第13話 容疑者レオナルド
※誤字脱字、探せていません。
なにか見つけても、見なかったことにしてください。
もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
神王領クエビアの仮王暗殺未遂など、知ったからには放置もできない。
誰に知らせておくべきかと考えて、真っ先に思い浮かんだのは慣れたアルフレッドだった。
他国の為政者が未遂とはいえ暗殺されそうになった、という報告になるので国王クリストフに教えておくべきかとも思ったのだが、国王に直接声を届けるような度胸は私にはない。
そんな理由から、相変わらずアルフレッドを間に挟ませていただくことにした。
「あ、おはようございます、アルフレッド様」
「……おはよう、クリスティーナ」
連絡は風の精霊に頼み、アルフレッドが目覚めたら声を聞かせてくれと言ってあったのだが、貴族街にある館で生活をしているアルフレッドが、私の朝食の時間にはすでに登城を済ませ、離宮へと顔を出していた。
少々どころではなく、人を訪ねるには早すぎる時間だ。
「えっと……朝食はお済になられましたか?」
「目覚めて早々に聞かされた耳を疑う話に離宮まで飛んできたわけだが……」
「わかりました。まだですね」
朝食をもう一人分用意してください、と伝えるとすぐにアルフレッドの朝食の準備が始まる。
まずはお茶をどうぞ、とお茶を持って現れたのは何故かソラナだ。
ソラナはアルフレッドのメイドとして離宮には詰めていないのだが、そのアルフレッドのお世話をするために一緒に来たのだろう。
勝手知ったるなんとやら、とでも言うのか、離宮の侍女との連携も問題なく、すぐにお茶の用意をしてきた。
「……それで、今朝方風の精霊が届けてくれた話だが」
普段はコース料理のように運ばれてくる料理を一度に運ばせ、最低限の給士だけを残して人払いをする。
さすがにコトがコトすぎて、いつものように気軽には話せない内容だったようだ。
「精霊の話なので、嘘ということはないと思います。詳しくも聞いてみましたが、暗殺を行おうとした者はことごとく精霊によって阻まれたそうです」
「では、仮王は無事なのだな?」
「無事も無事で……暗殺者に何度も狙われたというのに、全て精霊が対処したせいで危機感もなく、そのまま帝都に向かったそうです」
「それは、なんというか……」
精霊の加護のある人間は恐ろしいな、とアルフレッドはこめかみを揉む。
普通の人間であれば危機感を覚え、引き返すところなのだが、仮王レミヒオは違うらしい。
暗殺者に狙われたからといって国へ引き返してくるなんて、と場合によっては『臆病者』だなどと寝ぼけたことを言う者もいるかもしれないが、これは言い換えれば『国として最低限の自治もできていない』とも言うことができる。
暗殺者に襲われたから、と訪問を取りやめたとしても、訪問側の恥になどならないのだ。
「できれば、クエビア本国へ連絡を入れた方が良いと思うが……仮王は今どこにいるのだ?」
「帝都トラルバッハにいるようです。それと、帝国もやはり精霊が溢れているようで……」
風の精霊は面白おかしく帝都トラルバッハの様子を教えてくれるのだが、現地の人間視点で話を聞いてみるととんでもない状況だ。
石畳が捲れ上がって木の根が現れたかと思うと、木の根は精霊曰く『わるいこ』を飲み込んでどこかへと運んでしまったらしい。
運ばれた人間がどこへ行ったのか、はメール城砦にいるレオナルドからの報告にもあった。
国境周辺に現れた裸の男たちこそが、帝都で姿を消した『わるいこ』たちである。
イヴィジア王国へと侵攻しようと集められた兵士以外でも、国境の外へと運びだされていたらしい。
「案の定というのか……、この混乱で皇帝も行方不明になっているそうです」
