レオナルド視点 馬車の行方と潜入のための下準備

「それにしても、よくフェリシア様が使える大きさのレースが用意してあったな。ティナのものにしては大きすぎるだろう」


「ティナお嬢様の花嫁衣装に使っていただこうと織っていましたので……あと二人まででしたら、王族の婚礼に出せるボビンレースがございます」


「気が早いにも程がある」


 ティナの花嫁衣装など、必要になるのはまだ数年は先のことなのだが、今回はこの気の早さが役に立った。

 春から秋までという半年しかない期間では新たにレースを織り上げることができず、フェリシアの婚礼衣装に使ったボビンレースをアルフレッドの婚礼でも使いまわすことになるかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。

 アルフレッドの花嫁には、また違ったデザインのボビンレースを身に纏ってもらうことができそうでなによりである。


「あと二人まで、というのは?」


「アリーサの作ったもの、私の作ったもの、イリダルとカリーサの作ったものの三着分のレースが用意してございます」


 フェリシアに送るボビンレースは、アリーサが織り上げたものらしい。

 成人したティナを想定して作られたボビンレースは、それぞれに意匠を変えて作ったようだ。

 一番大人びた図案のレースが、アリーサの作ったものであったのだとか。

 サリーサが作ったレースは華やかさ重視で、イリダルとカリーサの合作になったレースは図案と技巧が凝らされているらしい。

 技巧に凝られたレースとなれば、それこそアルフレッドの花嫁となる人物に送るべきだとは思うのだが、カリーサが作ったとなるとティナのために取っておいてやりたくもある。

 どうしたものかと後日アルフレッドに相談したところ、アルフレッドはサリーサの作ったレースを選んで婚約者へ送るようにと手配をした。

 現在作れる最高の技巧をもって作られたボビンレースなのだが良いのか、と俺に聞かれたアルフレッドの答えは簡潔なものだった。


「私の花嫁には、こちらのレースが似合う。それだけの話だ」


 ティナに気を遣ってくれただけなのか、惚気のろけだったのかは謎だ。

 ボビンレースを広めるための広告塔として使うと言っていたはずなのだが、アルフレッドが選ぶのは最高の技巧を凝らしたものよりも、花嫁をより引き立てるレースであったらしい。

 なんだかティナのために通常では考えられないような速度で王族二組の婚礼準備が進んでいくのだが、準備できるうちで最高のものを、とはアルフレッドも考えているようだ。


 ……アルフレッドの花嫁には、一度謝罪と礼を言っておいた方がいいな。


 女性にとっては一生に一度の婚礼を、このような形で早急に進められてしまっては、いろいろ不満もあるだろう。

 そう思って今度はアルフへと相談したところ、アレはそんなことを気にするような女ではない、と言い捨てられた。

 アルフレッドとアルフが入れ替わったことに巻き込まれ、婚約者を裏切った令嬢だの、今度は王子から婚約破棄された令嬢だのと、心無い噂に晒されながらもアルフレッドを待ち続けた一途な女性、と勝手に思っていたのだが、どうやら物語のヒロインのような姫君ではないらしい。

 どちらかといえば女傑だ、と言うアルフの後ろで、ソラナがコクコクと力強く頷いていた。







「コーディに任せた手紙の返事が来たぞ」


 商人ならば俺や黒騎士よりも楽に国境を越え、ズーガリー帝国に潜り込める。

 アルフレッドがそう言って帝国へと向かうコーディに手紙を託していたのだが、情報源として使っている人間から無事に連絡が届いたらしい。

 以前は我が国の領土だった現・ズーガリー帝国領の町や村の住人の協力らしいのだが、気軽に帝国へと乗り込めない身には非常に心強い味方だ。


「以前アーロンが怪しいと言っていた商人の馬車があっただろう。あの馬車について調べさせたのだが……」


 この馬車が怪しい、と目を付けた時にはくだんの馬車が国境を越えて時間も経っていたし、特徴らしい特徴のない馬車であったし、と捜索は困難を極めたようなのだが、それでもなんとか情報を見つけてくれたようだ。

