レオナルド視点 帝国の兵士と山賊 2

 ……武器はともかく、あの馬は欲しいな。


 包囲を狭めてくる山賊に警戒しつつ、ズーガリー帝国における盗賊・山賊に対する法へと思考を巡らせる。

 イヴィジア王国であれば、賊の出没した領地とその領地を治める者の裁量に任されることになっていた。

 賊は可能な限り生かしたまま捕縛し、罪状の確認をする。

 更生や情状酌量の余地があれば労役を科すが、それ以外は次の犠牲者を出さないために処刑を行い、さもなければ終身刑として鉱山などで強制労働に科されることになっていた。


 これがズーガリー帝国になると、対応は単純になる。

 労役などで罪を償うということはない。

 賊は捕らえたその場での処刑が認められており、領主の持つ騎士や兵士へと引き渡したとしても斬首刑に処される。

 これにともない、襲われた側は反撃で賊を殺してしまっても、殺人の罪に問われることはない。

 賊を殺してもよい、と言ってしまえば少々乱暴な気がするが、被害者に身を守る権利があるというよりは、賊を取り締まる側の仕事を減らすという狙いがある。

 領主の騎士や兵士が襲撃現場へと到着する前に、自分たちで賊をなんとかしろ、ということだ。

 当然のことながら、戦闘の訓練など受けたことのない民に賊を返り討ちにできる者など少なく、兵士たちが到着する頃には賊は略奪を終えて現場から消え去っている。


 ……手加減の必要はなし、か。


 俺が治める地なら捕縛して罪科に見合った扱いをするが、ここはズーガリー帝国だ。

 俺に賊の裁量権などないし、刑を決めるまで賊たちを拘束しておける場所もない。

 ということは、今の俺が賊と遭遇したのなら、その賊たちに待っている運命みらいは逃げるか殺されるかだけだ。


「一応言っておくが、今なら見逃してやるぞ」


「けっ! 数で勝ってンのに、ケツをまくって逃げるアホがいるかっ!!」


「そうか」


 残念だ、と言い終わるより先に、馬に乗った山賊のおさと思われる男の元へと距離を詰める。

 そのまま真っ直ぐに槍を山賊の喉へと突き刺し、首の骨を折ってやった。

 断末魔の声もない。


 槍に突き刺さった山賊ものを振り捨てる動作で、馬の背から突き上げて他の山賊へと投げてやる。

 長の遺体をまともにぶつけられることになった山賊が一人、驢馬ロバから落ちた。


「降伏か死か、好きな方を選べ」







 襲撃してきた山賊の数が半分ほどに減った頃、面白い話を聞くことができた。

 そのため、わずか二人の傭兵に仲間を半分に減らされた山賊の中には背を向けて逃げ出す者もいたのだが、追いかけて遠慮なく止めを刺す。

 すべての襲撃者が沈黙すると、山賊という脅威は去ったが、別の問題が出てきた。


「さて、どうするか……」


「傭兵としては、退けた山賊の懐を探って……」


「いや、そういう話じゃない」


 襲われた側とはいえ、遺体の懐を探ればこちらが盗賊になった気がする。

 それはそれで問題なのだが、今悩んでいるのは遺体の懐を探るかどうかという話ではない。


「生きている驢馬は売ることも放つこともできるが、山賊の死体をこのままにはできんぞ」


 街道に放置しておけば他の旅人の邪魔になるし、悪くすれば疫病の元にもなる。

 街道を外れて森の中へ捨てるか、街道脇へと埋める必要があるのだが、どちらも三人で行うには重労働だ。

 獣が食い漁って人間の味を覚えてしまう危険性を考えれば、森へ捨てるのなら森の奥へ、街道脇へ埋めるのなら獣が掘り返せないように深く穴を掘る必要がある。


「それこそ、国境の兵士サマにお知らせしますか?」


「イヴィジアならそれでいいだろうが……ここは帝国だからな。言っても来ないだろう」


「違いねぇ」


 山賊たちの言うことには、国境の兵士と山賊は繋がっていたらしい。

 コーディの荷馬車に全財産ともいえる高額商品がある、と国境の兵士から聞き出し、俺たちを襲ったようだ。

