アルフレッド視点 それぞれの婚姻話
「アルフが王位を継ぐのなら、クリスティーナの護衛として追加で送ったエラルドを送り返してちょうだい」
王配でなくていいのなら、アレを夫にする、とフェリシアは微笑む。
クリスティーナの見立てではあったが『フェリシアのお気に入り』の白銀の騎士は、自分に王の配偶者など無理だと言ってクリスティーナの護衛に立候補したらしい。
物理的にフェリシアから距離を置いて逃げようとしたようだが、いずれ王になるという縛りがなくなった今、フェリシアにお気に入りの騎士を逃すつもりはないようだ。
乙女のように可憐な顔立ちをしたエラルドとであれば、自分のややきつめな顔立ちが中和され、可愛らしい子どもが生まれるだろう、と目論んでいた。
「では、エラルドがグルノールへ到着したら、アンセルムの護衛として王都へ送り返します」
クリスティーナの護衛が減ることになるが、今はそのクリスティーナが行方不明なので、仕方がない。
護衛対象を見失った護衛を遊ばせておく余裕も、アンセルムの護衛として王都へ随従させる騎士を出す余裕も、今のグルノールにはないのだ。
送り返せというのなら、エラルドにアンセルムの護衛という仕事を任せて送り返す。
「エラルドを王都へ送り返す代わりに、カールとライナルトの二人をください」
「あの二人は冬の失態以来、腑抜けておるぞ。今のグルノールへやっても、物の数にはならぬだろう」
カールとライナルトというのは、ランヴァルドの護衛をしていた白銀の騎士だ。
まんまと護衛対象であるランヴァルドに出し抜かれ、二度目の脱走を許してしまった自分たちの不甲斐なさに落ち込み、使い物にならないという報告はアルフから聞いている。
腑抜けて使い物にならないといっても、覇気がないだけで騎士としての仕事は問題なくこなしているというか、仕事に打ち込むことで自分たちを罰しているつもりのようで、ろくに家族へも連絡をとっていないそうだ。
本人に覇気があろうとなかろうと、仕事をするのなら問題はない。
というよりも、彼ら二人はグルノールへと引き取るべきだろう。
グルノールへと呼び寄せれば、彼らのやる気は回復する。
「これは、クリスティーナの件とは別の報告になりますが」
言葉を濁して、グルノールの街でランヴァルドを捕獲したと報告する。
カールとライナルトが未だに落ち込んでいることから判るように、アルフレッドとして王都へ戻ったアルフはランヴァルドについては報告をしていない。
そうでなければ、クリスティーナの護衛に立候補した白銀の騎士はエラルドではなく、カールとライナルトだっただろう。
クリスティーナの護衛として、堂々とグルノールの街へと移動することができるのだ。
この機会を逃すはずはいない。
「……それは、たしかにあの二人も覇気を取り戻すだろうが」
「グルノールへは
今度こそ反省させてやる、と輝きの増した笑みを浮かべてフェリシアが言う。
失踪したランヴァルドに、クリスティーナが記憶を失くすほどの鬼相を浮かべて怒り狂っていたフェリシアだが、半年以上が過ぎても怒りは継続中だったらしい。
見る者を魅了する女神の微笑みを浮かべているのだが、望みのままにフェリシアへとランヴァルドを差し出すことはできない。
差し出したところで、あの叔父にはまた出し抜かれる未来しか見えないのだから、火に油を注ぐ結果にしかならないことも簡単に想像できた。
「アレには使い道があるので、フェリシア姉上に差し出すことはできません」
「あら、アレに使い道なんてあったかしら? せいぜい父上の機嫌がよくなるだけよ」
「父上の鬱陶しい愛情を一身に浴びてくれるという意味でだけでも私には役立ちますが、ほかの使い方をします」
クリストフには妻が三人、子どもは十五人と、それぞれに向けられる愛情は分散しているが、弟はランヴァルド一人だけだ。
血を分けた子ども一人ひとりに向けられる愛情よりも、ランヴァルド一人に向く愛情の方が重い。
クリスティーナはクリストフの体裁を保たせる意味で盾となってくれるのだが、ランヴァルドはその身でクリストフの鬱陶しい構いたがりを引き受けてくれるという意味で盾になる存在だった。
けれど、グルノールの街で活かしたいランヴァルドの使い道といえば、クリストフの愛情などなんの関係もない。
グルノールの街におけるランヴァルドの使い道といえば、レオナルドと似たあの容姿だ。
遠目に見る分には、レオナルドと区別が付かない。