 小さく折られた手紙を広げると、遊戯盤を商品として運んでいた商人の馬車の足取りが書かれていた。


「国境を越えてすぐに商品を売った形跡はなし、と」


「まあ、そのぐらいは予想できる範囲だな。国境を越えてすぐにあるのは小さな町や村だけだ。遊戯盤のような娯楽道具を買うような層の人間はいないだろう。問題はもう少し後だ」


「もう少し後……となると、ここか」


 街道に沿って馬車の目撃情報が綴られているのだが、道中の町や村で商売をした様子はない。

 しかし、宿場町に寄ったところで、一行には変化があったようだ。

 一行の泊まった宿屋の子どもが不思議に思って記憶し、それを外で洩らしたものを情報として拾い上げたらしい。


「夜が明けて出立する時に、馬車へ乗り込む人数が二人増えていた、か」


 子どもの証言だけでは、とこのあたりを詳しく調べてくれたようだ。

 商人を装ってはいたが身なりから貴族と判る男に係わり合いたくない、と宿屋の主人は当初言葉を濁していたようなのだが、金を握らせたら少し口が軽くなったらしい。

 増えた人間は馬車の隠しに入れられており、夜のうちに部屋へと運び込むのを手伝わされたようだ。

 一人は男物の服を着てはいたが若い女で、もう一人は少年か少女かも判らない子どもだったらしい。

 顔つきで性別ぐらい判りそうなものなのだが、その子どもは包帯と毛布でグルグルに巻かれていて、口ぐらいしか見えなかったようだ。

 そのくせ、商人を自称する男の説明としては「長旅で体調を崩し、病にかかっている」と言っていたらしい。


「……包帯をした人間がいたら、普通は『怪我をした』と言わないか?」


「普通はそう思うが、帝国は貴族と平民の身分差が我が国よりもはっきりとした国だ。適当な答えを言っても、平民はそれをそのまま受け入れるしかない」


 むしろ、故意にあべこべなことを言ったのだろう、というのがアルフレッドの感想だ。

 宿屋の主人の客人に対する口の軽さを確認したのかもしれない。

 貴族の言うことだから、とそのまま飲み込んで受け入れる人間か、そうでないかの確認でもあったのだろう。

 事実として、客観的に綴られた事柄を読んだだけでも俺たちには疑問が湧いてくるのだが、宿屋の主人はこれで納得したようだ。

 というよりも、下手に指摘をして、貴族の不興を買うことを恐れたのだろう。

 誰だって、面倒ごとには極力近づきたくはない。


「さすがにこれ以上は追えなかったようだが……、これでクリスティーナが帝国へ連れて行かれたことは確定と思っていいだろう」


「よし、帝国へ殴りこ……」


「そのための下準備をしているのだから、焦るな」


 まだティナが連れ攫われた方角が確定しただけである、とアルフレッドは言う。

 帝国へと連れ出されたことが判っただけで、帝国を抜けてクエビアに向かった可能性もあるし、帝国内に留まっているとしても、広い帝国領内のどこにいるのかまでは判らない、と。


「一応確認をしておくが、クリスティーナを迎えに行くのは……」


「もちろん、俺が行く。足腰にも、体力にも自信があるからな」


 大切な俺の妹を迎えに行くのだ。

 他人ひとの手はいくらでも借りることになるだろうが、まず自分でも動きたい。


「……おまえが行くのなら、まだまだ情報が必要だな。おまえの顔は帝国にも知っている人間がいる。クリスティーナが捕らわれている場所が判れば、行って帰ってくるだけの最小限の行動もできるかもしれないが、これはほとんど不可能だ」


 帝国の領土が広すぎて、人目ひとめを避けてただ移動をするだけでも何ヶ月とかかるだろう。

 隠れての移動といっても、いずれ誰かしらの目に留まって噂になるだろうし、食料を確保する必要や情報を求めて他者ひとと接する必要も出てくる。

 完璧に隠れて行動することは不可能だ。

 ただの村人や子どもに見つかるぐらいなら問題はないかもしれないが、そこから兵士へと通報されて俺の顔を知っている人物に出てこられては困ってしまう。


「俺がそのまま乗り込むのは、難しそうだな」


「そのための叔父上だ。存分に役立っていただこう」


 雰囲気が俺に似ているランヴァルドがグルノール砦に居れば、俺が帝国内で見つかったとしても、『黒騎士レオナルドは、イヴィジア王国内にいる』と認識されて、俺が密やかに国境を越えるわけがない、と別人を名乗ることができる。

