アルフレッド視点 権利に付随する責任
黒騎士の正装に身を包んだアルフと、王子の正装に身を包んだ私が入れ替わっていることに、ソラナは僅かに首を傾げただけで何も言わなかった。
やはり一瞬だけ違和感があったのだろう。
しかしそれを明確な形として掴むことはできず、自分の気のせいだと片付けたのだと思う。
ソラナは私とアルフを丸ごと信頼していて、疑うという考えがない。
だからこそ、私に付き合っていろいろと性格の捻じ曲がってしまったアルフも、ソラナだけは気に入って側においているのだ。
「ランドルはどうしている?」
「お連れ様でしたら、身支度と軽食を済ませておいでです。アルフお兄様がお目覚めになられたらすぐに行動を開始できるように、とおっしゃられていました」
「そうか」
これまでアルフレッドだったアルフへと、ソラナが淀みなく答える。
ソラナの中ではあちらがこれまでのアルフなのだから、当然といえば当然だった。
アルフの方がつい先ほどまでアルフレッドとして王都にいたのだが、グルノールから馬を飛ばして来た振りを堂々とする様は、さすがとしか言いようがない。
堂に入った私っぷりだ。
「父上へ謁見の申し込みを。アルフがグルノールより火急の用件を持って来た」
「すでに朝食への招待状が届いております」
言いながら家令が差し出してきた銀の盆には、白い封筒が載せられていた。
わざわざ封を切らなくとも、用件はわかる。
家令が言うように、今朝の食事への招待状だろう。
……私が寝過ごしている間に、アルフが家令を使って報せを入れてくれていたのだな。
恐ろしく手際がいい。
アルフレッドとしては過剰なまでにアルフへの愛を叫んでいたが、それ以外の部分ではとても頼りになる乳兄弟だ。
クリスティーナに関する報告である、ということで、昼食でも謁見時間への割り込みでもなく、朝食の時間を空けてもらえたらしい。
王の居城にある食堂へと先導する侍女に続いて歩き、扉の前で一度だけ深く息をはく。
「……クリスティーナのいない場で、父上に会うのは億劫だな」
思わずそんな本音を洩らすと、アルフがかすかに苦笑を浮かべる。
クリスティーナが怯えるといけないから、とクリストフにはクリスティーナの前では自分を抑えるようにと言ってきた。
その甲斐あってか、クリスティーナの前でクリストフはそれほど
父のクリストフは国と民を愛し、その反面家族には冷たいという評判があるが、これはあまり正しい評価ではない。
優先度としては国と民を愛しているが、家族だって民の一部だ。
当然、家族も愛しているし、その愛情は妻三人と子ども十五人、まだまだ増える予定の孫にまで降り注いでも落ち着くことを知らない。
そんなクリストフが、およそ二十年ぶりに帰ってきた息子を前にして、箍を外さないわけがない。
朝食の場ということは、国王と王子の謁見ではなく、ただの父と息子の対面だ。
「三十秒ぐらい付き合って差し上げては?」
「十秒だ」
ろくに手紙も出してこなかった、という意味ではたしかに親不孝をしたかもしれないが、それらはすべて排除の難航していたチャドウィックがいたせいだ。
あれを排除しない限り私もアルフも危険があったため、やむを得ず家族とも、アルフとも距離をとって過ごしていた。
チャドウィックを排除した今、これまでほど連絡を控えはしないが、だからと言って父親に構い殺されたくはない。
「……よし、開け」
クリストフに構い倒されたくはないが、だからと言っていつまでも扉の前に立っているわけにもいかない。
火急の用件があって王都まで馬を飛ばして来たのだから、そもそもの目的を果たすだけだ。
合図を受けてゆっくりと開いていく食堂の扉を見つめ、背筋を伸ばした。
食堂の中にいたのはクリストフとその妻三人、エルヴィスとフェリシアだけだった。
給仕のために侍女もいるが、みなクリストフと后が信頼を置いている年配の侍女たちばかりだ。
生母であるグロリアーナの離宮にいることが多いエルヴィスが同席していることは判るが、フェリシアは自分の離宮を出て貴族街の館に普段は住んでいる。
朝食だけ王の居城へと摂りに来るわけもないので、火急の報せがあるという情報を掴み、今朝は特別にやって来たのだろう。
「私の到着が一番遅れたようで、申し訳ございません」
「よい。そなたはアルフから事前に話を聞いていたのだろう。それよりも……」
それよりも早く席につけ、と言いかけて、クリストフの声が止まる。
ジッと私の顔を見つめてきたかと思ったら、おもむろに席から立ち上がった。
