第18話 神王の帰還 2

※誤字脱字、探せていません。

 なにか見つけても、見なかったことにしてください。

 もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 随分あとになってから聞いた話だが、この時の銃声は鐘の音として世界中に響いたらしい。

 鐘の音に前後して精霊が世界に帰ってきたことから、歴史書には『黎明の聖鐘』と記されることになったようだ。


 そんな厳かな名を戴く音を奏でたのが、玩具かドライヤーにしか見えない銃だということは、私とレオナルドだけの秘密である。







 ……あれ?


 引き金を引いた瞬間に、銃口から白い光が溢れ出した。

 眩しい光だというのに不思議と目を焼かない光は『精霊の座』に吸い込まれ、水晶を真っ白に満たす。

 やがて『精霊の座』は光を内包しきれなくなったようで、表面に幾筋もの亀裂を走らせたかと思うと内側から破裂した。


 キラキラと水晶の欠片が飛び散る様はなんとも幻想的な光景だ。


 冷静に考えれば勢いよく飛び散る破片など危険以外の何物でもないのだが、これはガラスでも石でもなんでもない。

 一度壊れれば跡形もなく消える、不思議な素材でできた棺だ。

 『精霊の座』の欠片は、側にいる私たちの肌を傷つける前に光となって消えていた。

 あとに残ったのは、『カミール』であった『精霊水晶』だけである。


「テオ……?」


 白い光が収まって、隣に立つレオナルドを見上げた。

 口から自然に出てきた名前は呼び慣れた『レオナルド』ではなく、何故か『テオ』だ。

 本当に、何故か突然口から出てきた。


「あれ? なんで、テオ?」


 突然私に違う名前で呼ばれ、レオナルドが黒い目を丸くして驚く。

 その顔を見て、呼んでしまった私の方が混乱させられた。

 驚いた時の顔が私にやり返されて驚いた時のテオに似ているだなんて、これまで思いもしなかったのに、今は不思議とそっくりに見える。

 テオが大人になれば、レオナルドに似てくるのだろう、と。


「変ですね? 今まで一度もこんなこと考えたことないのに……テオが、あのテオが大人になったら、レオナルドさんみたいな顔かなって、今、突然思ったん、です……けど?」


 あれ? と言葉に困って首を傾げる。

 レオナルドを見てテオと似ているだなんて、思う方がおかしい。

 そうは思うのだが、今日に限っては妙に気になった。

 離宮の離れで、レオナルドが十七歳の時にモデルを務めたという彫像を見たばかりということも、影響しているかもしれない。

 私が今十七歳なので、この春でテオも十七歳になるはずだ。

 テオと私は誕生日の都合で半月だけ同い年となる。


 ……そういえば、テオとレオナルドさんって、誕生日一日違い?


 テオの誕生日を、一度だけ祝ったことがあった。

 たしか、レオナルドの誕生日の翌日に、ミルシェの誕生日は祝ってくれたのに、自分の誕生日は祝ってくれないと拗ねられて面倒だったのを覚えている。

 それから、と無意識にレオナルドとテオの共通点を探し始めた自分に気が付いて、おもいきり眉をひそめた。

 レオナルドとテオの共通点など、探したところでなんの意味もない。

 意味はないはずなのだが、頭のどこかで共通点を探すことが止められない自分がいた。


「……参ったな。精霊やアルフに聞かれるぐらいは何ということはないが、ティナに聞かれたら答えないわけにはいかない気がする」


 これは本当に困った、とレオナルドは苦笑いを浮かべる。

 困ったと言ってはいるが、どこか覚悟を決めたような顔をしていることが私には少し気になった。


「精霊が俺を『王様の体を盗んだ奴』と呼んでいただろう? 精霊が言うには、どうも俺の腕は『神王の腕』だったらしい」


「……どこからそんな話になったのかは気になりますが、納得もしました。レオナルド様の異常な怪力も、神王由来のものだと思えばなんとか……納得できる気がします」


 いったい何処で神王の腕など手に入れたのか、と言いながら頭が理解していく。

 レオナルドの腕は神王の腕だったらしい。

 こう聞けば、これまで散々驚かされたレオナルドの怪力にも納得がいく。


 そして、レオナルドの腕が神王の腕だということは、私が破壊すべき神王の遺骸の最後の一つが、私のすぐ隣にあるということだ。


 ……あれ? ってことは、神王の腕を壊したら……?


