IF タフネス  ~タフなわたしは悲観しない~ 1

書きたいものを書いた。(いつも通り)

今は公開している。(いつも通り)

 

サロの死亡が一日早く、ティナの性格が若干ワイルドなifです。

細かい設定のあれこれは本編で語っているので省略しました。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 最後に父が死んだ。

 

 なんということだろう。

 今生、どうやら異世界に転生したらしいというのに、若干八歳にして天涯孤独の身の上になってしまった。

 これは非常に由々しき事態だ。

 ただ八歳児が孤児になるだけなら周囲に助けを求めればいいが、私の場合はそうはいかない。

 父は『最後に』死んだのだ。

 ほかの大人はおろか、子どもも老人もすべて、今は冷たい土の下で眠っている。

 

 父は最後に死んで、私は最後に残された。

 

 ……惚けててもしかたがない。お父さん埋めなきゃ。

 

 正体不明の伝染病かなにかだと思うのだが、それが村を襲った。

 秋から少しずつ村に広がり、冬の間に村人の命を奪い、春の初めに生き残っていたのは私と父のサロだけだった。

 先に死んだ村人たちは両親と冬の間一緒に暮らしていたダルトワ夫妻とで埋葬していたのだが、その父も死んでしまったのだから仕方がない。

 父は私が埋葬するしかない。

 八歳の私が、大人の父を、だ。

 

 ……無理がありすぎるけど!

 

 無理はあるが、無理だと放置もできない。

 このままベッドの上で腐らせてしまうのは、親子としての心情的な意味でも、このあともこの家で暮らす人間としても、嫌だ。

 

 ……完全に腐って骨になったら、それはそれで運びやすいだろうけどね。

 

 肉が腐って骨になるまで、同じ屋根の下に遺体が放置されている、というのはなんとも形容しがたいものがある。

 運びやすさを求めるのなら、遺体をバラして運ぶ、という方法もあるが、物を言わなくなった遺体とはいえ、八年間育ててくれた父親の体だ。

 父親それをバラすなんて行為は、さすがに嫌だ。

 無理ではないだろうが、ひととして嫌すぎる。

 

 ……お行儀は悪いけど……っ!

 

 父の体をシーツで包み、シーツからこぼれ出ないように端を結ぶ。

 正体不明の病ではあったが、マスクである程度は感染を防ぐことのできる病だった。

 ということは、父の遺体にはできるだけ触れない方がいいだろう。

 遺体とはいえまだマスクは外さず、独り言ですらも発しない方が正解のはずだ。

 

 ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!

 

 壁と遺体の間に入り込み、足を伸ばして遺体をベッドから蹴り落とす。

 行儀が悪いどころの行いではないが、八歳児が父親を抱き運べるはずもないので、仕方がない。

 ドスっと床に落ちた衝撃で父が目を覚まさないかとも期待したが、そんな奇跡は起こらなかった。

 

 ……お墓はお父さんがもう用意してあるから……。

 

 父はこうなることを予期していたのだろう。

 母の墓の横に、もう一人分の墓穴を掘っていた。

 

「……んんっ!」


 シーツを引っ張って遺体を運び出そうと試みるが、大人一人の、それも成人男性の体重は子どもの私には重すぎる。

 自分の体重を使って引っ張ってもみるのだが、遺体は僅かに動くだけだ。

 とてもではないが、腐り始める前に墓地へと運ぶことはできそうにない。

 

 ……こんな時こそ、前世の知識で俺スゲーだよ!

 

 せっかく前世の知識があるのだから、と無い知恵を絞る。

 前世の知識があれば、シーツに包んだ父を引っ張って運ぶよりは多少マシなアイディアが出てきてくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 結局、各家々から集めてきた薪を使ってモアイ像の要領で、あるいはピラミッドの石材を運ぶ要領で父の遺体を墓地まで運ぶ。

 一日では終らなかったが、日が沈んでしまっては暗い中での作業は難しいので、諦めた。

 蹴ったり、転がしたりと父には申し訳ないことばかりだが、父の遺体は本日野ざらしである。

 

