第3話 追想祭と神眼

 追想祭の当日は、夕方から祭祀に参加するレオナルドは毎年日中が休暇だ。

 本来はその休暇を使って夕方に備えた仮眠を取るのだが、私が祭りに出かけたいと言えば半日は付き合ってくれることになっていた。


 ようは半日兄妹デートの日だ。

 今は婚約者ということになっているので、普通に婚約者同士のデートの日になった。


 ミルシェとランヴァルドは午後と午前で交代に休みを取り、主人わたしたちがお出かけということでタビサとバルトも少しだけ気を弛めることができる。

 サリーサは広場の劇に出るということで、今日は一日お休みの予定だ。

 サリーサの代わりに、ということで、肩の上の子守妖精も私の護衛を張り切っていた。


 この子守妖精は、兄の不在を寂しがる私をレオナルドの居る場所まで運んでくれるぐらいしかしないと思っていたのだが、役割は本当に『子守』らしい。

 サリーサが実験として私にクッションを投げたことがあるのだが、子守妖精はクッションが私に当たる前にこれを防いでいる。

 私に対して剣は向けられないというレオナルドに、ならば盾ならどうか、と盾を構えたレオナルドの突進でも実験をしていた。

 そして驚くことに、この小さな子守妖精はレオナルドの突進をも防いだのである。


 ……これ、もう護衛の騎士いなくても、物理なら防御力最強じゃないかな。


 レオナルドの突進すら防ぐ妖精の力だ。

 魔法攻撃があったとしても、充分に防いでくれるような気がする。

 レオナルド以上の力持ちと言えば、あとは神王ぐらいしか思い浮かばないのだが、神王に攻撃を受けるような状況が、ちょっと私には想像できない。

 神王が他者に対して攻撃をしたことなど、神話の若者に対するものぐらいであろう。


 ……神王様の言うことと神話を繋げると、ヴィループ砂漠の先にはもっと広い大地があったんだっけ?


 それを神王が神話の若者の暴走を止める際に、物理的に沈めていたはずだ。

 さすがのレオナルドも、神王には勝てないだろう。


「……あ、ボビンレース」


 レオナルドと並んで露店を巡りながら、すれ違った少女の髪にボビンレースのリボンを見つける。

 簡単な幾何学模様の、例の指南書に図案を載せたリボンだ。

 一度ボビンレースを使っている少女を見つけると、時折ボビンレースに目が行くようになった。

 以前は私しか使っていなかったボビンレースだったが、この一、二年で少しずつボビンレースを使う女の子が現れ始めたらしい。

 それにしても、こんなに早くボビンレースのリボンを使っている女の子を見かけるようになるなんて、と驚いていると、グルノールの街でボビンレースが見られるのは、指南書の広がりよりもエルケとペトロナの影響だとレオナルドが教えてくれた。

 二人には王都でボビンレースの織り方を教えていたので、王都から帰ってきてすぐにボビンレースを自分たちの家の商品にすることができたのだ。

 簡単な幾何学模様のリボンなら、二人は充分に織ることができるようになっていた。

 あれから三年は経っているので、商品としてもそれなりの数が出ているのだろう。


「欲しいのなら、買うか?」


いえにオレリアさんの織ったレースも、カリーサの作ってくれたレースも、たくさんありますから、これ以上増えたら困ります」


 私が目に留めたものをすぐに買おうとするレオナルドは、相変わらずのシスコンだ。

 自分で同じボビンレースが織れるというのに、ボビンレースをさらに買おうとするレオナルドの腕を引っ張り、広場への道を急ぐ。

 愛されているとは思うのだが、とにかく物を与えたいというレオナルドの悪癖だけは、なかなか治りそうになかった。







 広場で行われる劇の内容は毎年変わらないが、子どもたちにとってはいい暇つぶしになっていたし、ウェミシュヴァラ・コンテストの優勝者が女神イツラテル役を演じるということで男性にも人気の催しだ。

 いい場所で劇を見ようと思えば、早く行って場所を確保する必要がある。

 レオナルドに頼めば警備の黒騎士が場所を確保しておいてくれそうな気はするのだが、黒騎士が広場で場所取りをする、というのも格好が付かないだろう。

 ここは正々堂々と自らで場所取りをするぞ、と意気込んで広場に行くと、レオナルドの顔が砦の主として知られているせいか、レオナルドを囲むように自然と人ごみの間に道が開き、席を確保することができた。


