ジャン=ジャック視点 アウグスタ城の人形

 母子二人の遺体を並べ、隣の家へと声をかける。

 夜が明けたら埋葬してやってほしい、と伝えるだけのつもりだったのだが、隣人の態度は冷たいものだった。

 城勤めをしているテオの家が襲撃されたのだ。

 誰がテオを処分したのかなんて容易に想像できたし、誰だってテオと同じ目には合いたくない。

 係わり合いにならないのが一番だ。

 気の毒には思うが、貴族の怒りに触れたとわかるテオ母子おやこを埋葬し、自分たちまで貴族の怒りを買いたくはない。

 そんなところだろう。


 とはいえ、テオたちを埋葬してやるような時間の余裕は俺にもなかったので、他に数件へと声だけかけておく。

 どこも似たような返事しか戻ってこなかったが、放置もできないということは彼らだって解っているはずだ。

 夜が明けたら、と俺は言っておいたが、怒りを買った貴族の目に自分たちの姿が触れないように、と今夜のうちにも埋葬してしまう可能性もあった。


「……で、チャックさんは何をやらかして来たんですか?」


「俺様は何もしてねーよ。あいつらが勝手に因縁つけてきたンだ」


 町の出口でコーディと合流し、荷台へと顔を突っ込む。

 荷台の中には、暴れられないよう手足を縛られた襲撃者が一人、転がされていた。


「ゆっくり荷馬車を出せ。街の手前に分かれ道があるから、とりあえずはそこまでだ」


 動き出した荷馬車の中で、市場の後始末を聞かされる。

 遺体の扱いとしては、テオの家と同じようなものだ。

 襲撃を受けた側としては埋葬してやる義理はないし、時間もないので、市場の管理人へと声をかけるだけだった。

 あとは朝になったら、町の住人が片付けるだろう。


「アウグスタ城に『ティナお嬢様』と呼ばれている黒髪の女の子がいるらしい」


 市場の後始末を聞いた後、こちらもテオの家の様子と、そこで聞けた話を伝える。

 テオ母子が殺されていたという話にコーディは驚いていたが、覚悟もしていたのだろう。

 襲撃者の服には、最初から血がついていた。

 ということは、先にどこかで誰かを傷つけていたということだ。


「無事に連れ帰る準備はまだできてねェからな。とりあえずは城に忍び込んで、ホントにティナっこなのか確認してくる」


 城から連れ去るくらいはできるかもしれないが、問題はそのあとだ。

 ティナを無事にイヴィジア王国へと連れ帰るためには、それなりの準備がいる。

 まずは少しでも多くの情報を、と情報を集めることを目的として行動していたところなので、取り戻した後については手はずが何も整っていないのが正直なところだ。

 ティナを見つけたとしても、すぐには連れ出すことができない。


襲撃者ひとを寄こしたことを思えば、あっちも警戒してんのは間違いない。襲ってきた奴等を叩きのめしたっつーのも、日が昇れば伝わるはずだ。ってことは……」


 忍び込むのなら、今しかない。

 今を逃せば襲撃者を撃退したことが伝わり、ますます警戒されるだけだ。

 本気で城へと忍び込むのなら、見張りは少ないうちがいい。


「……そんなわけで、さっきから寝た振りをしているおまえ。取引するか?」


 目覚めていることは判っているぞ、と荷台に向かって話しかける。

 市場でして荷台へと載せた男は、放置すればこちらの面が割れ、だからといって無抵抗のところへ止めを刺すのも躊躇われ、何か話が聞ければと連れて来た。

 何も聞けなければ、生かしておく理由もないので仲間たちの後を追うことになるだけだ。

 訓練された騎士であれば自分の身を捨ててでも主を守るだろうが、覚悟も実力もないならず者にしかみえない男だった。

 自分の命と引き換えであれば、簡単に口を割るだろう。


「知っていることを洗いざらい吐けば、このまま隣の領地へ抜けるまで載せていってやる。もうこの領内じゃ商売なんてできねェだろ? 誰の命令かはこれから聞くけどよ、そいつが仕事もできねェ男を生かしておいてくれるようなお優しいお貴族様、つーことはねェーよな?」


