第24話 夏から秋に
追想祭は、あっという間に終わった気がする。
それというのも、私はまったく参加しなかったからであろう。
例年通りレオナルドは夜に広場で行われる祭祀に備えて昼は仮眠を取り、その間にミルシェを三羽烏亭へとお使いに出して甘辛団子を買って来てもらった。
今年の追想祭の思い出といえば、このぐらいだ。
他に変わったことといえば、ランヴァルドがレオナルドの行う祭祀を見たがったことぐらいだろうか。
夕方から休みをもらったランヴァルドは広場での祭祀を見学し、大いに刺激を受けたようだ。
時間のやり繰りをして隙間を作り、その隙間を使ってまた絵を描いていた。
「……追想祭のレオナルドお兄様ですね。ジェミヤン様の画廊に送ったら、喜ばれそうな気がします」
完成したから、と追想祭をモチーフにした絵画をランヴァルドが見せてくれる。
絵の良し悪しなど私には判らないが、完成した絵画が素晴らしい出来だということぐらいは判った。
いつかの刺繍絵画は軍神ヘルケイレスの神話をモチーフにしたため、実際のレオナルドとは髪の色などが違っていたのだが、ランヴァルドの絵はレオナルドを描くことが目的なため、そのままレオナルドだ。
髪も目の色も黒い。
古風な衣装に身を包み、松明の炎に肌や髪が赤く照らし出されていた。
……こうして改めて見ると、レオナルドさんってやっぱりカッコいいよね?
いわゆる美形とは違うと思うのだが、悪くない顔をしている。
私の場合はレオナルドに慣れ親しみすぎたせいか、このぐらい筋肉のある男性にときめきを感じる気がした。
アルフレッドは大好きだが、細マッチョよりレオナルドのようなゴリマッチョがいい。
……うん、やっぱり将来はレオナルドさんのお嫁さんになろう。
もしくは、行かず後家だ。
結婚問題は私の意志だけではどうにもならないので、もしどうしてもレオナルドが私を嫁にしたくないと言えば、どこにも嫁へ行かず
真顔でそんなことを考えていると、ランヴァルドは苦笑を浮かべた。
自分の絵をラガレットへ送ったところで、ジェミヤンが喜ぶかどうかは微妙なところだろう、と。
「奥方や愛人の肖像画ならなんでも喜ぶだろうが、俺の絵は面白みに欠けるから……どうだろうな? レオをただ見たままに描いたから、ジェミヤンが喜ぶ要素はないぞ」
「そういうものですか? すごくよく描けていると思うのですが……」
なにが問題なのだろう、と首を傾げて絵画を見下ろす。
見る角度を変えたからといって、特に不備が見えてくるわけでもなかった。
「クリスティーナ様は、芸術を解する目も育てましょうか」
「芸術なんて個人の好みの問題だと思いますが、フェリシア様が美人なのは解ります」
「フェリの美しさは万人どころか獣にも通じる美しさだ。むしろあれを見て『美』というものを理解しない生物がいたら見てみたいぞ」
「女神さまが今の地上に実在したら、フェリシア様の顔をしているんだろうな、とは思いますが。……フェリシア様の美しさは、獣にも通じるのですか?」
「馬でも鳥でも狼でも、フェリを前にして服従しなかった獣はいないな」
今もそうかは知らないが、と前置きをして、ランヴァルドはフェリシアの離宮について聞かせてくれた。
私が王都にいる間はほぼ私に与えられた離宮に居たフェリシアだが、もちろんフェリシアにも王城内に与えられた離宮というものがある。
王女なのだから、当たり前だ。
そして、そのフェリシアの離宮は、実は動物王国と化しているらしい。
私の離宮へとフェリシアが連れてきた動物はミミズクのヘンリエタだけだったが、フェリシアの離宮には草食・肉食、大型・小型を問わず、さまざまな生き物が住み着いているのだとか。
「知りませんでした。フェリシア様の離宮は、動物園だったのですね」
……あと、私の離宮で開かれていた信奉者によるフェリシア様を囲む会は、ドレスコード『人間』だったんだね。あれで少なめだったのか。
まさかフェリシアの離宮がそんな状態だったなんて、と少し惜しくもある。
いつだったか王都でレオナルドとお出かけばかりしていた頃に知っていれば、動物園としてフェリシアの離宮に行くという手もあったのだ。
私が次に王都へ行くのは四年後だが、きっと一度は見せてもらおう、と心の片隅にメモを張った。