 レオナルドの腕はどうなるのだろう、と急に不安になってレオナルドの腕を掴まえる。

 この掴んでいるレオナルドの腕が神王の腕だと言うのなら、神王の腕を破壊すればレオナルドの腕も無くなるということではないだろうか。


「神王様の腕って、これ……レオナルドさんにくっついてるじゃないですか? こんなの破壊したら……レオナルドさんはどうなるんですか?」


「それは俺にも判らないが……まあ、なんとかなるだろう」


「なんとかって……なんとかならなかったらどうするんですか?」


「だから神王が『俺の寿命を待つ』なんて言ったんだと思うが……」


 精霊が言うには、レオナルドはすでに人間として限界らしい。

 普通の人間なのに、どこかで神王の腕を手に入れ、無意識にそれを利用していた。

 神々から与えられた神王の力を、一部とはいえ普通の人間であるレオナルドが使っているのだ。

 体に無理が出ない方がおかしい。


 すぐに思いだせる異常としては、昨年の闘技大会だ。


 レオナルドはまるで紙のように厚い盾を切り裂き、対戦者であったアルフの腕を切り落としかけている。

 このまま神王の腕を使い続ければ、今後あの時のような事故が多発するだろう、というのは精霊の見立てだ。

 精霊は人間とは違い、精霊じぶんたちの利のために嘘はつかない。

 その精霊がわざわざ警告をしてくれたぐらいなのだから、本当にレオナルドが人間として普通に暮らしていくには限界が来ているのだろう。

 ここ数年で他の『精霊の座』が破壊され、神王の遺骸を封じていた力が弱まっていることも関係しているのかもしれない。


「神王の遺骸もこれで最後の一つだ。いい機会だから、俺もこの腕を返そうと思う」


「その場合、レオナルドさんの片腕が無くなるだけで済みますか? 『精霊の座』みたいに、レオナルドさんが跡形も無く消えたりしませんか?」


「それは判らないが……ティナは片腕の俺は嫌か?」


「レオナルドさんなら隻腕でもカッコいいと思いますけど……」


 これはそういう問題ではないだろう、とレオナルドを睨む。

 カッコいい、悪いの問題ではないのだ。

 私からレオナルドがいなくなるか、いなくならないかを問題にしている。

 レオナルドが腕を失おうとも、腕が必要な時は私の腕を貸せばいいだけなので、そこはまったく問題ではない。


「これから先、もっと力が強くなるのは怖い。それに、困りもする。いつかティナが子どもを産んだ時に、抱き潰すのが怖くて抱き上げることもできないなんて、俺は嫌だからな」


 歪みは正さなければならない、とレオナルドは言う。

 神王の腕など、そうと知っていて人間が使って良いものではない、と。

 私と、私が未来で生むかもしれない子どもをレオナルドが力いっぱい抱きしめるために、神王の腕は返さなければならないのだ。


「……神王の腕が無くなっても、レオナルドさんがいなくなったりしませんか?」


「それは……そもそもどういう状態になっているのかも判らないからなぁ」


「そこは嘘でも大丈夫だ、って言うところですよ」


 この正直者め、と久しぶりにレオナルドの脛を蹴る。

 つま先を保護した特注靴を履かなくなってからというもの、なんとなく控えていた不満のぶつけ方だ。

 案の定というか、私のつま先の方が痛い。


「片腕になってもいいですから、レオナルドさんはわたしと一緒にいてくれないと駄目です。わたしを一人ぼっちにしないでください」


 消えていなくなったりしないで、と何処へもいけないようにギュッとレオナルドの袖を掴む。

 なんとなく、少し前から以前のように気軽にはレオナルドへと抱きつくことができなくなっていた。

 これが思春期というものだろうか。

 家族へと気軽にハグができないというのは少し妙な気がして、心の成長というものが煩わしくもあった。


「ティナにはベルトラン殿も従兄弟もいるから、一人にはならないはずだが……ティナは俺のお嫁さんになってくれるらしいからな」


 一生私の隣にいるためには、やはり神王の腕という人間が持つべきものではない力は手放さなければならない。


 一度慰めるように私の頭を撫で、レオナルドは静かに瞼を閉じる。

 深く、静かにひとつ深呼吸をすると、レオナルドはゆっくりと瞼を開いた。


 ……なに?


 レオナルドの動向を見張るように、周囲から一斉に視線が注がれるのが判る。

 あまりに多い突き刺すような視線に、背筋を嫌な汗が流れた。

 この痛すぎる視線を受けて、しかしレオナルドは動揺もなにもしていない。

 ただ静かな声で、周囲の精霊へと声をかけた。


「望みどおり、俺の名前をくれてやる。条件は、このあと俺に不足の自体が起こった場合に、俺が迎えに来るまで何からもティナを守ること。これだけだ」


 これが守れるのなら、自分の名前をくれてやる、と宣言するレオナルドに、周囲から精霊や妖精がわらわらと姿を現す。

 あまりの多さに思わず後ずさると、私を庇うように伸びてきた細い腕に抱きしめられた。

 ムギュムギュっとした柔らかな弾力には覚えがある。

 カリーサの大きすぎる胸の感触だ。


 ……へ? カリーサが、なんでおっきいの?