 兵士と山賊に繋がりがあるなんて、とは思ったのだが、ジャン=ジャックは逆に納得していた。

 山賊の分け前を与えることで彼らの犯罪を見逃したり、カモになりそうな旅人へと目を付けて教えたりとしていたのだろう、と。


「帝国の兵士は、いったい何から何を守ってるんだ?」


「少なくとも、他国の商人や自国の民じゃねェってことだけは確かっスね」


 そんな兵士がいてたまるか、とは思うのだが、ズーガリー帝国には実際にいるのだから、仕方がない。

 王や貴族の姿勢が違うことは理解していたが、兵の性質までこうも違うとは思わなかった。


「馬は使わせてもらうとして……」


 本当に山賊の遺体をどうしたものか、と続けようとした言葉を飲み込む。

 静かになった周辺にコーディが荷馬車から顔を出そうとしていたのだが、ジャン=ジャックがそれを制した。


 ……帝国にはいったいどれだけ山賊がいるんだ?


 息が潜められているのは判るのだが、街道脇の暗闇から何対かの視線を感じる。

 先ほどまでのような殺気は感じないのだが、こちらの様子を窺っていることは確かだ。

 先の山賊たちが劣勢の折に出てこなかったことを思えば、彼らの仲間ということはないだろう。

 そう考えると、一晩に二つの山賊団に襲われたということになる。


 ……変だな?


 数は先の山賊団よりも多い。

 それなのに、数に任せて襲ってくる様子はなかった。


「こいつらの仲間じゃないんなら、一つ頼まれてくれないか?」


 試しに足元の山賊の遺体を示しつつ、暗闇に潜む気配へと話しかけてみる。

 気配はあるが、殺気はない。

 山賊が獲物を前にしての行動と考えるには、不自然だった。

 獲物へと襲い掛かる以上は、事前に自分たちの存在など知らせる必要はない。

 むしろ気付かれぬうちに背後へと回りこみ、隙をみて一気に襲い掛かるものだろう。


「馬は二頭貰って行くが、他は全部くれてやる。その代わり、こいつらの後始末を任せたい」


 山賊の懐に残る金も、振り回していた斧や鉈も、驢馬も、戦利品と呼べる物のほとんどをくれてやる。

 だから遺体を森の奥へ運ぶなり、穴を掘って埋めるなりの処理をしてほしい。

 そう暗闇に向って言葉を投げると、少しの沈黙の後、足音と共に小柄ではあるが肉付きのいい男が闇の中から姿を現した。


「俺たちは山賊だ。山賊といったら、おまえたちを殺して全部奪うものだ」


「まあ、確かにその通りだ……うん?」


 やはり戦闘になるのか、と半分諦めかけて槍を握り直し、すぐに違和感に眉を顰める。

 なんとなく、聞き覚えのある声だった。


 ……誰だ? 山賊に知人などいないはずだが。


 訝しげつつ、目をすがめる。

 闇の中から出てきた男の顔が、月明かりに照らされた。

 髪は剃っているのか見事な禿頭とくとうで、目の色は判らない。

 しかし、その顔つきは判別することができた。


「……なぜ、貴方が」


 月明かりに照らされた男の顔に、つい素が出てしまう。

 意識して粗野な言葉遣いをと思っていたのだが、これは仕方がない。

 コーディが年上に対してなかなか砕けた口調で話せないというのと同じだ。

 俺にとっては反射的に言葉遣いを改めてしまう相手。

 ヴィループ砦時代に教官として剣術を教わった元黒騎士が姿を現した。







 積もる話は場所を変えて、ということになり、禿頭の山賊の案内で荷馬車を移動させる。

 先の山賊たちの遺体は、暗闇に潜む他の山賊たちに任せられることとなった。


 禿頭の男は、かつてヴィループ砦で教官を務めていたマルコという男だ。

 教官を務めていた時点ですでに黒騎士を引退していたのだが、まさかズーガリー帝国へ渡って山賊になっているとは思いもしなかった。


 道すがらそんな話をすると、マルコは朗らかに笑う。

 その顔は、ヴィループ砦で見たものと少しも変わらないものだった。

 

