ジャン=ジャック視点 庭師の少年とアウグスタ城 2

※人によってはちょいグロ回注意。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 鉄格子から離れる俺を、危険はないと番犬は判断したようだ。

 吠え立てて衛兵を呼ぶこともなく、しかしジッとこちらを見つめて目を離すことはなかった。

 鉄格子が見えなくなるまで離れたので後のことは判らないが、しばらくはこちらへと注意を向けていることだろう。

 犬という生き物は、人間よりも耳や鼻がいい。

 まだ俺がいる気配を感じ取れていると考えて間違いないだろう。


 ……さて、どうすっかな?


 鉄格子の向こうへは抜けられないが、姿を隠しながら裏庭の調査は続ける。

 こういった城に付き物の秘密の抜け穴でもないかと探してみたのだが、それらしい物は見つからなかった。


 ……ま、すぐに見つかるようなトコにゃ、抜け道なんて作らんわな。


 それでもいつか役に立つこともあるかもしれない、と頭の中に裏庭の見取り図を作る。

 噴水や東屋のある位置、木や花壇のある場所などを整理していくと、庭師が通りそうな道も見えてきた。

 庭師が通る道は、つまり使用人の通る道だ。

 庭で土をいじる仕事をしている庭師には、室内での仕事をする使用人はあまり近づかない。

 似たような理由で兵士の巡回も少ないはずなので、侵入者おれが移動するには都合のいい道だった。


 ……あのガキはなんか知っていやがる。それは間違いねェ。


 そうは思うのだが、テオの仕事場へ近づくのはあの鉄格子までが限界のようだ。

 番犬の守りは無理を通せば抜けられないこともないが、あまり得策とはいえない。

 一匹でも無傷で仕留められるとは思っていないし、怪我をしてまで無理を通すだけの価値があるのかも判らなかった。


 ……あの先にティナっこがいる、つー確証でもあればなんとかすんだが……。


 まだ回る予定の領地すべてを回ったわけではない。

 下手に怪我を負うことは、旅をしている身には大きな危険となり得る。

 傷が悪化すれば命の危険を伴うし、そもそも傷が痛んで武器が振るえないなんて状況に陥れば、賊に襲われた時にも困ってしまう。

 見返りのみえない危険は、冒すべきではない。


 ……前の庭師とやらを、もう少し調べてみるか。


 もう少し確証が欲しい。

 そう結論づけて、侵入した時と同じように木を伝ってアウグスタ城の敷地外へと出る。

 昨夜の酔っ払いが何か思いだしてくれていればいいのだが、と少しゆっくりと街道を歩いて町を目指す。

 時間を潰しながら戻れば、酒場が開く丁度いい時間に町へつくはずだ。







 前任の庭師は、アウグスタ城の庭師小屋に住んでいたわりには町へ馴染んでいたようだ。

 町に馴染むというよりは、酒場に馴染んでいたという方が正しいかもしれない。

 酒場へとやってくる客の誰に聞いても、少しずつ話を聞くことができた。


「お? アンタは昨日も見かけたな!」


 前任の庭師について何か思いだそうとしていた男を今夜も見つけ、その隣へと酒を持って移動する。

 まさか直球で「何か思いだしたか?」だなどと怪しまれることは聞けないので、まずは当たり障りのない話題から振った。

 天気の話、今年の収穫、畑の様子といった具合に次々と話題が移り変わり、酒で口の回りがよくなった男にいよいよ昨夜の話題を蒸し返す。

 何か思いだしたことはあるか、と口を開きかけたところで、別の方角から男に声をかけられた。


「おまえがコソコソと何かを探っているらしい商人の護衛か。見たところ護衛というよりは山賊の仲間みてーな顔だが……」


「……この商売にはむいてる強面かおだろ?」


 男に話しかけられた途端に、それまで饒舌に釣った魚の大きさを自慢していた酔っ払いが口を閉ざす。

 巻き込まれたらかなわないとばかりに、俺と男から距離をとるように――しっかりと自分の酒を持って――席を移動した。


「で、商人の護衛が、いったい何を探ってんだ?」


「探ってるだなんて、人聞きの悪い。なにか飯の種にでもならねーかと、面白そうな噂話を探してただけだぜ?」


 今雇われている商人は真面目すぎて息が詰まる、と一応雇用主であるコーディとは無関係だと臭わせておく。

 俺に何かあった場合に、おまえも仲間かとコーディまで目を付けられるわけにはいかない。


「なあ、アンタはなんか面白い話を持ってないか?」


「少し前に、余計なことを外で話した馬鹿が雇用主である貴族に殺された、って笑い話なら知ってるぞ」


 ……笑い話、ねェ。


 笑い話と男は言ったが、こちらとしては笑い話でもなんでもない。

 要は「おかしな真似をすると殺すぞ」と、たった今顔を合わせたばかりの男から脅されているのだ。


 ……ふーん?