夏の終わりが近づくと、オレリアの知人たちへと送った手紙の返事がチラホラと届き始める。
事前にアルフレッドが私の窮状を伝えてくれていたため、返事が遅くなったことへの不義理は気にしなくていい、とみな好意的だ。
……私宛の手紙だったんだけど、アルフさんが欲しがったのが不思議といえば不思議。
私宛に届く手紙のうち一つを、アルフがなぜか欲しがった。
他の手紙と比べて判る違いといえば、その手紙がそれなりに薄汚れていたことだろうか。
オレリアの知人たちの身分はバラバラだ。
貴族もいれば、平民もいる。
カルロッタのように身分のある者からは綺麗な封筒が綺麗なままに届けられるのだが、これはペルセワシ教会の仕組みによるものだ。
伝令・伝達の神ペルセワシの名をいただく教会は、前世でいう郵便局のような役割をしている。
ただし、あくまで『郵便局のような』だ。
今日投函した手紙が、翌日には遠く離れたあて先へと届いている、なんて前世の郵便局のようなスピードはない。
全国どこへでも一律料金で、ということもない。
人間が自分の足や馬を使い、時には護衛を雇い、内容によっては換え馬を使って手紙を届けることもあるので、料金は送る側の懐事情次第だ。
私からの手紙は、料金的には中間を使っている。
ペルセワシ教会の人間を使って急ぎはしないが配達の記録をとりつつ運ばれ、多少時間はかかるが盗賊や事件事故にでも巻き込まれない限りは確実に相手へと手紙が届く。
対して、カルロッタや懐に余裕があると思われる人物からの手紙は、一番高い料金を払った輸送方法だ。
ペルセワシ教会の人間が馬と護衛を雇って手紙を運んでくれるため、早く確実に私の元へと届けられる。
一番料金が安いのは、あて先と同じ方角へ行く商人や旅人に手紙を託し、たすきリレーのように手紙を運ぶ方法だ。
この方法だと、手紙がいつ相手に届くかは判らないし、確実に届くという信用も薄くなる。
そして、アルフが欲しがった手紙は、この一番安い料金で届けられた手紙だ。
手紙に書かれた日付を見ると、ほぼ一年前に出された手紙である。
いろいろな人の手に渡り、多くの荷物に紛れて運ばれたことで、封筒はすっかり薄汚れてくたびれてしまっていた。
内容としては、いたって普通だ。
どの季節に届いてもいいよう配慮された挨拶に始まり、簡単な自己紹介とボビンレースの指南書についての感想、それから指南書に書かれたオレリアという女性は自分の知人のオレリアではないか、と確認するものだった。
大恩あるオレリアの友人であるのなら、何かの折にはできる限り手を貸したい。
遠回しな言葉でそうしめられた手紙に、私が貰った手紙ではあったが、アルフにあげることにした。
薄汚れた、いたって普通の手紙だ。
だが、違和感がすごい。
……一番安い料金で届けられた平民からの手紙、って考えるには文面が整いすぎてるんだよね?
季節を配慮された挨拶も見事だったが、文字も流麗で整っている。
場合によっては読み書きさえできない者がいる、平民の書く文字とは考え難い。
代筆を仕事としている人物か、メンヒシュミ教会で習う以上の教養を身に付けた人物と考えるほうが納得できた。
そんな人物からの手紙を、アルフが欲しがっているのだ。
何か私が知らない事情でもあるのだろう。
返事を書くついでに何か伝えることはあるか、とアルフに聞いたところ、手紙をアルフレッドに渡してもいいか許可を取れと言われた。
謎の手紙の差出人は、どうやらアルフレッドがらみの人物だったらしい。
……さらにもう一人、真・アルフレッド様とか出てきても驚きませんよ。
アルフレッドの周辺には、いろいろと謎も多い。
今さらアルフレッドがもう一人増えたところで、私は驚かないだろう。
そんな噂なら、王都にいる時にも聞いている。
「ジゼルの容態は、大分落ち着いたみたいですね」
カルロッタから新たに届いた手紙には、私を案じてくれる文面と、ジゼルの近況について書かれていた。
傷は塞がったが冬の間に体力が落ち、今はそのリハビリをしているようだ。
食事量は普通に戻り、若さもあって回復は早いと聞くと、こちらとしても少し安心する。
……ジャン=ジャックは帝国でなにやってるんだろうね?
