コーディ視点 オレリアの友人
ウーレンフート領を出てすぐの町でジャン=ジャックと待ち合わせをし、早くて数日は待つことになるかと思っていたのだが、ジャン=ジャックは翌日には町に姿を現した。
荷馬車で一日早く町を出たはずなのだが、単騎での移動はやはり早い。
そして、急ぎの移動の中でもしっかり周囲の町や村でアウグスタ城の情報を集めていたというのだから、ジャン=ジャックの抜け目のなさには舌を巻く。
これで商人ではないというのだから、少しもったいない気がした。
「そいつが戻ってきたンなら、そろそろいーだろ。俺を解放しろ!」
ウーレンフート領を出るまで荷馬車に載せていってやる。
そんな条件でさまざまな情報を吐いた元襲撃者の男は、無事に合流を果たしたジャン=ジャックの顔を見てこう言い始めた。
俺としても領外へ連れ出してやるという約束は果たしたし、ジャン=ジャックも無事に戻ったし、と男をこのまま捕縛しておく理由はない。
早速開放してやろうと男の手足を縛った縄へ手を伸ばすと、もう少し待てとジャン=ジャックに止められた。
「約束が違うじゃねーか!」
「放してやっから、もう少し待てって」
約束が違う、と大声をあげる男を、ジャン=ジャックが宥める。
どういうつもりかとジャン=ジャックへと視線を向ければ、ジャン=ジャックは悪い笑みを浮かべて縛られたままの男の肩へと手を置いた。
「……おまえ、このまましばらく俺に雇われないか?」
「は?」
「そこそこの腕があるくせに山賊にもならず、ろくな仕事じゃねェが、雇われて働いてもいた」
働いて金を得る気はあるんだろう? とジャン=ジャックは男の顔を覗きこむ。
ある程度の腕力と度胸があれば、危険は大きいが賊として他人から奪うことで稼げる。
それでもこの男はそれをせず、アウグスタ城の城主に雇われ、仕事内容はともかくとして働いて金を得ることを選んでいた。
勤労意欲はあるはずなのだ。
「このまま帝国に残っても、次の仕事にゃありつけねェだろうし、国を出てもすぐに仕事を見つけんのは難しい。つーことで、このままコイツの護衛として雇われておけよ」
コイツ、といって指差されたのは、もちろん俺だ。
俺の護衛契約が、俺の意思を挟まずにどんどん進んでいく。
「仕事内容はいたって簡単! 商人を護衛しつつ、目的の場所まで手紙を届けてくれればいい。礼金については……そうだな、金貨三枚だ」
これだけあれば当面の生活費ぐらいにはなるだろう、とジャン=ジャックは言うが、当面どころの金額ではない。
贅沢をしなければ、三ヶ月は暮らしていける金額だ。
男一人の暮らしと思えば、もう少し長く持つかもしれない。
「そんだけありゃ、次の生活を整えるぐらいできンだろ」
「……話がうま過ぎて、怪しすぎんぞ」
「必ず届けたい手紙だかンな。念には念を入れたいだけだ」
返事は手紙を書く間だけ待ってやるからよく考えろ、と言ってジャン=ジャックは荷馬車に積んだ紙とペンを取り出す。
手紙と言っていたが、ジャン=ジャックが書いているのはグルノール砦へと向けた報告書だ。
「アウグスタ城の奥にティナっこがいた」
「ホントですか!?」
目当てのクリスティーナが見つかったのなら、早速助けに行こう。
報告書を書きながら自分が見てきたものを聞かせてくれるジャン=ジャックにそう言ってみたのだが、ジャン=ジャックは少し難しそうな顔をする。
クリスティーナを見つけ出したからといって、簡単には連れ出すことができないようだ。
「ろくに食事も与えられてねェのか、手足がガリガリで……とてもじゃねーけど、すぐに連れ出せる感じじゃなかったンだよ。あと、もとからろくに体力もねーからな」
自分では満足に動けないと判るクリスティーナを連れての逃避行は、どう考えても難しい。
クリスティーナが旅慣れていない、筋力を失っているということもあるが、そもそもこれからますます寒くなってくるという季節に、クリスティーナに荷馬車での逃亡生活など耐えられるわけがなかった。
そんな真似を強いれば、間違いなく体調を崩してクリスティーナは死ぬ。
「当然、生かしたまま連れ帰りてぇンだから、連れ出すにしても季節は選ぶ必要がある。ティナっこを運ぶ移動手段と、逃走経路の確保も必要だな。ジン親分は今どこにいンだ?」