 やはり前任の庭師の死には何かあるらしい。

 それとテオの奇妙な反応が繋がるのなら、もう少し調べてみるのもいい気がした。







 いかにも一触即発といった会話を繰り広げていると、先に音を上げたのは酒場の店主だった。

 店の中で暴れられたくないと俺を追い出し、後から来た男にはペコペコと頭を下げて金を渡すところが見えた。

 俺と男とで店主の態度が違うところを見れば、店主は男を知っていたのだろう。

 前任の庭師について知っていたことから、アウグスタ城の関係者と見てもいいかもしれない。


「よし、荷馬車はいつでも動かせるな。早速だがコーディ、今すぐ町から出ろ」


「……何やらかして来たんですか!?」


 酒場から追い出されたので、やることは一つしかない。

 市場に止めてあるコーディの荷馬車へと顔をつっこみ、警告を与える。

 これだけでジミーの方は緊急事態だと判ったようだ。

 荷台から出てきて馬具の確認を始めたので、宿に預けてあった馬の手綱をジミーへと渡す。


「俺は何もしてねーよ! 仕掛けて来たのはあっちだぞ!」


「何もしてなかったら、夜逃げするようなことになるわけがないじゃないですか!?」


「なったんだから、仕方ねーだろっ!」


 ほら、さっさと支度しろ、とコーディの尻を叩いて急がせる。

 昨日の今日で妙な男がやって来たのだ。

 あまりのんびりとはしていない方がいい。


「俺はここで少し気になることがあっから、別行動で調べてくる。お前は予定通りに情報を集めつつ旅をしてウーレンフート領を出ろ。すぐに追いつく予定だが、念のため落ち合う場所は領を出てから三つ目の町だ」


「チャック!」


 馬と荷馬車を繋いでいたジミーからの警告に口を閉ざす。

 ジミーの視線の先へと目をやれば、月明かりに照らされて武器を持った五人の男の影が見えた。


「少しばかり遅かったみてェだな」


「……本当に、何をして来たんですか!?」


「いーから、おまえはもう荷馬車から出てくんなよ、邪魔だから」


 言われなくても判っていますよ、と言ってコーディが荷馬車の中へと隠れる。

 コーディを先に逃がすことはできなくなったが、ならば開き直るしかない。

 返り討ちにして、聞きたい情報を無理矢理聞き出すという作戦に変更だ。


 ……血?


 酒場から市場までの距離で、人数を揃えてくるのが早すぎる。

 そう気がついて男たちをよく観察すると、五人のうち三人の服には黒い点がいくつもついていた。

 お洒落な染物と考えるには、風にのって漂ってくる臭いが不穏だ。

 鉄分を含んだ甘い香りには、馴染みがある。


「一応聞いておくが、何の用だ?」


 ジミーが荷馬車の中から団長レオナルドの置いていった槍を寄こした。

 イヴィジア王国の黒騎士は、さまざまな武器を一通り扱えるよう鍛えられる。

 槍は得意な武器というわけではないが、人並み以上には使いこなせると自負していた。


 ……一番難しいのは、殺さねェように加減することだな。


 相手が素人であれば、制圧は簡単だ。

 玄人が相手でも、それはそれでやり易くある。

 問題なのは、そのどちらでもない中途半端な相手だ。

 半端な力を持つ者は、己の実力を過大評価している者が多く、引き時というものを見極めることができない。

 そして、賊の集団というのも、この半端な部類に含まれる。


 ……まあ、賊というよりは?


