レオナルド視点 金のペンダント

「メール城砦とワイヤック谷の中間あたりにある町で見つけたのですが……」


 そう言ってメール城砦へと送られていた黒騎士が持ち帰ってきたのは、見覚えのある金のペンダントだった。

 ペンダントトップの側面にある溝へと爪を差し込んで開くと、中から俺の横顔が彫り込まれたカメオが出てくる。


「ティナのペンダントだ。これをどこで見つけたと?」


「ブロワです。古物商で売られているのを見つけ、団長の顔が彫られていることを不審に思い、持ち帰りました」


 ブロワは街道沿いにある小さな町だ。

 馬車で移動する商人たちにとっては距離的に丁度いい宿場町として栄えている。

 これといって有名な産業はないのだが、宿場町として商人たちの落としていく金があるため、村というほど小さくはなく、街と呼べるほどの大きさでもない。


「店主から入手経路は?」


「売りに来た人間の情報は洩らせない、と最初店主は渋っておりましたが、ペンダントは盗まれた物ではなく、誘拐された少女の持ち物の可能性があると伝えたところ、証言が得られました」


 ティナのペンダントを売りに来たのは、町の外れに住む少年だった。

 子どもが金のペンダントを持ち込んだため、店主も不審に思って事情は聞いていたようだ。

 その古物商は、以前ジャン=ジャックが利用した古物商よりは綺麗な商売をしているつもりか、ただの保身のためかは判らないが、盗品を警戒して少年から入手経路を確認している。


「本人もすぐに見つけ出せたので、直接話を聞いてきました。少年が川で釣った魚をその母親が料理の際に腹を開き、胃袋の中からペンダントが出てきたそうです」


 魚の腹から出てきたものなので誰の持ち物でもない、と少年は判断し、綺麗なペンダントだったので売れるだろう、と古物商へと持ち込んだという話だった。

 大きな魚が釣れたと少年は自慢してまわり、少年の家族だけでは食べきれないということで切り分けた魚を近所へと配っている。

 切り分けられる前の魚を見に来た何人かの人間からも、魚の腹からペンダントが出てきたという確認はとれていた。


「魚を釣った場所へも案内させましたが、他にこれといって見つけられませんでした。川とブロワ周辺へ人員を割いてもう少し調査したいところでしたが……」


「あのあたりはレストハム騎士団の管轄だな」


「はい。ですので、メール城砦のユルゲン殿へ報せを入れておきました」


 団長が同じ人物とはいえ、グルノール騎士団とレストハム騎士団では管轄が違ってくる。

 グルノール砦から遣いで出した黒騎士では、ブロワ周辺を詳しく調べることも、現地の兵士や黒騎士を使うこともできない。

 俺の答えが判りきっているとはいえ、一応団長である俺とレストハム騎士団・副団長の指示を待って、レストハム騎士団が調査を行う必要があった。


 報せを受けてブロワ周辺を調べたレストハム騎士団からの報告書は、それから十日ほどして届けられた。

 川の少し上流にある森の中に、焚き火をした形跡が発見されている。

 その近くに不自然な土の掘り返しを見つけ、掘り返したところ変形した白騎士の制服のボタンが発見されたようだ。

 土に黒く煤が付いていたことから、そこで着ていた服を燃やしたのだろう。


「……ジゼルは生きているとみて、よさそうだな」


 ついでに言えば、服装も変わっているだろうことが判った。

 ティナは着替えの時にでも肌身離さず身につけていたペンダントを奪われ、川へでも捨てられたのだろう。

 それを魚が飲み込み、ペンダントを売った少年に釣り上げられたと考えれば、すごい偶然が重なったものだ。


 ……いや、ティナの場合は精霊の加護か?


