第17話 神王の帰還 1
※誤字脱字、探せていません。
なにか見つけても、見なかったことにしてください。
もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「え? どうしてここに『精霊の座』が……あっても、不思議ではないのでしたね、そういえば」
何故ここに『精霊の座』があるのだろう、と一瞬悩んでしまったが、よく考えれば『精霊の座』はカミールの手によって切り刻まれ、『精霊水晶』という名で利用されている、とレオナルドから話を聞いたことがある。
そのカミールに話を聞くためズーガリー帝国へと来たのだから、カミールの近くに『精霊の座』があること自体は不思議でもなんでもない。
むしろ必然的なことだ。
「……誰もいませんね? 今のうちにこっそり壊して……しまったら、カミールさんが拗ねるでしょうか?」
――別に拗ねはしないよ。むしろ、そのためにきみをここへ呼んだのだからね。
「へ……?」
てっきり誰もいないと思っていたのだが、声は意外なほど近くから聞こえてきた。
いったいどこに人が隠れていたのか、と周囲を見渡してみるのだが、周囲には誰もいない。
この部屋にいるのは私だけで、ある物と言えば目の前の『精霊の座』ぐらいだ。
「あれ? この『精霊の座』、少しおかしいような……?」
なんだろう、と改めて『精霊の座』を観察する。
切り刻まれているとレオナルドからは聞いていたのだが、形も大きさもイヴィジア王国で見たものとほとんど変わらない。
水晶に飾られた透明の棺だ。
ではどこに違和感を覚えているのだろう、とじっと見つめると、目の前の『精霊の座』は二種類の水晶が混ざって出来ていることが判る。
微妙に透明度が違うというのか、二色の水晶が混ざり合って棺の形になっていた。
「なんだろう? なにか……
見ていて気持ち悪くなる。
以前の『精霊の座』ではこんな気分にはならなかったのだが、この『精霊の座』は何か変だ。
少しおかしい。
――その『精霊の座』は、自然な物ではないからね。
「ああ、それで歪に感じるんですね……って、カミールさん?」
また声が聞こえた、と顔をあげると、今度は『精霊の座』の横に人の良さそうな笑みを浮かべた老人が立っていた。
一見して人間だとは思うのだが、疑問が挟まるのは老人の姿が半分透けているからだ。
風の精霊のように、老人は半透明な姿をしていた。
――やあ、チーナはすっかり元気になったようだね。
「ティナです。クリスティーナ」
どうやら老人はカミールと思ってしまって大丈夫らしい。
レオナルドから聞いていたように、微妙に人の名前を間違えて覚えているようだ。
「そういうお爺さんは、カミールさんですか? カミールさんは元のわたくしなど知らないはずですが……?」
――ジャスパーから聞いていたからね。少しお転婆で、好奇心が旺盛で、そのくせ人見知りをする女の子だって言っていたかな。
懐かしそうに目を細めたカミールに、なんとなく不思議な気持ちになる。
当たり前のことだが、カミールは私の知らないジャスパーを知っているのだ。
もしかしなくとも、私より付き合いが長かったのかもしれない。
「……カミールさんは、ジャスパーを知っているのですか?」
――ああ、よく知っているよ。彼は僕の数少ない友人だった。
「そのジャスパーに、さっき会ったのですが」
あれはいったいなんだったのか、とカミールへと聞いてみる。
私はジャスパーの死に目に会ってはいないが、死んだとレオナルドから聞いていた。
ジャスパーが生きているはずはない。
ならば、あのアルメルと名乗る少女と表裏一体に存在しているようで、在り方がとてもまともな人間とは言えないあの人物は、いったい誰だったのか、と。
――あれはジャスパーじゃないよ。ジャスパーの姿をしているが、僕が作った人工の精霊だ。
淋しいけれど、死んだ人間を生き返らせるだなんてことは誰にもできない、とカミールは続ける。
先ほど私が会ったジャスパーは、ジャスパーの姿をしているが、別の存在だ、と。
――姿や受け答えから、そう錯覚してしまうかもしれないが、あれはジャスパーじゃない。
生まれたての人工精霊である、と念を押され、ひとつ腑に落ちることがある。
私たちが『カリーサ』と呼んでいるあの子守妖精は、顔立ちからいってカリーサの影響を受けているようにしか見えないのだが、性格はカリーサよりも奔放で遠慮がない。