最悪の事態として、クリスティーナが国外へと連れ出されてしまった場合に、あのレオナルドがおとなしくしていられるはずがない。
必ず自らでクリスティーナを取り戻しに動くはずだ。
その時に役立つのが、ランヴァルドである。
軍神ヘルケイレスの化身だなどと謳われるレオナルドが、正攻法で国境を越えることは難しい。
必ずなにかしらの意図があるはずだ、と勘繰られるからだ。
レオナルドがひっそりと国境を越えるためには、必ず裏工作が必要になってくる。
そこで使えるのが、遠目にはレオナルドと区別のつかないランヴァルドだ。
ランヴァルドをグルノール砦へと配置し、『レオナルドは確かに砦にいる』という裏工作に、彼は役立つ。
「カールとライナルトの両名には、アレの護衛兼見張りを任せます」
「あの二人は一度アレに逃げられているでしょう。今は気を入れて見張るでしょうけど、また油断をして逃げられるのではなくて?」
「アレの探しものについての情報を、クリスティーナから聞いております。情報を餌に、上手く使ってみせますよ」
まだ少し不満そうな顔をしているフェリシアに笑いかけ、探しものといえば、と話題を変える。
せっかく王都にまで来たのだから、調べられることはすべて調べて戻りたい。
「レオナルドの血縁者を見つけたかもしれません」
レオナルドの血縁者といえば、諜報部が動いても見つけ出せなかったという謎の塊だ。
レオナルド本人が隠しているというわけでもなく、聞けば聞いただけ覚えている限りの情報を吐き出すのだが、なぜか見つけ出すことができなかった。
レオナルド信奉者に言わせれば「軍神ヘルケイレスの化身に
親が存在していないはずもない。
「かもしれない、というのは?」
「確信はありません。ですので、それについていくつか確認もしたいので、レオナルドの身上調査書への閲覧許可をください。調べ物のついでに図書館で目を通したいと思います」
「では、そのように手配させよう」
クリストフが片手をあげると侍女が一人礼をして退室する。
彼女が戻ってくる頃には手はずが整えられていることだろう。
あとは図書館へと足を運ぶだけでレオナルドの身上調査書は閲覧できるはずだ。
「それにしても、アルフレッドは忙しいな」
「レオナルドが待っていますから。レオナルドはアルフ同様、私の数少ない友人です。その友人の妹が連れ攫われたのですから、早く取り戻してやらなければ」
レオナルドのことがなくとも、クリスティーナはオレリアが大切に想っていた子どもだ。
苦境に立たされているのなら、私に出せる全力でもって救い出さなければならない。
その結果として、多大なる責任を背負うことになったとしても、後悔はないだろう。
そのぐらい、レオナルドとオレリアは私にとって大切な存在だ。
重苦しい報告ばかりが続いた朝食を終え、食堂を出ると、廊下の中央にディートフリートが立っていた。
今日は猫の被り物をしていなかったため、少年にしては愛らしい顔が丸見えである。
「叔父上、アルフがグルノールから戻ったと聞いたのですが……」
「もう情報収集を覚え始めたのか。アルフが戻ったのは昨日の昼だから……今朝の食堂までたどり着けたことを思えば、なかなか優秀だな」
次は食堂の中へ入れてもらえるよう頑張れ、と王爵教育を受け始めているという甥の頭を撫でる。
叔父としてディートフリートの頭を撫でるのは、私自身は初めてだ。
アルフレッドとして振舞っていた時のアルフが何度か撫でているそうなのだが、ディートフリートのふわふわとした髪は手触りがいい。
「グルノールの街で、何かあったのですか?」
グルノールの街で、とディートフリートは言ったが、聞きたいことはグルノールの街についてではないだろう。
ディートフリートが聞きたいのは、クリスティーナについてのはずだ。
残念ながら、それを話してやることはできない。
「ディートフリート、女の子にあまりしつこく付き纏うと嫌われるぞ?」
「私はグルノールの街のことを聞いただけで、ティナの話などしておりません」
「そうか?」
「そうです!」
よし、言質はとったぞ、と人の悪い笑みを浮かべる。
ディートフリート本人がクリスティーナについて聞きに来たのではないと宣言したのだから、これについては一切話さなくても問題ないはずだ。
適当に相手をしてやれ、とディートフリートをアルフへと任せる。
その間に別の侍女へ命じて図書館へ向かうための馬車を用意させた。
「ご結婚おめでとうございます、王子」