「それは……帝国は大混乱に陥っているだろうな」
「国の一番偉い人が行方不明になって混乱するのはわかりますが……そんなにですか?」
イヴィジア王国であれば、クリストフがふらりとどこかへ出かけたとしても、仕事は回るだろう。
王都にはフェリシアもアルフレッドもいるし、他の王爵もいる。
彼らは統治者としての教育を修めているので、クリストフの数日ぐらいの不在であれば国政は滞らないはずだ。
前国王であるエセルバートが王都に滞在している時期であれば、彼に指示を仰ぐこともできる。
さらに言えば、クリストフは己の仕事に責任を持っており、なんらかの事情で姿を消すことになっても、残された者たちが困らないようある程度の指針は示しておいてくれるはずだ。
為政者がふらりと姿を消したからといって、多少の混乱はしても、大混乱に陥るということが少し想像できなかった。
「現皇帝エデルトルートは、若い頃に色々あって、他者を信用していない。そのため、全てにおいて自分の裁可が必要になる仕組みを整え、少しでも暗殺の危険を排除したらしい」
「それはなんというか……努力の方向が間違っていませんか?」
「珍しい話ではないだろう。自己の行いを省みず、他者にのみひたすら変化を求める人間の話は」
ズーガリー帝国の皇帝エデルトルートは、自分抜きでは国政が回らない仕組みを整え、保身に走ったらしい。
イヴィジア王国の王族であれば積極的に自分抜きでも仕事が回る仕組みを作りそうな気がするのだが、国が変われば為政者の性質も変わるようだ。
暗殺者対策として自分が死んだら困る体制を整えるよりも、まず暗殺者を送られることのない自分や国作りを目指してほしかった。
「……ということは、皇帝が行方不明で大混乱をきたしている帝都へ、神王領クエビアの仮王が訪問している、と」
「そういうことになるな」
「なんだか、どう扱うべきかと混乱するお城の人と、一人のほほんっとしているレミヒオ様の図が浮かびました」
「仮王を捉まえて『のほほんとしている』なんて言える人間は、おそらくおまえぐらいだと思うぞ」
もう少し情報がほしい、とアルフレッドが言うので、サリーサには今日もおやつを多めに作ってもらうことにする。
用途が判るためサリーサは微妙な顔をしていたが、情報を集めるだけです、という一言で一応の納得をしてくれた。
情報収集についてはアルフレッドも渋々ながら有用性を認めているので、サリーサたちにも制止されない。
そのかわり、精霊を使って声を遠くまで運べることについては、あまり知られないように、と注意も受けたので、場所を例の離れへと移した。
レオナルドのいわくつきの噴水がある、あの離れだ。
離宮の前の主である第八王女の手により、この離れは隠されている。
そのため、不意の来客があったとしても、こちらに突然顔を出される心配は少ないのだ。
「そういえば、この噴水のモデルになった時のレオナルド様って、今のわたくしと同じ歳でしたか?」
確か十七歳の時に全裸モデルをさせられた、と聞いたことがある気がする。
そして私が知っているレオナルドがモデルとされた全裸の芸術品は、この噴水だけだ。
ということは、これが十七歳の時のレオナルドなのだろう。
背は高いのだが、今のレオナルドよりは頭一つ分ぐらい低い。
体つきもしっかり筋肉がついているのだが、一回り小さい印象だ。
十七歳ともなれば体つきはほぼ完成していそうなものなのだが、レオナルドは噴水のモデルを務めた後も成長していたらしい。
……同じ歳のはずなのに、並んだら像の方が私と兄妹っぽい。
私の体は少しずつ成長しているのだが、まだ年齢どおりには見えてくれない気がする。
甘口採点をしたとしても、ようやく十五歳に見えるかどうかというところだろう。
……さて、ついでに色々実験しましょうかね?