与えた菓子を食べるのは良いのだが、与えなくても菓子をつまみ食いする時があるぐらいの食いしん坊だ。
そういった意味では、むしろ私に似ている。
よくよく考えてみると、あのジャスパーも子守妖精も、私に対して一度も口を開かなかった。
口を開けばやはり別人だと、判ってしまうからかもしれない。
私がカリーサであることを望むから、ジャスパーであることを望んだからこそ、彼らは口を噤んだのだろう。
証拠とまでは言い切れないが、私が本物を知らないアルメルと名乗った少女は、ジャスパーとも子守妖精とも同じ存在であるはずなのに、普通に言葉を交わしていた。
「……でも、わたくしはカリーサとジャスパーだと信じたい。そうでないと、わたくしに優しくしてくれる理由がありません」
――きみがそう思うのなら、そうなのかもね。
それでいいんじゃないかな、とカミールは優しげに笑う。
人工精霊を作ったというカミールには、私の受け止め方が間違っていると指摘できるだけの材料があるのかもしれないが、それらをすべて飲み込んでくれた。
私にとって子守妖精はカリーサであり、お腹の中にあった文句をぶつけたジャスパーは確かにジャスパーだったのだ。
「ところで、カミールさんはどうしたのですか? その体、透けていますけど……」
つかみどころのない人物だとは聞いていたが、ついに人間をやめてしまったのだろうか。
体が半透明に透けている人間など、怪談話でしか聞いたことがない。
――いいところに気が付いたね! ……そこに銃が落ちているだろう? 拾ってくれないか。
「銃なんて触りたくありませんが……まあ、その体では自分で拾えそうにありませんね」
それなら仕方がない、と床に転がっている銃を拾い上げる。
銃といっても、いわゆる拳銃ではない。
形は濡れた髪を乾かすドライヤーに見えるというのか、どちらかと言えばアニメや特撮にでても出てきそうな玩具の銃だ。
意匠として白を基調に、六色の雫形をした石が花びらのように嵌っている。
玩具であれば、引き金を引いた途端に電子音が鳴り響き、六色の石の部分が光り輝くことだろう。
「なんですか? この玩具の銃。どこに置きますか?」
――置かなくていいよ。その銃で、この『精霊水晶』を撃ち抜いてくれないかな。
「……さすがに、ここまではっきりくっきり見えてる地雷は踏みませんよ、わたくし」
怪しすぎます、と不審者を見る目でカミールを見つめ、拾ったばかりの玩具の銃をまるで汚物か何かのように親指と人差し指だけで持つ。
なにか企みがあるようだと知ってしまえば、大事に扱って良いものかどうかも怪しい。
「まず、説明を要求します」
私を巻き込みたいようなので、まずは説明をしろ、と当然の要求をする。
どう考えてもここまで誘い込まれているので、カミールが行いたいことには私の、もしくは銃を持てる肉体をもった人間の協力が必要なのだろう。
――新エネルギーとして、『魔法』の開発に成功したんだ。
「発言が突飛すぎませんか!?」
何を言い出すのか、と突っぱねてやりたいのだが、『魔法』という魅力的すぎる単語にそれができない。
つい続きを促してしまう私に、カミールは「やはり異世界転生ともなると、魔法は憧れるよねぇ」とご満悦といった様子だ。
図星すぎて、少しどころではなく気恥ずかしい。
……でも、ちょっと見えてきた気がするね。今回の異変の正体。
突然精霊が見えるようになった。
それも、私だけではなく、イヴィジア王国では民の約半数が、ズーガリー帝国ではほぼ全ての民が精霊を見えるようになっている。
神話の時代は人間と精霊が共存していたようなのだが、神王が世界から姿を消した時に、精霊の世界と人間の住む世界は切り離されていた。
それは神話の青年がしたように、人間が精霊の意思を無視して彼らの力を搾り取り、悪用することができないように、と神王が行ったことだ。
これと逆のことを、今回カミールは行ったのだろう。
神王が二つに分けた世界を一つに繋ぎ直し、精霊の力を引き出すことを『魔法』と呼んでいるのだ。
精霊の協力を得るという意味では、私やレミヒオが取った連絡手段も、カミールに言わせれば『魔法』に入るのかもしれない。
カミールによると、カミールが開発した『魔法』は誰にでも扱える簡単なものらしい。
その簡単さゆえに、悪用される未来が容易に想像できるのだそうだ。
……確かに簡単だよ。精霊と会話できる人なら、誰だって簡単に不思議が起こせるよ!