「まだ一年先だぞ。気が早すぎる」
図書館へと向かう馬車に乗り込むと、ディートフリートをあしらってきたアルフが遅れて馬車に乗り込んでくる。
何を言うかと思えば突然の祝福の言葉に、気が早すぎると呆れてしまった。
王位を継ぐと決まれば即結婚を、と決めたクリストフも気が早いが、まだ結婚してもいないというのに祝福の言葉を吐くアルフもアルフだ。
「ついに王子も結婚ですか」
「婚約者殿は恐ろしく待たせてしまったからな。あとで詫びのひとつでも入れておこう」
目の上の瘤であったチャドウィックを排除できたので、近々挨拶に行くつもりではあったが、同時に王妃となる覚悟をさせる必要ができてしまったことは誤算だった。
クリストフの言ではないが、これを理由に振られたらどうしようという不安も少しある。
「今更ですよ。それぐらいで尻込みするような娘なら、とっくに別の男に乗り換えています」
むしろ、今まで待っていてくれるような奇特な相手なのだから、王子の嫁予定が王の嫁予定に変わったぐらいでは動じないだろう、とアルフは言う。
あの娘であれば、多少の予定変更ぐらいでは音を上げず、ドンと受け止めてくれるだろう、と。
「アリエルに逃げられたら嫁の当てはないぞ」
「その時は、クリスティーナでも貰っては?」
王位を継ぐことになったのは、めぐり巡ってクリスティーナが原因の一部でもあるので、嫁候補であったアリエルに逃げられた時にはクリスティーナに責任を取って嫁に来てもらえばいい。
日本語の読める転生者を王族に取り込むという意味でも、クリストフたちのお気に入りという意味でも、クリスティーナを私の嫁に迎えることには意義がある。
そう澄ました顔で続けるアルフに、ふと意地悪をしたくなった。
「私はソラナでもいいぞ」
「……王子がソラナを求めるのなら、どうぞお持ちください」
アルフの大事なソラナを寄こせ。
そう冗談で言ってみたのだが、アルフは真顔でソラナを差し出してきた。
ソラナをそれなりに大切には想っているが、やはり私より優先順位が落ちるようだ。
アルフのこういった献身は、嬉しいような、嬉しくないような、複雑な気持ちにさせられる。
ソラナというわずかな例外がいることにはいるのだが、アルフの特別はやはりまだ『アルフレッド』だけの物らしい。
幼少期におけるチャドウィックの横槍のせいで、アルフの視野は極端に狭くなってしまっていた。
アルフの中では、
ソラナはその中で唯一、私以外という区切りから『ソラナ』という小さな枠を獲得した稀少な人間だ。
絶対にアルフから取り上げるわけにはいかない存在でもある。
「冗談だ。そこはさすがに抵抗してみせろ」
なんでもかんでもおまえから取り上げたりするものか、とアルフの額を指ではじく。
活を入れたつもりなのだが、私からは何をされても喜びに変換するという極めて特殊な性格をしたアルフには、なんの効果もなかった。
婚約破棄という形で無理矢理結婚を遅らせていたため、復縁したという周囲への宣伝はどうしても必要になってくる。
特に義理の父親となる杖爵には、王子の身分に目が眩んで娘の婚約者を取り替えた男だなどという泥を被ってもらってもいた。
晴れてアリエルを妻に迎えることができるようになったのだから、彼の名誉も回復せねばならない。
馬車の中で館への手紙を書き終わり、手紙を御者に任せて図書館へ入る。
レオナルドの身上調査書は許可がなければ見ることができないが、紋章の資料ぐらいは誰でも閲覧することができた。
そのため、私がクリストフへの報告を持って居城へとあがっている間に、ランドルは先に図書館へと来て紋章についての資料を探し始めている。
まだ目を通していない資料をランドルに確認してから、別の資料へと目を通す。
男三人固まってさまざまな紋章が記載された図録を調べていると、昼過ぎになって開いたページの上に黒い影が落ちてきた。
「お求めの資料をご用意いたしました、アルフレッド様」
凛とした響きを持つ高い声に顔をあげると、書箱を持った
贈り物の手配を、と先ほど館へ手紙を出したばかりなのだが、どうやらクリストフかエヴェリーナが手を回したらしい。
少し怒ったような表情をしているのは、王子として私が戻ったということよりも、レオナルドのために背負ったものについて思うことがあるのだと思う。
「ありがとう、アリエル」
「お礼なら、言葉よりも態度で示してくださいませ」
書箱を受け取ろうと手を伸ばしたら、アリエルが書箱を抱き込む。
