第12話 アルフレッドの危惧
※誤字脱字、探せていません。
なにか見つけても、見なかったことにしてください。
もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
……一度おやつを補充に戻りたい。
普通に考えて、淑女のポケットにおやつなど忍んではいない。
私は淑女という名の猫を被った淑女(仮)なことと、たまに精霊に攫われてどこかへと運ばれた際の非常食として、主な目的としては肩の子守妖精におやつを与えて食べる姿に和むためにおやつを忍ばせている。
こんな理由から、元々ポケットの中にはそんなに多くのお菓子は入れていないのだ。
子守妖精に煽られた風の精霊に集団でおねだりをされては、あっと言う間もなくポケットの中身は空になってしまう。
……噂はお
場合によってはどこかへとまた声を届けてもらう必要も出てくるかもしれない。
今のうちにお菓子を補充に戻りたいのだが、今私がこの場を離れることは難しいだろう。
精霊の声が聞こえるのは、この場では私だけだ。
クリストフたちが精霊の拾ってくる噂話を求めているからには、私はここを当分動けそうにない。
ポケットから最後の一つを取り出して、風の精霊に離宮へと伝言を頼む。
精霊にあげるお菓子をたっぷりと用意しておいてくれ、と。
あとは精霊の声が聞こえるサリーサが離宮にはいるので、なんとかしてくれるだろう。
「……しかし、こうして纏めてみると、本当に大きな被害はなかったようだな」
「本当の地震ではなかった、というのが確認できて良かったですね」
ひとまずは安心か、とクリストフがホッと溜息をはく。
経験のない地震という現象に、顔に出せずともやはりクリストフにも不安はあったのだろう。
風の精霊が王都中を飛び回って噂を集めて来てくれたため、地震による建物の倒壊や誰かが倒れた家具の下敷きになっていないかといった話を、簡単に集めることができた。
鹿の精霊が言っていたように、やはりあの地震は錯覚でしかなかったようだ。
風の精霊たちが集めてきてくれた話の中に、建物や家具の下敷きになった人間がいる、というものはなかった。
そのかわりに多いのが、地面が揺れるという初めての現象に驚き、混乱して尻餅をついたり、階段から足を滑らせたというような事故だ。
細々とした事故の報告は、本当に多い。
「それにしても、思ったよりも地震に驚いて怪我をした人が多いようです」
「クリスティーナのように『慣れている』と言う者はおらぬからな。心配なのは、地震とともに溢れかえった精霊の存在もあるだろう」
「ああ、見た目が可愛い子なら和むかもしれませんけど、ちょっとグロイ子も居ますからね」
子守妖精のような完全に縮尺を間違えた幼女や、美女に
問題は、小鬼や動物の頭部に二足歩行をする精霊たちだ。
とくに小鬼は、顔が凶悪としかいいようがない。
こんな顔が部屋の隅の暗がりからこちらを見てくれば、子どもでなくとも泣き出すだろう。
「クリスティーナが声を届けられるというのなら、各地の領主へ情報を届けてはどうだろう。情報がないからこそ、みな不安になるのだ。あの現象の名前、精霊が世界に溢れていることについてを説明してやれば、少しは安心できるだろう」
「知ることで不安が薄らぐことはあると思いますが……まず『精霊の協力で声を届けてもらった』というところから信じてもらえないと、幻聴かなにかだと思われて終わりだと思います」
この場にいる人間は良い。
風の精霊の協力を得て、ポケットのお菓子がなくなるまで様々な実験をし、その結果を見ているため、見えていないフェリシアと王爵も精霊の存在を信じてくれている。
見えないものを信じることは難しい。
フェリシアたちにしても、風の精霊たちが実際に声を届けてくれたこともあるが、どちらかと言うと私のポケットから出てきた焼き菓子が、精霊に渡された瞬間に消えるのを目撃して信じてくれた部分が強い気がする。
見えるということは、それだけで力があるのだ。
「では、クリスティーナの知人へと主に届ければよいだろう」
以前王都に二年間暮らしていた私は、フェリシアの紹介で様々な貴族と顔を合わせている。
フェリシアの友人・知人ということで、杖爵の知人が多いが、杖爵ということは、それなりの地位と信頼のある人物たちだ。
彼らにこの情報を届ければ、間違いなく領民のために広めてくれるだろう。
そして何よりも、私本人と交友があったため、私の声だと判ってくれる可能性がある。