 マルコは笑いながら、ヴィループ砦での仕事を辞してからの話を聞かせてくれた。

 現役時代の戦で国境線が変わり、故郷がズーガリー帝国領となってしまった。

 若い頃に故郷を出て黒騎士となり、あまり思い入れのない故郷ではあったが、歳をとるとやはり両親や兄弟の様子が気になってきたのだとか。

 そして二度とイヴィジア王国の土を踏まないことを条件に国境を越え、戻った故郷で帝国民となった者たちの現状を知ることとなった。

 俺がここまでの旅程でイヴィジア王国の町や村との違いに驚いたように、帝国へと渡ったマルコも驚いたらしい。


「帝国とイヴィジアの違いに驚くのはわかるが、それがどうして山賊に?」


「俺だって、なにも一年中山賊をしているわけじゃねーよ」


 明かりの灯らない廃村へと案内されて、馬を家畜小屋へと繋ぐ。

 見るからに人のいない廃村と判るのだが、ところどころ手入れをされているのは、マルコたちが使っているからだろう。

 どういった場所なのか、と聞いたところ、領主の厳しい税の取立てに、ついには村人が絶えてしまった村らしい。

 陽の昇った時間に見れば、畑には雑草が伸び放題になっているそうだ。


「一年のほとんどは故郷で畑の世話をしている。山賊になるのは……収穫の終わった秋と冬、それからおまえの親友に頼まれごとをした時ぐらいだな」


「……そうか。帝国にいる情報源というのは、貴方のことだったのか」


 時折アルフレッドはズーガリー帝国内の情報を拾ってきたり、売られたテオの行方を帝国領内まで追いかけたりと、謎の情報網を持っていた。

 このあたりはかつてイヴィジア王国であったため、今でも多少の繋がりがあるようなことをアルフレッドが言っていたが、それがマルコの存在だったのだろう。

 元黒騎士で、今は帝国内に暮らしている。

 連絡手段さえ用意できれば、立派な間者のできあがりだ。


「今年もそろそろ山賊家業を始める時期かと思ってたところだが、おまえの親友から知らせがあってな。手を貸してくれってんで、とりあえず顔を見せに来た」


 早速山賊に襲われているところへ出くわし、助けに入る間もなく二人で山賊を叩きのめしたことには、さすがに呆れたようだ。

 俺の軍神ヘルケイレスの化身という異名はズーガリー帝国内でも有名ではあったが、あくまで誇張されたものだろう、とマルコは思っていたらしい。

 誰かを守りながら、たった二人で二十人の山賊を相手にできるとは思っていなかったようだ。


「剣の構え方も知らなかったガキが、デタラメに強くなりやがって」


「デタラメでなかったら、砦を四つも預けられたりしませんよ」


「……その砦を四つ預かってる、ってのもガセじゃねーのか」


「事実ですね。グルノール、レストハム、マンデーズ、ルグミラマの四つの砦を預かっています」


 ついでに言えば、一度だけ王都の闘技大会で優勝したこともあるのだが、わざわざ追加するほどの情報ではないので黙っておいた。

 俺が黒騎士でいる限り、白銀の騎士で最強の座につこうとも、なんの関係もないのだ。


「とはいえ、いくらおまえがデタラメに強くても、目玉は二つだ。連れを入れても六つだな。探しモンをするにゃ、ちと人手が足りねぇだろう。俺との連絡係をつけてやるから、好きに使え」


 山賊として何年も連れ回しているため、土地勘はあるはずだ、とマルコが紹介してきたのはジミーという大男だった。

 一見すると連絡係というよりは斧でも振り回していた方が似合う大男なのだが、足が速くて重宝しているらしい。

 薪割りよりも繕い物が得意だという、心優しい大男なのだそうだ。


「……山賊は身軽ですか? 例えば、国中を歩き回る場合に」


「身軽だな。騎士のような規律がないという意味でも、しがらみがないって意味でも、身軽なもんだ。あちこちの領地を跨いでホイホイ移動できる」


 傭兵に化けたのは、その方が商人について国境を越えるのに不自然はないと思ってのことだったが、一度国境を越えてしまえば傭兵として商人についているよりも山賊になった方が動きやすそうだ。