 知っていることを全部話せ。

 そう荷台に向かって話しかけると、考えるような気配がしたのはわずかな時間だった。

 ズーガリー帝国の貴族に身近く使われていたのだから、貴族というものの恐ろしさも身に染みてわかっているはずだ。







「……死体の懐を漁ってくるべきだったな」


「そんな時間はなかったんだから、仕方がない」


 男のベルトに付けられた小さな鞄を漁り、中から土で作られた鈴を取り出す。

 襲撃者の男は、アウグスタ城で『システィーナ』と呼ばれる少女に付けられた護衛兼見張りであるらしかった。

 システィーナというのはあの鉄格子の向こうの居住区に住む少女で、今夜の襲撃者たちは全員がその護衛として雇われた男たちだったのだとか。

 番犬に守られた居住区で働くというのに、その番犬に襲われるわけにはいかない、と護衛たちには土鈴が渡されていた。

 番犬たちはこの土鈴の音で敵と味方を区別しているのだそうだ。


「しっかし、土鈴が一つしかねェとなると……」


「俺はコーディと荷馬車に残る。コイツと二人だけにするのも、不安だしな」


 隣の領地まで連れて行ってやる、ということで口を割った男ではあったが、だからと言ってすぐには信用できない。

 武力面ではまるで役に立たないコーディは、男が暴れだした時に一人で対処できるはずがないのだ。


 領地を出てすぐの町で合流するよう打ち合わせ、街の手前の分かれ道でコーディの荷馬車から降りる。

 そのまま荷馬車を見送ってから、昼間探ったばかりのアウグスタ城へと裏庭から侵入した。

 襲撃を受けてすぐに行動を開始しているため、まだ周囲は闇に包まれているが、あと二時間もすれば日が昇ってくる。

 あたりが明るくなれば動き難くなるので、移動をするのなら夜のうちだ。

 夜の間に鉄格子の向こうへと忍び込み、明るくなる前に隠れる場所を探す必要がある。


 ……お、早速出てきやがった。夜なんだから、寝てりゃいーのによ。


 昼間見つけた鉄格子の前にやってくると、黒い犬がジッとこちらを見つめていた。

 護衛だった男の話が確かなら、土鈴を持っている者へは攻撃をしてこないはずである。

 男の言葉を疑って番犬と対峙している間に夜が明けてもつまらないので、ここは男の言葉を信じておく。

 落ち合う予定の町で数日待っても俺が現れなければ命はない、と事前に聞かせてあるので、あまり心配はしていない。


 ……昼間の調査が、もう役立ってら。


 念のため、と確信もなく侵入したアウグスタ城だったが、今それが役に立っている。

 昼間見つけた庭師小屋から失敬してきた鍵を使って鉄格子を開き、慎重に中へと足を踏み入れた。

 そろそろと歩く俺の後ろを番犬がぴったりとつけてくるのだが、襲い掛かってくる様子はない。

 どうやら本当に、土鈴で鉄格子の中を通ってもいい人間だと認識しているようだ。


 とはいえ、土鈴を持ってはいるが知らない臭いの俺に、やはり警戒はしているのだろう。

 中を歩いている間に、ついてくる番犬が四匹に増えた。


 ……この獣道からはずれたら、ガブリってくんだろうな。


 鉄格子の中には、庭師が使っていたのか獣道ができている。

 土鈴は持っているが知らない臭いの人間に、番犬たちは俺の歩き方を見て警戒しているようだ。

 普段からこの道を使っている者、本当にこの道を通っていいと番犬たちの主から指示を受けているものならば、番犬たちの領域を無闇に徘徊する必要はないはずだ、と。


 いつ後ろから噛み付かれるかという緊張に支配された移動は、それほどせずに終わる。

 鉄格子の中を歩いていたはずなのだが、すぐにまた別の鉄格子が現れた。


 ……まあ、考えてみりゃ、当然か。おっかねー番犬がいたら、住んでる人間もおちおち庭に出れねェからな。


 庭師小屋の鍵でこちらの鉄格子に付けられた扉も開くことができた。

 獣道から逸れることなく真っ直ぐに歩き、扉から鉄格子の外へと出た俺に、番犬たちは納得はいっていないようなのだが、鉄格子の中に留まって見送る。

 そのまま扉の前から解散してほしいところだが、それはまた後でいい。

 今はまず夜が開ける前に居住区を探り、昼の間隠れられる場所を見つけなければならない。







 夜が明ける前に歩ける範囲を歩き回り、調べるべき場所に目途を立てる。

 一番気になる部屋は、窓という窓に鉄格子の嵌っている部屋だ。

 一番大きな鉄格子の嵌った窓がよく見えて、しかしあちらからは俺の姿が見えない物陰を探しだし、そこへと身を潜める。

 日が昇るのを待って鉄格子の窓を観察していると、黒髪の女中メイドが厚いカーテンを開けた。


 ……部屋ん中までは、見え難いな。


 あまり近づきすぎれば俺の姿が見られてしまう。

 ひそかに侵入していることを思えば、それは避けた方がいい。


 ……あの女中、なんか変だな?