 そして私はというと、ひとりぼっちの家には帰りたくなかったので、アントンさんの家の家畜小屋にお邪魔することにした。

 アントンさん一家はすでに土の下だが、家畜のヤギは生きている。

 ヤギを温石代わりに、毛布に包まって眠れば、藁の上でも意外に快適だ。

 なんといっても、自分以外に生きて動いているものがいる、という事実が最高だった。

 

 翌朝は夜中に暖をとらせてくれたヤギの世話をしてから、食欲は湧かなかったが固いパンをモソモソと喉の奥へと送り込む。

 昨夜は疲れ果ててスープを作る気力もなかったので、朝食は硬いパンとお湯だけだ。

 父の埋葬をどうにか今日中に終らせて、せめて夕食からはもう少しまともに作って食べなければ、一週間後には父のあとを追うことになってしまう。

 それでは昨日から散々私に蹴られたり、踏まれたりとしている父に申し訳がたたないので、私は生きなければならない。

 父が言ったように、半年に一度来るかどうかの行商人を待って、どこかの街の孤児院へと連れて行ってもらうのだ。

 

「……」


 もしかしたら父が死んだことは間違いだったのではないだろうか。

 今日、もう一度見たら父はいつものように目を覚ましているのではないだろうか。

 ぼんやりとそんな夢のようなことを考えていたのだが、父の遺体は昨夜置き去りにしたままの場所にちゃんとあった。

 幸いなことに、野犬や獣に悪戯をされた形跡もない。

 

 黙々と作業を再開すると、昨日でコツを掴んでいたらしい。

 墓地までの移動は、太陽が真上にくる頃には終っていた。

 あとは墓穴の中へと父の遺体を落とし入れ、上から土をかけるだけだ。

 

 スンっと鼻を鳴らして唇を引き結ぶ。

 泣いたって父は生き返らないし、体力の無駄使いだ。

 今生の実年齢はともかくとして、中身は見た目通りの年齢ではないのだから、無駄なことは我慢できる。

 我慢できなければ、体力を無駄に消費して弱るだけだ。

 

 ……ん?

 

 とぼとぼと輸送に使った薪を拾いながら墓地から戻ると、村の入り口付近に不審な一団を見つけた。

 黒い鎧を身に纏った、強面こわもての五人の男たちだ。

 どこからどう見ても、疑いようもなく――

 

 ……絶対に悪いやつじゃん! 盗賊? 山賊?

 

 どう好意的に考えても、まともな人物には見えなかった。

 黒い鎧だなんて、判りやすすぎるほどに、悪役の目印だ。

 

 ……隠れなきゃっ!

 

 音を立てないように手にした薪を足元へと下ろし、男たちの様子を窺ったまま物陰へと姿を隠す。

 私の体格は年齢よりも小さいので、こういう時に有利だ。

 

 男たちの行動を背後から見張っていると、どうやら男たちはこの村の現状を調べているようだと判った。

 一軒一軒の家へとノックをしてから入り、しばらくしてから出てくる。

 おそらくは、誰かいないかと探しているのだろう。

 

 ……えっと、山賊とかじゃないの? 押し込み強盗だったら、ノックなんてしないで家に入るよね?

 

 もしかしたら隠れる必要はないのだろうか。

 むしろ、情報を集めているらしい彼らにこの村の現状を伝えられるのは私だけではないだろうか。

 

 そう逡巡しはじめたが、正体の判らない男たちの前に出て行く気にはなれず、結局隠れたままやり過ごすことにした。

 

 ……だって、あの人たち顔が怖いんだもん。

 

 

 

 

 

 

 生きていると、腹が減る。

 もともと冬の備えとしていくらかの備蓄はあったが、これから行商人が来るまでの数ヶ月間を生きなければいけないことを考えれば、備蓄だけではすぐに底をつく。

 春めいてきたので、畑に種を蒔けば多少の収穫は見込めるだろう。

 売り物にできるような立派な収穫は得られなくても、私のお腹を満たすぐらいなら痩せた収穫物でも構わないのだ。

 