ジゼルの近況の他に、時折ジャン=ジャックがアウグーン城に顔を出す、とカルロッタの手紙には書かれていた。
レオナルドの話では、ジャン=ジャックは私の護衛として仮免許扱いで白銀の騎士になったようなのだが、一度も顔を見せていない。
護衛として、これはどうなのだろうか。
……こっちは、さすがに邪推しすぎじゃない?
ジャン=ジャックのくだりに一言、ジゼルとの関係を匂わすものがある。
気が弱っているジゼルを励ますジャン=ジャックの姿に、カルロッタは愛を感じているようだ。
……へえ? ジャン=ジャックが? ジゼルに?
なにかの間違いだとは思うのだが、男女のことは当人たち次第なので、これについてはカルロッタに任せておく。
私に対して男児と変わらない絡み方をしてくるジャン=ジャックがジゼルに恋をする、というのが少し想像できないのだが、ジャン=ジャックもジゼルもいい大人だ。
他人の色恋に対してどうこう言うつもりもないし、もとからそれ程興味もないので、纏まるのなら纏まればいいと思う。
ジゼルは華爵の三代目だ。
子どもが平民に落ちるのなら、元から平民のジャン=ジャックは夫としていい相手かもしれないし、白銀の騎士ということはジャン=ジャックがまだ功績を立てる可能性はある。
条件だけを考えるのなら、ジゼルにとってよい結婚相手と言えなくもない。
……や、ジャン=ジャックだよ? ジゼル、騙されてない? 大丈夫?
ミイラ男の格好で「フランケン男だぞ~」と私を追い掛け回したジャン=ジャックの姿を思いだし、なんとも微妙な気分になる。
条件的には悪くない相手だと思うのだが、それ以外では素直で真面目なジゼルの相手として相応しいと思えないのがジャン=ジャックだ。
ジゼルには、ジャン=ジャックとは真逆の誠実な男性が合うと思う。
……まあ、カルロッタ様の思い込み、ってこともあるだろうし。
むしろ思い込みや勘違いといった可能性の方が高いと思うのだが、本当のところはどうなのだろう、と逸れていく思考を強制終了させる。
ちょっとした好奇心を悪戯妖精に察知され、またふとした瞬間にアウグーン城へと送られてしまっては困る。
主に、私に突然姿を消されるサリーサやアーロンが。
……返事には近況と、先日精霊の悪戯でそちらへ行ってしまったようなのですが、って確認を入れておこうかな。
精霊の悪戯でアウグーン城らしき場所に出たのは随分と前のことだったが、初めて手紙に書く。
これはグルノールの街からアウグーン領まで手紙を送るのに、とんでもなく時間がかかるからだ。
……近況が全然近況じゃないんだよね、手紙だと。
どこかで転生者が都合よく電話でも発明してくれたりしないだろうか。
そんなことを思うのだが、なら自分で作れと言われても私には電話の作り方などわからないので、他人にそれを求めるのはやめておく。
手紙の配達速度をあげたければ、ペルセワシ教会へと包む礼金を増やせばいいのだ。
……誰か本当に電話を作ってくれないかな。贅沢を言えば、携帯電話。
遠くのカルロッタと話したいというのもあるが、携帯電話があった場合の主な用途はレオナルドとサリーサ、アーロン間での、突然消える私の情報共有だ。
故意に引き起こしたことではないが、過去の私の失踪っぷりを思いだせば、アルフとアルフレッドにも携帯電話は必要だろう。
……誰か電話作って! 研究資金なら金貨五千枚まで出せるから!