 国内では勇名を馳せているが、隣国では悪名を馳せる俺だ。

 黒騎士を密かに送り込んでくるなど、イヴィジア王国から帝国への先制攻撃とみなす、と新しい戦争の火種にされかねない。

 ティナを攫ったのは帝国である、と俺たちは考えつつあるが、まだ帝国が国ぐるみでティナを攫ったのか、帝国内の誰かが個人で攫ったのかの判断はついていないのだ。

 下手な真似をして、戦争の火種になどなるわけにはいかなかった。


 ……本当に、まだまだ情報が足りないな。


 密かにイヴィジア王国へと入り込み、誰にも気づかれずにティナを連れ出されてしまったのだ。

 こちらも密かに行動し、誘拐犯が気づく前にティナを取り戻したい。


「しかし、ランなんちゃら様には近頃頼ってばかりだな」


 ティナの素描デッサンを大量に描かせ、王都で指南書の印刷に関わったということで、グルノールのメンヒシュミ教会へも協力をしてもらっている。

 この上で俺の身代わりまでさせるとなると、少し甘えすぎている気がしないでもない。


「全部片付いたら、何か礼をしよう。……そういえば、探しものをしているのだったか?」


 探しものを手伝うのも、いいかもしれない。

 単純にそう思ったのだが、ランヴァルドの探しものはティナの発言によると『ランヴァルドが届けたい先に届いている』とのことだった。

 本来ならば、すでにランヴァルドが探しものを続ける必要はないらしい。


「……おまえ、先日ランなんちゃら様の欲しがっている情報を出し渋ったら拗ねられた、と言っていなかったか?」


「言ったな」


「探す必要がない、と判っている情報を伏せて、働かせているのか……」


「その情報は確かに伏せたが、餌も目の前にぶら下げているから、問題はないだろう」


 ランヴァルドの労をねぎらいたいと思うのなら、ティナにされて嬉しいと思うことをしてやれ、と続いたアルフレッドの言葉に首を傾げる。

 ティナに「ありがとう、レオナルドお兄様」と可愛く微笑まれたら、それだけですべての疲れが吹き飛んでいく自信があるが、ランヴァルドが俺に「ありがとう、ランヴァルドお兄様」と言われても嬉しくはないだろう。

 俺にはティナのような可愛げはないし、家族からのいたわりの言葉という特別感もない。


 ……家族、か。


 以前にチラリと頭を過ぎったことが思いだされる。

 ランヴァルドは俺の両親のどちらかと繋がりがあるのだろう、と思った。

 アルフレッドがそのことを言っているのだとしたら、アルフレッドは俺とランヴァルドの間に何かがあると知っているのだろう。


 ……うん? となると、ランヴァルド様の探しものは俺か?


 そう考えれば『目の前にぶら下げた餌』というのも、俺ということになる。

 俺にランヴァルドを口説けといったのも、アルフレッドの仕入れた情報において俺がランヴァルドに対して有効であると知っていたのだろう。

 あれからランヴァルドには何度か会うことがあったが、いつだって彼は俺に好意的だ。


「おまえの身代わりは叔父上でいいが……おまえも多少は見た目を変える必要があるな」


「じゃあ、前髪でも下すか」


 実力主義の黒騎士内において、若すぎる年齢で騎士団長となった俺は少しでも年嵩に見えるようにと前髪を後ろへと流して額を出した。

 これが功を奏して当時は二十代後半に見えると言われていたのだが、引き取ったばかりの頃のティナには顔が怖いと不評だったのを覚えている。

 俺の顔に驚いて泣き出したあと、照れ隠しにティナが髪をかき混ぜて前髪を下していた。

 これならば怖くない、と。


「たしかに前髪を下すだけでも印象は変わるが……少し髪を伸ばすか」


 ついでに髭でも生やせばかなり顔つきが変わるぞ、と言われて帝国へと連れていく面子を考える。

 俺が顔を変える必要があるように、帝国内で知られていない顔ぶれを選んだ方がいいだろう。

 目立つわけにはいかないことを思えば、連れていけるのは少数精鋭だ。

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