閑話:レオナルド視点 俺とティナ 1
グルノールの街に戻ってからというもの、ティナは随分と落ち着いた。
冬の間はまだ不安定な部分も多かったのだが、春になってエノメナを育てるようになってからは、ぐっと以前のティナに近づいたと思う。
やはり植物を育てるという行為が、ティナの情操教育になっているのだろう。
注意はしていても時折エノメナの鉢を『カリーサ』と呼んでしまうことは直らないが、おおむね以前のティナだ。
すっかり忘れかけていた淑女教育も思いだしてきたのか、近頃はまた言葉遣いを改め始めている。
……あとは外へ出られるようになるといいんだが。
以前からティナはあまり外へ出かける性格ではなかった。
現状として、本人がほとんど不便を感じていないので、しばらくはこのままだろう。
どうしても外に出たい用事があれば、ティナは盥を小脇に抱えてでも外へ出る意地の張り方をするが、普段はそこまで無理を通す必要もない。
エノメナの花が咲く頃には、案外自然にティナの外出恐怖症も治っているのではないだろうか。
近頃はこうも考えていた。
以前とは違い、筋力を取り戻すため日常生活に運動の時間を作られたティナは、まだ少し細い手足をしているが、子どもらしい丸みを取り戻しつつある。
若さの助けもあってか、ティナの回復は順調だ。
そんなティナは、近頃装飾品を身に着けるようになった。
たまに耳飾りを着けている程度の変化だったが、変化といえば変化だ。
ここは兄として
淑女だとか、大人を意識したのではない。
贈り物でたくさん貰ったので、使うことにしてみただけだ、と。
サリーサの通訳によると、装飾品に慣れようとして身に着けた、というのはそもそもの動機ではあるのだが、ティナとしては少し背伸びをしている気がして恥ずかしいのだそうだ。
実年齢は十六歳になったが、ティナの外見は十一、二歳と幼い。
そんな自分が耳飾りなんて、と気にしているのだとか。
……装飾品を身に着けようという気はあるが、背伸びをしていると思われるのは気恥ずかしくて、できれば耳飾りをしていると指摘されたくなかった、か。
時々思うのだが、ティナは実に複雑怪奇な思考をする。
どう反応を返すのが正解かは、その都度違うので、適当に合わせるということができない。
当たり前のことではあるのだが、ちゃんとティナと向き合って正解を探す必要があった。
……あれ以来耳を隠した髪型をしているのは、耳飾りを俺から隠しているんだろうな。
妙に恥ずかしがり屋なティナらしいといえばティナらしい行動だ。
耳飾りを着けたいが、俺に大げさに褒められるのは気恥ずかしいので、気付かれたくないのだろう。
俺の近くに来ると、少し耳を気にしてそわそわとするティナが非常に可愛らしいのだが、あえて耳飾りについては触れないよう気を付けた。
ティナがそわそわせず、耳飾りに慣れた頃にでもまた褒めればいいだろう。
……普通は小さなお洒落にも気付いて褒めろ、と言うらしいんだがな?
