ジャン=ジャック視点 庭師の少年とアウグスタ城 1

 コーディが市場で商売をしつつ情報を集め、その間はジミーか俺のどちらかが護衛に付き、あぶれた方は別の場所で情報を集める。

 基本的には交代制で、今日は俺が離れている間に一人妙な反応をした人間がいたらしい。

 これでティナを攫った人間があぶり出せればめっけもの、と故意にセドヴァラ教会の噂を流していたのだが、セドヴァラ教会から攫われた少女の容姿を聞かせたところ、声が固くなっていたのだとか。


 ……しっかし、ホントにまだガキだな。


 ジミーから聞いた容姿を元に見つけ出した男は、一応成人しているらしいのだが、まだまだ少年といった顔つきだ。

 庭師という職業からそれなりに筋力はついているようなのだが、大人の男といった身体つきではない。


「あー、んで、テオっつったか? おまえ」


「え? なんで、俺の名前を……」


「んなもん、城勤めをしている成人したばかりの男、ってその辺で聞いたらペラペラ聞かせてくれたぞ」


 金の力で、と言葉にする代わりに指で円を作る。

 ジミーから妙な反応を見せた人間がいた、と聞いてすぐに調べ始めたのだ。

 名前や家族構成、ついでに言えば家の位置といったような簡単に判る範囲のことは調べ終わっていた。


「んで、俺様はテオ君? にちょーっと聞きたいことがあるんだが」


「俺は話すことなんて……ないよ」


 見知らぬ男に萎縮している。

 テオの固くなった雰囲気から判る感情はこれなのだが、目だけは忙しく動いていた。

 隙を見て逃げ出そうと、必死に隙を探しているのだ。


 ……そーいや、テオってのはティナっこのダチにもいたな。


 どこにでもある、特別珍しくない名前だった。

 馴染みの娼婦の子どもにも同じ名前がいた気がするが、目の前のテオはティナの友人だった『テオ』と少し似ている。

 黒髪に黒目で、粗末な服を着ているところも同じだ。


「まー、まー。俺の聞きたいことに答えてくれりゃ、すぐに解放してやるよ」


 聞きたいこと、と言った瞬間にテオの表情が強張る。

 ジミーの言うように、確かに妙な反応だ。

 俺の強面こわもてにびびっているという可能性も否定はできないが、箱入りで育った貴族の子息が強面に怯えるのならともかく、いろんな顔の人間がいる市井で育った平民が、今さら俺程度の強面に怯えることなどないだろう。


「あー、……セドヴァラ教会」


 どんな些細な反応も見逃してなるものか、と注意深くテオを観察する。

 なにかボロを出してくれれば、と『セドヴァラ教会』という単語を出した途端にテオはビクリと震えた。


 ……判りやすっ!