 子守妖精は私の肩に乗るサイズ感の小さな妖精だったはずなのだが、今私を抱きしめている元・子守妖精と思われるカリーサの顔をした女性の精霊は大きい。

 なんだったらレオナルドよりも大きい。

 そのカリーサの顔をした精霊が、びしっと片手を挙げた。

 挙手でレオナルドの交換条件を飲む、と意思表示をしているのだろう。

 周囲に集まった精霊たちも、口々に「守る」「了承した」と挙手をし始めた。


 そして、レオナルドは精霊のこの答えに満足したらしい。

 一度だけ困り顔をしたかと思うと、少しだけ恥ずかしそうな表情で、父のサロモンが付けた『レオナルド』という名を精霊に捧げてしまう。


 自分の本当の名前は『テオ』である、と。







「レオ!?」


 レオナルドの宣言と同時に、レオナルドの周囲へと白い稲妻が落ちる。

 思わず駆け寄ろうとする私の体を、カリーサに抱きとめられた。

 なんとかカリーサの腕から抜け出ようと足掻いていると、レオナルドを中心につむじ風が起こる。

 突風に煽られた私の体は、カリーサが抱きとめていてくれたおかげで何とか飛ばされずにすんだらしい。


 落雷の音が止み、風が治まったあと、レオナルドのいた場所に立っていたのは神王だ。

 いつもふらりと現れては消える、神話の時代の王様である。


 そして、たった今正式に死んだばかりのはずの人物でもあった。


「えっと……神王、様? レオは……レオナルドさんは、どこに……?」


 突然姿の消えたレオナルドに、嫌な予感しかしない。

 ただ精霊に攫われただけならば良いが、レオナルドには精霊に攫われる理由がなかった。

 これまでの『精霊の座』は、破壊とともに跡形もなく消えている。

 レオナルドは生きた人間だったが、神王の腕を持っていたということで、これまでの『精霊の座』と同じように消えてしまったのだろうか。


 カリーサの拘束が緩み、おずおずと腕の中から抜け出る。

 レオナルドが立っていた場所にたつ神王へと近づくと、神王はどこかさっぱりとした顔で笑った。


「……テオは歪みを正しに行った」


「テオ、ですか? わたしはレオナルドさんのことを……」


 私はレオナルドの行方を知りたいのであって、テオではない、と答えそうになり、遅れて思いだす。

 たった今、レオナルドが言っていたのだ。

 自分の本当の名前は『テオ』である、と。

 神王はただ、レオナルドを本当の名前で呼んだだけだ。

 どちらの名前で呼んだとしても、さしているのは私の言う『レオナルド』のことである。


 ……そういえば、レオナルドさんの本当の名前なんて、考えたこともなかったな。


 レオナルドは、初めて会った時から『レオナルド』だった。

 初めて会ったその日に父のサロモンが名付けた、とレオナルドには違う名前があると判っていたはずなのに、これまで気にもしてこなかった。

 私に『クリスティーナ』という名前があったように、レオナルドにも血の繋がった親の付けた名前があると判っていたはずなのに、だ。


「……テオ? レオナルドさんの本当の名前がテオ? でも、なんで今さら……?」


 今さらどうしてレオナルドの本当の名前などが問題になったのか、と考えて、他にも『今さら』と思えることがついさっきあった。

 レオナルドの顔を見て、今日初めて『テオが大人になればこんな顔だろうか』と思ったのだ。


「……あれ? レオナルドさんの本当の妹の名前って、確か……」


 王都で見たレオナルドの身上調査書によれば、レオナルドの妹の名前は『ミルシェ』だ。

 グルノールの館にいるテオの妹も、名前は『ミルシェ』である。


「あれ? あれあれ?」


 ひとつが疑問に思えてくると、次々と他にもおかしな点が思い浮かんできた。

 テオとレオナルドの誕生日を私は一日違いだと思いこんでいたが、テオははっきりとした日付は言っていない。

 ミルシェの誕生日は、翌日がメンヒシュミ教会へと行く日であったため、一日遅れで祝っている。

 他にも、テオとレオナルドは私が苦手なコラルの香草焼きを気に入って何度も食べていた。

 レオナルドは子どもの頃好きな女の子をいじめるタイプの悪童であった、と本人が自己申告している。

 親に売られた、というところまで同じだ。


 そんな馬鹿な、とは思うのだが、思いだせば思いだすだけ二人には共通点があった。


「……おいで、ティナ」


「え?」


 エスコートのための手を神王に差し出され、一瞬だけ戸惑う。

 何処に連れて行くつもりだろうか、と考えたら、移動する前に行き先を教えてくれた。

 なんということはない。

 ただ殺風景な黎明の塔から出る、というだけのことだ。


「テオと約束をしたからな。テオがおまえを迎えに来るまで、責任をもって俺がおまえを守ろう」


 時間はたっぷりある。

 聞きたいこと、気になることがあるのなら、全部話してやろうと誘う神王の手に、私は自分の手を重ねた。

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