 精霊の怒りを買ったティナは「精霊の加護は期待できなくなった」と言っていたが、怪我を負ったティナを精霊が治療していたらしい形跡があった。

 ティナに対する精霊の愛情は、完全に消え去ってしまったわけではないのだろう。

 直接ティナを助けてくれる気はないようだったが、こうして情報は届けてくれた。

 カリーサの残した紋章付きの指輪以外で、初めて掴んだティナへの手がかりだ。

 少なくとも、グルノールの街から連れ出されたティナの身につけていたペンダントが南で見つかったということは、サエナード王国への疑いはほぼ消えたと考えていいだろう。

 ティナの捜索は西のズーガリー帝国へと集中してよさそうだった。







 館の管理を任せているバルトから、ティナが王都から戻ってすぐに注文をした家具が届き始めたと報せが届き、そんなに時間が経ったのか、と思い知らされる。

 せっかくティナのために作った家具が届いても、それらを使うはずだったティナ本人がいないのだ。

 本来なら体格に合わなくなった家具と入れ替えて新しい家具を置くところなのだが、新しい家具は別の部屋に片付けておくようにと指示を出す。

 ティナを取り戻すまでは、ティナの部屋はそのままにしておきたい。

 ティナの部屋を整え直す時には、ティナの意見をきちんと聞き入れたいのだ。


 ……違うな。ティナの部屋を弄って、ティナの気配がなくなるのが嫌なだけだ。


 いつティナが戻ってきてもいいように、とベッドのシーツは毎日取り替えられているし、部屋の換気も、掃除もされている。

 ティナの匂いなど残っているはずはないのだが、家具を動かせばそれだけティナが失われてしまう気がして、俺がそれをさせられないだけだ。


 ……焦るな。焦って飛び出していっても、ティナは取り戻せない。まずは慎重に情報を集めることが重要なんだ。


 歯がゆくはあるのだが、グルノールの街から連れ出され、またイヴィジア王国からも連れ出されたとあっては、俺が一人で飛び出しても何にもならない。

 ティナを早く、確実に取り戻すためには、今はおとなしく情報を集めるしかないのだ。


 ……大丈夫だ。わずかずつでも、手がかりは残されている。ティナのペンダントも、戻ってきた。


 必ずティナは取り戻せる、と首へと下げたペンダントに触れる。

 ティナの横顔が彫り込まれたカメオを以前からしていたが、今は二つのカメオを首から下げていた。


 仮眠室でアルノルトの手を借りながら報告の纏め作業をしていたアーロンは、近頃は緩慢な動作ながらも腕と足の麻痺が取れてきた、と嬉しそうだ。

 視力は相変わらずであったし、以前のように機敏に動くことはまだまだできないのだが、寝ている間に落ちた体力を取り戻そうと毎日壁伝いに仮眠室を歩き回っている。

 アーロンの回復具合から館の黒柴コクまろの様子が気になって、館の門番に黒柴の様子を聞いたら後からアルフレッドに怒られた。

 自分の家の様子を門番に聞くぐらいなら、あと少しの距離を歩いて直接様子を確かめてこい、と。

 そしてそのまま広いベッドで休んでこい、とも。


 ……確かに、ほぼ帰っていないからな。


 ミルシェはしっかりしているので黒柴を任せても大丈夫だと思っていたのだが、同じことをティナにしたことがある。

 年齢より大人びた子どもである、と己の忙しさにかまけ、ティナに甘えて放置したのだ。

 結局、ティナが前世の記憶を持つような普通とは違った子どもであったために保護者あにが帰らずとも使用人と上手くやっていたようなのだが、砦が落ち着いた後に怒られもした。

