コーディ視点 アウグーン領主カルロッタ 1

「……変だな」


「何がですか?」


 レオナルドの代わりに山賊が傭兵として同乗することになり、ジャン=ジャックがいるとはいえ緊張した。

 レオナルドは信用していたようだが、相手は山賊だ。

 いつ山賊である本来の自分を思いだし、俺たちの寝首を掻きにくるかわからない。


 そんなことを考えて最初のうちは緊張もしていたのだが、山賊とはいえ話してみれば普通の人間となにも変わらなかった。

 必要以上の殺生はしないし、そもそもマルコの山賊団はいわゆる義賊というものらしく、旅の商人や村人相手の略奪は行っていないそうだ。


 ではどこから略奪をする山賊なのか、といえば、評判の悪い領主が治める地へと侵入し、税として納められた後の収穫物を略奪してくるらしい。

 奪った収穫物は一度自分たちのねぐらで保管し、食料の足りなくなった村まで行って炊き出しを行っているようだ。

 こうすれば民は税を納めたということになって、盗みの証拠となる収穫物は村人たちの腹へと入って消化される。


 略奪という手段はどうかと思うが、確かに他者ひとを助けようとしての略奪で、彼らが本当に旅の商人や民を狙わないというのなら、俺が恐れる理由はない。


 変だ、絶対におかしい。何かあるのか。

 なんとも不穏な呟きを洩らしながら、ジミーが荷馬車の中から周囲を警戒している。

 馬で荷馬車の横を併走しているジャン=ジャックは何の異変も感じていないようなのだが、何かあるのだろうか。


「ジミーさん、気になることがあるんなら教えてください」


「……帝国を移動するのに、こんなに山賊に会わないってのは変だ」


「え? いつもこんな感じですよ?」


 どこに不思議に思うことがあるのだろうか、とジミーに聞いてみる。

 ジミーによると、ズーガリー帝国内を移動しているというのに、まったく山賊と出くわさないというのは不自然なことらしい。

 山賊同士であっても移動中に遭遇することがあるぐらいには、ズーガリー帝国には山賊が多いのだとか。

 中には、というか、ほとんどの山賊団はマルコ山賊団のような義賊ではないので、そのたびに争いに発展していたようだ。


 ……そんなに山賊なんて遭遇するものかな?


 エラース大陸を一年かけて一周する行商をしているため、ズーガリー帝国を横断したことは何度もある。

 たしかに山賊に襲われた村や夜営をしたらしい形跡を見つけたことはあったが、実際に襲われたのは先日が初めてだ。

 よくよく考えてみれば運がよかったのだな、と思えるのだが、山賊であるジミーが不思議に思うぐらいには稀なことらしい。


「きっと、旅人の守り神アナトチュの加護ですよ。ちゃんと護符おまもりを荷台に乗せていますから」


 旅路を守護するアナトチュの加護だろう、と言いながらチラリとレミヒオの顔が思い浮かぶ。

 以前に彼からは『正直者は精霊に好かれる』という言葉をもらっていた。

 日ごろ正直な行いを心がかけているつもりなので、きっと精霊が旅人の守り神アナトチュへと口を利いてくれたのだろう。

 間違っても、仮王レミヒオの持たせてくれたお墨付きにとんでもない効果があるわけではないと思いたい。


 ……でも、あの神域の不思議な霧とか体験してると、ありえない話じゃない気もしてくるんだよな。


 なんだか、とんでもなく貴重なものをレミヒオから戴いてしまっているのではないだろうか。

 そう気が付いてしまうと、もらい過ぎている気がして申し訳がない。


 ……今度、何かお礼をしよう。


 クリスティーナのためにレミヒオが動くのは、クリスティーナの人脈だったが、お墨付きは俺が個人的に戴いたものだ。

 個人的なお返しを考えるぐらいはいいだろう。







 アナトチュの護符のおかげか、山賊が不思議がる程に順調な旅程でズーガリー帝国を横断する。

 時折町や村によって商売をすることもあったが、雪のちらつき始める秋の終わりには西向きのアドルトルを紋章として使っていた亡国のあった地域へと到着した。

 次に俺がすることは、商売である。

 ボビンレースの指南書を売りつつ、レオナルドに指定された地域を調べて回るのだ。


 クローディーヌの纏めた資料をもとに、回る順番を決める。

 亡国のあった地域は現在では十六の領地に分かれているが、目当ての紋章が伝わったと記録が残っていたのはこのうちの五つの領地だ。

 帝国へと吸収された時にすべての領地から西向きのアドルトルの紋章は奪われることとなったが、表立って使うことはできなくとも、大切に隠し継ぐことはしているかもしれない。

 