一言いわせて貰うのなら、そんな危険なものを作るな、だろうか。
二つの世界を一つに繋げ直したのは良いのだが、野放しにはできないとカミールも一応の自覚はしているらしい。
今さら過ぎる気はするのだが、悪用と乱用を防ぐために、『魔法』を見張る
そして、その情報処理機構を設置してあるのが、この『黎明の塔』ということになる。
『黎明の塔』はこの目的のために今の立地、大陸中央にそびえるエラース大山脈の頂上という無茶な場所へと建てられたそうだ。
ついでに言えば、黎明の塔は大陸のほぼ中央に建てられている。
もしかしなくとも、大陸中で今回の異変が起こっているのだろう。
サエナード王国については少し情報を集めた程度だったが、やはり精霊が見えるようになって驚き、怪我をした人間がいると風の精霊から聞いていた。
「つまり、ズーガリー帝国内で戦闘行為を行うと木の根に攫われるのは……?」
――黎明の塔の防御システムだね。
間違って『黎明の塔』が破壊されるなんてことがないように、塔周辺での戦闘行為を禁止したらしい。
呆れることに、この防御システムの運用自体が、システムのテストを兼ねていたようだ。
「とりあえず、塔周辺どころかズーガリー帝国全土で戦闘行為が禁止されているみたいですよ?」
――そこは追々調整が必要かな。
「追々って……ちなみに、見張りや調整は誰がどうやって判断するのですか?」
木の根が戦闘行為を排除している範囲は、どうやらズーガリー帝国の国境までのようだ。
ということは、風の精霊が隣国の情報まで運んでくるのとは違い、木の根はある程度制御が出来ているはずである。
カミールも「追々調整する」と言っているように、人間の手で制御ができるのだ。
……それはそれで危険だと思うんだよね? 人間が判断するのって。
悪用も乱用も、最終的に判断を下すのが人間であれば、その人物の裁量次第ということになる。
決定権を人間が持つ以上は完全に安心だとは思えないし、ならばと精霊に任せるのも不安だ。
その辺りをどうするつもりだ、と指摘すると、カミールは嬉しそうに笑う。
私がカミールの言うことをそのまま受け入れず、疑問を口にすることが楽しいらしい。
――調整と見張りについては任せてほしい。僕が責任をもって行うよ。
「カミールさんが人間であることに違いはないと思うのですが……」
カミールも人間である、と言いながら気が付いた。
今のカミールは、精霊のように半透明に透けた体をしている。
先ほど会ったジャスパーとはまた違った意味で、人間とは言いがたい状態だ。
「……あれ? もしかして……」
最初からそのつもりで。
もしくは、すでにそのつもりでカミールは人間をやめているのかもしれない。
「カミールさん、その体はなんですか? なんで透けているんですか? 精霊みたいですけど……カミールさんは人間ですよね?」
――そこは安心してほしい。僕は人間だ。人間である僕を、僕自身が信頼していないし、信用もしていない。
だから人間をやめた、とカミールは力いっぱいの矛盾を宣言する。
人間であるが、人間をやめた、と。
――僕は今度こそ、作ったものを奪わせない。放り出したりもしない。
最後までその使われ方を見張るのが作った人間の責任だ、とカミールは言う。
そのために、人間であることをやめたのだ、と。
「最後まで見張るって……そんなこと、できるのですか? こう言うのはなんですけど、カミールさん結構なお歳ですよね?」
それとも『魔法』が使えるという仕組みは、数年で壊れてしまうような物なのだろうか。
そうでもなけれれば、カミールが責任を持って見張るだなんてことはできないだろう。