 ズーガリー帝国では、山賊は捕まればまず処刑されるが、そもそも捕まる予定はない。

 俺はティナの行方について調べたいだけで、町や村を襲う必要はないのだ。


 ……しかし、騎士が山賊になるというのも。


 ティナのためなら手段は選びたくないが、普段が取り締まる側であるため、目的のための手段とはいえ自分が山賊に身を落とすことには抵抗がある。

 そちらの方が身軽に動けるとは思うのだが、胸を張ってイヴィジア王国へ帰れなくなる気がするのだ。


 ……いや、ティナを取り戻さない限りは帰る気がないんだから、同じことか。


 内心で葛藤らしい葛藤はあったのだが、結局はティナだ。

 騎士としてはどうかと思うのだが、誰かを助けられる騎士に憧れて騎士を目指した。

 妹一人を助けられずに、なにが騎士というのか。

 それに、騎士になるという意味では俺の夢は叶っている。

 騎士のあり方というものに執着し、家族ティナを見失いたくはない。


「んじゃあ、俺が山賊として好きにやらせてもらいやす」


「いや、山賊には俺がなろう。おまえはコーディの護衛を続けてくれ」


 逡巡する俺に、ジャン=ジャックが気を遣ったようだ。

 自分が山賊として動くと言い始めたので、これを制する。

 俺よりはジャン=ジャックの方がむいているとは思うが、ジャン=ジャックの場合は一度山賊として野に放てば、そのまま本物の山賊になりかねない。

 こちらとしては、ティナを取り戻せればそれでよく、犯人に対して報復をしたいとも思ってはいるが、無関係の帝国の民にまで報復が及ぶような真似をしたいとは思っていなかった。

 それに、いざ兵士と対面するような場面があったとして、顔が割れ難いのはやはりジャン=ジャックの方だろう。

 隠れて行動をするのなら、俺が隠れた方がいい。







 マルコが利用している廃村を、いざという時の拠点として扱う。

 何かあったとしても、とりあえずこの廃村へと辿り着ければアルフレッドへと連絡を入れることができるのだ。


 ジャン=ジャックとコーディの乗った荷馬車を見送った後、マルコ同様、元はイヴィジア王国の民だという山賊を率いて、帝国領内を移動する。

 なかなか自分の目で確かめることができる場所ではないので、情勢を窺うことも忘れない。

 木陰から遠巻きに見る村々は、飢饉などここ数年はなかったはずなのだが貧しかった。

 時折山へ入って木の実や山菜を探している子どもの姿を見かけることもあったが、手足には骨と皮しかないガリガリに痩せた子どもだ。

 貧しい村だからこうなのかと思えば、ここはまだマシな方らしい。

 普通は都から離れた町や村の方が目が届かなくて寂れていそうなものだったが、ズーガリー帝国では逆だ。

 帝都に近い町や村ほど搾取される。

 近いところへとより重い税を課し、税を払えない民が奴隷として売られたり、出稼ぎとして鉱山へと送られたりする。

 そうして村から人がいなくなると、今度は少し離れた土地から強制的に人を連れてくるらしい。

 こうやってズーガリー帝国では民が使い捨てにされ続けている。


「初代の皇帝は、なんで帝都をあんな場所に作ったんだ?」


「さぁな。おエライさんの考えることだ。俺たちみたいな山賊に解かるわけがねーよ」


 ズーガリー帝国の帝都トラルバッハは、エラース大陸のほぼ中央、エラース大山脈の中腹にある。

 夏でも雪が解けきらない、街を作るにはむいていない土地なのだが、ズーガリー帝国がほぼ今の大きさになった二百年前にエラース大山脈へと遷都され、以来代々の皇帝がそこに住んでいた。

 少し考えただけでも判るが、都をエラース大山脈から移動させるだけでも、暖房にかける費用が浮き、税は抑えられるはずだ。

 税が抑えられれば、それだけ民の生活が楽になる。

 イヴィジア王国ではすぐにでも取られそうな対策だったが、ズーガリー帝国では二百年も変わらず無駄に税と薪を消費していた。


 ……本当に、為政者が違うだけで、こうも違いが出るんだな。

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