サリーサ視点 我儘お嬢様

 クリスティーナ様が娘を産めば、その夫が娘に夢中になることは判っていた。

 むしろ、判りきっていたというか、確定的に明らかなことだろう。

 誰にでも想像できることだ。

 これについては誰もなにも言わなかったし、そもそも最初から諦めきっていたとも言う。


 しかし、クリスティーナ様の産んだ女児に一番夢中になったのは、愛称を『タローちゃん』と呼ばれているクリスティーナ様のご長男のソール様だった。

 ソール様は弟君のジローちゃん様のことも大切に可愛がっておられたが、妹君というものはやはり格別だったらしい。


 妹君が「イチゴが食べたい」と言って泣けば精霊を使って季節はずれの苺を見つけ出し、なにが気に入らなかったのか「これはイチゴじゃない」とさらに泣けばクリスティーナ様からニホンのイチゴについて聞き、また精霊を使って苗から探しだした。


 今度は「イチゴが甘くない」と言って泣く妹君に、ソール様は精霊を使って一週間で品種改良をおこない、「品種改良って一週間でできるものだっけ?」とクリスティーナ様が遠い目をされていた。


 そこまでして用意された『大きくて甘いイチゴ』を、愛称が『ティナ』になるよう『ヴァレンティナ』と名付けられた女児はとくになんの感慨もなく食べて終わった。

 幼児にとっての一週間は長すぎて、最初に自分が食べたがったという事実さえも妹君は忘れてしまっていたのだろう。

 妹を喜ばせたかったはずのソール様も、これには少しがっかりしていた。


 結果として、妹を父親以上に甘やかす兄にヴァレンティナ様は懐いた。

 というよりも、兄に泣きつけば大概の我儘は叶えられる、と学習してしまったのだ。


 地上の誰よりも精霊に愛されるソール様と、そのソール様の庇護を受けるヴァレンティナ様に、これは不味いと父親のテオドール様が頭を悩ませていた。

 かつてのクリスティーナ様のように、頻繁に精霊に攫われるようになるのでは、と。


 ところが、ソール様に我儘ばかりを言うヴァレンティナ様は、精霊からは嫌われてしまった。


 ソール様が悲しむため、命の危険があるような意地悪はされないが、ヴァレンティナ様がなにをお願いしても精霊たちは無視を決め込んでいる。

 おかげで、というのもおかしな話だったが、クリスティーナ様が産んだイヴィジア王国の王族に数えられる子どもで唯一『外に出すことができる子ども』になった。


 簡単に精霊を動かすことができないというのは、精霊領の外では『普通』のことだ。

 ヴァレンティナ様なら精霊領の外へ出ても、精霊の姿を見て、声を聞くことができる『普通』の子どもとして扱われるだろう。


 ……外に出したら出したで、今度はテオドール様に我儘を言うのでしょうが。


 ヴァレンティナ様は精霊領の外で育てても大丈夫そうだ、とテオドール様とクリスティーナ様がグルノールの城主の館へとヴァレンティナ様の部屋を用意した。

 厳しい母親と離れ、自分を甘やかすだけの父親と暮らすことになれば、ヴァレンティナ様の我儘は矯正されるどころか悪化するだろう。

 そうつい口を挟んでしまったのだが、クリスティーナ様はさっぱりと笑いながら言った。


「ヴァレンティナの天下は、長くは続きませんよ」


 唯一の娘、あるいは妹。

 それも末っ子だからこそ、テオドールもソールも溺愛し、甘やかすのだ、と。


 ならば、さらに下に兄弟を産めばいい。


 男児おとうとでもいいが、それが女児いもうとであれば話は簡単に片付く。

 ただ一人へと向けられていた感情が、二人になればそれだけで単純に半分に減るのだ。


 初めての女児の誕生から浮かれ続けた父親と長男も、それで少しは落ち着くだろう。







 ――こんな事情から望まれた第四子が狙い通り女児で、自分を聖人ユウタ・ヒラガの転生者だと言い始めるのはまた別の話である。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


散文。

息抜きに書いた、SS以下の何か。

サリーサ視点としたけど、ほぼサリーサ分ありません。


クリスティーナさんちの第三子、我儘娘ヴァレンティナ周囲のお話。

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