カミールにだって寿命はあるのだ。
「……あ、だから、その体なのですか?」
精霊のように透き通った、およそ人間とは言えない体。
カミールはこのために人間の体を捨てたのかもしれない。
――そうだよ。
肉の体に縛られていないだけ、精霊とも交流が取りやすくなったそうだ。
以前はまったく相手にされていなかったそうなのだが、この体になってからというもの精霊の友人が増えたとカミールは言う。
その友人に頼まれて、私とレオナルドを分断したそうだ。
……それはまた、やっかいな
人間の知恵と、精霊の奔放さが合わさって、最悪の組み合わせが生まれてしまった気がする。
老いというタイムリミットから開放されたカミールは、この先どんどん己の好奇心を満たすために様々な研究を続けていくのだろう。
少し考えるだけでも恐ろしい。
――今は僕が無理矢理世界を繋げた状態だけど、もうすぐこれが普通の状態になる。
神王の復活が近づいているようだね、とカミールは続ける。
神王が地上に戻れば、再び精霊と人間の世界は一つになるのだ、と。
カミールはそれを少し早めただけにすぎない。
むしろ、世界が元の状態に戻り始めていたからこそ、この無茶な研究が形になったのだろう、とも。
「神王様の復活といえば、『精霊の座』を壊す必要があるのですが……」
あれ? とここに来てようやく思考が纏まり始める。
カミールが作ったという『魔法』を見張るための情報処理機構は『黎明の塔』にある。
そして、その『黎明の塔』内部にある物らしい物といえば、この目の前にある『精霊の座』ぐらいだ。
その『精霊の座』を、カミールは撃ち抜けと最初に言っている。
破壊して良いと言うぐらいなのだから、『精霊の座』が情報処理機構ではないのだろう。
他にはないもないように見えるのだが、私の目に映っていないだけで、他のところに情報処理機構とやらがあるのかもしれない。
そうでなければ、やはりまだ何かおかしい。
聞くべきことのすべてを聞いていない気がする。
――きみが神王と『精霊の座』を破壊する約束をした、と精霊から聞いているよ。これがその『精霊の座』こと、僕が『精霊水晶』と呼んでいたものだ。
さあ、遠慮なく銃で打ち抜いてくれ、と続き、本当に話が最初へと戻った。
私は『精霊の座』を破壊したいし、カミールは『精霊水晶』を撃ち抜いてほしい。
私とカミールのやりたいことは同じだ。
同じはずなのだが、「はい、そうですか」と『精霊の座』を打ち抜いてはいけない気がした。
「……この『精霊の座』は、わたくしが以前見たものとは少し違う気がします。なんとなく、じっと見ていると気持ち悪くなるというか、不安になるというか……」
選択の時を引き伸ばしたくて、もう少し何か引き出せないかと先ほど感じたことを口にする。
カミールはこれを『精霊の座』だと言い切ったが、なんとなく違和感があるのだ。
――それはそうだろうね。その『精霊の座』は、いわば人間の死体が二つ混ざり合ったようなものだから。
「今、サラッとすごいこと言いましたね」
なんですか、それは、と説明を促す。
私が覚えた違和感は正しかったらしい。
私の記憶が確かならば『精霊の座』は神王の遺骸を収めた棺だ。
他の人物の遺骸が混ざっているだなんて話は、聞いたことがない。
……あれ? でも、カミールさんのところにある『精霊の座』って……。
レオナルドから聞いた話によると、カミールは『精霊の座』を切り刻み、『精霊水晶』と呼んで自分の研究に使っていたはずだ。
