レオナルド視点 王都の近況と山賊の親分
冬に向かい、ズーガリー帝国では食料が商品として歓迎される。
そのため、指南書とボビンレースの実物見本を詰めた木箱一つ以外は、すべて保存用に加工された食品が商品として詰め込まれた。
ズーガリー帝国へはコーディに雇われた『傭兵のジン』として同行することになっているので、それらしい装備を整える。
黒騎士の装備は個々に鍛冶師と相談して作るため、色以外に決まりはない。
そのため、色を変えるだけで黒騎士の鎧とはいえなくなるのだが、それでもやはり騎士の装備だ。
傭兵が纏うには、整いすぎた物だった。
鍛冶師と相談しつつ、傭兵が纏っても違和感のない程度に簡易な鎧を用意していると、王都からアルフレッドが帰還する。
往復に掛かる日数を考えれば、ほとんど行って帰ってきただけだろう。
「……新婚なのに悪いな。ゆっくりする時間もなかったんじゃないか?」
「そもそも時期が時期だと承知で行ったことだ。おまえが気にする必要はない」
ティナを取り返したら改めて新婚生活を楽しめばいい、とアルフレッドは笑う。
アルフレッドのことなので、本気で割り切ってこう言ってくれているとは思うのだが、妻となったアリエル姫は本当にこれでいいのだろうか。
……ティナを取り戻したら、俺からも詫びを入れさせてもらおう。
一度は婚約破棄された娘という汚名を被り、それでも待ち続けたアルフレッドとの結婚だ。
アルフレッドに対して何も言わなかったとしても、思うことは少なからずあるだろう。
アルフレッドに任せておけば間違いはないと思うが、だからといって見ないふりはしたくない。
「王都の近況といえば、フェリシア姉上が懐妊していて大変そうだった」
主に、婿となったエラルドが。
フェリシアの婚礼については相手も日取りも、ボビンレースの宣伝のために最大限利用させてもらおう、とアルフレッドが独断で決めてしまった。
フェリシアは最初からエラルドに決めていたようなのだが、エラルドの方は王女の相手が自分でいいのか、といまいち踏み切れずにいたのを知っている。
それをアルフレッドが問答無用で結婚させたわけだが、とりあえずは問題なく、上手くいっているらしい。
新婚早々に子どもができるほど順調だとは思わなかった。
というよりも、夫婦になったからには可能性として当然有り得たことなのかもしれないが、あのフェリシアが懐妊と聞くと、なかなかに感慨深いものがある。
ティナに丸め込まれてここ数年は布面積が少ないとはいえ服を着ていたが、フェリシアは出会った頃は服を着ない王女だった。
俺の目には奇行にしか映らなかったのだが、フェリシア曰く、天に与えられた己の美貌を布で隠すことは神への冒涜に等しく、己の美貌を世に晒し続けることこそが神の愛に応えることになるのだとかなんとか。
そんなフェリシアが、子どもを持つ母親になるということがピンと来ない。
「フェリシア様は、懐妊されてもやはり、その……?」
「腰を冷やしてはいけない、と医師と薬師と夫と母上から懇々と言い聞かせられたようだ。子を産むまでは、と美の神フィンアリーに与えられた美貌を布で覆い隠すことを詫びていたよ」
「……相変わらずなようだな」
なにはともあれ、おめでとう、と祝っておく。
ティナが二年も世話になったフェリシアだ。
その幸せを願い、祝うことは、ティナの兄として当然のことだろう。
「あと、これはディートフリート経由で聞いた話だが……」
ディートフリートとアリスタルフを介して、最近のベルトランの様子が判ったようだ。
どうやらベルトランは、本当にズーガリー帝国へと旅行に出かけたらしい。
古い知人を訪ねるという名目で国境を越え、しばらくは知人のいるレーベラン領へ留まるようだ。