 まずはこの五つの領地を回ってクリスティーナの行方を捜し、それで見つからなかったらレオナルドと合流し、おそらくは情報をイヴィジア王国へと持ち帰ることになるだろう。

 レオナルドはズーガリー帝国に残ると言い出しそうな気がするが、グルノール砦との連絡役はこれからも必要になるはずだ。


 まずは一番近い領地から回ろう、とクローディーヌの指示で一度訪れたアウグーン領へと向う。

 領地の境にある砦へと顔を出すと、前回来た時に顔を覚えられていたようで、名指しで呼び止められた。


「おまえは夏に仮王様の姿絵を売っていた商人だろう。ご領主様から、おまえが来たら招待状を渡すようにと預かっている」


「ええっ!? ご領主様からの招待状……ですか?」


 前回何かやらかしただろうか、と背中を嫌な汗が流れる。

 領主からの招待状など、招待状という名の召集令状だ。

 ただの旅の商人でしかない俺に拒否権などないし、逃げたら追っ手を差し向けられて殺されることもある。


「ご、ご領主様から招待いただくような覚えはない……んですが……?」


「ははっ。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。うちのご領主様はお優しい方だからな。なんて言ってたか……ほら、おまえが売ってた仮王様の姿絵。姿絵の仮王様が綺麗なレースを纏っていただろう」


「仮王様の姿絵……」


 突然の呼び出しに何事かと驚いたが、なんということはない。

 ボビンレースの宣伝をして回ったのは自分自身だ。

 その宣伝効果が現れ、アウグーン領主からの呼び出しに繋がったのだろう。


 今代の仮王の姿絵は俺が売ったものが初めてで、実によく売れた。

 仮王の姿絵が市井へと出回り始めたらしいということで領主の関心を引き、富豪向けに印刷された色付の姿絵を誰かが領主へと献上したようだ。

 仮王の姿絵からボビンレースに興味を持ち、俺が噂としてばら撒いた指南書の到着を待っているとの話だった。


 ……すげぇ。全部アルフレッド様の狙い通りだ。


 順調にことが運びすぎて、少々怖い。

 しかしこのまま順調に進み、アルフレッドが見つけたいオレリアの知人や、クリスティーナ本人が見つかればいいとも思っている。

 幸せすぎて怖いという言葉もあるが、いいじゃないか、幸せなのだから。

 攫われたクリスティーナが無事にレオナルドの元へと帰れるのなら、それを怖がる必要はない。


 領主が待っているので早く行け、と言いつつも兵士はしっかり荷馬車の荷を確認した。

 袖の下など要求されなかったので、ジャン=ジャックは退屈そうだ。

 領主の兵と国境を守る兵とで、こんなにも質が違うのだな、と改めて驚かされる。


「アウグーン領は国境近くと雰囲気が似てンな」


「そうですね。やっぱりご領主様の影響でしょうか」


 砦を抜けてアウグーン領へ入ると、ジャン=ジャックが周囲の様子に少し驚いていた。

 アウグーンは帝都に比較的近い位置にある領地だが、領主がしっかり領地を管理しているためか、それほど荒廃しているようには見えない。

 ここまでの旅程で見てきた町や村とは、民の表情からして違った。


「やあ、コーディ。今回は随分と早い到着だな」


 アウグーン城の城下町へと入ると、知り合いの商人に早速声をかけられる。

 普段は一年かけて大陸を回っているので、夏に商売をした俺が秋の終わりにまたズーガリー帝国にいるということは今までになかったのだ。

 多少不審がられるのは仕方がない。


「……夏に話した指南書が手に入ったんだよ。商人としては売り時を逃すわけにはいかないからな。今年は無理をして逆回りに故郷へ戻ることにしたんだよ」


「ってことは、その荷馬車の中身は噂の指南書か! 少し見せていけよ」


「悪いけど、ご領主様に呼ばれているんだ。商売の話はそのあとで」


「領主様に呼ばれてんじゃ、たしかに俺なんか後回しだな」


 後で絶対に寄れよ、と気のいい商人とわかれて領主の城を目指す。

 普通であれば訪問することさえ許されないような場所だったが、今日は招待状がある。

 まずは街へと到着したことを領主の城の誰かへと告げて、後日改めて呼び出されるのを待つことになるだろう。







 ……いや、最低でも三日は待たされると思っていたんだけどな。


 アウグーン城の裏門へと回って門番へ招待状を見せたところ、一度宿を取って身だしなみを整える間も与えられずに城の中へと招きいれられた。

 領主様は本気でボビンレースの指南書を待っていたらしい。


 侍従を名乗る老紳士の案内で城の回廊を進む。

 せめて髪ぐらい直した方がいいのでは、と迎えに来た老紳士へと訴えたのだが、少しぐらい薄汚れていようが主人は気にしない、と流されてしまった。

 領主に対して失礼があれば、首が飛ぶのは俺の方なのだが、老紳士は考慮に入れてくれないようだ。


「ああ、あなたが姿絵の商人ね。あの綺麗なレースの指南書を仕入れてきたと聞いたのだけど……」


 老紳士に案内された中庭では、上品な微笑みを浮かべた背の高い老婦人が出迎えてくれた。

 品のある姿勢と物言いに、目の前の女性がアウグーン領主カルロッタだと思うのだが、確信は持てない。

 これがイヴィジア王国であればまさしく、と確信できるのだが、ここはズーガリー帝国だ。

 良き領主だと領民から親しまれている老女が、中庭で軽く滲んだ汗を拭いながら畑仕事などしているはずがない。

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