なにやら求める物を与えない限りは、書箱を手放す気がないようだ。
「何が欲しい?」
「貴方の時間を三分ほど
「アリエルなら五分ぐらい欲張ってくれてもいいよ」
「そこはせめて倍に増やしてくださいませ」
父親に対しては十秒と言ったので、自分がアリエルに捧げる五分という時間は長い方なのだが、アリエルには切りよく倍の六分にしなかったところが不評だったようだ。
ツンと顔を逸らされてしまった。
「では、その五分で『私の欲しい言葉』をください。私、その言葉をずっと待っていたのですよ。クリストフ様から教えていただく前に、貴方の口から聞きたかったのです」
「私としては、両手いっぱいの花と贈り物を用意してから伝えに行きたかったのだけど……きみに言いたいことといえば、一言だけだな」
私と結婚してください、と書箱を抱き込むアリエルの左手を取って、その白い指へと唇を寄せる。
アリエルが私の口から聞きたかった言葉、という意味では正解だったようで、ほんのりと頬を赤く染めたアリエルは逸らしていた顔をようやく私へと向けてくれた。
「予定外に王妃になることになったようですが、喜んでお受けいたします」
どうか末永くお側に仕えさせてください、とアリエルが言い終わる前にその細い体を抱きしめる。
男女の差などない、本当に幼い頃はよくふざけて抱きついていたが、アルフと入れ替わってややこしい身の上になってからは、一度も触れたことのない婚約者の体だ。
王子として戻ったおかげで、ようやく堂々と婚約者を抱きしめることができる。
「やっと、きみを抱きしめることができる」
「あら、まだもう少しお仕事があるのでしょう?」
仕事をどうぞ、とばかりに書箱で体を引き離され、不満たっぷりに婚約者を見つめながら書箱を受け取った。
多少の不満はあるが、欲しい最低限の言葉を受け取れた時点で、アリエルの目的は達成されているようだ。
一瞬前の恥らった微笑みなどすっかり瞳の奥へと片付けて、スッキリとした顔で困ったように柳眉を寄せていた。
「あと二分……」
「私は最初に三分と申しましたわ」
きっぱりと線を引くアリエルに、これ以上の抱擁は諦める。
アリエルのこの割り切り加減が私には丁度いいと思って、愛しているのだ。
「……式は一年後に決まったが、クリスティーナを取り戻すまでは落ち着けない。式の準備はすべてきみに任せることになる」
「そのぐらいはお任せください。いずれはこの国を支える王妃になるのですから、手習いとして見事にこなしてみせます」
だから必ずクリスティーナを連れ戻してくれ、とアリエルは言う。
クリスティーナはアルフレッドの元婚約者という立場から警戒してアリエルに近づかなかったが、アリエルにとってクリスティーナは害を与えたい存在などではない。
オレリアの大切なクリスティーナは、アリエルにとっても大切な存在なのだ。
それが誘拐されたとなれば心配もするし、助ける手立てとして必要ならば、その結果として王妃になることも厭わない。
オレリアはアリエルにとっても、本当に大きな存在だった。
紋章について調べるのはアルフとランドルに任せ、アリエルの持ってきてくれた書箱を開く。
中に収められていた書類は、やはりレオナルドの身上調査書だった。
そこに書かれている内容の確認が主な目的だったのだが、読めば読むほど気になる箇所が出てくる。
この一つひとつを潰せれば、レオナルドの血縁者の確認は可能だろう。
グルノールへ帰ったらすぐにでも本人に確認したい気はするが、今はレオナルドの血縁者を見つけることよりも、クリスティーナを取り戻す方が先だ。
目を通し終わった書類を書箱へと戻し、アリエルに返す。
名残は惜しかったが書箱を所定の部屋へと戻しにいったアリエルを見送ると、紋章探しに戻る。
「鳥の紋章、というだけでもある程度絞れるはずなのだが……」
鳥どころかアドルトルという鳥の種類が判っているため、さらに候補は減る。
それでもなかなか一致する紋章が見つからないことが、少し不気味だ。
一致する紋章が見つからないというよりも、アドルトルを紋章の意匠として使っているそのほとんどが東を向いていて、西を向いている物がない。
こうなってくると、西向きの紋章を見つけただけで手がかりと一致する可能性まで出てくる。
……いっそ、東を向いている意味がわかれば、西向きも見つけやすいか?
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