「あ、サリーサです」


 レオナルドと並んで劇を見ていると、女神イツラテル役として古風な衣装に身を包んだサリーサが舞台へと姿を見せる。

 例年とは違うイツラテル役の姿に、広場では一瞬だけ驚きの声があがった。


「……いつもイツラテル役をしていた方は、いったい何年ぐらいウェミシュヴァラ・コンテストで優勝していたのでしょう?」


「俺がグルノール砦に配属された頃には、もうあの女性だったな」


 私を追ってズーガリー帝国に行った年の優勝者は知らないが、特に報告がなかったので同じ人物だったのだろう、とレオナルドは言う。

 つまりは、グルノールの街では同じ人物が十年以上ウェミシュヴァラ・コンテストで優勝し、女神イツラテル役を務めていたということになる。


「それは……フェリシア様のように『殿堂入り』という形で出場自体を無効とすることはしなかったのですか?」


 たしか、王都ではそうしていた。

 美人といえばフェリシアというのは、貴族街、内街、外町すべての共通した認識だ。

 フェリシアがウェミシュヴァラ・コンテストに出場すれば、投票などする前から結果が判っている。

 そのためフェリシアは、三年連続で優勝して以降ウェミシュヴァラ・コンテストへの出場を辞退するようになったのだとか。


「連続優勝ということで殿堂入りはいい手だと思うが……候補者として彼女を選ぶのもまた民意だからな。本来の優勝者を外して、その他の中からまた一番を選ぶというのも、妙な話だろう」


「それもそうですね」


 たしかに、一番を外した中から新たに一番を選べば、選ばれた一番も、最初に選ばれたはずの一番を推して候補者にした人たちも、納得はできないだろう。

 グルノール砦と街を丸ごと預かるレオナルドは個人の裁量で『殿堂入り』という制度を取り入れさせることもできるのだが、民意を大切にしたいとそのままにしていたそうだ。


 ……そもそも、普通なら加齢とともに人気も衰えるはずだったしね。


 まさか十年以上も同じ女性がウェミシュヴァラ・コンテストで優勝し続けるとは、誰も思わなかったのだろう。

 これを考えると、彼女を退けたというサリーサはすごい。

 カリーサに出場の打診が来た時には、胸が大きすぎてバランスが悪いのではないかと思ったのだが、同じ大きさのサリーサがいつの間にか優勝していたのだから、カリーサも優勝できていたかもしれなかった。


 ……今の子守妖精カリーサは私以上にぺったんこだけどね。


 露店で買った小さな林檎飴を肩の子守妖精に渡すと、子守妖精は嬉しそうに飴を頬張り始める。

 妖精にお菓子をあげるさまは傍からどう見えるのか、と見えていないレオナルドに聞いたことがあるのだが、妖精にあげた時点でお菓子は手元から消えるらしい。

 私の目にはお菓子を受け取っておいしそうに食べる子守妖精が見えているのだが、周囲からしてみれば『私がお菓子を持っていたこと自体、目の錯覚だったのでは?』と思ってしまうぐらい一瞬でお菓子は消えるようだ。


