次女視点 クリスティーナさんちの次女

 ……あ、うん。転生した。


 妙にスッキリとした思考で認識する。

 私は『私』だ。

 私という前世の人格を持ったまま、また新たな生を受けたのだ。


 今生の私はどんな家に生まれたのだろうか、と現状を把握しようとしたところ、頭がズキンと痛む。

 反射的におでこに触れると、指先にぷっくりと腫れた患部が当たる。


 ……たんこぶが出来てる。


 患部を自覚したせいか、痛みを自覚したためか、ズキズキと痛み始めた頭に思考がまとまらない。

 思考はまとまってくれないのだが、次々と思いだされる『前世の記憶』がある。


 今生の私も並列して物事を考える性質らしい。


 『頭が痛い』という思考で埋まった私と、頭のどこかに圧縮されて片付けられていた『前世の記憶』の解凍作業を続ける私がいる。

 万全の状態であれば、さらに同時進行で今生の私とのすり合わせも行っていたのだろうが、とにかく頭が痛い。

 多少のことでは動じない自信があったのだが、やはり痛いものは痛かった。


 ……あ、思いだした。


 痛みは『スイッチ』だ。

 新しく生まれた私が、前の私を思いだすための『きっかけ』として作用するよう、『コネ』を使って死の神ウアクスに仕掛けてもらった。

 死の神ウアクスは、故意に前の人生など持ち越すものではない、と渋面を浮かべていたが、遣り残したことが多すぎるのだ、と食って掛かっ――平身低頭お願いしたら聞き届けてくれた。


 ……乳児期だけやり過ごせれば良かったんだけど……?


 一度どころか、何度も成人した自覚のある身としては、必要な栄養摂取のためとはいえ若い女性ははおやの乳首に吸い付くというのは、なんとも変態じみた気分になる。

 私が男であれば喜んで若い母親の乳に吸い付いただろうが、残念ながら私にそんな趣味はない。

 母親も、母乳を与えている我が子が性欲混じりに自分の乳首に吸い付いているだなどとは考えたくもないだろう。

 他にも、自分の世話ができない赤ん坊の身では仕方がないことなのだが、おしめの世話をされるというのにも抵抗があった。


 これらの問題を一度に解決する方法が、『スイッチ』だ。


 なんらかの強い衝撃を受けるまでは『私』を封じ、普通の赤ん坊として育てられる。

 そして、子どもというのはジッとしてはいられない生き物だ。

 成長過程で必ず一度は転ぶなり、箪笥たんすの角に足の小指をぶつけるなりの衝撃を受けるはずである。


 そんな具合に乳児期を避け、幼児期に『私』を思いだして活動を開始する予定だった。


 ……三、四歳で思いだすぐらいが理想だったんだけど。


 痛みに慣れてきたのか、たんこぶの痛みが意識から遠ざかる。

 別のことを考える余裕が戻って来たので、自分の手を改めて見つめたみた。


 ……今生は随分大切に育てられたんだなぁ……。


 私がお淑やかな子どもに育つわけがない。

 必ず御転婆娘として名を馳せ、庭を走り回り、すぐにでも転んで『前世の私』を思いだしていたはずだ。


 そのはずだった。


 というよりも、それ以外の可能性など考えたこともなかった。


 考えたこともなかったのだが、今生の私は幼児のぷくぷくとした腕を脱し、にゅっと細長い少女の腕になるまでは、大きな衝撃らしい衝撃も受けてこなかったらしい。

 十三歳という、成人まであと二年というタイミングで『私』を思いだした。


 ……でも、きっかけはさすが私って感じだよね。


 今日まで強い衝撃を受けることなく過ごしてきたのだが。

 御転婆はやはり御転婆だった。


 久しぶりに帰って来た長兄と弟が野球をすることになり、街の子どもたちとでチームを分けた。

 弟チームとして守備についたまでは良かったのだが、長兄が高く打ち上げたボールを追って、どうせファールだと油断したのが不味かったらしい。

 落ちてくるボールをグローブで受け止めそこね、脳天へとクリーンヒットしている。


 目が覚めたら自室にいるということは、今日の野球はお開きにでもなったのだろう。

 もしくは、それだけ長い時間私が目を覚まさなかったか、だ。

 いずれにせよ、弟妹を溺愛している長兄の目の前で起こったことだ。

 今頃大慌てで氷でも探しているのかもしれない。


 ……違うか。氷を用意するより、ジローを呼んだ方が早い。







「……ああ、良かった。目を覚まして」


「兄様。ご心配をおかけしました。少したんこぶが痛みますが、それ以外は大丈夫です」


 短いノックのあと、長兄が部屋の中へとやってくる。

 歳の離れたこの長兄は、なんというのか人の外にいるような感じだ。

 整いすぎた顔もそうだが、独特の感性と考え方を持ち、人間よりも精霊に近い。

 成人とともに家を出て、神王領クエビアにある神域で暮らしていた。

 あの国はいわゆる宗教国家のようなものなので、変な宗教に染められてこんな愉快な性格に育ったのだろうか、とも思うが、思い返してみれば長兄は私の物心がついた頃にはすでに人間か精霊か判らないような性格をしていた気がする。

