第22話 十六歳になりました

 季節が夏に変わると、すぐに私の誕生日がやってくる。

 自覚も体格的にもまだまだ子どもなのだが、今年私は十六歳になった。


 ……十六歳でまでコレとか、どうしようかね?


 十六歳になった、としみじみ考えて、ふと思ってしまうのだ。


 十六歳にしては、保護者レオナルドにべったりすぎる。

 十六歳にしては、いたずらっ子すぎる。

 十六歳にしては、中身がまるで変わっていない、と。


 体つきについては、これは仕方がないことだと受け入れて流している。

 身長など当人の努力ではどうにもならないし、私が成長を止めていたのはおそらく精神的なものが原因だ。

 原因は取り除かれたと思うので、そのうちまた伸び始めるのではないかと期待している。


 ……とりあえず、もう少し中身を成長させないと駄目ですね。


 当面心がけることとしては、脱げやすい淑女ねこがそう簡単に脱げないよう着こなすことだろうか。

 ヘルミーネの監視の目がなくなってからというもの、私の淑女ねこはほとんど軽く被っているだけで、すぐに逃げてしまうものになっていた。


「おはようございます、レオナルドお兄様」


「おはよう、ティナ」


 淑女を意識して背筋を伸ばし、いつもより所作に気を付けてみる。

 小さなことかもしれないが、何もしないよりはましなはずだ。


「髪を切ったのか? せっかく伸びてきたのに……」


「ショートカットにでもしていたのか、毛先が揃っていませんでしたので」


 銀髪のカツラを被せられていたという私は、一度ショートカットに髪を切られたようだ。

 現在は肩甲骨あたりまで髪が伸びたのだが、毛先を揃えるために切ってもらった。

 まだ横の髪は不ぞろいなので、もう一度切る必要があるだろう。


「十六歳の誕生日おめでとう」


「さすがに間違えなくなりましたね。前は誕生日どころか、わたくしの年齢も曖昧でしたけど」


「……あれはティナが、俺に意地悪をしただけだろう」


 私が意地悪をした、というのはアレだ。

 レオナルドに引き取られてからしばらくは砦にワーズ病患者を集め、街から隔離したりなんだりと忙しかったため、私の年齢が知らないうちに一つ上がっていた時の話だ。

 砦がようやく落ち着いて、レオナルドと街へ出かけた時に、私が言ったのだ。


 私が今何歳か知っているか、と。


 もちろん、私の誕生日など知らないレオナルドは「八歳だろう」と答え、私は笑顔で「九歳ですよ」と答えた気がする。

 しかも、この話には続きもある。

 翌年の九歳最後の日にレオナルドへと「私が今何歳か知っているか」と同じ質問をしたのだ。


 この時のレオナルドは学習していた。


 前回は『八歳』と答えて『九歳』だったので、今度は『十歳』と答えればいいだろう、と。

 そしてレオナルドは二年連続で私の年齢を間違えた。

 ついでに言えば、私の誕生日を覚えてもいなかったのだ。


 ……八歳の終わり頃にレオナルドさんに引き取られたから、もうすぐ人生の半分レオナルドさんと一緒?