 アクタフという二十日はつか大根だいこんっぽい植物の種を畑に蒔き、水をやる。

 詳しい育て方など知らないが、それほど難しい植物ではない、とオーバンさんが言っていたので、私が食べる分ぐらいは採れてくれるだろう。

 村ではどの家もこのアクタフを育てていたので、種だけは予備がある。

 一度や二度の失敗ぐらいでは尽きないので、なんとかなるはずだ。

 

 アントンさんの家畜小屋で寝起きをし、ヤギの世話をしてから朝食を食べる。

 一人が寂しすぎて、いつの間にかヤギを『アントンさん』と呼んでしまっている自分がいた。

 番のヤギはアントンさんの奥さんの名前だ。

 二匹の間には子ヤギがいるので、毎朝私もお乳を貰っている。

 寝床を整えたり、餌を用意したりとは私がしているので、win winの関係というヤツだ。

 

 畑の世話をして間引いた菜っ葉を集め、森に入って木の実や山菜を探す。

 捕まえられそうな大きさの蛇がいたらラッキーだ。

 野菜類はなんとかなるが、肉は畑では作れない。

 たんぱく質が摂りたかったら、備蓄されている干し肉を食べるか、自分で捕まえるしかなかった。

 

 一人きりの生活は、とにかくいつも食べ物を探している。

 食料が尽きれば、体力の無い子どもなど一週間も持たずに死んでしまうからだ。

 怪我や病気にでもなって動けなくなれば、食料を探しに森へ入ることもできなくなってしまう。

 

 ……そろそろ少し大きいものも狙おうか?

 

 捕まえたばかりの蛇の頭を切り落とし、考える。

 狩った動物は血抜きをしろ、と前世で聞いた気がするので、尻尾をもって振り回した。

 絶対に血抜きの方法として適切ではないと思うのだが、ほかに方法が思いつかないのだから仕方がない。

 周囲に蛇の血が飛んでとっても猟奇的な風景になっているが、ほかに見る人間がいるわけでもないので、気にしないことにした。

 

 ……罠を設置できたら、私でも野兎とか捕まえられるかなぁ?

 

 村の誰かが兎捕獲用の罠を持っていたはずだ。

 今のこの状況でなら、拝借してしまってもいいだろう。

 あれは誰だったか、と蛇を振り回しながら振り返ると、村の方から黒い煙がモクモクと上がっているのが見えた。

 

「火事ーっ!?」


 これはやってしまったか、と慌てて――それでも蛇は掴んだまま――村に戻り、そこに広がっていた光景にそのまま物陰へと飛び込む。

 てっきり私の不始末で私の家が燃えているのかと思ったら、燃えていたのは別の家だ。

 火の手など上がるはずがない、無人の家だった。

 

 ……あいつらだっ!

 

 火のついた家の周辺には、いつか見た黒い鎧の男たちがいる。

 前回よりも人数が多く、燃える家の周囲に四人、少し離れた位置に六人、村長の家から出てきた一人に、さらに違う家から人が出てきて全部で十四人だ。

 男たちは家の中に誰もいないことを確認すると、屋根を落として家に火をつけている。

 

 まったく意味の判らない行動だった。

 

 ……やっぱり、あいつら悪い人? 強盗? でも、この村にお金になるものなんてないよ?

 

 前回同様、隠れてやり過ごした方がいいとは思うのだが、今回はそうも言っていられない。

 すべての家に火をつけられてしまっては、今夜からの寝る場所にも困ってしまうのだ。

 

 ……どうしよう。どうしたらあいつら追い払える?

 

 どうにかして男たちを追い払えないだろうか、と思考しているうちに物陰で隠れていることはできなくなった。

 私の寝泊りしている家畜小屋に、それに連なるアントンさんの家に、男たちの一人が入っていったのだ。

 これはすなわち、次に屋根が落とされて火をつけられるのはアントンさんの家だ、ということである。

 そして、私の寝床に火が放たれるということでもあった。

 

「やめろ、ばかーっ!!」


 アホと叫びながら蛇を振り回してアントンさんの家へと突撃する。

 血の滴る蛇を振り回した幼女に突撃された黒い鎧の男には、冷静に考えると合掌ものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る