つまりは、それだけ届けられた声を幻聴と判断せず、信じてくれる可能性があるのだ。
「全ての領主たちがクリスティーナの声を信じられなくとも、一人でも信じて行動に起こす者がいれば、その者の領地では不安が取り除かれるだろう」
領主の他に、メンヒシュミ教会の導師へと声を届けるのも良いかもしれない、とクリストフは言う。
知識を求めるメンヒシュミ教会であれば『地震』という現象についての情報を求めているだろうし、逆に「あの現象はなんだったのか」とメンヒシュミ教会を頼る人間もいるだろう。
そこから正しい知識を広めさせて、民の不安を取り除くという方法もある。
「それで行くと、コーディに伝えるのも役に立つかもしれませんね」
コーディは旅の商人だ。
一年をかけて大陸中を回りながら商売をしているので、情報を運び、広めさせるには丁度いい人材である。
ついでに、風の精霊が大陸のどこまで声を届けてくれるのか、という実験もできるだろう。
「……やはり、お菓子の補充が必要ですね」
離宮へは伝言を届けてもらったので、今頃はサリーサが追加の焼き菓子を作ってくれているはずだが、それだって常識の範囲の数だろう。
イヴィジア王国内の全ての領地にいる領主の数には足りないかもしれない。
領主の数に加えて、メンヒシュミ教会へも声を届けてもらう予定なのだ。
「お店で買ったお菓子でも納得してくれるでしょうか……?」
どう思う? と肩の子守妖精を見下ろせば、「任せて!」とでも言うように胸を叩いたので、まだ食べるつもりらしい。
きっと、「買って来たお菓子では嫌だ」「子守妖精が食べていたものと同じものがいい」と風の精霊が拒否した場合には、また子守妖精がいかにもおいしそうに頬張るパフォーマンスをしてくれるのだろう。
風の精霊は好奇心の塊らしいので、きっと今回もイチコロだ。
「クリスティーナは一度離宮へ戻り、菓子を補充してくるがよい。王城の外へ買いに出るのなら、支払いは私の居城へ回すように」
「はい。行って参ります」
どうやら一度退席できるらしい、と淑女の礼をしてクリストフに答える。
このまま退席しようと思ったら、お供になぜかアルフレッドを付けられてしまった。
私の護衛の数が少ないので、一緒に行動をしろ、と。
「街へ出るのならともかく、離宮へは一瞬で戻れますが……?」
子守妖精が運んでくれれば、私の移動時間はゼロだ。
この子守妖精は私が一人で遠出をしたいと言えば拒否するが、サリーサのいる離宮へ戻る、という用件であれば聞いてくれるだろう。
さらに言えば、離宮へ戻れば護衛の数も補充できる。
アルフレッドをこの場から連れ出す必要はないのだが、と首を傾げると、この場の全員から微妙な顔をされてしまった。
「……突然消えて、突然現れるのは実におまえらしい行動だが、止めてくれ」
心臓に悪い、とアルフレッドが頬を引きつらせ始めたところで、この微妙な眼差しの意味を悟る。
事情はわかっていたとしても、私に目の前から忽然と姿を消されては、たしかに心臓に悪いだろう。
いつものことだ、と割り切るのは、さすがのアルフレッドでもできないらしい。
菓子の補充をしている間に届ける情報の原稿を作っておこう、と送り出された。
フェリシアたちが原稿を作ってくれると言い始めたのは、先に私がレオナルドへと送った内容を知っているからだろう。
気心の知れたレオナルドへの伝言ということで、かなり気の抜けた言葉で送っている。
……駄目だね。意識してないと、すぐに地が出ちゃう。これじゃ、いつまでも子ども扱いのはずだ。
淑女としての振る舞いこそ地にしなければ、と意識して用意された馬車へと乗り込む。
私の正面に座ったアルフレッドは、なんだか難しそうな顔をしていた。
「……各地の領主へおまえの声を届けるという話だが」
声を届けるのは止めた方がいい、とやや堅い声でアルフレッドが言う。
クリストフたちがいる場では反対しなかったのに、と不思議に思い、すぐにその理由に気がつく。
止めさせが方がいい、とアルフレッドが思っていると判ったからこそ、クリストフは私とアルフレッドを一緒に行動させたのだろう。
つまりは、声を届ければどうか、と言いはじめたクリストフも、内心でこれはどうかと思っているのだ。
「えっと……なにか問題がありましたか?」
「案自体はいい。だからこそ父上もあの場では反対されなかったのだろう。だが……」
現在各地で起こっているだろう混乱を治めるためには良い案だが、長期的な視点で見るとあまり良くないらしい。