考える仕事はアルフに全部投げる、と纏められた報告書に、捕縛した男から聞きだした情報を追加する。
この男は、普段はアウグスタ城でクリスティーナの見張りを兼ねた護衛をしていたようで、城の中の様子や、クリスティーナの現在の生活についてもおおよそのことを知っていた。
警備の交代時間やその順回路、『システィーナ』と呼ばれているらしいクリスティーナの一日の生活、システィーナについて来たという
中でも『ガスパー』と名乗っていたらしいクリスティーナ付きの薬師については、ジャン=ジャックが険しい表情を見せた。
「ガスパーとか、隠れる気ねェだろ。まんまジャスパーじゃねーか!」
セドヴァラ教会からクリスティーナと共に消えた薬師の名前がジャスパーだ。
クリスティーナの世話をさせるため一緒に攫ったのか、ジャスパー自身が誘拐犯の一味だったのか。
さまざまな憶測があったようなのだが、これでジャスパーが誘拐犯の一味であったことが確定した。
襲撃犯であった男の証言によれば、襲撃を指示したのはジャスパーらしい。
現庭師であるテオの様子に違和感があり、そこからあの町で前任の庭師について調べている人間がいると気づいたようだ。
調べ始めてから襲撃までにほとんど間が無いのだが、恐ろしく腰が軽いか、それだけクリスティーナを取り戻しに来る者に対して警戒していたのだろう。
少し怪しいと思っただけで、テオとその母親が殺されている。
……で、そのテオたちを殺したのが、俺の護衛に付けられそうになってる男なんだけどな。
本当に信用しても大丈夫なのだろうか、とジミーに縄を解かれている男を盗み見た。
襲撃者の男は、結局このままズーガリー帝国にいても再起は難しいと、ジャン=ジャックの提案を受け入れることにしたようだ。
「ホントに俺なんかを信用していーのか? そいつを殺してトンズラするかもしれねーぞ」
「二人揃って手紙を届けねーと、金は渡さないよう書いておいたから、その辺りは心配すんな!」
ちゃんと信用はしていない、とジャン=ジャックは笑う。
当面の生活を保障してくれる金と、奪った荷を売るにしても伝手のない現状では、男も馬鹿正直に遣いを果たすしかないだろう。
ジャン=ジャックは気前よく金貨三枚を提示したが、実際に支払うことになるのはアルフレッド王子のようだ。
前金だけ渡して雲隠れもさせない、と一応の警戒もしていた。
「引き受けた以上は必ず手紙は届けてもらう。もしもトンズラなんザした日には……」
必ず見つけ出して生きていることを後悔させてやる、と凄むジャン=ジャックに、これがイヴィジア王国が誇る精鋭騎士団黒騎士の一人なのか、とジャン=ジャックが黒騎士であることが何かの間違いではないかと疑いたくなった。
グルノール砦への手紙は俺たちが預かり、ジャン=ジャックはウーレンフート領へ戻ってクリスティーナを見守りつつ周囲の様子を調べるつもりでいるようだ。
元襲撃者の男から警備の交代時間などを聞くことはできたが、その交代時間でクリスティーナを見張っていたはずの男はここにいる。
確実に新しく雇い入れられるであろう見張りたちが同じ時間に交代をするとも思えないので、改めて調べることは山ほどあった。
ジャン=ジャックのこれからの行動は決まったが、ズーガリー帝国内にいるレオナルドとも連絡を取りたい。
一応の落ち合う場所も、最終手段としてはあの廃村へと戻ることもできるのだが、ウーレンフート領で目を付けられた現状では帝国内にあまり長居しない方がいいだろう。
となれば、入国する際に申請した通りの旅程で各地を回ったと装い、入国した時の人数と同じ人数で神王領クエビアへと抜けた方がいい。
入国する際に俺の護衛の傭兵を装っていたレオナルドとジャン=ジャックが帝国内に残り、現役の山賊とならず者を護衛としてズーガリー帝国から連れ出すというのも、なんとも不思議な話だ。
神王領クエビアへと抜けた後は、全速力でイヴィジア王国を目指す。
手紙を届ければまたズーガリー帝国へと来ることになると思うので、廃村へとジミーを走らせるのはそのあとだ。
……俺は見てないけど、ジャン=ジャックさんがクリスティーナお嬢様を見つけたらしいからな。少しだけ気が楽になった。
消息がまるでわからない少し前までの状況よりは、まだ救出できる準備が整っていなくとも俺の気は少しだけ楽になった。