「昨日ぶりだな、我が息子よ」
「昨日ぶりです、父上」
アルフレッドとしては常に王都にいたため、まさか「お久しぶりです」だなどとは言えず、「昨日ぶりだ」と言って抱擁してくる父の腕へおとなしく収まる。
抱擁ぐらいは、なんということもない。
ただ一つ問題があるとすれば、これがただの抱擁であるのはほんの少しの間だけで、そのうち感極まったクリストフは力いっぱい息子の体を抱きしめ始めるだろうということだ。
「ア~ルフレッ~ド~っ!! 我が息子よぉおっ!!」
クリストフはいったい自分をいくつの息子だと思っているのか、ヒシッと抱きしめたかと思うと頬を摺り寄せてくる。
抱擁までは普通の愛情表現だと思うのだが、さすがにこの
ほのかに香水の良い香りがするのだが、そこがまた微妙に嫌だ。
それでも、アルフもああ言ったことだし、少し親不孝が過ぎたかとは自分でも思うので、心の中でだけ必死に数をかぞえる。
せめて三十秒とアルフは言っていたが、五十を過ぎた壮年もいいところの父親に力の限り抱きしめられて頬を摺り寄せられるなどという苦行は、十五秒が我慢の限界だった。
自分で言った十秒よりは耐えたので、アルフも納得するだろう。
「苦しいです、父上。そろそろ離してください」
「いだだだだだだだだだだだっ!?」
五指に力を込め、クリストフの顔面を掴んで無理矢理引き剥がす。
王子が国王にこんなことをすれば不敬かもしれないが、これは私の父親だ。
相手が父として抱擁をしてくるのだから、私も息子としてこれを『やんわり』断っても問題はない。
「エヴェリーナ、そなたの産んだ我が息子は冷たい」
「それでも十五秒も付き合ってくれたではございませんか。以前は三秒で逃げ出していたのですから、アルフレッドも親孝行というものを覚えたのでしょう」
お座りになって、と夫を呼ぶエヴェリーナに、クリストフは肩を落とした様子で従う。
まだ本物の息子が息子として目の前に立っていることに対し、喜び足りないらしい。
「それでは、順を追って報告いたします」
あまり食事の美味くなる話ではないのだが、こればかりは仕方がない。
予定外に割り込んだ謁見でもあるため、淡々とグルノールの街で起こったことを報告した。
「グルノールの街の収穫祭にて、クリスティーナが攫われるという事件が起こりました。幸い護衛の奮闘と街の住民たちの協力でクリスティーナはすぐに救出されましたが、犯人が収穫祭で人の溢れた道で馬車を暴走させたため、多数の怪我人が出ています」
クリスティーナも怪我をしたが、クリスティーナの怪我自体は軽いものだ。
少しの打ち身と、両膝を擦り剥いた程度である。
血は出ていたがすぐに止まったし、適切な処置がされたとレオナルドからも聞いていた。
クリスティーナの怪我という意味では、なんの心配もいらない。
「そのような愚かな振る舞いをした者は、当然捕まえたのであろう?」
「はい。その者は自分を『チャドウィック第二王子』と名乗っておりましたが……」
「王族に名を連ねる者が、祭りで民の溢れた道へ馬車を暴走させるはずがあるまい。チャドウィックは……そうか、アルフレッドは知らなかったのだな。アレは収穫祭の丁度前日に、心の臓の発作で死んだ」
「さようでしたか。では、第二王子を名乗る不届き者はこちらで処分させていただきます」
そっとグロリアーナの目が伏せられる。
愚かな息子ではあったが、自分が産んだ息子だ。
公的に死んだことにされることには、やはり思うことがあるのだろう。
とはいえ、今回は現行犯で捕まえている。
これまでのように僅かな冤罪の可能性にすがってチャドウィックを野放しにはできなかった。
「しかし、チャドウィック第二王子がお亡くなりになられているとは聞いておりませんでした。形見の品などはいただけるでしょうか?」
「ええ、なんでも好きに持ち出してちょうだい。怪我をした街の方たちへのお見舞いも必要ね。あの子の使っていた物を売り、お見舞金に当てましょう」
証拠の品の回収に、チャドウィックの使っていた私室への立ち入りが生母によって許可される。
私室の調度品を売ってあの馬車の暴走事件で怪我をした住民たちの治療費に当てようと思っていたのだが、これもグロリアーナから許可が出た。
すぐにグルノールの街へ戻りたいので私の時間はないが、証拠を回収するだけならば白銀の騎士に任せることもできる。
「……アンセルムがチャドウィック王子とクリスティーナに会いに行く、と言っていたのだけど」