気持ちを切り替えて、昨日は気づかなかったことを、声の返事が届くのを待つ時間に試してみる。
昨日は精霊の声が聞こえない人へも声が届くのか、声を届ける相手を個人に限定できるのか、と声を届けることを中心に実験したが、今日は少し違う実験だ。
……こういう時、お嬢様って便利だね。使える人がいっぱいだ。
常に侍女と
こっそり実験をしたいという時に、すぐに使える人材が側にいてくれるというのは非常に助かる。
「……音が遮断できる、というのはすごいですね」
声を遠くへと運べるのだから、逆に声を届かなくすることができるだろうか。
思いつきとしては単純なものだ。
構想を伝えて風の精霊に試してもらったのだが、指定した範囲内の音を外へと漏れないように遮断することができた。
これでほとんどの盗聴が防げる。
……あと、普通に天井裏とかに潜んでる人も精霊が教えてくれるから、かなりの盗み聞きが防止できるんじゃない?
以前エセルバートたちがどうやって離宮に篭っている私の情報を得ていたのかと疑問に思った答えがこれだ。
使用人たちの噂話を集めるほかに、ちゃっかり間者が潜んでいたらしい。
……でもたしかに? 実際に何かしてるのは精霊だけど、これをお願いできる私を確保しておきたい、ってのは仕方がないかもね。
私が為政者であれば、やはり確保に動くだろう。
今回は実験として声を遮断して盗聴を防止してみたが、風の精霊たちはこれを空気を動かすことで行っている。
ならば、毒やガスを散布されたとしても、風で防ぐことができるだろう。
もしかしたら、弓矢を使った暗殺であれば、放たれた矢の軌道を風で変えることもできるかもしれない。
……さすがに試したくはないけど、これってたぶん……?
人間を殺すこともできるかもしれない。
風の精霊が空気を操るというのなら、対象者の周囲から空気を、正しくは酸素を奪うことも、逆に顔面へと風を浴びせ続けて呼吸困難に陥らせることもできるだろう。
この推測は、さすがにアルフレッドへ報告はできない。
精霊を使って人間が殺せるかもしれない、なんて話を聞かせれば、本格的にどこかへと閉じ込められることになるだろう。
実験をしつつ時間を潰していると、離れに移動してすぐに声を送ってみたカルロッタからの返事が届いた。
カルロッタへ声を届けてもらった精霊は一人だったはずなのだが、帰ってきた精霊は何故か二人いる。
「あれ? お使いをお願いしたのは一人でしたよね?」
――そう。ひとり。
――ぼくは おつかいー。
「……お使い?」
僕と名乗った方が、増えた風の精霊だったらしい。
会う風の精霊すべてが半透明で不定形な姿をしているため、名乗ってくれなければ見分けることができなかった。
先に僕、と言って私がカルロッタへと声を届けてもらった方の風の精霊が手をあげる。
そうすると、特に指定はしなかったため、カルロッタの声が周囲に響いた。
――こんにちは、クリスティーナさん。楽しい方法でのお手紙をありがとう。
カルロッタへは精霊に溢れたイヴィジア王国の様子を伝え、ズーガリー帝国はどんな状況か、と声を送った。
ズーガリー帝国とイヴィジア王国の国境から帝国の兵士と思われる裸の男たちが現れているということで、帝国内部の様子が気になっていたのだ。
カルロッタからの返事によると、アウグーン城周辺は静かなものらしい。
とはいえ、やはり精霊が溢れていることに変わりはないようだ。
突然見えるようになった精霊に戸惑い、驚き、怪我をする者も少なくはないのだとか。
「帝国では精霊が見えない人間を探す方が難しい、というのは、こちらとは違うところですね」
「なにが違いがあるのでしょうか?」
後で報告書としてあげた方が良いだろう、ということで、カルロッタの発言はレベッカが書き取っている。
人の話す言葉をそのまま書き取るということで、少し大変そうな仕事だ。
「カルロッタ様は精霊の声が聞こえないけど、お孫さんは聞こえる、と」
「王都ではクリスティーナ様とサリーサだけですので、こちらも多いと考えられるかもしれません」
「でも、精霊が一人増えていた理由は判りましたね」
カルロッタの言うことには、カルロッタの孫娘もまた精霊が見え、声を聞くことができるらしい。
今回、風の精霊を使って声を届けた私を真似し、自分たちの方からも同じことができないか、と試してみたようだ。
孫娘の声が無事に届いたら返事をしてやってくれ、とカルロッタからの返信は締めくくられた。
