アンシェリーク視点 家出王女と精霊領の子どもたち 1
アルフレッドの第一子視点。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
……あれ?
何か変だぞ、と最初に気が付いたのは、今年で六歳になった二つ下の妹が護衛の白銀の騎士を連れて父様の離宮を訪れた時だ。
お忍びで内街の収穫祭を回ってきた、と満面の笑みを浮かべてお土産の飴細工を差し出してきた妹のデルフィーヌに、違和感を覚えたのだ。
……なんでしょう?
子どもの私には違和感の正体が判らずとも、
このローという明るい茶髪の少しぽやっとした印象の青年は、ヴィループ砦へと視察で訪れた父様を見て、突然噴出したという逸話を持つ勇者だ。
父様の
王子に対してあまりにも礼を欠いた態度ではあったが、
彼はニホン語が読めるのではないか、と。
その後、ヴィループ砦から叔父に引き取られ、グルノール砦で数年前に新設された精霊騎士団の団員として育てられたのだが、
私の護衛として付いて、三ヶ月になる。
王都では白銀の騎士として数えられているが、本質的には黒騎士に近い。
そのため、父や妹の護衛とは違って、貴人に対する作法が完璧とはいえないらしく、離宮から出ない私付きの護衛として配置されていた。
「ロー、なにか変だわ。なにかしら?」
「俺には姫様の『変』がわかりませんが、俺の気になる『変』でよろしければ」
「それでいいわ。ローの『変』をおしえてちょうだい」
続きを促すと、
言っていいのかどうか、と彼が悩んでいたのは一瞬だ。
ほとんど反射で行動する青年なので、引っ掛かるのは一瞬だけだったのだろう。
「……俺の仕事は姫様の護衛と、姫様を離宮から出さないよう見張るってものだったはず……なんですけど……?」
妹の方はお忍びが、さらには離宮どころか王城を出て内街まで行くことが許されているのか、とローは首を捻っている。
確かに、ローの言う通りだ。
姉の私には許されていないことが、妹には許されている。
そして、これは『アタリ』だろう。
目の前の妹は青い目を瞬かせているが、その後ろに立つ護衛は頬を引きつらせた。
妹には自覚がなく、妹の護衛には自覚があったのだ。
私たち姉妹の扱いには違いがある、と。
「これは変だわ。『ふこうへい』というものではないかしら?」
「まあ、確かに……妹に許していることを姉に許さないってのは……なんぐはぁっ!?」
同意を求めて振り返ると、視界の隅を何か白い影が通り過ぎる。
私が完全に振り返った時には、白い梟を肩に乗せたローが腹を押さえて片膝をついていた。
お腹でも痛いのかもしれない。
何か悪いものでも拾って食べたのだろうか。
お腹の痛そうなローから視線を戻すと、妹の後ろに立つ護衛が顔に笑みを貼り付けていた。
すでに少し前までの動揺は拭い去られている。
「アンシェリーク姫、今回デルフィーヌ姫が内街へ出られたのは、お父上からの課題です。一人でお買い物ができるように、とお使いを――」
「え? そうだったのれすか? わたくし、おとうさまからそのようなおはなしはきいておりません。それに、まちへいくのはいつものこ……ふもっ?」
もごもごと妹が護衛に手で口を塞がれている。
どうやら妹は何か失言をしたらしい。
私の教師も、私が使ってはいけない言葉を使うと同じことをしてくるので、これは判った。
……ええっと?
頭の中で情報を整理する。
今日の私の行動は、昨日の私と同じだ。
昨日の私の行動は、一昨日の私と同じである。
決められた時間に起床し、朝食を取り、
午後からは人間の教師が学を授けてくれて、夕食のあとは
これが私の毎日だ。
明日の私の行動も、明後日の私の行動も、きっと同じで変化はない。
一日を離宮の中で過ごし、外へ出たとしても庭までだ。
それなのに。
「なぜデルフィーヌはお外へお出かけできるのかしら?」
私の生活は何かおかしい。
そう、生まれて初めて疑問が湧いた。
どうやら私の生活はおかしいらしい。
そう一度気が付いてしまうと、何もかもが疑わしく思える。
試しに侍女に話を振ってみたのだが目を逸らされ、教師に聞いたら話を横に置かれた。
彼らは使用人だから駄目なのか、と離宮に顔を出してくれたアンセルム叔父上にも聞いてみたのだが、結果はあまり変わらない。
私と妹は違うのだから、父上の教育方針も違うのだろう、という話だった。
「これはいよいよ変だわ、ロー」
「そうですか? 姫様に対して妥当な判断だと思いますけど……」
「ふこうへいだと思うのです」
「うちだって姉貴と俺とじゃ、教育方針が違いましたよ」
「あら、そうなの?」
他所の家庭で姉と弟の育て方に差があるのなら、やはり私の気のせいなのだろうか。
そう納得しかけて、ふと別のひっかかりを覚える。
「……わたくしに対して『だとう』というのは、なぜかしら?」
「だって姫様は精霊と普通に会話ができますからね。離宮内に限定してかくれんぼをしたって、精霊が手を貸すから、まあ見つからないこと見つからないこと。むしろ精霊が姿を消すのを手伝うとか、それズルですよ、絶対」
「んんん……?」
早口でいっぱい出てきたローの言葉に、すぐには理解できなくて首を傾げる。
それだけで私に通じていないと理解できたのか、ローは少し言葉を噛み砕いた。