チャドウィックの口車に乗ってグルノールへと出かけてしまったアンセルムについて、生母であるジョスリーヌが気にかける。
一緒に出かけたはずのチャドウィックが犯罪者として王籍から抜かれることになったのだ。
アンセルムはどうなったのか、と気になるのが普通だろう。
「アンセルムでしたら、宿に一人でいるところをグルノールの街で黒騎士に保護されたようです。一人で王都へ帰すには不安があるため、迎えに白銀の騎士を数名要請したいとのことです」
チャドウィックとは別行動であったとして扱っている。
現在は黒騎士が保護している。
すぐに送り返すことはできなかったが、迎えがあれば問題なく帰すことができる。
これだけ伝えると、ジョスリーヌは少し表情を弛めた。
ジョスリーヌが産んだ子は五人いるが、男児はアンセルムだけだ。
ついでに言えば、アンセルムはジョスリーヌの末の子である。
初めての男児という意味でも、末っ子という意味でも特別に心配なのだろう。
「痴れ者とアンセルムの話はもうよい。クリスティーナが擦り剥いた程度では、換え馬を使ってまで報告はしてこぬだろう」
他に何があった、とクリストフに問われ、カトラリーを皿に置く。
本題は、すでに捕らえてしまったチャドウィックのことなどではないのだ。
「怪我の治療のために預けたセドヴァラ教会から、クリスティーナが連れ攫われました」
誰かの息を呑む音が、妙に大きく響く。
国王であるクリストフはこの程度の報告では動揺など見せないが、クリスティーナに思い入れのあるフェリシアやエヴェリーナは違う。
動揺を抑えようとカトラリーを皿へと置き、僅かに加減を間違えて皿をカチリと鳴らしていた。
「護衛のアーロンと番犬が毒を受けて動けず、こちらは確認中ではありますが、クリスティーナの
桟橋で起こった火事について、何かを目撃した可能性のある管理人と倉庫番の遺体も見つかっている。
が、クリスティーナの消息は未だに不明。
国境での検問強化はすでに通達を送ってある、と報告すべきことを報告し終わり、軽く息をはく。
この先のことは、できれば望みたくないことなのだが、望まないわけにもいかない。
「クリスティーナの誘拐に関する王の裁可が必要になる案件は、すべて第三王子である私に任せてはいただけないでしょうか」
クリスティーナの誘拐は、時間との戦いにもなる。
本来は王都になど戻ってくる暇もない。
国外へと連れ出されてしまうまでが勝負なのだ。
国内ならば王の許可さえ下りれば、どうとでも動き回れる。
逆に、国外へと連れ出されてしまえば、クリスティーナを取り戻すことは途端に困難なものになるだろう。
国外へ出てしまえば、今度は『イヴィジア王国の王子』であることや、レオナルドの『砦を預かる騎士団長』という肩書きが枷になってしまうのだ。
万が一、自分やレオナルドが国外までクリスティーナを取り返しに出かけることになった時、王都へとその行動の可否を問う時間が惜しかった。
それぐらいならば、最初からすべての責任を負う覚悟で王の権限を預かりたい。
「……王の裁可をすべて預かりたい、か。それだけの大言を吐くのならば、覚悟はできているのだろうな」
「はい。フェリシア姉上には申し訳ないことになりますが、借りた王の権限だけを行使して、その責任から逃れるつもりはありません」
王に次ぐ権限をと願うのだから、それに付随する責任を負う。
王を継ぐという責任を。
「フェリシアはそれでよいか?」
「構いませんわ。
玉座に着く必要がないのなら、気の合う夫を見繕って子を成し、次代の王爵を育てる、と。
王の夫と王女の夫では、求められる資質が変わってくる。
相手に求める資質の高さで難航していた夫選びも、次からは自分の心と向き合って決めていくそうだ。
「では、アルフレッドを次の王に据えるとして、そろそろ身を固めるように。式は一年後でよかろう。散々待たせた婚約者殿に『次期国王になるだなんて聞いてないっ!!』とでも振られてくるがいい」
「振られませんよ」
不吉なことを言うな、と父親を睨んでやる。
三人の妻と良好な関係を築き、今なお新婚のように仲の良い父たちは、たまに鬱陶しいが少し羨ましくもある。
自分もいつか妻を迎えたら、父たちのような円満な家庭を築きたい、と。
「……王に次ぐ権限を与えてやるのだ。存分に行使し、必ずクリスティーナを取り戻せ」
「ご下命、確かに承りました」
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