ではジャスパーには通じないはずだ。

 

 ダルトワ夫妻は村では除け者扱いされていた。

 余所者の両親も同じ扱いをされていたので、ダルトワ夫妻とは逆に仲がよかった。

 今年の冬にいたっては、一緒に冬を越すぐらいには良好な付き合いである。

 両一家ともメイユ村では浮いていたため、ワーズ病が広がり始めた際にも感染は免れていた。

 が、両親たちは病人たちを放っておくこともできず、世話をすることにして、やがてワーズ病に感染してしまった。

 最後まで感染せず、生き残ったのは私だけである。

 

 つっかえながら、あちこち噛みながら最後まで語ると、ジャスパーは一言だけ「そうか」と言った。

 眼鏡をずらして目頭を押さえたのは、見なかったことにする。

 昔は一緒に遊んだらしいアントンさんの最期より、ダルトワ夫妻の死についてショックを受けているようなのが不思議だ。

 ダルトワ夫妻には子どもがいたと聞いたことがあるが、ジャスパーがそうなのだろうか、と考えてすぐに否定する。

 ダルトワ夫妻の家には、今の私より少し大きなサイズの女児の服があった。

 ダルトワ夫妻の子どもは、女の子のはずだ。

 

 ……年齢的に、ウラリーおばさんの子とも、一緒に遊んだことがあるのかな?

 

 そういえば、ジャスパーの家族については聞かれないな、とも気が付く。

 普通、故郷の訃報を聞けば、一番に聞きたいのは自分の家族の消息についてだろう。

 アントンさんについては私がヤギに名前をつけていたので、会話の流れだったが。

 ジャスパーが次に聞いたのはダルトワ夫妻のことだった。

 

「えっと……」


 気を使って、ジャスパーの家族について話題を振るべきだろうか。

 とはいえ、私は村人すべての顔と名前を知っていたわけではない。

 実際に名前を出されても答えられない可能性の方が高かった。

 

「ジャスパーしゃ――」


「おまえの、時々出てくるニホン語はウラリーおばさんか?」


「うぇ!?」


 不意にぶつけられた言葉に、ぎくんちょっと息と動きを止めてジャスパーを見上げる。

 まさか『日本語』なんて単語が、自分の口以外から出てくるとは思わなかった。

 今生の両親だって知らないはずの単語だ。

 

 ……あれ? でも、ウラリーおばさん?

 

 しばしジャスパーの言葉を反芻し、首を傾げる。

 どこで日本語とウラリーおばさんが繋がるのか、と。

 

「おばさんじゃないなら、おじさんからってことになるが……違うみたいだな?」


「……」


 なんで判るのかと思えば、私の反応が判りやすいからだろう。

 これ以上悟られまい、と頬を両手で隠す。

 もみもみと自分の頬を捏ね、変顔を作って嘯いた。

 

「ナンノコトカナー? 私、子ドモダカラ難シイコトワカンナイナー?」


「判リヤスー。全部ニホン語、ナッテルゾー?」


「ソンナコトハ……あれ?」


 日本語お上手ですね、と試しに日本語で返してみる。

 すると、ジャスパーは少し片言気味の日本語で「それほどでもない」と謙遜までしてみせた。

 

「なんで、日本語? ウラリーおばさん?」


「俺は……、いや、それはどうでもいい」


 ……どうでもよくは、なさそうだよ。

 

 もちろん口からは出さないが。

 僅かに逸らされたジャスパーの視線が、『どうでもいい』という表情ではなかった。

 ただ、会話の流れから、ジャスパーが誰から日本語を教わったのかは察せられたので、私もそれ以上の追及をやめる。

 ウラリーおばさんではなく、ダルトワ家で話題が濁される存在ものといえば、村長に売られてしまった子どもについてだ。

 ジャスパーの日本語は、その子から教わったのだろう。

 

 ……あれ? そもそも、なんで日本語?

 

「ジャスパーしゃ――」


「おまえのは『ダルトワ夫妻から教わった』もので『話せるのは挨拶ぐらい』、『読めるのはひら仮名だけ』で『意味は解らない』だ。……そういうことにしておけ」


 なぜ日本語なんて単語が出てきたのか。

 それをジャスパーから聞いてみようとしたら、先に会話を終了されてしまった。

 あれはダメだ、これはダメだ、と頭から押さえつけられた形だが、私は見た目通りの子どもではない。

 なにか理由があるらしいことは察することができたので、とりあえず素直に従っておくことにした。

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