その後は観光と称して帝国領内を巡る予定だ、とアリスタルフに伝え、留守の間が不安であれば、と自身の館へソフィヤを招いたのだとか。
「話だけ聞くと、ソフィヤ殿がアリスタルフの家に戻って、元の鞘に収まったようだが……」
「実家の方は、まだ怒っているな。死別した夫のことは忘れて再婚せよ、と一方的に婚家を追い出しておいて、都合のいい時だけ娘を呼び出すなど、と」
「……まあ、当然の反応だろうな」
これについてはベルトランの責任だと思うので、実行の是非はソフィヤに任せるとして書類を揃えて置いてきたらしい。
都合のいいことに、ベルトランは妻を亡くしていて、ソフィヤは夫を亡くしている。
書類上だけでも二人が夫婦になれば、ソフィヤの実家としては文句もないはずだ、と。
「それはそれで、あとで違う問題が起こりそうなんだが……」
「その時は、今度こそ話し合えばいい。すべては、最初にベルトランが一人で決めたことが原因だからな」
これがきっかけでソフィヤがベルトランの子でも産めば、功爵の二代目が誕生だ。
孫のアリスタルフが跡取りとしてやっていけなくとも、まだ子どもと次の代までは功爵でいられることになり、ベルトランがティナに拘る理由も弱くなる。
問題があるとすれば、死んだ息子の嫁と思っている女性と、死別した夫の父親と思っている男性を伴侶とすることに、それぞれに多少どころではない葛藤があることか。
「……それで丸く収まってくれるといいのだが」
「まあ、こればかりはなんとも言えないな」
未来のことは判らないが、母親が戻って来たことをアリスタルフは喜んでいるようだ。
ベルトラン周辺が落ち着いたのなら、もう一度ティナにベルトランとの関係修復を考えさせるのも良いかもしれない。
「神王領クエビアにいるクローディーヌ様が詳しく調べてくださったんだが……」
コーディが持ち帰った情報をアルフレッドへと聞かせつつ、そろそろ現地へ俺も乗り込みたい、と相談をする。
ランヴァルドはもう十分に俺の代わりとして振舞えるし、変装の準備も整っていた。
ある程度は捜索範囲も絞れてきたので、とにかく現地へ行きたい。
外から情報を集めるにしても、そろそろ限界だろう、と。
「……おまえの我慢も限界か。現地へ乗り込むにしても、拠点はどうする? コーディは常に移動をしているから、こちらからの連絡は送れないぞ」
「ズーガリー帝国には、おまえの謎の情報網があっただろう。それは使えないのか?」
「使えないことはないが……」
情報網はあるが、彼らには彼らの生活がある。
時折情報を集めてもらうような使い方はできるが、常に連絡用として俺へと付けておくことは難しいようだ。
確かに、自分の生活がある者を、移動を続けることが判っている人間との連絡係に使うことなどできない。
「何かいい場所を見つけたら、こちらから連絡をする。オレリアのボビンレースを持つ人間が見つかれば協力も得られるだろうが……見つからなかったら、一度コーディと戻ってくる」
コーディは旅の商人として帝国領を移動し、俺はその護衛として同行するのだ。
帝国へと入国するコーディに付いて入り、出国の際に一緒にいたとしても不思議はない。
「おまえのことだから、拠点になる場所が見つからなくても、帝国内に留まってティナを探すんじゃないか?」
「……実は俺もそんな気がしている」
慎重に行動するように、とアルフレッドから釘を刺されたが、ようやく俺の出立についてのお許しが出る。
グルノール砦を任せるついでのようにセドヴァラ教会の不審な動きを伝えたところ、アルフレッドはいい笑顔で対処を引き受けてくれた。
やはりセドヴァラ教会への対処は、アルフレッドに任せるに限る。
……いや、今はアルフか?