 賊というよりは、街から出ない程度の傭兵に見える。

 戦場で己の腕を売る傭兵ではなく、貴族や金持ちに飼われる、威勢ばかりがいい自称しているだけの傭兵だ。

 ほとんどただのならず者と言った方が正しい。


「チャック!」


「一人で十分だ」


 荷馬車から降りようとするジミーを制し、足である馬を守らせる。

 コーディは荷台で震えているだけでいい。

 戦力としては最初から期待していないし、下手に出てこられるよりも邪魔にならないだけありがたい。


「最初の一撃は受けてやんぞ。そのあとはすべて正当防衛だ」


 返り討ちにしてやる、と無言で切りかかってきた男の剣を槍で受け、横へ流す。

 均衡を失ってよろけた男の体へと思い切り蹴りを入れ、まずは一人戦闘不能にした。







「もういーぞ」


 ものの数分で終わった襲撃に、荷台に隠れているコーディへと声をかける。

 一応加減はしたつもりなのだが、襲撃者で息をしているのは一人だけだ。

 俺が槍で突いた人間はいないのだが、金持ちに飼われているならず者と訓練を受けたイヴィジア王国の黒騎士とでは、単純な力からして勝負にならなかった。

 戦闘が継続できないよう少し気でも失っていろ、という気分で壁に叩きつけたりとしていたのだが、打ち所が悪かったらしい。

 他にも運悪く武器を持って近づいてきた仲間の元へと飛ばされて腹に小剣が突き刺さった者もいた。


「……山賊だって、もう少し手ごたえがあんぞ。それとも俺様が強くなりすぎ? 次こそはジン親分にも勝てるかもな?」


「それはないんじゃ……あ、なんでもないです。縄は必要ですか?」


 怖々と顔を出したコーディが、俺の軽口に答えながら縄を取り出す。

 捕縛をしても、襲撃者の雇い主によってはすぐに放免となりそうなのだが、殺さない努力をしたという証拠は必要だ。

 俺たちはあくまで襲撃を受けたので、これを撃退した。

 これは正当防衛である、との一応の主張は必要だろう。


 ……ま、雇った奴が握り潰すか、これをネタに捕まえようとしてきたら、そんときゃ、そん時だな。


 そんなことになればコーディがブーブー文句を言いそうだが、仕方がない。

 先にコーディへと提案したように、襲撃者の雇用主に捕まる前に領外へと逃げるまでだ。


「あれ? この人、怪我してないのに服に血が……?」


「あー、それだったら最初から付いてたぞ」


 風にのって血の臭いがしていた、と続けて気が付く。

 襲撃者は血の臭いを纏わり付かせていた。

 俺は槍で相手をしたが、突き刺してはいない。

 仲間の武器に刺された間抜けもいたが、服に黒い染みをつけて現れた男とは違う男だった。


 ……待て。これは誰の血だ?


 血の臭いを纏わせているということは、これはまだ新しい血だ。

 ということは、男たちは市場ここへと来る前に、別の場所で誰かの血を浴びていることになる。


 ――少し前に、余計なことを外で話した馬鹿が雇用主である貴族に殺された、って笑い話なら知ってるぞ。


 酒場で聞いた男の声が甦る。

 男は『少し前』と言っていた。

 てっきり前任の庭師の話だとばかり思っていたのだが、テオが城で働くようになったのは春からだと誰かから聞いている。

 さすがに半年以上も間を空けて『少し前』とは言わないだろう。


「おまえらはソレを荷台に積んだら、荷馬車を町の出口に移動させとけ」


 テオの家の様子を見てくる、と言い捨てて後始末をコーディたちに任せる。

 俺たちが襲われたのだから、テオの方にもなんらかの反応があったはずだ、と嫌な予感がした。


 昨夜位置を確認したばかりのテオの家が見えてくると、はっきりと違和感がある。

 周囲の家はポツポツと窓に明かりが灯っているのが判るのだが、テオの家にはそれがない。

 毎日同じ時間に戻るのであれば、すでにテオは家に帰っている時間のはずだ。

 明かりが灯っていないなんてことは、ありえない。


「おい、ガキ! 生きてるか!? 開けるぞ!」


 一応声をかけてから扉を開く。

 かんぬきすらかけられていなかった扉は簡単に開き、扉を開けたことで暗い室内へと月明かりが差し込んだ。

 月明かりにぼんやりと照らし出された室内には、荒らされた形跡と床に黒い水溜りがあった。


「……うっ!?」


 水溜りに気が付いた途端に、鼻が臭気を嗅ぎ取る。

 むあっとした甘い香りは、戦場で嗅ぐことが多い臭いだ。


「おい、生きてるか? おい!」


 床に倒れた二人のかげを見つけ、そのうちの女性へと声をかける。

 おそらくはテオの母親だと思われる女性は、喉を引き裂かれて死んでいた。

 顔には殴られた痕が残っていたし、抱き上げた際に腕がおかしな方向へと曲がったので、殺される前に拷問を受けていたことは間違いがない。

 確認してみると、指の骨が全部折られていた。


 女性を床へと横たえて、乱れた裾を直してやる。

 シーツでもかけておいてやるべきかと室内を見渡すと、腹を押さえて倒れているテオの髪が微かに揺れた。


「……って、生きてんのかっ!? おい、ガキっ!」


 片膝をついてテオの体の上へと覆いかぶさり、声をかけながら時折耳を澄ませる。

 髪が揺れるということは、息があるということだ。

 そうしばらく待っていると、テオは咳と一緒に血を吐き出した。

 見るからに手遅れだと判る状態だ。


「……で、……れ、なにも……ない、のに……」


 吐息に混ざる声を、息を潜めて拾い取る。

 俺が誰だか判っていないのか、それともここに人がいることにすら気が付いていないのか、テオは焦点の合わない目を薄っすらと開いて口を開く。

 なんで自分がこんな目にあったのか、と母親に詫びながら襲撃者たちを呪っていた。


「だ、だれ……つたえ……セド、きょうか……んな、こ……くろか、かわ……」


 浅い息に乗って発せられる言葉に、一言足りとも聞き逃してなるものかと息を止める。

 テオの口から出てきた単語は『伝えて』『セドヴァラ教会』『女の子』『黒髪』『可愛い』と断片的なものだ。

 断片的ではあったが、俺たちが求めていた単語の山でもある。


「……ティ、おじょ、ま、よば……の、こ……けて、……て……」


 ――ティナお嬢様と呼ばれているあの子を助けてあげて。


 そうテオの言葉を拾いとり、あとはピクリとも震えなくなった唇に開かれたままの瞼を閉じてやった。

 もうテオに聞こえはしないかもしれないが、ちゃんと返事は返してやる。


「おうよ、任せておけ。俺様たちは、ティナっこを迎えに来たんだからな」

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