俺の妹は転生者という生まれのためか、もとからの性質か、少々変わった性格をしているので、一般論は参考にならない。
とはいえ、褒められたい時にはティナは自分から要求もしてくるので、それはそれで判りやすくもある。
新しく仕立てた服を俺に披露してくれる時など、スカートを摘んでくるりとその場で回り、愛らしく微笑みながら「似合いますか?」と聞いてくるのだ。
俺の妹は可愛い。
あまりにも可愛いティナに全力で応えると、少し鬱陶しそうな目でティナが引くのが判るのだが、そんな顔もまた可愛らしい。
俺の妹は、どんな表情をしていても可愛い。
一年三百六十五日、一日二十四時間いつでも最強に可愛い。
こんな可愛い妹をいつか他所の男が攫っていくかと思うと、相手の顔を最低でも三発は殴らなければ気がすまない。
俺から可愛い妹を奪っていくのだから、それぐらいの覚悟は当然あるだろう。
無ければ死ね。
むしろ殺す。
覚悟なき男に、可愛い妹は預けられない。
……それにしても、耳飾りか。
ティナにその気があるのなら、宝石商でも呼んでいくつか買ってやるのもいいかもしれない。
ティナはあまり自分からは欲しがらない子なので、ティナの気持ちが向いている間に欲しいと思うものを買ってやりたい気がした。
ティナが欲しがる物といえば刺繍糸や布といった趣味に使うものだったが、ベルトランの刺繍絵画を作ると言い始めたティナは糸と布代を自分の財布から出している。
妹に可愛くおねだりされたい兄としては、妹が稼ぎすぎるというのも問題だ。
ティナは俺から小遣いなど貰わなくとも、すでに十分すぎるほどの金額を自分で稼いでいた。
……ティナは新しく服を作るか、って誘っても乗ってこないからな。
ほとんど成長していないせいもあるが、ティナは三年前の服でも余裕で着ることができる。
気に入った服は少し直してでも着るので、妹になんでも買ってやりたい兄としては寂しいかぎりだ。
ならば、とミルシェやサリーサにも欲しいものを聞いてみるのだが、主人であるティナの影響を受けてか、どちらもあまり欲しがらない。
頑張っている御褒美をあげよう、とミルシェに聞けば、ティナからおやつのお裾分けを十分に貰っている、と断られた。
では、妹のために散財したいのだが、その妹が兄におねだりをしてくれない。だから妹のためによく働いてくれているサリーサになにか報いたい、と直球で伝えると、非常に面倒臭そうな顔で新しい鍋をねだられた。
我が家の女性陣は、困ったことに物欲が少なすぎる気がする。
流れでタビサにも欲しいものを聞いたのだが、こちらは少し珍しい球根の名前がでてきた。
おそらくは、バルトに贈る目的だろう。
ここまできたら、とバルトにも欲しいものを聞いたところ、暖かいひざ掛けを欲しがったので、こちらもタビサに贈るつもりだと思われる。
せっかくなので、贈り主をお互いの名前にして届くよう手配しておいた。
……しかし、ランヴァルド様は妙なものを欲しがったな?
使用人にまで欲しいものを聞いたため、現在は城主の館で使用人として働いているランヴァルドへも同じことを聞いた。
城主の館で働き始めて日が浅いとはいえ、除け者にするのもどうかと思ったのだ。
そして、欲しいものを俺に聞かれたランヴァルドは、なぜか俺の
……精霊以外でも、俺の名前なんて欲しいものか?
本当の名前については、神王から使わないようにと助言を受けている。
ランヴァルドへもそれを伝えて明言は避けたが、つくづく妙な話だ。
俺の名前など、ランヴァルドにはなんの関係もないはずである。
……テオの父親、か。
つくづく妙な縁だ、と思う。
俺が白銀の騎士になって早々にクリストフから目をかけられるようになったのは、間違いなくこの顔のせいだろう。
面影がある、と言って間違いないほどに俺とランヴァルドには似たところがあった。
ランヴァルドが病死した年齢と、俺が白銀の騎士になった年齢は近い。
死んだ弟が生きていれば、健康であればこんな姿だったか、とクリストフは俺を見守っていたのだろう。
そして、病死を装って城を出たランヴァルドは、なぜかグルノールの街にやって来た。
テオの父親だと聞けば、ランヴァルドが俺に構うのも少し腑に落ちる。
自分と顔の似ている俺を、
テオの特徴としては、黒髪に黒目で俺と一致する。
ランヴァルドがどこかでテオの容姿について聞いていれば、色からも俺とテオを重ねることはあるだろう。
……だからといって、なんでもかんでも俺とテオを比べたがるのはやめてほしい。
ランヴァルドは、ティナから時々テオの話を聞いているようだ。
そして、そのあとにティナが俺の元へと聞きに来ることがある。
初恋の女の子とここへ行ったことがあるか、一緒に屋台で買い食いをしたことがあるか、と。
それに対して、ティナにそこまで自分の子どもの頃の話など聞かせたことがあっただろうか、と聞き返すと、必ずティナはこう言う。
ティナからテオの話を聞いたランヴァルドが、それはテオ視点にしたら似たような思い出を俺が持っているのではないか、と。
テオと似たような子どもだったと聞いている俺に、本当に似たような話が出てくるかティナは面白がって確認に来ていたようだ。
……まあ、たしかにあの子と屋台で買い食いをしたことも、収穫祭を回ったこともあるけどな?