 ……十五歳以下でも、他所の子に子守妖精は見えないみたいだね。


 館を出てからずっと肩に子守妖精を乗せているのだが、子どもが振り返って私の肩を見ることはなかった。

 こんな小さな謎の生き物を連れていて子どもが無反応でいられるはずはないので、見えていないと考えて間違いないだろう。

 子守妖精は『子守』を領分としているだけあって、その家の子どもにしか見えないようだ。

 この場合『その家の子ども』とは、私と十五歳で子守妖精が見えなくなったミルシェのことになる。







「それにしても、結局何が本当なのでしょうね?」


「うん?」


 劇も終わってのんびりと館への道を歩きながら、ふと疑問を口にする。

 神話の真実などあまり大っぴらにするわけにはいかないが、もう黒騎士の住宅区まで戻ってきているので大丈夫だろう。

 ここは黒騎士の住宅区というだけあって、普段から人通りは少ない。


「神王様から少しだけ聞いたことがあるんですよ。神話の中の、本当の話を」


 広場で行われる劇の内容としては、神々に愛される神王に嫉妬した若者が、その座を奪おうと神王の排除を目指す。

 そんなことをしてはいけない、と止めてくれる友人や精霊を無視し、若者はついに神々の元から一振りの剣を盗み出してしまう。

 剣を作り出した神ですら持て余し封じていた剣は、人間の若者になど使いこなせるはずがなかった。

 案の定、暴走を始めた剣は大地から生命力を奪い、人間も精霊も多くが死んだ。

 これがヴィループ砂漠誕生の逸話となっている。


 若者はこの後、あまりの暴虐な行いが元となり、正義の女神イツラテルの裁きを受けることになった。

 女神イツラテルによって両手両足を切り落とされ、神に厭われた若者は死の国の民になることも許されず、何年も地上を這いずりながら生きることになる。

 それを哀れに思った神王が死の神ウアクスに取り成し、若者はようやく死ぬことを許された。

 若者の亡骸を抱き、神王は「自分という存在があったからこそ起きた悲劇だ」と嘆き、地上から姿を消した、というのが神話と劇の内容だ。

 普通の人間が知ることができるのは、多少の差異はあれども大きくは変わらないこの神話だけである。


 けれど、私は違う。

 不思議な縁を持ち、神王から直接話を聞くことができた。


 事実は、神話とは少しずつ違う。


 若者を裁いたのは女神ではなく神王本人で、両手両足を切断されたのは神王の方だ。

 しかも、それを行ったのも神王自身である。

 理由はたしか、あまりの怒りに、そうでもしなければ自分を抑えられなかったから、というような恐ろしいものだったと思う。

 神王が自分の両手足を切ってでも自分を制止させなければ、今頃この世界はどうなっていたのだろうか。


 そして、神王が姿を消した理由も神話とは違った。

 神王は死んだ恋人に目印を与え、どこかに転生したであろう目印を持った存在を探しているようだった。

 この神王の恋人は、神話や劇の中には登場していない。

 さらには、神王が与えた目印は神王の下に戻っており、もう目印を頼りにかつての恋人を見つけだすことは不可能になってしまっている。

 それを知ったからこそ、神王は次の生へと向かう気になってくれたのだ。


 私が神王から託された『遺骸をすべて破壊する』という仕事が達成できれば、神王は死の国へと旅立つことになる。

 今も生きている神王が失われれば、神王の世代交代が正常に行われることになるらしいのだが、それは私が考えることではない。


「……『精霊の座』は、あと二つですか」


 私の記憶が曖昧な二年の間に神王領クエビアが動き、各地に眠っていた『精霊の座』を見つけ出し、破壊してくれていた。

 神王によれば遺骸は頭、胴体、両手、両足の六つに分かれているとのことだったが、これが本当ならば残りはあと二つということになる。

 一つはレオナルドがズーガリー帝国で見つけたそうなので、場所さえ判っていればいつか破壊することもできるだろう。

 問題は、場所すら判っていない最後の一つだ。


「神王領クエビアなら、何か神話などが残っているでしょうか?」


「それで場所が判るのなら、今頃すべての『精霊の座』は破壊されているはずだ」


「ですよね」


 そう簡単にはいかないか、と隣を歩くレオナルドの顔を見上げる。

 私の世代で無理ならば、私の子孫が壊してくれてもいい、と神王からは驚きのゆとりプランを提案されていた。

 神王の事情を聞けば叶えてやりたい願いではあるのだが、自分の子どもに引き継がせる使命としては大事すぎる。

 そもそも子孫を残すための相手が見つかるのか、という問題は、隣のレオナルドが捕まる予定なので解決済みだ。


「……や、でも子どもはともかくとして、その子がまず転生者である必要もあるし……? 実はかなりの難易度だった?」


 神王の言うことには、『精霊の座』は中身が神王の遺骸というだけあって、この世界の魂には破壊が容易ではないらしい。

 自分たちの王でもある神王を傷つけることが、この世界の魂にはどうしてもできないのだそうだ。

 そこで役に立つのが、転生者である。

 異世界から運ばれてきた魂である転生者には、神王に対する刷りこみというものがない。

 そのため、異世界の魂を持った転生者には『精霊の座』の破壊が容易なのだ。


「転生者? 精霊の寵児ではなくてか?」


「転生者と精霊の寵児は同じですよ。精霊の寵児として捕捉されているかどうかの差です」


 前に話しませんでしたか、と指摘すると、レオナルドは聞いた気がするといって気まずげに目を逸らす。

 この様子を見るに、言われるまで忘れていたのだろう。

 無理のない話だとは思う。

 レオナルドたちにとって『精霊の寵児』は精霊に愛される子どものことで、『転生者』とは違う世界で生きたという記憶と知識を持つ、役に立つかもしれない存在のことだ。

 転生者わたしからしてみれば二つは同じ存在だったが、この世界の人間からしてみれば特に役立たない『精霊の寵児』と、扱い方次第では富を呼ぶ『転生者』では、まるで違うものに思えるのだろう。