「それでは、カルロッタ様のお孫さんの声を聞かせてくれますか?」
――わかったー。
レベッカに新しい紙を用意させ、先にお使いを果たしてくれた風の精霊へとお菓子を渡す。
今度の声も、周囲に響くものだった。
これから声を届けることを試し始めるとのことだったので、もしかしたらまだ個人の耳へだけ声を届けるという発想がないのかもしれない。
カルロッタの孫娘からの声は、はじめましてという丁寧な挨拶から始まった。
孫娘という単語からつい幼い少女を想像していたのだが、声の感じから私と同世代の少女だろう。
凛とした響きから想像すると、少しだけ年上な気もしてくる。
簡単な自己紹介が終わると、少女の声でこの実験の趣旨が語られた。
一番の目的としては、私と同じことができるか、という確認だ。
やはりあちらでも多少時間がかかるとはいえ、これまでとは比べ物にならない速さで行えるやりとりに魅力を感じているらしい。
無事に声が届いたら返事がほしい、という言葉で実験については終わった。
実験の趣旨の次に聞こえてきたのは、アウグーン領内の様子だ。
カルロッタが簡潔に纏めた返事をくれたのだが、こちらはもう少し詳しい。
アウグーン領内に現れた精霊は気性の優しいものが多く、人間の子どもと遊びたがって姿を見せるぐらいで、悪戯をしてくるような被害は今のところないそうだ。
ただし、これはアウグーン領内に限る話で、隣接する領地から逃げてきた人間の言葉によると、他の領地に現れた精霊の性質はとても穏やかとは言いがたいものらしい。
子どもに悪戯をされる程度なら可愛らしいもので、酷いものは大人が攫われてそのまま帰ってこないのだとか。
……それはアレじゃないかな。国境から出てきた裸の人たちの中にいるんじゃないかな、たぶん。
国境から追い出される裸の男たちに関しては、精霊か何か不思議な力が関与しているらしい。
ということは、全裸という名で武装を解除し、国境から追い出すという結果だけを見れば、誰かを傷つける意図を持った人間がズーガリー帝国内から排除されたということだろう。
もしかしなくとも、今のズーガリー帝国は戦う力を持たない民にとって安全な国になっているのかもしれなかった。
……精霊の性質は領地ごとに違うのかな?
カルロッタたちの主観でしかないが、評判の良い領主が治める地の精霊は穏やかで、そうでない地の精霊は悪戯が洒落にならない感じだ。
領主が問題なのか、領地全体の雰囲気が問題なのかはわからないが、精霊になんの影響も与えていないとは言い切れないだろう。
こちらでも情報を集めるつもりだが、そちらの様子も教えてほしい、と話が結ばれると、声を運んできた風の精霊がパタパタと手を振り始める。
返事を届けるから、何か話せということだろう。
「お使いありがとうございます。少し考えてから返事をしたいので、お菓子を食べて待っていてください」
焼き菓子で精霊をもてなして、その間に別の風の精霊に頼んでアルフレッドへと声を運んでもらう。
どこからどこまで話してしまって良いのか、私の判断で行うのはさすがにまずい。
「……あれ? フェリシア様」
「あなたには『ヘンリエタ』と呼ぶように言ってあったはずだけど」
忘れちゃったのかしら、と頬へと伸びてきたフェリシアの指がすべる。
あら? とフェリシアは不思議そうな顔をしていたが、私だっていつまでも摘みやすいまんまるほっぺではないのだ。
ちょっぴり胸やお尻が丸みを帯びてきたかわりに、子どもらしい丸みは少なくなってきていた。
「アルフレッド様へご相談したのですが、ヘンリエタが来てくれたのですね」
「あの子も、もう以前のように身軽ではいられないもの。今は父の横でお勉強中よ」
いつまでも私の監視をさせてはおけない、と続いたフェリシアの言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。
「なんとなくそんな気はしていたのですが、わたくしは監視されていたのですね」
「クリスティーナったら、目の前で見張っていても次に何をしだすか判らないのだもの。監視は外せなくてよ?」
そして、早速何をし始めて自分が離宮へ送られることになったのか、と説明を求められる。
どうやらフェリシアはアルフレッドから何の説明も受けておらず、とにかく離宮へ行ってくれと言われてそのまま来たらしい。
……アルフレッド様、私の扱いに慣れすぎてるね……っ!
