レオナルド視点 山賊ジンの珍道中

※人によってはちょいグロ回注意。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 ……どうしてこうなった。


 マルコから借り受けた山賊は二十人ほどだったはずなのだが、レーベラン領を越えたあたりからその数が増え始めた。

 目指す亡国のあった地域直前にある都市アンドルフへと辿りつく頃には、二十人だった山賊たちは二百人を越えている。

 ここまでくると、すでに大山賊団と呼べる規模だ。

 イヴィジア王国であれば、山賊を討伐するために大規模な作戦を立て、隊をいくつも編成しているところだろう。


 ……やはり、きっかけはアレか?


 レーベラン領を抜けてすぐの山道で、熊に襲われている少年に遭遇した。

 熊は突然現れた大勢の人間に驚いて逃げたのだが、少年はすでに息絶えていた。

 無残にも食い散らかされた遺体に、不憫に思って埋葬してやったのだが、それが悪かったのだろう。

 餌をとられたと勘違いした熊に背後から襲われ、俺も熊に手加減は必要ないかと反撃した。

 鼻先を殴れば怯む、という話は聞いたことがあったので、遠慮なく拳を叩き込んだ。


 ……まさか、熊の鼻面を粉砕できるとは思っていなかった。


 力いっぱい熊を殴りはしたが、それは気勢を削ぐのが目的だった。

 不意打ちに対して一瞬でも隙を作ることができれば距離をとり、小剣を構える時間ができる。

 そう考えてのことだったのだが、勝負はこの一撃で決まったといって間違いない。


 鼻面を粉砕された熊はその場でしばらくのたうちまわり、やがて気を失った。


 こちらを襲ってこなければ見逃してもよかったのだが、すでに人間の味を覚えている熊で、この一撃で人間に対する憎悪も持ってしまっただろう。

 生かしておいても周辺に住む民のためにならない、と目を回したままの熊に止めを刺し、腹を暴いた。

 胃の中からは、先に埋葬した少年とは違う色の髪の毛も出てきたので、犠牲者は少年一人ではなかったのだろう。

 さすがに少年とそうでない者とを選り分けることは不可能だったので、少年を埋葬した場所へと他の犠牲者たちも埋葬する。


 そのあとは、熊の肉を消費することを考えた。

 殺したからには無駄なく利用させてもらうべきだ、と血を抜いて運ぶことにする。

 保存用に加工するにしても、どう考えても二十人分よりも大きな肉だ。

 ならば、おそらくは近くにあるだろう少年の村へと寄り、熊肉を振舞いつつ少年たちの家族へと訃報を届けてやった方がいい。


 ……村人には、喜ばれたんだけどな。


 俺が殺した熊は、あの周辺の村で猛威を振るっていた熊だったようだ。

 いつ自分が襲われるか、そのうち村の中まで入ってくるのではないか、と村人たちは毎日怯えていたらしい。

 村がそんな状態だというのに領主はなんの対策もしてくれなかったそうで、少年たちの訃報は悲しまれたのだが、これでやっと安心できたと感謝もされた。

 ささやかなお礼を、と食事を振舞われたので、残った熊の皮をお礼のお礼として置いてきた。


 そして、これがおそらくは現在の状況へと繋がる。


 ……どうやら、あの村の村長あたりが熊の毛皮を使って、俺のことを話しまくっているようだな。


 移動の途中、背後から追いかけて来たならず者や、他の山賊から声をかけられるようになった。

 おまえが『熊殺しのジン』か。俺と勝負をしろ、と。

 あるいは、おまえが熊をも片手で持ちあげたという怪力ジンか。俺の手下にしてやるぞ、と。


 腕試し希望者は早々に希望を叶えてやり、死なない程度に痛めつけられたならず者はなぜか傘下に加わりたがった。

 手下にしてやると言って来た山賊は口頭でお帰り願ったのだが、後日手下を率いて襲い掛かってきたので返り討ちにしている。

 その際、命乞いをされたので話を聞いたところ、過去の略奪自慢を始め、自分を配下に入れれば役に立つぞと言い始めたので、死の神ウアクスの下へと送ってやった。