 間の二年ほど誘拐されていたので一緒にはいられなかったが、人生の半分をレオナルドと過ごしたと考えても間違いではないだろう。

 もう八年も一緒にいると思うと、なかなか感慨深いものがある。


 いつものように居間の長椅子で寛ぐレオナルドの隣へと腰を下ろすと、レオナルドが小さな箱をくれた。

 手のひらサイズで可愛らしい装飾の施された箱を開けると、中には布で作られたエノメナのブローチが入っている。


「可愛い……。ありがとうございます、レオナルドお兄様」


「さすがに十六歳ともなると、米や調味料ってわけにもいかないからな」


 そろそろ装飾品も欲しいだろうと考えて、しかし高価な貴金属や宝石類は私が身に着けたがらないと考え直し、布製の花のブローチを選択したらしい。

 レオナルドにしては、私の好みに合致した選択だ。

 嬉しくなったので頬へとキスをしたら、レオナルドは外に出せない顔になってしまった。

 今朝はこのにやけた顔で砦へと出勤するつもりなのだろう。







 貰ったばかりのブローチを胸に飾り、砦へと出勤するレオナルドを玄関ホールで見送る。

 黒柴コクまろの運動を兼ねた裏庭の散歩から戻ると、玄関ホールには大小さまざまな箱が積み上げられていた。


「えっと、これは……?」


「クリスティーナ様への誕生日の贈り物ですね」


 目録を作って後で届けます、と一覧を作っているらしいバルトの手元を覗きこむ。

 近頃はランヴァルドが下働きとして館で働いているため、力仕事はランヴァルドに回されることが多くなり、バルトも少し楽になったようだ。

 本気で力仕事に人手が欲しい時にはランヴァルドのお目付け役として付けられた白銀の騎士二人も投入されるので、老体バルトの腰にも優しい。


「……宝飾品が多いですね」


「春華祭は生花が主ですが、淑女への誕生日の贈り物ともなりますと……」


「そろそろこういった物も身に着けなさい、ってことですね」


 贈り主の名前を見ると、以前に王都で恋文と一緒に贈られてきていた物とは種類が違うと判る。

 誕生日の贈り物というだけあって、バルトの作っている一覧には私とそれなりに交流のある人物の名前が並んでいた。


「引き籠りには過ぎた贈り物だと思うのですが……」


「館に籠っておられましても、女性が身を飾らない理由にはなりません」


「……バルトも、私がこういう物を身に着けた方がいいと思いますか?」


「これは以前ハルトマン女史がおっしゃられていたのですが、淑女に限らず、女性はよい物を身に着けると無意識に纏った物の品格に合うよう姿勢や言葉遣いが改まるそうです」


「……言われてみれば、お気に入りの服の日などは、ちょっとお澄ましで過ごそうかな? と思いますね」


 なるほど、そう言うことかと納得すると、腑に落ちるものがある。

 以前にバシリアから耳飾りを贈られたことがあったが、あれは淑女として装飾品を身に着けるための第一歩でもあったのだろう。

 最初のうちは保護者が用意してくれたり、贈り物として親しい人からいただくことで装飾品に慣れ、一人前の淑女になる頃には自分に似合うものを見極め、自分で用意したり、恋人にねだったりとするのだろう。


 ……大人への第一歩、か。


 見た目はまだまだ子どもなのだが、年齢的には成人して一年を迎える。

 自覚を促すためにも、少しずつ装飾品を身に着けるのもいい方法かもしれなかった。


「……さすがの私も、ディートフリート様からの贈り物は受け取らない方がいい気がします」


「ディートフリート様というと……バシリア嬢の婚約者ですね。すごいな、婚約者がいる男からの貢ぎ物とか」


「そういう意味で受け取らない方がいいのでは? と言っているのです」


 バルトの作った目録を、ランヴァルドが運んできた。

 これはどうなのだろう、とバルトが疑問に思った贈り物は、ブラックリストとして別に一覧が作られている。

 主には、高価すぎる贈り物に恋文を添えて送ってきた人物がリストアップされており、その中にディートフリートの名前も紛れ込んでいた。

 ちなみに、高価なものを贈ってきたという意味ではクリストフも入るのだが、これは偽名を使っていたし、高価とはいえ成人したての淑女に贈るものとしては常識の範囲ということで、ブラックリストには名前が無い。