詳しい話を聞かせるより、まず私が暴走しないようにと私の確保にフェリシアを向かわせたのだろう。
アルフレッドはアルフとしてグルノールの街に居た期間が長いので、私との付き合いも長い。
つまりは、私の引き起こす面倒ごとへの対処にも慣れっこだということだ。
「えっと、ズーガリー帝国のアウグーン領領主カルロッタ様から帝国内部の様子を聞くことができたのですが……」
アルフレッドへと持ちかけた相談を繰り返し、ついでにレベッカが書き留めたカルロッタたちの言葉をフェリシアに見せる。
こちらで判ったことをどこまで話して良いのか、と確認を取ると、精霊に関することならば話して構わないと太鼓判を押してくれた。
精霊については判らないことだらけで、少しでも多くの情報を必要としているのはむこうも同じはずだ、と。
……情報の出し惜しみとかしないんだね。だからうちの王族スキー。
困った時はお互い様である、とばかりに出し惜しみをしないフェリシアに、確認とりながら返事の内容を書き出していく。
国境に裸の男たちが大量に現れたことについても、一応知らせておくことにした。
情報を集めたり、実験をしたりと過ごしている間に一日が過ぎる。
試しに、とレミヒオへも声を届けてみたのだが、普通に返事が来て少し肩透かしをくらった気がしたのは秘密だ。
レミヒオからの返事も、精霊が一人増えていた。
カルロッタのところからの帰りとは違い、増えていたのは風の精霊ではない。
緑色の肌に、葉っぱでできた髪をした植物に似た精霊だ。
葉っぱで隠れて目は見えないのだが、口は付いているようなので、あとでお菓子をあげよう。
「えっと、その子は?」
――あずかって きたー。
――あずけられて きたー。
いえーいと手をあげて互いにハイタッチする精霊は可愛い。
何の精霊かは今のところ謎だったが、基本的なノリは風の精霊と大差ないようだ。
ノリは大差ないのだが、能力はまるで違う。
ひとしきり風の精霊とはしゃいだかと思うと、緑の精霊は私の前へと歩いてきて、ちょこんっと座る。
次に口を開いた時には、精霊特有のやや甲高い声ではなく、聞き覚えのある男性の声で話しはじめた。
――こんにちは、聖女ティナ。まずは無事の帰還をお喜び申し上げます。
無事の帰還というのは、私が誘拐されていた時の話だろう。
私はほとんど覚えていないのだが、ズーガリー帝国から逃げ出す際に神王領クエビアに渡り、そこから船を借りてイヴィジア王国のティオールの港街へと送ってもらったと聞いていた。
「ご丁寧にありがとうございます。……って、ここで言っても仕方がないのか。声は一方通行なんだし」
――大丈夫です。ちゃんと聞こえていますよ。
「……うん?」
妙に良いタイミングでレミヒオの声が聞こえたな、と緑の精霊をマジマジと見下ろす。
風の精霊に声を届けてもらう時は常に一方通行で、ゆったりプランで相手からの返事を待たなければならないのだが、経験上レミヒオがいると思われるズーガリー帝国へと私の声が届くのは、片道で二時間後だ。
メール城砦より早く届くのは、風の精霊曰くエラース大山脈の地形が関係しているらしい。
らしいというのは、風の精霊が陽気に自分たちの言葉で説明してくれるため、いまいち要領を得なかったからだ。
とにかく、こちらからの声が届くまでにそれなりの時間がかかるはずなのだから、私の言葉にレミヒオが即座に反応を返せるはずがない。
――木や草の精霊の力を借りた、クエビアでの声を届ける方法です。
挿し木や株分けをした複数の、けれど元は同じ植物に宿った精霊の力を借りて、精霊同士の繋がりを利用して連絡を取り合う方法が神王領クエビアにはあったらしい。