ただし、私にとって『良くない』だ。
私個人と多数の国民を量りにかけると、国王としてのクリストフはこれを指摘できなかったらしい。
そのため、あの場から引き離すことで、自分たちの懸念を私に伝えようとしてくれたようだ。
「精霊の声が聞こえるというのも不味いが、自由に自分の声を届けられるというのも不味い」
「……電話みたいなもので、便利だと思うのですが?」
電話いう道具とは違い、精霊という意思を持った存在に協力してもらってはじめて成立することなので、多用は難しいし、精霊とのやりとりも慎重にする必要があるが、結果だけを見ればとても便利なものだ。
遠くの声へと声を運び、また遠くから声を運んでくる。
今のように早馬を使った急使や人の足による手紙の配達などとは比べ物にならないほど早く、正確な情報のやり取りが可能だ。
何が不味いのか、と聞くと、アルフレッドは困ったように眉を寄せる。
便利すぎて困るのだ、と。
「便利なのは悪いことですか?」
「便利なのは良いことだ。素晴らしいことだと、私も思う。ただし……それが道具や心のないものであれば、な」
「お菓子をお駄賃に喜んで働いてくれていますが……?」
実際に働いてくれている精霊の問題か、とアルフレッドの言葉を理解する。
確かに精霊にも心はあるようなのだが、こちらもお願いをしているし、お礼も渡していた。
便利な道具扱いはさせてもらったが、一方的に命令しているわけでも、なんの見返りもないわけではないのだ。
アルフレッドは何を問題にしているのだろう、と頭の中が疑問符で埋まる。
「……私が言っている『便利なもの』はおまえだ、クリスティーナ」
精霊の声を聞き、話せ、ある程度意思の疎通が取れる私は、言われてみれば便利な存在だ。
特に為政者であれば、擬似的に電話の代わりができる私を、野放しにはできないだろう。
「えっと……?」
「理解したか? 私も父上も、為政者としてはおまえを野放しにはできなくなる。二十歳まではグルノールの街に、という願いも、場合によっては反故になる」
考えてみろ、と促されると、確かにクリストフたちが危惧する理由も理解できる。
風の精霊を使って噂を集められる私は、人の秘密も暴き放題だ。
声を届けて指示を出せば悪事の証拠は残らないし、逆になんらかの企みを私室に居ながら盗み聞くことができる。
性格上の向き・不向きは別として、諜報活動を行わせるのに私が便利すぎた。
クリストフもアルフレッドも、私が精霊をそんな使い方はしないと信じられるだろうが、私を知らない人間はそうは思えないはずだ。
私のような小娘ぐらい、攫って閉じ込めてしまえばどうとでもなる、と考える人間は必ずいる。
現に一度、隣国まで連れ攫われているのだから、考えすぎだと笑い飛ばすこともできない。
「おまえの身を守るためにも、利用させないためにも、どこかへ閉じ込めるしかなくなる」
そんなことはしたくない、と言うアルフレッドに、子守妖精が連れ出すはずだから閉じ込めることは不可能だ、と茶化してみる。
心配してくれているのは判るのだが、おそらくは冗談抜きで私を閉じ込められる人間はいない。
そして、こうなってくると標的は私ではなく、私の周囲へと向かうだろう。
例えば、レオナルドを人質にされれば、私はどこへも行けなくなる。
レオナルドなど、いったいどこの誰なら人質に取れるのか、と考えて、気がつく。
アルフレッドにもクリストフにも、それは可能なのだ。
だからこそ、アルフレッドは私を止めるのだろう。
「……アルフレッド様がわたくしのことを心配して言ってくださっていることはわかりました。でも、それはあとで考えましょう」
起こってもいないことを考えて、二の足を踏んでいる場合ではない。
ただ言葉を届けるだけで、多くの人から不安を取り除けるかもしれないのだ。
あとのことは、あとで考えればいい。
「わたくしは昔、自分が転生者だと名乗らず、自分の身を守りました。でもそのせいでワーズ病の患者を何人も見殺しにしています」
あの時の後悔は、以前クリストフに吐き出したことがある。
クリストフは逆に名乗らなくて正解だったのだ、と言ってくれたのだが、だからといって私の後悔がなくなるわけではない。
「私にできる、私にしかできないことがあるんだから、仕方がありません。今度はちゃんと、自分にできることをしたいです」
私が閉じ込められず、普通に暮らすための方法はアルフレッドがその優秀な頭を使って考えてくれ、と丸投げにする。