「転生者は神王に対する刷りこみがないから、『精霊の座』の破壊が簡単にできるらしいのですが……」


「それは……あるかもな。俺も神王に会った時は、気が付いたら膝をついていた。神王とは、そういう存在なんだろう」


「わたくしは神王様と会っても膝を折ったことはありませんが……」


 そのあたりも転生者とこの世界の魂との差なのだろう。

 この世界の魂にとって、神王は自分たちの王だ。

 王に対して強制される前に膝をつくことは自然なことだ、と考えて、ふと気が付く。


 そんな神王に対して、神話の若者は反逆を企てることができたのだ。


 ……あれ? 神話の若者って、実は転生者?


 ふと気が付いた可能性に、すぐに自分で蓋をする。

 異世界から魂が大量に運び込まれたのは、若者がこの世界の魂を大量に消滅させた後のことだ。

 若者が転生者だったというのなら、前後がおかしくなってしまう。


「それにしても、転生者には神王に対する刷りこみがない、か。それでカミールは『精霊の座』に『精霊水晶』だなんて名前を付けて、切り刻むことができたんだな」


 神王の遺骸が納められた棺を切り刻むなんて蛮行は、転生者だからこそできたことなのだろう。

 普通の人間であれば『精霊の座』を切り刻もうだなんて、発想すら浮かばないはずだ。


「ティナが……」


「クリスティーナ、です」


「……クリスティーナが俺に精霊水晶を破壊させたのも……うん? 転生者になら容易に壊せる『精霊の座』を俺が壊せたということは、俺も転生者か? いや、しかしクリスティーナのように粉々に砕くことはできなかったな」


 あれはどういうことだ、と首を傾げるレオナルドに、それはどういうことだ、と私が聞き返す。

 記憶が曖昧な二年間については、簡単な説明しか聞いていないのだ。

 私が『精霊の座』を粉々に砕いたなんて話は、今始めて聞いた。


「カミールの研究していた道具を動かすための力に使われているのが、『精霊水晶』と呼ばれている『精霊の座』だった。ティ……クリスティーナがすぐに気が付いて破壊し始めたんだが……」


 途中から私は精霊水晶を見つけるたびに、レオナルドへと触るように言い出したらしい。

 その時の私の説明が「レオナルドが触ると、中身が抜ける」だそうだ。

 この辺についてのくだりは、いつだったか少し聞いた気もする。


「……その時にレオナルド様が精霊水晶を触ったのは、利き手ですか?」


「そうだったと思うが……それがどうかしたか?」


「いえ、それが理由かな? と思っただけです」


 レオナルドが利き手でなら子守妖精に触れる理由は、これかもしれない。

 『精霊の座』から抜かれた何かが、レオナルドの利き手にでも留まっているのだろう。

 神王の力の一部がレオナルドの利き手に宿っているのだとしたら、精霊や妖精に触ることができたとしても不思議はない。

 神王とは、そういう存在だ。


 ……あれ? でもこれが理由だとしたら、逆の手では触れない理由としては弱い?


 レオナルドの中に神王の力の一部が入り込んでいるのなら、利き手でなくとも精霊に触れるような気がする。

 いくら利き手で触れていたからといって、人の体は両手両足に分かれていても、一つに繋がっているのだ。

 利き手にしか影響がないとは、考え難い。


 ……改めて考えると、レオナルドさんってホントに謎だよね?