 今は山賊として行動してはいるが、俺たちは民から略奪する山賊ではない。

 より強い者の下につき、美味い汁を吸いたいと考えるような山賊を手下として迎えるわけにはいかないのだ。


 向かってくる山賊らしい山賊をすべて返り討ちにしていると、そのうち義賊を名乗る者たちまで寄り付くようになった。

 なんでも俺が山賊団を壊滅させまくっているおかげで、少し周辺の治安がよくなったのだとか。

 そんな馬鹿なとは思うのだが、礼を言いに来た義賊たちの話によると、満更ただの馬鹿話でもないらしい。

 笑えない話としては、領主が裏で操る山賊団まで、いつの間にか俺が壊滅させていたのだとか。

 そして山賊による略奪が減ったため、今年の冬は周辺の村々では少しだけ息をつく余裕ができたようだ。


 ……礼を言う。何かできることはないか? と言われて、情報を求めたのは失敗だったか。


 俺が情報を求めている、ということがこれまたおかしな広がり方をしたらしい。

 玉石混交さまざまな情報が集まってきたのだが、集まったのは情報だけではない。

 義理と人情味溢れる義賊によって集められた情報は、そのまま攫われた妹を探しているという俺への同情と共感に変わり、何か手を貸せることはないか、とそのまま義賊とはいえ山賊の人数が増えていった。

 気がつけば二百人規模の大山賊団となっており、熊でも狩らなければこちら側に食料問題が発生する。


 ……まあ、『熊殺し』は今だけだな。そのうち『狼殺し』とか呼ばれるようになるだろ。


 熊よりは、狼の方が話題として華にかけるはずだ。

 『熊殺し』という仰々しい異名を返上するためにも、先日狩った狼を毛皮にして身に纏うことにした。

 季節柄、毛皮が増えるのは素直に過ごしやすい。


「親分、先日の狼の毛皮が綺麗に仕上がりやしたぜ」


 どうぞ、と早速手渡された毛皮へと視線を落とす。

 黒銀の毛並みは、貴族も愛用する最高品質の毛皮だ。

 撫でてみると弾力のある太い毛が滑らかに流れる。


 ……しかし、こんな形で再会することになるとは思わなかったな。


 黒銀の毛並みの狼は、エラース大山脈南に生息するエラースクロオオカミだ。

 個体の一匹ずつがとても凶暴で、単体で行動しているところを運よく見つけられても仕留めることは難しく、基本的には群れで行動する。

 当然、狩りも群れで行い、子どもはもちろん、大人でも襲われれば逃げ切ることは難しい。


 ……昔は俺の方が狩られる側だったんだけどな。


 作り物の目が入れられた毛皮の頭部を覗きこみ、しみじみと思う。

 昔、奴隷商人へと親に売られ、荷馬車に詰め込まれて国境を抜けた後、夜の闇に紛れて狼の襲撃を受けた。

 あの頃はそんな知識などなかったが、場所を考えるに同じ種類の狼なのだろう。

 荷馬車から狼の気を逸らすための餌として置き去りにされ、一斉に襲い掛かられたのを覚えている。

 飛び掛ってくる狼から夢中で逃げて、気がついた時にはサロモンに助けられていた。


 ……子どもの頃は恐ろしいだけだったが、なんとかなるものだったんだな。


 たまたま一人になったところへ五匹の狼から襲撃を受け、拳で仕留めている。

 見た目より頑丈に作られた籠手に包まれた腕を故意に噛ませて動きを止め、目を回すように横から耳の付け根辺りを殴った。

 あとは熊の時と同じだ。

 目を回している間に止めを刺し、夕食としてみなの腹に収めた。

 一撃で仲間が行動不能にされ、後に残った四匹は喧嘩を売る相手を間違えたと早々に気がついたようで逃げ去っている。


 ……というより、よく逃げられたな、俺。


 わずかな時間とはいえ、子どもの足で狼から逃げられたと考えるのは少しおかしい。

 もしかしたら、俺を追っていた狼は群れの中でも若い狼たちで、狩りの練習台にでもされていたのかもしれない。

 そうでもなければ、狼から人間の子どもが逃げられるはずがなかった。


 ……うん?