アルフレッドならば、それほど心情的に抵抗のない案を必ず見つけ出してくれるはずだ。
それだけアルフレッドを信じている。
今はみんなの不安を取り除こう、と笑いかけると、アルフレッドは苦笑いを浮かべた。
面倒ごとを全部自分に投げて寄越すところが、レオナルドにそっくりだ、と。
頼りにしています、と続けると、軽く額を小突かれた。
そろそろ頬を引っ張られるのは卒業らしい。
……もうひとつ、判っちゃったかも。
アルフレッドは利用価値の高い私を閉じ込めることになるかもしれない、と教えてくれたが、違う言い方もできるということに気がついた。
この混乱が静まったあと、私をただの便利な道具だと思えるのは一部の愚か者だけだろう。
少しでも考える知恵がある者であれば、私を脅威に感じるはずだ。
様々な噂を世界中から集め、どこへでもそれを届けられる人間など、為政者にとっては押さえておくか、制御できなければ殺してでも止めたい脅威だろう。
いつ自分に牙を向けてくるかも判らず、悪意を向けられた時には対処の難しい相手だ。
私を閉じ込めるというのは、私を確保するという意味だけではない。
私という脅威から、脅威を脅威と理解できない愚か者を守る意味もあった。
……私、平凡にのんびりと暮らしたいだけなんだけどな。
どうやら本格的に、私が人の輪の中で生きることは難しくなってきたようだ。
お互いのために、ある程度の距離を持って暮らすべきなのだが、放っておいてくれる人間ばかりではないだろう。
……最終手段として、オレリアさんの家に住みたいって言ってみようかな。
ワイヤック谷は不思議な霧によって守られた場所だ。
あそこでならば護衛の数を減らせるし、不審者の侵入からも守られて暮らせるだろう。
……いざとなったら隠居ルート待ったなし、だね。
離宮で焼かれた焼き菓子と内街で買ったお菓子を馬車いっぱいに積んで役所棟の中庭へと戻る。
そろそろ冷え込む時間なのだが、盗み聞きを警戒してか建物の中へは入るつもりがないらしい。
私たちがお菓子を用意しに出かけている間に、届ける内容の原稿は完成していた。
内容としては、実に簡潔だ。
精霊の協力で声を届けている、という説明に始まり、地面が揺れた現象については『地震』という名の自然現象である。
ただし、今回の物は『地震』ではなく、錯覚だの可能性が大きい。
精霊からの情報によると、精霊の世界とこちらの世界が無理矢理繋がれたために起こったことだと言うことだった。
精霊が見えるようになったのはそのためだ、との説明も入っている。
見えない者と見える者がいるが、どちらも異常ではない、と。
とにかく、今回はこれ以上の揺れが起こることはないだろう。
不安になった民が怯え、暴れて怪我をする方が恐ろしく、悲しい。
できるだけ早く民の不安を取り除くよう務めてほしい、と原稿は結ばれていた。
「今回の対応は、これでひとまず終了でしょうか?」
風の精霊に先払いとしてお菓子を渡していると、アルフレッドが指折り数えて対応すべき事柄を確認していく。
指が三本立ったままだったが、とりあえず私にできることはなくなったらしい。
一応の終了である、というお言葉をいただいていると、メール城砦へと送った風の精霊が戻って来た。
――メール城砦より、レオナルドです。
クリストフたちに聞かせるから報告の形で、と指定しておいたレオナルドからの返事は、本当に報告書のように堅苦しいものだった。
精霊から聞いただけでは謎すぎた裸の男についてのくだりは、好意的に受け止めるのなら精霊かなにかが敵兵の武装を解除してくれただけのようだ。
あちらでもはやり精霊が溢れており、レオナルドは精霊の力を借りて男たちを捕縛して回ったらしい。
その際に、精霊が見える黒騎士も大活躍だったようだ。
「……レオナルドも精霊の声が聞こえるようだな」
「子どもに見える者が多いようだ、という報告は使える。すぐに王都でも確認をとります」
「ついでに声が聞こえるものがいないかも調べよう」
アルフレッドたちがレオナルドからの情報の精査がされている横で、私はというと往復にかかった時間からメール城砦へと声が届く時間を逆算する。
明るい時間に声を届けて、その返事が日が沈んでから届いている。
返事を考える時間もあっただろうが、多めに考えて片道二時間半といったところだろうか。
これまでの連絡手段を考えれば、驚くほどに早い。
……アルフレッド様は心配してくれたけど、実はそれほど心配しなくてもいいんじゃないかな?