セドヴァラ教会がなにかと弱みを握られていると考えているのは、副団長をしているアルフの方だ。
アルフレッドとアルフの中身が入れ替わっているのだから、セドヴァラ教会への対処は今のアルフがした方がいいのかもしれない。
セドヴァラ教会にとってどちらがいいかと言えば、おそらくはアルフレッドに対応される方が甘い結果になるだろう。
これまでのアルフと同じように振舞う今のアルフは、アルフレッド以上に厳しいところがあった。
見栄えよりも質を、質よりも丈夫さを求め、分厚い外套を着こんで荷馬車へと乗り込む。
傭兵らしく見えるように、と用意した簡易の鎧は、鎧というよりはただの胸当てだ。
防御力という意味では、少々心許ない。
とはいえ、騎士の鎧のようにあらゆるところを保護しようとすると、どうしても傭兵には見えない
防御面で不安があろうとも、簡易な鎧には意義があるのだ。
護衛として乗り込むため、御者席のコーディの隣へはジャン=ジャックと交代で座ることになる。
グルノール砦についてはアルフレッドとアルフに任せ、メール城砦へと移動すると、すでに話を通してあったユルゲンが俺たちの姿に笑った。
ジャン=ジャックは似合いすぎ、俺に至っては傭兵というよりは山賊に見える、と。
「山賊は酷いだろう。これでも綺麗すぎず、汚れすぎない、絶妙な傭兵姿のつもりなんだが……」
「人相を隠すため、ってのは判るんですが、伸び放題の髪と髭のせいで、絶妙に傭兵というよりは、
粗野に、と言われて少し考える。
思えば騎士になるため意識して言葉を改めていたので、子どもの頃には自然に使っていた言葉遣いが思いだせない。
多少腕白とはいえ、普通の子どもではあったので、違和感があるほど丁寧なしゃべり方などしてはいなかったはずだ。
「おう、チャック。今日から俺様のことはジン親分と呼べっ!」
「へい、親分!」
山賊に見える、と言われたので、山賊らしく粗野な口調でしゃべってみる。
即座に違和感のない返事をしてきたジャン=ジャックは、さすがというべきか、こちらが素なのか。
……いや、素もなにも、普段どおりだな。ジャン=ジャックは。
貴族を相手にする時や、指令系統として明確な上下関係が必要な場では口調を改めてくるが、それ以外の場でのジャン=ジャックは普段どおりに粗野な言葉を使っている。
よく考えれば、ジャン=ジャックはしっかりと言葉遣いを使い分けていたのだな、と妙な感心もした。
……まあ、なんとかなるだろう。
言葉遣いに困ったらジャン=ジャックを手本に、と言うユルゲンに、それはそれでどうなのか、と返しておく。
たしかに、これから向かう帝国領では必要になるのだろうが、故意に粗野な言葉遣いをする、というのも抵抗がある気がした。
「それから団長。剣を持って行くってんなら、こっちのをどうぞ」
「騎士が持つような質の剣を、傭兵が持っていたらおかしいだろう」
傭兵が持つものとして、と故意に質を落とした小剣が心許なく見えたのだろう。
そっと自分の剣を差し出してきたユルゲンに、無骨だがいい物だぞ、と小剣を見せる。
普段から俺が使っている剣を思えば不安になるのも解らないではないが、傭兵としての俺の獲物は槍だ。
荷物を狙う山賊や盗賊から距離を取って身を守りつつ、敵を倒す。
小剣は、槍が使えない間合いへと敵に飛び込まれた時の保険だ。
他にも、左の篭手には小さな盾が付いているし、その裏にはナイフが隠されている。
拳での戦闘もできるよう指部分の保護がとりわけ頑強に作られていて、防御面では心許なく見える鎧を身に付けていたが、攻撃面では意外に油断のできない装備をしていた。
俺が傭兵ならこういう装備を選ぶ、という最良を考えた結果がこれだ。
一見防御は甘く見えるが、守るべき心臓や両手両足はしっかり篭手や鎧に守られている。
攻撃方法として主軸に選んだのは相手との距離が取れる槍で、近接用の小剣や隠しナイフを仕込んでもいた。
最終的には拳だけでも戦えるように、と篭手の増強も忘れていない。
「荷馬車を守る傭兵としては、こんなものだろう」
「むしろ、やりすぎな気がしますけどね」
普通の傭兵にはもう少し隙のようなものがある、とユルゲンは肩を竦める。
隙というよりは、装備面での穴だ。
俺は丈夫なものを選んだつもりなのだが、そもそも丈夫なものという条件からして普通の傭兵にとっては値が張る。
胸当て程度の面積の少ない鎧とはいえ、用心に用心を重ねた武器類はやりすぎらしい。
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