 窓辺に近づく何人かの女中の姿を見ることができた。

 女中が多いことを思えば、あの部屋の主は女性なのだろうと判る。

 判るのだが、気になるのは主の性別ではない。


 ……一人だけ妙に姿勢のいい、貴族の娘みたいなのが混ざってンな。


 他はテオのように近くの町や村から雇われたのだろう。

 女中のお仕着せを着てはいるが、中身はその辺の村人と変わらない。

 立ち姿の洗練された所作はなにもなく、身なりを整えているだけの平民だ。

 しかし、一人だけいる姿勢のよい女中は違う。

 立ち姿や動きに洗練された所作が宿っており、城で侍女として働くこともできそうな動きをしていた。


 ……人形か? デカイな。


 恰幅のよい女中が、人間の大きさぐらいありそうな銀髪の人形を抱えて現れたかと思うと、窓辺に置かれた長椅子へと人形を座らせた。

 続いて姿勢のよい女中が現れて、大きな人形の横へと一回り小さな人形を置いている。

 どうやら人形に日光浴をさせているようだ。


 ……ここの城主の趣味か? 妙な趣味してんな。


 人形に日光浴をさせるなど、まるで人間扱いだ。


 ……あの部屋じゃねーのか? しっかし、他に鉄格子の嵌ってる部屋なんてなかったはずだけどな?


 ティナがひょっこり顔でも出さないものか、と鉄格子の嵌った窓を見つめているのだが、窓の向こうにティナの黒髪が現れることはなかった。

 時々黒髪が現れはするのだが、それはあの姿勢のよい女中のものだ。


 ……や、そもそもティナっこは引き籠りで、外に関心なんてもたねェか!?


 外から見ているだけでは、ティナを見つけることなどできそうにない。

 となれば、あとはもう城の中へと侵入してすべての部屋を探し回るしかないのだが、あまり現実的な策とは思えなかった。


 ……お? 知ってる顔が出てきたな。


 長椅子に座った人形の前へと膝をついた男には覚えがある。

 髪型が変わっているし、距離があって顔もはっきり見えるわけではないのだが、歩き方や背格好から確信を持っていえる相手だ。


 セドヴァラ教会からティナと一緒に姿を消したと言われている、薬師のジャスパーが鉄格子の向こうにいた。

 そして、アウグスタ城の薬師といえば、テオと俺たちへの襲撃を指示した相手でもある。


 ジャスパーの姿が確認できた以上は、アウグスタ城にティナがいると見て間違いはない。

 少し危険だとは思うが、もう少し近づいて中の様子を探ることにした。


 ジャスパーが窓辺から離れるのを確認し、死角を利用して建物へと近づく。

 壁を伝って鉄格子のある窓辺へと近づくと、窓辺に置かれた人形の顔を見ることができた。


 ……ティナっこ。


 窓辺に置かれているのは人間大の人形だと思っていたのだが、顔の造形が判るほどに近づいた窓の向こうには、探していたティナがいた。

 黒髪を銀のカツラで覆い隠し、レオナルドが好みそうなフリルとレースがふんだんに使われたドレスを着ている。

 軽く目が伏せられているため瞳の色までは確認できないのだが、顔が間違いなくティナだ。


 ……小せェ。手足がガリガリじゃねーか。なんだ? 生まれじゃなくて、見た目で誘拐されたんか?


 もともと小柄なティナの体は、成長期に入っているはずなのだが、最後に見た時から成長している様子がない。

 ゴテゴテとしたフリルで誤魔化されてはいるが、ドレスの裾から見えている足は人形のように細い。

 健康な少女の足には、とてもではないが見えなかった。


 ……人形の方はティナっこと同じ顔してんじゃねーか。やっぱ誘拐犯は人形好きの変態だろう。


 人形好きの変態がティナを攫い、人形と同じように扱っているように見える。

 より人形そっくりになるよう、故意にわずかな食事しか与えられていないのかもしれない。


「……おい、ティナ。ティナっこ」


 周囲に人がいないことを確認して、窓を小さく叩く。

 ティナからなんらかの反応がないか、と呼びかけてみたのだが、ティナの瞼が開く前に足音が近づいて来た。


 ……やっべっ!?


 すぐに死角へと隠れなければ、と咄嗟に腰を落とす。

 窓の向こうから俺の頭が完全に隠れる前に、ばっちりと黒髪の女中と目が合ってしまった。


「ふふふふううううううぅっ!?」


 不審者、とでも言いかけたのか、女中の口から大きな声が漏れる。

 これはさすがに不味い、と女中が驚いて固まっている間にその場から離れることにした。

 

 とりあえず、としか言えないが、ティナの居所を掴むことはできたのだ。

 いずれ必ず連れ出すとして、今はこの情報を持って戻らなければならない。

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