 宗教のせいではなく、元々の性格によるものだろう。


「なんだ、全然平気そうじゃないか。兄さんが大騒ぎするから飛んできたのに……」


「ジローはもう少しわたしを心配してよ」


「アナがもう少しおれを兄として敬ったらな」


 長兄に続いて部屋に入ってきたのは、次兄のジークムントだ。

 母が『ジロー』と呼ぶので私も普通に『ジロー』と呼んできたが、前世を思いだしてしまえば判る。

 『ジロー』はそのまま次男の『次郎』だ。


 長兄と比べれば普通の顔立ちをしているが、これは比べる相手が間違っているだけなので、普通に美形イケメンに数えられる顔だと思う。

 というよりも、それほど悪くない顔をした父と領外では精霊の女王だとか噂される母の子どもだ。

 まずい顔に生まれる確率の方が低い。


「我、じーくむんとガ願ウ。妹たちあなノタンコブヲ癒シテホシイ。『回復魔法ヒール』ヲ」


 ……あれ?


 次兄の口から『日本語』が出てきた。

 そう気がつくと同時に、私の額へとかざされた次兄の手のひらが光る。

 正確には、かざした手のひらと私のたんこぶの間にできた空間が光っているのだろうか。

 光が収まると、私の額の痛みも嘘のように引いていた。


「……だいぶ呪文? が短くなってきたね」


「兄さんみたいに、『お願い』だけじゃいかないけどな」


 最終目標は『回復魔法』と唱えただけで癒し効果を得られることだ、と次兄は肩を竦める。

 人間が精霊の力を借りて魔法のようなものを操れるようになったのは、たった二十年ぐらい前からだ。

 精霊にお願いをして不思議を操る人間は何人かいるが、次兄はこれを型にはめた『精霊魔法』という技術にして、精霊の力を誰にでも扱えるものにしたいらしい。

 毎日のように『黎明の塔』へ篭ってカミール=カミロと魔術の基礎を組み立てている。


 ……呪文が日本語の発音な時点で『誰にでも扱える』は難しいと思うけどね。


 だからこそ、精霊が人間に悪用されないよう見張っているらしいカミール=カミロも、人間が精霊を利用するための技術を作り上げようとしている次兄の行動を黙認しているのだろう。

 今のところ次兄が作る魔法ものは街の子どもの擦り傷を治したり、竈の種火を生み出したりといった小さなものばかりなので、取り上げる必要を感じていないのかもしれない。


「……そうだ、兄様たち。父さんを説得するの手伝ってほしいんだけど」


「父さんを?」


 前世を思いだしたからには、じっとしていられない。

 前世で遣り残したこと、やりたかったこと、行きたかったが行けなかった場所等々、いくつも思いだしてしまったのだ。

 予定よりも前世を思いだすのが遅くなってしまったため、できるだけ早く行動を開始したい。

 人生が八十年と言われていた日本とは違うのだ。

 もう十年は時間を無駄にしてしまっている。


「突然ですが、兄様たちの妹は前世を思いだしたので旅にでます。つきましては、未成年のため両親の了解をとりたいのれ……痛いれすぅっ!」


 むにっと頬を抓って私の言葉を強制終了させたのは、意外なことに長兄だった。

 私に対する鉄拳制裁ぶつりこうげきは次兄担当だと思っていたので、意外すぎる。


「アナ、順番を間違えているよ」


「そうだよ。旅に出たいから両親から許可を取るって言うんなら、その前にまずぼくらからの許可を取らなくちゃ」


「そこなの? まず、前世を思いだしたとか言い出したことにツッコミとかするものじゃない?」


「それについては今さらだし」


「うちの兄弟は……長男わたし以外はみんな転生者だよ?」


 それも全員元・日本人、と続いた長兄の言葉に、なぜか私の方が突っ込んでいた。

 初耳なんですけど、と。

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