 キョロキョロと視線を彷徨わせているのだが、今度のは俺の隙を探しているわけではない。

 言いたくはないが言えば俺が満足すると判っている物があって、俺と目を合わせることができないでいるのだろう。


「なんだ? セドヴァラ教会に関係があるのか? そーいやおまえ、病気の母親がいるっつー話だったな」


「ア、アンタには関係ないだろ」


 ……『母親』は関係なし、か。


 若干声は震えているのだが、『セドヴァラ教会』と言った時のような反応はない。

 なによりも、テオにとって母親の話題は聞かれて困るものではないようだ。

 すぐに応答があったことが、その証拠だろう。

 この判りやすい反応をみせる少年は、答えたくない時は肩が震えるなどの反応をみせているが、口は引き結んで何も答えないようにしていた。


「母親に関係がないってことは……セドヴァラ教会から攫われた――」


「知らないっ! 俺は何にも知らないからなっ!」


 ここからが本題だったのだが、テオは気まずい空気に耐えられなかったようだ。

 俺の脇をすり抜けて、一目散に逃げて行く。


「……ありゃ、判りやすすぎるだろ」


 全速力で走っているのか、すぐにテオの背中は小さくなる。

 脇をすり抜ける際に捕まえることもできたが、故意に捕まえることはしなかった。

 家の位置は聞いていたので、このまま後をつけて場所の確認をするのもいいかと思ったし、あまり追い詰めすぎるのも相手を頑なにしてしまうことがある。

 ティナについて知っていることがあるのなら、どんな手を使ってでも聞き出す必要があったが、まだ手段を選ぶ余裕はあった。







 人から聞いた道を歩き、テオの家を確認する。

 さっき怯えさせたばかりなので今夜のうちに訪問するのはあまりよろしくないかと、日が完全に暮れるのを待って家の様子を外から探るにとどめた。


 ……聞いたとおりの、家族構成みたいだな。


 母子二人暮らしで、テオのほかに兄弟はおらず、父親もいない。

 時折咳をする女の声が聞こえたので、彼女が病気の母親なのだろう。

 城の薬師に調薬してもらった、と母親へ薬の説明をしているテオの声が聞こえる。


 ……城には薬師がいるのか。


 セドヴァラ教会の薬師がズーガリー帝国内から順次引き上げている現状で、城にいる薬師とはどういった状況なのだろうか。

 アルフがセドヴァラ教会と今回の報復について打ち合わせをした時に、善良な領主が治める地と、風土病等で定期的に薬師が必要になっている地からは薬師を引き上げさせないよう釘を刺したはずだ。

 そのどちらの条件にも当てはまらない領地で城の中に薬師がいるのなら、貴族に確保されているか、志あって自らの意思で残っているかのどちらかだろう。

 テオの母親のために調薬したらしいことを思えば、後者の可能性がある。


 ……そういや、ティナっこと一緒にジャスパーの野郎もいなくなってんのか。


 ジャスパーといえば、自分も世話になった薬師だ。

 志あってセドヴァラ教会の意向に逆らうような性格には思えなかったが、本当にジャスパーだとしたら、城に閉じ込められた暇つぶしということもあるかもしれない。

 ティナを誘拐した犯人の一人だというのなら、ティナの姿を見られるわけにはいかないように、ジャスパーの存在も知られるわけにはいかないはずだ。


 調べた情報に間違いはなかった、と家の位置を確認して荷馬車へと戻る。

 その帰路に見つけた酒場へと入り、それとなくテオの家族についてを調べた。

 小さな町にある唯一の酒場らしく、情報源が町中から集まってくるというのは楽でいい。

 母子家庭ということもあってか、町の人間はそれなりにテオの家族を気にかけていたようで、少し誘導するだけでいろいろな話を聞くことができた。


 ……セドヴァラ教会に反応したのは、母親の薬のためか。いや、薬師に当てはあるんだったか?