つまりは、『精霊の座』が私が知っている『精霊の座』の形をしているはずはなく、以前来た時に私とレオナルドが破壊もしているはずなので、カミールがパズルのように『精霊の座』を組み直したとしても、元の形になるはずがない。
にも関わらず、ひと目見て『精霊の座』だと思う姿を、目の前の『精霊の座』はしていた。
これは少しどころではなく、計算が合わない。
「カミールさん、この『精霊の座』に混ざっているもう一人って……」
――そうだよ。神王の遺骸の他に、僕の体が混ざっている。
「そんなこと、よく精霊が許してくれましたね!?」
あまりにもサラッと言われた事実に、私の方が動揺してしまう。
神王の遺骸に、自分の体を混ぜただなんて、罰当たりにも程がある。
……や、今さら? 神王様の遺骸をバラバラにしたっていうカミールさんなら、今さらなの?
冷静に考えると、神王の遺骸をバラバラにした以外にも遺骨を使って人工精霊を作り出したりもしているので、本当に今さらだ。
カミールは人の尊厳というものを考えない性格なのだろう。
あるから使う、やれそうだからやる、そんな程度で気軽に人間の遺体まで実験の材料として使っているのかもしれない。
そしてここまで来ると、子守妖精の生まれた不思議な球根が何のために作られたのかも、なんとなく判った気がする。
肉の体を捨てるための研究の成果、あるいは副産物的な物だったのだろう。
「……あれ? でも『精霊の座』を撃ち抜けって、破壊していいってことですよね? それだと、カミールさんはどうなるのですか?」
神王は自分の遺骸を破壊するように、と言っていたので、『精霊の座』を破壊することは構わない。
それが神王の願いであったし、その結果として神王が新しい生に向かって歩きはじめるというのは私も良いことだと思う。
けれど、『精霊の座』と混ぜられたカミールの体はどうなるのだろうか。
肉の体を捨て、『魔法』が悪用・乱用されないように見張ると言っているカミールまで次の転生へ向かってしまっては、誰が『黎明の塔』を守っていくのだろう。
――僕のことは気にしなくて大丈夫だよ。話はつけてあるから。
誰と、かはあえて聞かないことにしておく。
ただでさえ追いつかない思考を、これ以上複雑にされたくはないのだ。
カミールによると、私が『精霊の座』を破壊しても、失われるのは神王の遺骸部分だけらしい。
砕いてしまった『精霊の座』を自分の体で繋げたカミールは、すでに『精霊水晶』と化しており、神王の遺骸が破壊されても、自身は『精霊水晶』のままである予定なのだそうだ。
想定としては、私が『精霊の座』を破壊した場合、神王の遺骸は破壊され、あとにはカミールと一体化した『精霊水晶』の欠片が残る。
カミールの遺骸は神王の遺骸と同じように、本人がその気になるまでは半永久的に『精霊水晶』としてこの世に存在するそうだ。
――あとは……砕けた欠片の数だけの『僕』が生まれる。
何人もの『カミール』が『魔法』を見張る
一人の人間の裁量にすべてを任せるのは歪みが生じた時に危険が生じるので、基本は同じで、しかし少しずつ違う考え方をする『カミール』が。
「それでも、カミールさんはカミールさんだと思います」
やはり一人の人間が管理するのと変わらず、危険がともなうだろう。
見張りシステムを作ったとしても、元がカミールである以上は、数だけ増やしても大差はない気がした。
少しぐらいの歪みを正すのが狙いであるはずなのだが、全員が同じ時期に一斉に同じ方向へと歪んでしまう可能性だって捨てきれないのだ。
そうなってしまえば、いくら見張る目と頭に数があっても無意味だ。
―― 一応、僕以外の意見も取り入れるよ。そのための人工精霊だからね。