「さすがに知人だけあって、クリスティーナ様の好みを把握していますね。成人したての淑女が普段から身に着けるのに相応しい品ばかりです」


「それは素直に嬉しいのですが、量が多くありませんか……?」


「相手も貴族ですからね。クリスティーナ様の好みに合わせた額の装飾品だけでは名が廃る、と他の物で補っているのでしょう」


「それで布や糸が多いのですね。納得しました」


 つまりは、装飾品や布の一つひとつは私の年齢に相応しい、そこまで高価なものではないが、量を贈ることで貴族の贈り物らしい値段になるのだろう。

 実に私の性格をよく理解した贈り物たちだ。

 布や糸も素直に嬉しいところだが、心苦しくもある。

 どう考えても、貰いすぎな気がした。


「そんなわけで、俺からの贈り物はこれです」


 どうぞ、と手渡されたのは大きな布だ。

 広げてみると、ほぼ等身大と思える大きさでベルトランの下絵が描かれている。


「もう描けたのですか? これはわたくしが依頼したものですから、きちんとお礼を払うつもりでいたのですが……」


「俺としては、下書きだけで礼金を貰うのもちょっと、な」


 だから贈り物ということにした、と言いながらランヴァルドは笑う。

 下書きと言っても、ベルトランを知っている人物が見れば十人中十人がこれをベルトランだと言うはずだ。

 そのぐらいの精度で描かれているのだが、ランヴァルドは下書きだと言い切る。

 絵心のある者とない者との、感覚の差だろうか。

 絵心のない私から見れば現時点で素晴らしい出来なのだが、ランヴァルドには礼金を貰うほどの物ではないらしい。


 ……そういえば、前にランヴァルド様が描いた私の絵も、すごかったな。


 中身せいかくを知らなければ本人わたしでも心奪われそうな美少女に描いてくれていたのを覚えている。

 絵の具と筆で描いた、という物的な話は判るのだが、どうすればあんなにも繊細な絵が描けるのか、私には想像することもできなかった。


 素直に礼を言って下書きを受け取り、お礼として思いだせる範囲でテオの話を聞かせる。

 ランヴァルドは不思議とテオだけではなく、レオナルドもいた場での話を聞きたがった。

 そして話の終わりに必ずこう言うのだ。


 それはテオの視点から見れば、レオナルドの思い出にならないか、と。


 ……レオナルドさんに初恋の人について聞くと、確かに似た話が出てくるのが不思議といえば不思議?


 テオと似たようなことをして好きな子を泣かせていた、と聞いたことがあるので、似たようなことを本当にしていたのだろう。

 レオナルドの初恋の君は、今頃どんな大人になっているのだろうか。


 ……どっちにしても、今さらレオナルドさんと再会したって、恋愛関係には発展しないよね。


 前世で聞いた『十数年ぶりの同窓会でかつての初恋の君とダブル不倫に発展』だなんて話は、せいぜい高校の同窓会だろう。

 あっても中学からだ。

 小学生男子など本当に小猿も同然で、女の子の側ではいい思い出になどなっているはずがない。

 せいぜいが『いつか殺す』リストに名を残しているか、二度と会いたくない人間として記憶の奥底に名を刻まれている程度だろう。

 私だって、わざわざ自分をいじめた男児になど再会したいとは思わない。


 ……テオには、ひどいこと言ってごめんね、とは謝りたいって思っているけどね。


 生きていれば、テオだって十五歳の成人だ。

 ミルシェにいつの間にかルシオが将来の約束を取り付けていたように、テオだって誰かと恋に落ちてそれなりの約束をしている年齢だろう。

 今生の私たちの世界は狭い。

 幼馴染との結婚というものは、前世よりも多く聞く話だ。







 ベルトランの下絵が用意できたということで、早速刺繍絵画の制作を開始する。

 開始と言っても、前回同様まずは糸の注文からだ。


「……とはいえ、普通に作っても面白くありませんね?」


「刺繍に、クリスティーナ様はどのような面白みを求めているのですか」


 若い頃のベルトランを描いてもらったので、私には鎧の色等が判らない。

 黒騎士だったという話なので、鎧の色は黒と決まっているのだが、これだって個々の鎧で微妙に色合いが違っている。

 では、実際に見たことがある人間に聞いてみればいい、ということで、ランヴァルドに声をかけたはずなのだが、私の手伝いとしてやって来たのはバルトだった。

 これまでまったくそんな話を聞いたことはなかったのだが、バルトは若い頃のベルトランと面識があったらしい。

 メンヒシュミ教会では教わらなかったような逸話をいくつも聞かせてくれたので、ニルスがグルノールの街へ戻って来たら話してあげようと思う。


 ……お祖母ばあ様とは恋愛結婚とか、初めて聞いたよ。


 祖母については王族の流れをくむ女性であったということで政略結婚という色合いが強く、ベルトランについて人づてに話を聞く機会があれば、よほど親しい人間以外は二人の結婚を政略的なものだと理解していた。

 そして、親しい人間以外が知らないという恋愛結婚をバルトが知っていたということは、バルトはベルトランと親しい間柄だったのだろう。

 バルトがいつから城主の館の使用人ブラウニーをしているのかは知らないが、ベルトランは元黒騎士だ。

 面識程度ならあっても不思議はないし、面識があるのなら親しくなる可能性だってゼロではない。


 ……バルトとベルトラン様か。ちょっと不思議な組み合わせだね?


 バルトと相談しつつ糸の色を決め、必要な量を計算して注文を出す。

 ただ刺繍をするだけでは面白みが足りないということで、今回は少し厚みを付けてみることにした。

 以前の刺繍絵画は、描画をつけることでやや立体的に見えていた気がする。

 今回のベルトランの肖像画は、鼻や前に差し出された手と剣といった突き出た部分へと綿を入れるか何かをして、厚みを持たせてみるのも面白そうだ。

 きっと、薄暗い部屋に飾れば、立体的に見えるベルトランが恐ろしく、盗賊も目が合った瞬間に逃げ出すことだろう。


 ……うん、タイトルは『魔よけの肖像』だね。

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