 暗闇と背後から追いかけてくる狼の足音を思いだし、雷のように一瞬だけ脳裏に過ぎる人影がある。

 サロモンではない。

 自分を連れていた奴隷商人でもない。


 ……誰だ? 誰かに会った気がする。変だな? これまでそんなこと忘れていたのに……。


 突然思いだしたのは、今夜が神王祭だからだろうか。

 神王祭の夜は、精霊の住む世界とこの世界が一年でもっとも近づくと言われている。

 こちらの世界へと迷い込んで来た精霊に、なんらかの悪戯でもされたのだろうか。

 そんならちのないことを考えるぐらいには、ティナに影響されていた。

 頻繁にティナが精霊に攫われているため、一般人ほど精霊の存在を迷信だなどとは思えない。

 俺にとって精霊は、姿は見えないが確実に存在している、困った隣人だ。

 ティナを突然攫いさえしなければ、菓子で持て成しても構わないぐらいには、認知している。


 ……今年もティナは帰ってこないか。


 山賊のねぐらとして使われている廃屋の暖炉へ火もつけずに陣取り、毛皮を弄りながらティナの帰りを待つ。

 昨年も神王祭の夜はティナを暖炉の前で待っていたが、ティナが暖炉から俺の元へと帰ってくることはなかった。

 今年こそはと待っているのだが、空の暖炉にはなんの変化も無い。

 考えてみれば、ティナが暖炉へと帰還したのはマンデーズ館へだけだ。

 その後も何度か精霊に攫われてはいるが、帰還したのは『精霊の座』へである。

 俺の目の前へと帰還したことは、一度も無い。







 神王祭を暖炉の前で過ごすと、ティナの捜索を再開する。


 アンドルフの街を抜けると、いよいよ亡国の国土であった領地を巡り始めた。

 せっかく二手に分かれるのだから、とコーディとは逆回りに領地を回ることになっている。

 コーディは商人として帝都へと続く大きな街道を通って移動し、帝都の横にあるアウグスタ領から亡国の国土を回っているはずだが、俺は山賊として細い山道を移動した。

 巡る順番も俺は西側からで、調べている途中にどこかの町か村でコーディたちと合流する手筈になっている。


 ……変だな? コーディたちが寄った形跡が無い。


 冬の間を使って亡国の国土西すべてを回ったのだが、コーディと合流することはなかった。

 コーディは荷物の載った荷馬車を使っているとはいえ、それなりに整備された街道を使って移動している。

 俺の方が移動が身軽とはいえ、追い越してしまう程に足が遅いはずはない。


 不審に思って、コーディたちの行方を探しながら亡国国土の東側も調べ始める。

 このズーガリー帝国という国は、よくこれで国としての体裁を保っていられるな、と呆れるほどに貴族たちの皇帝への忠誠心が低い。

 調べた貴族や領主が皆揃いも揃って不心得者ばかりで、領民に不当な借金を負わせて他領へ奴隷として売り払っていたり、定められた税以上に搾取していたりとして、民と土地を富ませる気がまるでないようだった。

 こんなことでは近い将来に国そのものが死んでしまうと心配になってくるのだが、これは為政者の仕事だ。

 山賊や隣国の騎士が心配することではない。


「資料が少ないと聞いているのはスラウルムとアウグーンだったな。さすがにアウグーンではコーディが立ち寄った形跡があると思うんだが……?」


 アウグーンは帝都のすぐ横にある領地だ。

 亡国を調べに来ていて、帝都の隣にある領地にコーディが着いていないとは考え難い。


 ……やはり途中で何かあったのか?


 ジャン=ジャックが一緒にいるので、万が一ということはないと思うが、ここまで足取りがつかめないというのも不自然だった。

 なんだか変だぞ、と眉を顰めていると、アンドルフ近郊で妹探しに協力したいと仲間に加わってきた男が言い難そうに口を開く。


「アウグーン領は調べるまでもねぇぜ、ジン親分」


「どういうことだ?」


「アウグーン領の御領主さまは出来たお方で、領民に借金を背負わせて売り払うなんて真似をなさる方じゃねーよ。不作の年なんか、領主さまの金で他所から食料を買って領民に施してくれるって方だ」


 そんな人間が、人攫いなどするはずがない、ということらしい。

 他の男の言によると、隣の領地で領主軍に捕まりそうになった時に、アウグーン領へと逃げ込んで庇われたこともあるのだとか。

 すべての山賊に寛容なのかと思えば、そこはちゃんと義賊限定であるらしい。

 男が逃げ込んだ時には義賊という評価を得ていたため、庇ってくれたようだ。


 ……帝国の領主としては、評判がよすぎて逆に怪しいな。


 懐が広いというのか、裏に何かあるのか、クローディーヌが調べ切れなかったように、資料が少なすぎて判断ができない。

 しかし、その少ない資料によるとアウグーン領は亡国の王族の遠戚に当たる人物が治めていた地だ。

 なにかしらの資料が残っているとすれば、アウグーン領が一番期待できる。


「……アウグーン領に行くぞ」

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