 そもそもが、冗談としか思えないような非常識レベルの腕力を持っている。

 非常識といえば、普通は一つしか預かれない砦を四つも預かっているということからしておかしい。

 おかしいついでに言えば、レオナルドは神王殿にも入れたらしいのだ。

 神話の時代に神々が作った神王のための神殿に入ることができたということは、逆に考えればレオナルドは神王ということになる。

 神王しか入れないはずの神王殿に入れたのだから神王だ、という理屈だ。


 神王殿に入ることができるのは、正確には神王ともう一人、『神々の寵児』と呼ばれる存在がいる。

 神々の寵児とは、次代の神王のことだ。

 神王がその座を譲ると、神々の寵児と呼ばれていた存在が次の神王となる。

 現役か次代かというぐらいの差で、精霊から見ればどちらも同じ存在だ。


 ……でも、隠れてはいるけど、神王様は現役がいるしなぁ?


 ここでレオナルド=神王説は潰れてしまう。

 現役の神王が別に存在しているので、レオナルドが神王ということはありえない。

 あったとしても、神々の寵児という可能性がわずかに残るだけだ。


 しかし、この可能性もすぐに否定できる。

 レオナルドの目は、両目とも黒い。

 そして、神王と神々の寵児の目は両方とも蒼い。

 この蒼が神王の血を引く目印のようなものになっている。


 蒼い血は薄まって青になり、さらに違う色になっていく。

 イヴィジア王国やサエナード王国の王族や貴族に青い目が多いのは、このためだ。

 婚姻政策というものは、この世界でもやはり行われていた。

 特に神王の血は大切に守らなければいけないものとされ、神王領クエビアでは少しでも濃く血を保つように、しかし天変地異などの災害で神王の一族になにかあった場合にと、外にも血を残している。

 それが遡ると各国の王族の血に入っている、神王の血だ。

 王族や貴族に青い目が多いのは、遡るとわずかながらも神王の一族の血を引いている証拠である。

 私の祖母も王族の流れをくむと聞いているので、私の目が青いのも同じ理由のはずだ。


 王族の血、とそこまで考えて、ふとランヴァルドの顔が頭を過ぎる。

 レオナルドとランヴァルドは、他人と考えるには似すぎた顔つきをしていた。

 歳が近すぎるので親子だということはないだろうが、本人も知らないという父親がランヴァルドの母親の血筋にいる可能性は考えられるかもしれない。

 ということになれば、レオナルドに貴族の血が流れている可能性はゼロではない。

 そして、貴族の血が入っているのなら、神王領クエビアの地以外で『神々の寵児』が生まれる可能性もゼロではないのだ。


 ……や、違った。レオナルドさんの目は両目とも黒いから、そもそも神王になれる素質はないんだった。


 レオナルドと神王になんらかの関係などあるはずがない。

 そうは思うのだが、何かが気になって思考がそこから離れてくれない。

 モヤモヤと頭を悩ませていると、隣から「神王と言えば……」とレオナルドが妙なことを言い始めた。


「……クリスティーナはもう一度ぐらい神王に会うことになるかもしれない」


「なんですか? レオナルド様は予言までなさるのですか?」


 そんな不吉な予言はいりません、と軽く睨んでやると、レオナルドは困ったように眉を寄せる。

 普段なら、レオナルドの方こそ嫌がる話題だろう。

 神王に会うということは、だいたいの場合が『私が精霊に攫われる』ということだ。

 私にそう何度も行方不明になられるわけにはいかないだろう。


「そうは言ってもな、あちらが言っていたんだ。もう一つ叶えてほしいことができた、みたいなことを」


 それが何かは聞いていないが、だからこそ一度は用件を伝えに来るだろう、とレオナルドは言う。

 その時は是非、行方不明にはならないでくれ、とも。


「それはわたくしに言われても困ります」


 私だって毎回狙って行方不明になっているわけではないのだ。

 私を連れ出すな、運び去るなとは、神王に直接苦情を言うべきだろう。


 ……でも、そうか。もう一度は会うのか。


 だとしたら、神話の真実を聞いてみるのもいいかもしれない。

 面白い話が出てくるとは思えないが、何が真実かとモヤモヤする気持ちは晴れるはずだ。


 ……もう一度会えたら、ね。


 次に神王に会う時は、なんとなく最期の時な気がしている。

 私の最期であれば会うのは何十年も先だが、神王の最期となれば時期は読めない。

 神王の最期というのなら、それは『精霊の座』の最後の一つを見つけ、破壊した後のことになるはずだ。


 どちらにしても、今すぐにどうなると言うことでもない。

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