 子どもを引き取って育てるということは、ただ寝る場所と食事を与えれば良いというものではない、と。


 ……今夜は館に帰るか。


 黒柴の様子も気になるし、使用人として買い取ったとはいえ、ミルシェはまだ保護者の必要な子どもだ。

 バルトたちが世話を見てはくれているはずだが、雇用主として、現在の保護者として、直接様子を見た方がいいだろう。


 今夜は館で寝ると計画を立て、館へと連絡を入れて仕事を片付けて行く。

 久しぶりに帰宅すると言ったら、アルフがいくつかの書類を引き受けていった。

 アルフレッドだけでなく、アルフにも心配をかけてしまっていたようだ。

 夕食の支度を頼む、と館へと連絡を入れると、サリーサが館に到着したとの報せをパールが持って来た。

 呼び寄せる旨をしたためた手紙は出したが、随分早く到着したようだ。

 ほとんど手紙が届いてすぐに出立して来たのではないだろうか。


 サリーサにはまず話さなければならないことがある、と予定より早く仕事を切り上げて館に戻る。

 到着したばかりだという話だったのだが、館へ戻るとすでに女中メイドのお仕着せに着替えたサリーサがミルシェと並んで出迎えてくれた。


「よく来てくれたな、サリーサ」


「本日、無事にグルノールへと到着いたしました。……カリーサの力不足でティナお嬢様を連れ出されてしまい、なんとお詫びしたらいいのか……」


 申し訳ございません、と頭を深く下げようとするサリーサを手で制する。

 サリーサを呼び寄せたのはそんなことをさせるためではないし、カリーサの力不足が原因だとも思っていない。


「カリーサはよく忠義を果たしてくれたと思っている。彼女のおかげで犯人の手がかりが残された。むしろ、よくやったと感謝しているぐらいだ。こちらの方こそ、おまえたち姉妹を欠けさせてしまうことになってしまい、申し訳ない」


「……カリーサは、カリーサにできる限りのことをしたのだと思います」


 そして、自分も自分にできる限りのことをする、と言ってサリーサは顔をあげる。

 サリーサの瞳が揺れたのは一瞬だけだ。

 姉妹の死を悲しむよりも、先にするべきことがたくさんある、と感情を押し込めたのかもしれない。

 自分がカリーサを想って泣く時間を作るためには、まずティナを取り戻すことが先決だ、と。

 ティナを取り戻すより先に泣いていては、カリーサに怒られてしまう、とサリーサは気丈にも微笑んだ。


「ボビンレースが必要になった、とお知らせいただきましたので、マンデーズ館からいくつか持ってまいりました。アルフレッド様からのご指示もいただいておりますので、半分は王都へと送る手筈が整っております」


 使用目的は手紙で説明してあるので、見栄えのする大きな作品は王都のフェリシアへと送ることになっている。

 フェリシアが身に付けてボビンレースを宣伝し、それを貴族の令嬢へと下げ渡すことでボビンレースを王都中に広めていく算段を、アルフレッドが整えていた。

 冬の間に少しずつボビンレースを広め、春のフェリシアの婚礼で一気に王都中へと広がる予定だ。

 グルノールへと運んでもらったボビンレースはティナのために作られた、大人の女性が使うものより一回り小さな作品ばかりだ。

 商人がボビンレースの見本としてなんとか手に入れられる大きさの物、ということで小さめの作品を集めてもらっている。


「私のグルノールでの第一のお仕事は、オレリア様のボビンレースと私たちの作ったものの選別でよろしかったでしょうか? お任せください。自分たちの作ったものは覚えております」


「ああ。選別はサリーサに任せる。……仕事を始める前に、カリーサに会ってくるか?」


 悲しむのは後だとサリーサは言うが、仕事に取り掛かる前にカリーサに会いたいだろう。

 そう思って聞いてみたのだが、サリーサの反応は先ほどとほとんど変わらないものだった。

 カリーサは今どうしているのか、と聞かれたので、荼毘に付した遺骨を死の神ウアクスのやしろへ安置してある、と伝えた。

 炎の中で焼け死んだカリーサをさらに焼くのは躊躇われたが、遺体の損傷も激しかったため、家族の意見を聞く猶予はなかった。

 正式な埋葬は家族の希望を聞いてグルノールででも、マンデーズででも、と考えている。

 俺としてはティナにもちゃんとお別れをさせてやりたいので、埋葬はティナを取り戻してからにしたいのが本音だが、そこはやはりカリーサの家族の意見を優先するつもりだ。

 早く埋葬してやりたいと言うのなら、すぐにでもウアクスの社から遺骨を引き取ってくる。


「レオナルド様のお心遣いをありがたく頂戴したいのですが、私もカリーサの埋葬はティナお嬢様を取り戻してからの方がいいと考えます」


 その方がカリーサも安心するはずだ、と言うのがサリーサの意見だ。

 おそらくはアリーサも、イリダルも同じことを言うだろう、と言って、カリーサの遺骨はまだしばらくウアクスの社へと安置されることになった。

 サリーサはまず片付けねばならない仕事を片付けてから、一度改めてウアクスの社へと顔を出すことにしたようだ。

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