けれど、クリスティーナの兄であるレオナルドはいまだクリスティーナの所在を掴めずにいるはずだ。
わずかにも気を抜くことができずにいるはずである。
早くクリスティーナ発見の報を入れ、一息ぐらいはつかせてやりたい。
……まあ、俺は俺にできることをするしかないけどな。
俺にできることといえば、少しでも早く手紙をグルノール砦へと届けることだろう。
その後の指示は、ジャン=ジャックではないがアルフレッド王子が出してくれる。
商人でしかない俺が無駄に頭を悩ませるよりも、馬の手綱を操るべきだろう。
神王領クエビアへは、意外なほどあっさりと抜けることができた。
先にジャン=ジャックがズーガリー帝国の兵士へと賄賂を渡したのと同じように、ジミーが慣れた様子で兵士と談笑しつつ金を握らせたのだ。
国境を守る兵士がこれでいいのか、とは思うのだが、今は先を急ぐ旅をしているので、良心は痛むが気づかない振りをする。
クリスティーナの件が落ち着いたのなら、追想祭にでもイツラテル教会で悔悟を捧げよう。
神王領クエビアを順調に抜け、サエナード王国へと入る。
こちらもレオナルドが手を回しておいてくれたおかげか、恐ろしく順調に抜けることができた。
旅程は順調に進んだのだが、ほとんど大陸を一周するようなものなので、やはり時間はかかる。
冬の中頃にズーガリー帝国から脱出したのだが、イヴィジア王国へと入り、グルノールの街へとついたのは春華祭が終わった後だった。
グルノールの街へつくと、まっすぐにグルノール砦へと向う。
砦へと向う荷馬車に、山賊とならず者は生きた心地がしないようだった。
普段は見せない神妙な顔つきで、びしっと背筋を伸ばしつつも荷台の荷の影に隠れていた。
「……ウーレンフート領のアウグスタ城で、ジャン=ジャックがクリスティーナお嬢様を見つけたようです」
辿りついたグルノール砦で早速アルフレッド王子へと面会依頼を出すと、待たされることなく砦の中へと招き入れられた。
クリスティーナの捜索についてはアルフレッド王子が全権を握っているようで、騎士団長の執務室だというのに、執務机に座って出迎えてくれたのはアルフレッド王子だ。
簡単に経緯を説明してから、詳しくはこちらをどうぞとジャン=ジャックの報告書を手渡す。
一度軽く目を通したアルフレッドは、金貨三枚を用意するよう従僕の青年に指示を出した。
「先日クリスティーナ宛に手紙が三通届いた。うち一通は……非常に都合のいいことに、件の紋章を掲げた亡国のあった領地からの手紙だ」
クリスティーナ宛の手紙というのは、ボビンレースの指南書を印刷するか、やめるかと相談していた時に言っていた話だろう。
オレリアにボビンレースを貰った知人がどこかにいるはずであり、彼らであればクリスティーナの窮状に手を貸してくれるはずである、とオレリアの知人を探し出すためにもボビンレースを急速に広めることになったはずだ。
アルフレッドの目論見どおりに知人が見つかり、その知人は西向きのアドルトルを紋章として掲げていた亡国のあったあたりの領地に住んでいるらしい。
クリスティーナを取り戻す拠点として使うには、これ以上ないといえる好条件だった。
「先方へクリスティーナの窮状を知らせ、助力を願うための手紙を書いた。戻ったばかりで申し訳ないが、手紙を届けてくれ」
「わかりました」
いずれにせよ、レオナルドと連絡を取るためにズーガリー帝国へは戻るつもりでいたのだ。
手紙の配達ぐらい、お安い御用である。
「……あれ?」
この手紙を頼む、と用意された手紙の宛先を読んで、思わず瞬いてしまう。
宛先に書かれた名前には、覚えがあった。
少々特殊な方だったので、顔と名前をすぐに思いだすことができる。
「手紙をお届けするのは、アウグーン領領主カルロッタ様ですか?」
「そうだが……知っているのか?」
「はい。指南書を持って領地へ入った途端に呼び出されて、直接お会いすることができました」
立ち姿の凛々しい老淑女の姿を思いだし、彼女がオレリアの知人であったのか、と妙な感銘を受ける。
中庭に畑を作り、農具を片手に汗を拭いながら現れた老淑女ではあったが、あのオレリアの知人と聞けば納得ができた。
あのオレリアの友人が、普通の淑女のはずはないのだ。
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