さすがは神話の時代に神王が治めていたという地である。
現代にも精霊の力を借りたものがしっかり残っていた。
「クエビアにはすでに電話のようなものがあったのですね」
――精霊と話ができる素質がないと、使えない方法ですけどね。
風の精霊の力を借りた連絡手段も、神王領クエビアでは未だに残っていたらしい。
やはり植物の精霊の力を借りたものよりかは時間がかかるのだが、精霊と人間には相性があるらしく、植物の精霊に好かれず、風の精霊に好かれる者はこちらの方法をとるのだとか。
「とにかく、レミヒオ様がご無事なようで良かったです。ズーガリー帝国では何度も危ない目に合われたと聞きましたが」
他の人の目と耳があるので、と言葉を濁す。
神王領クエビアの仮王が暗殺されかけただなどと、あまり広げて良い話ではない。
――私のことなら心配はいりません。かえって危険を運んでくる人の方が心配なぐらいで。
「それは……なんというか、精霊から聞きました」
レミヒオを襲った暗殺者は、ことごとく精霊に阻まれ、命を落としている。
やれることに限界のある人間の護衛とは比べ物にならないぐらい頼りになる護衛が精霊だ。
自身が暗殺されかけたというのにのん気な返答を寄越すレミヒオに、困惑させられながらも納得する。
現にレミヒオは今も元気でいるようだったし、暗殺者はすでに精霊の手によって制裁を受けていた。
私が遠くはなれたイヴィジア王国の離宮から、レミヒオのためにしてやれることなど何もないのだ。
今現在世界に精霊が溢れていることについては、レミヒオはまるで気がついていなかったらしい。
というのも、精霊がいるのは神王領クエビアでは普通のことだったし、レミヒオの目に精霊が見えるのは自国を出ても変わらないからだそうだ。
普段から見えているものが急に見えるようになったと言われても、見えていること事態に変化がないため、気づけなかったのだろう。
「精霊が言うことには、精霊の住む世界とこの世界が無理矢理繋げられたせいらしいのですが……」
しかも犯人は人間らしい。
人間にそんな不思議を操ることなどできないと思うのだが、その不思議そのものといった精霊が言うのだから、間違いはないだろう。
精霊は人間とは違い、嘘もつかない。
――世界と世界を繋げるなんてことができるとしたら、神王以外にはありえないよ。
「……神王、ですか?」
容疑者としてカミール以外の名前が出てきたぞ、と少しだけ新鮮な気分がする。
人間のせいで世界が繋がれたと聞いて以来、どうしてもカミールが犯人だとしか思えなかったのだ。
……でも、そうだよね。変な機械をいっぱい作ってたらしいけど、カミールさん人間だもんね。
妖精の世界にまで手を出すことはできないだろう、とレミヒオの提示した神王犯人説に気持ちが傾く。
転生者とはいえ人間のカミールが精霊の世界に影響を及ぼしたと考えるよりも、神王が行ったと考える方が自然だ。
神王にはそれだけの力があると、神話を知っていれば誰でも判る。
「そうですね。神王様は結構大雑把な人ですから、やらかしてるかもしれませんね」
――気になるようだったら、神王に直接話を聞いてみたらどうかな?
「え? 神王様って、こちらから連絡を取れるんですか?」
毎回神出鬼没でふらっと遭遇している神王になど、こちらから連絡をすることができるのだろうか。
不思議に思って聞き直すと、レミヒオからは更に理解不能な返答が来た。
私の兄であるレオナルドが、今は神王だろう、と。
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