 各地のセドヴァラ教会から薬師が引き上げているという話に、母親の薬を調薬してもらえなくなるのでは、と心配したのだろう。

 とはいえ、コーディの荷馬車へと薬の材料になる植物の茎を買いに来たそうなので、薬師に当てはあるはずだ。

 おそらくは、城の薬師がその当てなのだろう。

 ということは、テオはそれほど母親の薬について心配をする必要はない。


「……そーいや、テオのやつ。城へ働きに出るようになってから、妙に無口になったよな」


「城の中の仕事だから、外で話せないこともあるんだろうよ」


 なんと言っても、貴族の城だ。

 少し機嫌を損ねるだけで首が飛ぶ可能性があるのだから、機嫌を損ねないためには無駄口など開かない方がいい。

 その点でいえば、テオは利口である、と酒飲みたちは口々にテオを褒めた。

 無口になって付き合いが悪くなったが、貴族の城に仕えて母親の薬代を稼ぐためには正しい選択である、と。


「成人したて、つったか? んな若さで城勤めとは……スゲーな」


「テオはうまくやっただけさ。前の庭師が急に仕事を辞めたってんで、臨時で雇われてそのまま……ってやつだ」


 テオの真面目な仕事ぶりが評価されたのだろう、と笑う男の前に酒を一杯追加する。

 前任の庭師が急に仕事を辞めたという話は、まだそれほど仕入れられていない。


「前の庭師は、なんで辞めたんだ? 城勤めだ。実入りはよかったんだろ?」


「そりゃ、そのはずだが……わかるだろ? お貴族様に雇われて、急に辞めるってことは……」


 酔っているとはいえ、さすがに貴族の話題を大声で話すのは憚られるのか、幾分声がひそめられる。

 目の前に置かれた杯へとちびちび口を付けると、それまで陽気に飲んでいた男の顔に怯えが浮かぶ。


「城勤めじゃ、珍しいことじゃねーよ」


「なんか城主様の勘気にでも触れたんじゃないか?」


「あいつも飲むと陽気になる、いいヤツだったんだけどな……」


 前任の庭師は、城にある庭師小屋に住んでいたそうなのだが、時折町へと出てきて酒を飲んでいたらしい。

 つまりは、目の前の酔っ払いたちの飲み仲間でもあったようだ。


「そーいや、いなくなる前になんか変なことを言ってたな、あいつ」


 なんだったかな、と悩み始めた男に、思いだしたらまた聞かせてくれ、と言って酒をもう一杯追加する。

 気分よく飲んで、気分よく思いだし、気分よく話を聞かせてもらいたい。

 そのための多少の投資だ。

 西向きのアドルトルの紋章についてを調べればすぐに立ち去る予定の町だったが、どうやらもう少し滞在することになりそうだった。







 テオの勤めている城というのは、調べるまでもなく判った。

 もともと次の目的地としていた、アウグスタ城だ。

 昼の間に滞在中の町にある丘へと登るだけで見つけることができる、極近い城がアウグスタ城だった。


 コーディたちと荷馬車を町に置いたまま、街道を歩いてアウグスタ城のある街を目指す。

 町から街までは、徒歩で一時間もかからなかった。

 街の中へ続く城門の直前で獣道へと逸れ、城門を迂回してアウグスタ城の背後へと回りこむ。

 今回は城を調べたいので、城門の門番に印象を残すわけにはいかなかった。


 ……広い城だが、城としては小ぶりだな。


 女性の名前を付けられているのは、そのあたりが理由なのかもしれない。

 優美で小柄な外観に、広大な森と庭を備えた城だ。

 侵入できそうな場所を探しつつ城の背後を守る山へと登り、おおよその外観とそこから想像できる間取りを頭へ叩き込む。

 イヴィジア王国とズーガリー帝国では城の作りに違いがあるそうなのだが、一番大きな違いは地下の扱いだろう。

 イヴィジア王国の台所は地上にあるが、ズーガリー帝国の台所は地下にある。

 台所だけではなく、洗濯室や使用人用の食堂といった、下働きの人間が働く区画がすべて地下に作られていた。

 ここまでの旅路で廃城を覗く機会もあったが、使用人たちが働く階のさらに下にも空間があるのがズーガリー帝国だ。

 その空間へと続く階段は一つしかなく、そこで働くのは買われてきた奴隷たちだった。


 ……あんな美人な城にも、地下には奴隷がうじゃうじゃいるンだろうな。


 それがズーガリー帝国という国だ。

 目に見える部分は見目よく整えてあるが、その足元はどす黒い沼地のようになっている。

 贅沢の限りをつくす貴族の足元に、餓えた民が何百と倒れているのだが、王たる皇帝は法を改めようともしない。

 自分が不自由なく暮らせれば、民の生活などどうでもいいのだ。


 ……うちの国とは、えらい違いだな。


 程よく木の枝が城壁を越えた向こうへと伸びているのを見つけ、城壁の中へと侵入する。

 門番や衛兵の目を盗みつつ移動し、アウグスタ城の周囲を探っていると、裏庭の外れに庭師小屋を発見した。

 これが前任の庭師が生活していたという小屋だろう。

 現在はテオが使っているはずである。


 ……ここに潜んでテオ驚かす、ってのも面白そうだな。


 面白そうではあるが、そんなことをすれば不法侵入者として衛兵を呼ばせる絶好の機会になるだけなので、自重した。

 テオを驚かせたいのではなく、ティナについての情報を集めたいのだ。

 個人的な楽しみは、その後である。


 ……前の庭師が消えたことに何かあるんなら……何かあるのは庭か?


 庭師の職場といえば、庭だ。

 庭で知りえた何かが元で、前任の庭師は処分されたのだろう。

 テオの職場も庭なので、庭を調べれば何かあるのかもしれない。


 ……この先はたぶん、城主一族の居住区だな。


 何かないかと庭にある森の中を移動していると、鉄格子で作られた壁を見つけた。

 裏山から見た城の外観と鉄格子の位置を照らし合わせると、南にあるこの一画は城主の一族の寝室や私室のある居住区画だと思われる。

 そのため、侵入者を警戒して庭が鉄格子で覆われているのだろう。


 ……これはさすがに、入り込めそうにねェな。


 早速侵入者おれの臭いを嗅ぎつけたのか、鉄格子の向こうに黒い毛並みの犬が現れた。

 ジッとこちらを見ているのは、敵かどうかの判断がつかないからだろう。

 これが無理矢理にでも鉄格子を越えて中へと入れば、すぐに襲い掛かってくるはずだ。


 ……犬は人間より厄介だからな。一匹ならまだしも、これだけの城で一匹しか番犬がいねーわけもねーし。


 一匹であればなんとかできる気もするが、訓練された犬数匹から一度に襲われては勝てる気がしない。

 鉄格子のむこうは気になったが、危険を冒してまで調べる価値があるのか、まだ少し情報が足りなかった。


 ……一旦戻るか。


 考えている間に鉄格子の向こうの番犬が三匹に増えている。

 無理を推す価値が見えていない以上、今は引くしかなかった。

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