ティナとテオの思い出を、テオ視点にしてみれば確かに似たような思い出が俺にもある。
しかし、これは別に特別なことではない。
子どもの行動範囲などたかが知れているし、祭りを回ったなんて記憶に残りやすい思い出は誰にだってある。
俺の思い出とティナの中のテオの行動が重なるのは、まったくありえないことではない。
……テオと俺といえば。
ティナとテオが喧嘩別れをした川遊びの日に、俺はテオと一緒によく遊んだ。
川に入って遊ぶテオの相手をしていたのだが、その時に顔へと張り付いた髪を払うテオの額に、二つの丸い傷跡を見つけている。
俺と同じ位置に傷跡があるのだな、とちらりと思ったことを今思いだした。
テオの傷跡は、おそらく
俺の傷跡は、狼の餌にされかけた時についたものだ。
ついた理由は違うが、同じようなところに同じような傷跡がある。
……ランヴァルド様には、黙っておこう。
なにかと俺とテオを混同したがるランヴァルドだ。
体の同じ位置に同じような傷跡があるなんて話は、しない方がいい。
俺の休暇に合わせて宝石商を城主の館へと呼ぶ。
簡単な挨拶の後、商品を広げ始めた商人に、サリーサを使ってティナを呼んだ。
応接室へとやって来たティナは、テーブルに並べられた装飾品の数々と俺の顔を見比べて、すぐに自分が呼ばれた用件が解ったようだ。
「装飾品でしたら、お誕生日にいろいろな方からいただきましたから、もう十分ありますよ?」
「俺がやったものより多いのが面白くない」
「変な対抗意識を燃やさないでください」
困った兄だ、と呆れた表情を作るティナに、宝石商が顔を綻ばせる。
遠慮しつつも
「どれでも好きなものを選んでいいぞ」
「そんなこと言われても……」
手招かれるまま素直に隣へと腰を下ろし、ティナは宝石商の並べる装飾品を眺める。
あくまで『眺める』だ。
熱心に視線を注いでいるわけではないので、やはり遠慮の方が強いのだろう。
「では、これで」
「……ティナにしては意外な選択だな」
「そうですか?」
これ、っとティナは判りやすく適当に選んでいたのだが、ティナが選んだ物は並べられた中で一番高い耳飾りだ。
なにかと贈り物を辞退したがるティナとしてはありえない選択でもある。
「今後の参考に、どのあたりが気に入ったのか教えてくれるか?」
「ええっと……」
今後の参考に、と言うと明らかにティナの目が泳ぐ。
これはやはり、本気で適当に選んだだけなのだろう。
参考として教えられる部位の説明に悩んでいる顔だ。
「……つるっとしていて、石が付いていないところが気に入りました」
「つまり、一番安そうだと思ってそれを選んだんだな?」
「……そ、そんなことはないですよ」
いよいよ適当に選んだことが心苦しいのか、ティナが俺と目を合わせてくれない。
素敵な耳飾りだな、これが欲しいな、と抑揚のない声音で続けるティナに、宝石商は苦笑いを浮かべていた。
噴出したいのを、客の前だと堪えているのだろう。
「ティナ、やっぱり石の付いた物もいくつかは持っておこう。避けているから、目が育ってない」
「目、ですか?」
話が逸れたと思ったのか、ティナの視線が戻ってくる。
確かにこれ以上適当に選んだことへの言及をするつもりはないが、ティナには教えておかなければならないことができた。
「本当にこれが欲しい、ってティナが選ぶのなら俺はこの耳飾りを買うけど、同じ物をもう十個と言われたら、勘弁してくれ、と言う。なんでだと思う?」
「同じ物を十個だなんて、無駄だからですか?」
「それもあるが、主には値段的な意味で、だな」
「ええっ!?」
値段と聞いてティナがビクリと肩を震わせる。
よほど驚いたのか、俺の顔と耳飾りの間をティナの視線がいったりきたりと忙しく動いた。
「ど、どうしてお値段がいいんですか? 銀の飾り気がない、つるっとした簡単なデザインなのに……」
今日も元気に
可愛いのだが、今日は可愛い妹を愛でるだけで終わらせてはいけない。
多少距離を取ることはできるだろうが、ティナは将来的に王族や貴族との交流を完全には避けられないだろう。
正装を纏って出かけることもあるはずだ。
そういった時に、
ティナの周りにはティナを補佐する侍女や
「お嬢様の選ばれた耳飾りは、