「つまりですね、姫様は精霊と話ができるぶん簡単に力を借りられるので、野放しにするのは危険だってことです」
「すごくしつれいなことを言われているのはわかったわ」
やっておしまい、と
この物心ついた頃にはすでに傍にいた白梟は、本物の鳥ではなく精霊だ。
そのため、
白梟はローの肩に止まったかと思うと、嘴で後ろ頭の一部を狙って髪の毛を引き抜き始めた。
「痛っ……痛いっすよ、姫様。やめて……マジ止めて。やっとこの間の十円禿げが治ったばっかなのに……っ!」
「やめてあげるかわりに、なにかあんを出しなさい」
「案ですか?」
一体何をさせるつもりなのか、と訝しげなローに、とっておきの笑顔を向ける。
その笑顔を見て『絶対何か企んでる顔じゃないですかー!?』とローが後ずさったので、その背中へと甘えん坊の地精霊を貼り付けてやった。
「もっとはやく、こうすればよかったのだわ」
妹からお忍びについてのコツを聞き、大きなつばのついた帽子を被って髪の色を隠す。
私の髪の色は父様と同じ金色で、見る人が見ればすぐに誰だか判ってしまうのだ。
父様が私に見張りをつけてまで離宮へと閉じ込めるというのなら、父様にばれないようこっそり離宮を抜け出せばいい。
私の傍には常にローがいるので、ローを離宮に置いておけば父様の目もしばらくは欺けるはずだ。
「それじゃあ、
――我が姫のお望みのままに。
親への
実際に行動する内容が『家から出る』というのが、特に良い。
計画を立てている段階で、父様の目を欺くため、
これにはさすがにロー本人が反対していたが、白梟からの外出先での安全は保障するという言葉と、私の傍から片時も離れないという誓いに、ローも結局は折れている。
しばらくは私の部屋の前に陣取って、私が拗ねて部屋にこもっていると演じ、父様の目を欺いてくれる手はずになっていた。
そして、その間に私は初めての外出だ。
「生まれてはじめてのお外だわ」
さあ、外への第一歩だ、と廊下に出ようと扉を開けたのだが、そこには一面の緑が広がっていた。
異変はすぐに察知できたが、勢い良く一歩を踏み出していたため、踏みとどまることはできなかった。
ぽすっと大地を足が踏みしめると、握っていたはずのドアノブの感触が消える。
あれ? と気付いた時には、ドアもドアの枠も廊下の壁も背後の自室も消えていて、周囲を木々に囲まれた広場に立っていた。
「お外って、こんなにちかかったのね!」
――いいえ、我が姫。僭越ながら、姫様の身の安全を第一に、外出先はじいが選ばせていただきました。
ここはエラース大陸のほぼ中央にある精霊領だ、という肩の上の白梟に、教師から教わった世界地図を思い浮かべる。
一番大きなエラース大陸が、祖父の治めるイヴィジア王国のある大地だ。
大陸のほぼ中央にはエラース大山脈と呼ばれる霊峰があり、私の物心がつくかつかないかという頃に精霊たちの領地として不可侵の地になった。
以来、人間がエラース大山脈に不用意に近づくことは禁じられ、精霊領と隣接している各国ではそれぞれに精霊に対応する騎士団が作られているそうだ。
ローが王都に来る前にいたグルノール砦に新設された精霊騎士団もこの一つである。
――まずは守人にご挨拶をいたしましょう。
「もりびと?」
――神王より精霊領をお預かりしている方のことです。
こちらです、と白梟が私の肩から飛び立ち、すぅっと目の前を滑空した。
そのまま地面にぶつかりそうな勢いだったのだが、軽く羽ばたいただけで白梟の体は持ち上がる。
まっすぐに進む白梟を見つめていると、向かう先に一軒の素朴な家がたっていた。
可愛らしい小さな庭を埋めるいろとりどりの花壇と、ハンモックのかけられた双子の木、ブランコのある木を眺めながら歩くと、帽子のつばが急に重くなる。
それ自体は珍しいことではない。
どうせ精霊の仕業だろう、と重力を感じる位置をみると、
「わぁ、かわいい」
ほとんど人間と変わらない姿の精霊は珍しいな、と精霊に向かって手を差し出す。
そうすると精霊はつばから手を離し、私の手のひらの上に乗った。
「ごきげんよう。あなたはどんなおしごとをしているのかしら?」
大小様々な精霊は、みんな何かしら仕事をしている。
この精霊も何か仕事を持っているはずだ、と聞いてみたのだが、精霊は小さく首を傾げただけだ。
何の仕事をしている、と私に教えてくれることはなかった。
「はずかしがりやさん……なのかな?」
無言で答える精霊に、なんとなく手のひらに乗せたまま歩くと、いつの間にか一軒家のすぐ目の前まで来ていた。
私の到着を待ってから白梟がドアをノックすると、少しして中からお腹の大きな女性が顔を出す。
「あれ? 初めて見る子ですね。こんにちはー」
少し間延びした声で、女性は白梟へと話しかける。
どうやら、ドアの影になっているか、帽子の大きなつばのせいで私に気がついていなかったようだ。
青い目を丸くして驚く女性に、帽子を取って顔を見せる。
……あれ?
「どこかでみた……?」
「顔のような……?」
はて? と女性と私は同じタイミングで互いに首を傾げた。
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