子守妖精たち人工精霊が『人工』なのは、このためでもあったらしい。
人間寄りの思考をする精霊だ。
自然界に昔から存在していた本物の精霊に、これはできない。
さらに言えば、私にエノメナの球根を渡したのは、カミールとはまったく違う性格、違う物の見かたをする精霊を必要としていたからだ。
ジャスパーとアルメルの人工精霊も、同じ目的で誕生している。
男女が表裏一体の精霊になってしまったのは偶然らしいのだが、これもまた精霊の個性になった。
カミールの生み出した人間の事情も汲める人工精霊が情報を運び、システムとして組み込まれた『カミール』が『魔法』の使われ方を見張り、悪用や乱用を防ぐらしい。
私が話を聞いてすぐに思い浮かぶ程度の疑問とその解決法は、カミールはすでに織り込んでいたようだ。
「カミールさんの望みと、打てる手は打ってある、というのはわかりました。でも……わたくしはそれを叶えたくありません」
カミールが同化しているという『精霊の座』を破壊するということは、私がカミールを殺すということではないのか。
それが気になって、引き金を引くことはできない。
私は自分の身を守るために
自分が生きるための抵抗はするべきだと思うが、自分の身が危険に晒されているわけでもないのに他者を攻撃することには抵抗がある。
――そうか。僕を殺してしまうのではないか、と心配してくれていたのか。
それだったら心配はいらない、とカミールは言う。
もうすでに、今回の生は終了しているのだ、と。
――『精霊の座』と僕の体を混ぜた、と言っただろう? 生きた人間を神王の棺に納めるような真似を、精霊は許さなかったよ。
「え?」
カミールが『精霊の座』と自分を一体化させようと考えたのは、神王領クエビアからの問い合わせがきっかけだったらしい。
神王領クエビアの仮王であるレミヒオからの『精霊の座』の返還、あるいは破壊要求がズーガリー帝国へと届けられて初めてカミールは『精霊水晶』の正体に気が付いた。
気が付いた時点でレミヒオの要求に従ってくれれば良かったのだが、カミールは違うことを考えてしまう。
自身を『精霊水晶』に変換できれば、半永久的に『魔法』の使われ方を見張ることができる、と。
あとはとんとん拍子に『研究』が進んだようだ。
精霊にとって絶対の君主たる神王の身柄を人質に取っているようなものなので、何を要求しても精霊は否と言えない。
精霊を通じて神王の時を止めている存在と交渉し、自分の体にも同じ措置をしてくれるようにと頼み込んだ。
もちろん精霊もタダではこの話に乗らず、ひとつの条件を出したそうだ。
必ず『精霊の座』を破壊し、神王を解放するように、と。
「それで、わたくしがここにいるのですね」
――そうだよ。僕はもう肉の体を持たないから、誰かをここへ呼んで『精霊の座』を破壊してもらう必要があったんだ。
だから心置きなく『精霊の座』を撃ち抜いてほしい、とカミールは続ける。
それで神王と精霊、カミールの望みすべてが叶うのだから、と。
「そ、そんな大変なこと、わたしに選択させないでください! 責任重大すぎて、今から胃に穴が開きそうですよっ!!」
「そうだ。そんな重大なこと、ティナだけに背負わせられるわけがないだろうっ!」
「ほへ?」
突然第三者の声が割り込んできたぞ、と声の方へと顔を向けると、すぐに広い胸へと抱きこまれる。
鼻腔いっぱいに広がるのは、よく知るレオナルドの香りだ。
「レオ?」
「やっと追いついた。本当に、ティナは少し目を離しただけで、どこへでも飛んでいくな」