「白金……金より高いって言う、白金ですか? 白銀ではなく……」
「手に取ってよく御覧ください。銀ではなく、白く輝いていますでしょう?」
どうぞ、と耳飾りの収められた小箱を差し出され、ティナは恐るおそる手を伸ばす。
白金だなんて高価なものを本当は手に持つことすら恐ろしいのだろうが、今後同じ間違いを犯さないために、と覚悟を決めて小箱を両手で受け取った。
落とさないように、と慎重な手つきで小箱を掲げ、ティナは宝石商に促されるままに耳飾りを見つめる。
輝きを確認しろ、と言われたからか、小箱の角度を何度も変えて中の耳飾りを観察していた。
「……たしかに、言われてみれば白く輝いている気がします。え? でも……」
「先ほどお嬢様は『つるっとしていて』とおっしゃりましたが、この
宝石商の口が滑らかなのは、俺がティナには教育の必要があると促したからだろう。
未来の顧客に、自分の扱う商品の良し悪しを見極める目を持ってほしいのだ。
残念ながらティナに宝石を見る目はまだ育っていないのだが、説明をされれば理解する頭は持っている。
ティナは宝石商の丁寧な説明の一つひとつに相槌を打ち、理解し、解説の終わりに再び手にした小箱を恐るおそると見下ろした。
「……今のお話によると、この耳飾りって……もしかして、並べられた物の中で一番高価なものですか?」
「ご理解いただけたようで、大変嬉しく思います」
自分の説明を正しく理解したティナに、宝石商はにっこりと笑う。
対するティナは、自分が手にした小箱の値段が想像できたようで、真っ青な顔をしていた。
「ティナ、本当にその耳飾りが欲しいんなら、それを買うが……」
「い、いりませんっ! これが一番安いかな? って適当に選んだだけですっ! 買わなくていいです! 買わないでくださいっ!!」
こんな高価なもの、怖くて身に着けられない、と混乱して本音を叫び始めたティナの手から小箱を受け取り、宝石商へと返す。
宝石商も、ティナの反応からティナにはまだまだ早い一品だった、と理解したようだ。
笑みを深めると白金の耳飾りを片付け、今度は花や小鳥といった可愛らしい意匠の耳飾りをテーブルに並べ始めた。
……十六歳の娘が身に着けるには幼い気がするが、ティナの見た目には合う物ばかりだな。
さすがに白金を使ったものは下げられたが、どれも良い品ばかりだ。
金や銀を台座に、宝石の嵌った耳飾りがいくつかある。
宝石の付いていない耳飾りが並べられているのは、ティナが最初に宝石を避けたからだろう。
「さて、今度こそティナがいいと思う物を選んでくれるか?」
「……もう、適当に安そうだから、なんて理由では選びませんよ。ちゃんと説明してくれましたからね」
テーブルに並べられた小箱たちを眺めるティナの目は、先ほどまでとは違って真剣なものだ。
一番安いだろう、と適当に選んだ耳飾りが実際には一番高価な物で、ティナも懲りたのだろう。
……ティナはやっぱり、小さい花とか植物が好きみたいだな。
真剣な顔をして耳飾りを選ぶティナを観察していると、ティナの目が吸い寄せられる物の傾向が判る。
やはり宝石が付いているものよりも、何も付いていないものを好んでいるようだ。
金よりも銀に目が行くのは、値段を気にしてのことだろうか。
値段は気にしなくていい、と改めて伝えたところ、単純に金よりも銀に憧れがあるのだ、とティナは困ったような顔で答えた。
……銀はすぐに黒ずんで扱いが多少手間だが……まあ、ティナには関係がないか。
ティナの髪飾りや衣類はすべてサリーサが管理している。
取り扱いに手のかかる銀であっても、実際に管理するのはサリーサだ。
ティナが管理するわけではないので、金より手のかかる銀であっても問題はないだろう。
「二つとも買うか?」
どうやらティナの中で心が決まってきたらしい。
二つの耳飾りの間を往復するようになったティナの視線に、どちらも買えばいい、と提案する。
ティナが最初に選んだ白金の耳飾りと比べれば、両方買ってもまだお釣りがくる値段だ。
……ティナの好みとしては宝石の付いていない銀の耳飾りだが、良い物を普段からつけて目を鍛えろ、と言われたばかりだから宝石の付いた物を選ぶべきか、ってところか?