精霊の姿を見て、声を聞き、意思の疎通がはかれるのは今のところ私だけだ。
ただし、この場では私だけということで、街へ出れば精霊の姿を見れる人間は増えるし、その中を探せば声の聞こえる人間もいるかもしれないし、意思の疎通がはかれる人間もいるかもしれない。
私が脅威たり得るのは、私しかいない今の状況だ。
他にも同じ素質を持った人間がいれば、アルフレッドが危惧するようなことにはならないはずである。
……たぶん、ね。
ほとんど半日外にいたということで、冷えた体をお風呂で温める。
いつもより遅くなってしまった夕食をいただくと、冷えたせいで風邪をひいてはいけない、と早々にベッドへと押し込められた。
グルノールより大きなベッドなのだが、黒い犬のぬいぐるみがあるためあまりそうは感じない。
十七歳の淑女のベッドに大きなぬいぐるみはどうかと思うのだが、この黒い犬のぬいぐるみはカリーサが私のために作ってくれたものだ。
止めるに止められないし、かといって捨てたくもないので、いつか私が子どもを産んだら、その子ども部屋にでも移そうと思う。
……そして、地味に安眠妨害だね。
精霊には昼も夜も関係がないのか、風の精霊がそういう性質なのかは判らなかったが、ベッドに入ってからも風の精霊が次々と噂話を運んできて騒がしい。
聞き流しても良いのかもしれないが、昼間噂話を聞きたがった私を完全に噂好きの人間だと思いこんでいるようで、風の精霊としては好意で聞かせてくれているのだ。
これを聞き流すことは失礼な気がして、本気で寝落ちるまではおしゃべりに付き合うしかないだろう。
……うん?
どのぐらい精霊のおしゃべりに付き合っていたのか、精霊同士の会話の中で、一つ聞き流せない話題を拾いとり、寝落ちかけていた意識が浮上する。
今何か、聞き間違いでなければとんでもない話が混じっていたと思う。
「クエビアの仮王がズーガリー帝国を訪問した、って言うのは? それって本当の話?」
――ほんとだよー。
――ぼくたち うそつかないよー。
玉石混交とはよく言ったもので、風の精霊が持ち込んだ噂話の中で玉を見つけてしまったかもしれない。
もう少し詳しく話を聞きたい、と体を起こすと、この話に一番詳しいらしい風の精霊が私の目の前へとやって来た。
「それで、仮王の帝国訪問ってどうなったの?」
――やっつけたー!
「……やっつけ……?」
なにをどうやっつけたのか。
風の精霊の口から飛び出してきた、およそ神王領クエビアの仮王レミヒオに似つかわしくない単語に思わず眉をひそめる。
どう聞いても、穏やかな話ではない。
「もう少し詳しくお願いします」
――えっとねー おうさまのこどもの こどもの こどもの……?
「クエビアで神王様の留守を預かっている、レミヒオ様のことだよね? 神王様の血筋の」
――そう!
詳しく聞かせてくれ、と言ったら、神王の時代から子孫の数を数え始めた風の精霊には驚かされた。
神王の血筋は神話の時代から続いているはずなので、下手をしたら一晩「こどもの」と繰り返してもまだ現代には追いつかない可能性がある。
――それでね おうさまのこを わるいやつがねらってた から はいじょした。
――かぜのようにね! かぜのせいれい なだけに?
「……あ、
冗談に意識が言ってそちらを突っ込んでしまったが、気のせいでなければ風の精霊の口からはとんでもない話が出てきていた。
精霊の言うことなので、真偽を疑う必要はないと思うのだが、気のせいでなければ、神王領クエビアの仮王が、ズーガリー帝国で悪漢に襲われたという内容だ。
もう少し詳しく聞くと、悪漢に襲われたのではなく、暗殺者に狙われたという方が正しい内容だった。
「本当に……あの国は怖いもの知らずにもほどがあるね……」
聞けば聞くほどに力が抜けていく内容だ。
神王の血筋を害そうなどと、神話の再来ともいえる暴挙だろう。
そして、さすがは神王の血に連なる者と言うのか、レミヒオの周囲は精霊が固めていたようだ。
暗殺者は潜んでいた木の上から落ち、打ちどころが悪くて死んでいる。
毒を食事に混ぜようとした使用人は転んで自ら毒を被り、こちらも死んでいる。
風の精霊たちは楽しそうに聞かせてくれるのだが、これらの不幸な事故は全て彼らが引き起こしたことらしい。
本当に、可愛いだけではない存在だ。
「……もしかして、今回の異変も帝国に怒ったどこかの精霊が引き起こしたとか? 巨大な木の根とか、人間がどうこうできることじゃないよね?」
――ちがうよー。
――ぼくら そんなこと しないよー。
これは人間が引き起こしたことだ、と続いた風の精霊の言葉に、驚きを通り越して頭を抱える。
ここまでくると、本当に一人の人物しか思い浮かばないのだ。
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