追いかける身にもなってくれ、と心底疲れた声音で言うレオナルドに、今回に限ってなら私は悪くないと思うのだが、すみませんと謝っておく。
私を攫うのは精霊だが、心配をかけさせているのはやはり私なのだ。
「カミール、確認だ。『精霊の座』を破壊しても、ティナが貴方を殺すことにはならないんだな?」
――僕はもう死んでいるからね。そういう意味では、もう誰も僕を殺すことはできないよ。
「そうか、ならよかった。……もうひとつ。『黎明の塔』を今から止めることはできないのか?」
――塔自体を破壊することはできるだろうけど、『魔法』をなくすことは不可能だね。
六つに分かれた神王の遺骸は、すでに四つが破壊されている。
もともと世界は元の形に戻り始めていたので、『黎明の塔』を破壊したところで、精霊がこの世界に戻ってくることは変わらない。
『黎明の塔』を破壊することは精霊の帰還が今日か明日か、魔法という『力』に対して人間を見張る者がいるかいないかの違いにしかならないそうだ。
だとしたら、黎明の塔はあった方が良い。
人間は必ず間違える生き物だ。
誰かが見張ってくれているというのは心強い。
本来はそれが神王の仕事だったはずなのだが、神王だけに任せてしまっては、神王が世界を見捨てた時に弊害が現れる。
今回のように、神話の時代からずっと精霊が姿を消していたのは、見張る者が神王しかいなかったからだ。
カミールが人間をやめて精霊になり、しかし完全な精霊とは違うので人間寄りの思考と判断ができる。
これは人間の視点からしてみれば、理想的な見張りとも言えるだろう。
「よし、撃とう」
「へ? こんなに大切なこと、ここで今勝手に決めちゃっていいんですか? アルフレッド様に相談した方が……」
むしろアルフレッドだけではなく、レミヒオやクリストフ、会ったことはないがサエナード王国の王やズーガリー帝国の為政者たちとも相談すべき内容だろう。
私とレオナルドが「はいそうですか」と勝手に決定してしまって良いことではないはずだ。
そうは思うのだが、銃をぶら下げた私の手にレオナルドの手が伸びてきて添えられる。
私が撃たないのなら自分が、と止める間もなくレオナルドが引き金を引いたが、銃から弾は出てこなかった。
「……そうか。やっぱり転生者じゃないと、『精霊の座』は壊せないのか」
「ええっ!? 結局、わたしが責任を負うんですか?」
「
安心して撃ってよし、と改めて私の手へと銃が握らされる。
レオナルドは簡単に言ってくれるが、と抗議をしようとしたら、銃身を握る手にレオナルドの手が重ねられた。
「そういえば、この銃は精霊の力を借りて撃ち出す、と前にカミールが言っていたな」
弾は自分の中にあるものを使うといい、とレオナルドが言うが早いか、ぐっと銃が重みを増す。
思わず姿勢が崩れそうになったのだが、レオナルドに支えられてすぐに体勢を持ち直した。
「さあ、そろそろ神王の帰還だ」
首に縄をつけてでも連れ戻すぞ、と物騒な言葉が続いたと思ったら、引き金にかけた指へと圧力が加わる。
本当に、レオナルドは私に責任を負わせる気がないのだろう。
私はただ銃を支えていただけで、引き金をひいてはいない、と。
自分が引き金を引くつもりなのだ。
……そんなのやだよ。
引き金を引いた結果、引き起こされることは怖いが。
その責任のすべてをレオナルドに負わせるのはもっと怖い。
私はレオナルドとずっと一緒にいたいのだ。
背負うべき責任があるのなら、一緒に背負いたい。
引き金を引くのはレオナルドに押された私の指ではなく、私の意志だ。
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