どちらにしても、ティナの好みは可愛らしくはあるが簡素なものらしい。
銀の耳飾りは貝殻のモチーフで、宝石の付いた耳飾りは五枚の花弁の中央に
「誕生日でもないのに、贈り物を複数おねだりなんてできません」
「……じゃあ、こうしよう。十四歳と十五歳の誕生日の贈り物だ」
まだあげていなかったから丁度いい。
そうティナに提案したら、ティナは「もう過ぎちゃった誕生日ですよ」と呆れた顔をする。
普通は過ぎた誕生日など贈り物代が助かった、と踏み倒すものだ、と言いながら。
「いや、誕生日の贈り物は大事だろう。踏み倒すわけがない。可愛い妹の誕生日だぞ?」
むしろ何もない日の贈り物はティナ自身に怒られるので、贈り物を送る
我ながらいいことを思いだした、と宝石商に向かって両方の購入を伝える。
銀の耳飾りはそのままでよかったのだが、宝石のついた耳飾りについては少々やり取りが必要になるかもしれない。
「
「その法則でしたら、赤はレオナルドお兄様の色ですよ。グルノール騎士団の、マントの色です」
「……まあ、確かにグルノール騎士団の色だな」
しかし俺はティナに『夫の瞳の色を身に着けることがある』と教えたはずなのだが、あまり兄の色を身に着ける妹はいないだろう。
兄妹で同じ色をもって生まれたのであれば同じ色を身に着けることもあるだろうが、俺とティナの目の色は違った。
「わたくしの目の色といったら……こちらでしょうか? デザインは赤い石の方が可愛らしいのですが……」
青い宝石の嵌った金の耳飾りの小箱を持ち上げ、ティナは赤い宝石の付いた銀の耳飾りと見比べる。
本音としては赤い宝石の付いた銀の耳飾りがいいが、流行を取り入れるのなら青い宝石か、と悩んでいるのだろう。
……両方買ってもいいんだが、さすがにティナが怒るのは判る。自分に散財しすぎだ、って。
二つを見比べてうんうんと悩み始めたティナに、宝石商が宝石は換えることもできる、と提案してくれた。
時間が少しかかるため、今日すぐに手渡すことはできなくなるが、と申し訳なさそうな顔をする宝石商に、ティナは笑顔で答える。
時間が少しぐらいかかっても、花の意匠がいい、と。
「……素敵なお誕生日の贈り物をありがとうございます、レオナルドお兄様」
宝石商が帰った後、早速銀の耳飾りを着けたティナがはにかんだ微笑みを浮かべている。
一度部屋に戻ったと思ったら耳が見えるように髪型を変えてやって来たので、今日は褒めてもいい日なのだろう。
うちの妹は世界一可愛い。
せっかくなので銀の耳飾りを褒めることも忘れず、ティナの可愛らしさを全力で褒め称えたら、最初のうちはおとなしく褒められていたティナも最後にはうんざりとした顔をしていた。
そんな顔も可愛かったので、つい一言洩らしてしまう。
「よく似合っている、クリスティーナ」
周囲からはそろそろ大人扱いとして『クリスティーナ』と呼ばれ始めているティナだったが、俺からは呼ばれたくないと言って、ティナは俺に『クリスティーナ』と呼ぶことを禁じている。
ティナに言わせると、俺に大人扱いされるのはなんだか気恥ずかしいらしい。
そして、不意打ちで『クリスティーナ』と呼ばれたティナは、一瞬ぱちくりっと青い瞳を瞬かせると、次の瞬間には顔をぼっと赤くして、両手で両耳を隠してしまった。
部屋から飛び出していく際の捨て台詞は「呼んじゃ駄目って言ったのにっ! レオとは一週間口をきいてあげませんっ!!」だ。
さすがにこの一言は俺の心を深く抉ってくれたのだが、夕食時にはもう普通の顔をしておやつの感想を聞かせてくれたので、この宣言についてはティナの中で忘れ去られているのだろう。
下手に指摘して本当に一週間口をきいてくれなくなっても悲しいので、これについては俺も触れないことにした。
……俺の妹は可愛い。
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