「……あ、色が変わった」
季節が秋に代わり、裏庭へ
不思議な鞄同様、精霊が作ったというコートは、寒くなると内側に毛が生え、暖かくなると毛が抜け落ちるという、一年中着ることができる便利なコートだ。
ただし、その分だけ『飽き』というものも来る。
一年中同じコートを着ているのだ。
あまり服装に拘らない私でも、さすがに色ぐらいは変えたくなる。
そう思ってコートに「今年の流行はクリーム色ですよ」と適当なことを言ってみたところ、こげ茶色のコートは綺麗なクリーム色に姿を変えた。
「毛が生えてくるだけじゃなくて色まで変わるなんて、すごいコートですね」
この様子なら頼めばデザインまで変わりそうだ、と冗談めかしてサリーサと話した翌日、本当にコートのデザインが少し変わっていて驚かされる。
デザインを変えることができるということは、補修やサイズ直しも勝手にやってくれそうだ。
贅沢を言わなければ、コートは一生この一着で済むだろう。
……いや、さすがにそれはどうかと思うけどね。
コートに驚かされていると、注文していた刺繍糸が届いた。
これで新たなお楽しみができる、と趣味の時間の大半をベルトランの肖像画を縫って過ごす。
少しずつ色が付いていく刺繍は楽しい。
それがたとえ厳しい顔をしたベルトランの肖像画であっても。
「秋が終われば、もう冬ですね。一年なんてあっという間です……」
まだ少しどころではなく早いと思うのだが、私の部屋へと薪ストーブが運び込まれる。
ランヴァルドに力仕事でいいように使われている白銀の騎士二人をなんとなく見ていると、その間に私の寸法を測っていたサリーサが「背が少し伸びています」と教えてくれた。
以前仕立屋に送った私の身長やスリーサイズのメモ書きと比べると、確かに少し数値が増えている。
「本当ですね、成長期と考えたら微々たる数値ですけど、伸びていますね……」
この数値なら誤差ではないだろう、と希望を込めてもう一度測ってもらう。
一ミリ二ミリといった誤差はあるが、やはり一センチは背が伸びていた。
「ここのところ落ち着いていましたから、体が成長することを思いだしてくれたのでしょうか?」
どうか、このまま順調に成長していってほしい。
女の子としては、そろそろ胸の成長もしたいものだ。
……まあ、胸の成長なんて自分の意思でどうにかなるものじゃないけどね。
ほんの少しとはいえ背が伸びたという知らせは、私に妙な自信をくれた。
これから成長し、大人になっていくのだという確信に、前向きな気分になれたとも言う。
……もうちょっと、欲張ってみようかな?
上向いた気分に背中を押され、裏庭の行動範囲を広げてみる。
その結果として、裏庭から館の側面を移動して前庭へと顔を出すことに成功した。
前庭へ出ることはできなかったが、私にしては進歩している。
外へ出ることはまだできなかったが、通用門からは顔を出すことができた。
では砦へと続く裏門はどうかと試したところ、扉の前まではいけたので、扉越しに門番と世間話をしてみる。
私が引き取られたばかりの頃に門番をしていたパールは、私が王都から戻って来た時には門番から外れていたのだが、今はまた門番をしているらしい。
裏門に向かって話しかけたらパールの声がしたので驚いた。
砦でも新人に回されるらしい門番の仕事に、なにか失敗でもして新人の仕事に回されたのかと心配したら、パールに笑われる。
以前は新人として門番をしていたが、今はベテランとして新人の指導をしつつ門番をしているらしい。
確かに、門を守る者が新人ばかりでは少々頼りない。
元から新人と指導役の先輩黒騎士とで組み合わせ、年月とともにパールの役割も変わってきたというだけなのだろう。
……よし、目標は冬までに玄関から外へ出られるようになること、だね。
この目標達成の目安は絶対だ。
レオナルドは、冬の間他の三砦を巡る旅に出る。
それに付いて行くためには、どうしても外出に対するトラウマを克服しなければならない。
トラウマが克服できなければ、冬の終わりにレオナルドが帰ってくるまで離れて暮らすことになる。
……外出は嫌だけど、レオナルドさんと離れるのはもっと嫌だからね。頑張らなきゃ。
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