アルフ視点 王子の帰還

 何か判ればすぐに動けるよう、態勢を整えておけ。

 情報収集を怠らず、しかしくれぐれも早まった行動を起こさないように、と口を酸っぱくして釘を刺す。

 ティナが心配な気持ちは私も同じだが、誘拐犯はティナ自身に用があるはずだ。

 ということは、とりあえず命の心配だけはない。

 ティナに死なれてしまえば、危険を冒してまでティナを攫った意味がなくなるのだ。

 焦らず、確実にティナを取り戻すぞ、とレオナルドに叩き込んでから、王都に向かって出発した。


 ……特に護衛は必要ないと思うのだけどな。


 実は王子である、と話してしまったからか、出発直前になってレオナルドはランドルを私の護衛として連れて来た。

 ただの伝令に護衛をつけるというのも妙な話だが、移動中に事故や事件に巻き込まれて届けるべき報告が滞る可能性はある。

 それを考えれば、複数で移動するというのにも一応の利はあった。

 今のグルノール砦には避ける人手が足りないので、体力自慢のランドルが選ばれたのだろう。

 一人でも多くの騎士を使ってティナの捜索を、とは思うのだが、ランドルの護衛をありがたく受けておく。

 王都へ行ってからの調べ物にも、人手はいるのだ。

 グルノールから人を連れて行けるのは、そういった意味でもありがたい。


 馬を換えながら王都までの街道を走り続け、八日目の昼過ぎには王都の城壁へ辿りつくことができた。

 ティナを連れて王子としての馬車の旅は、馬車の大きさのために広い道を選ばなければならなかったり、その重量のために速度が落ちたりと片道でひと月掛かったが、小道や山道を使え、小回りの利く馬での移動は本当に早かった。

 途中どうしても馬を休ませる必要はあったが、そこは換え馬を使うことで対応をする。

 急使などには古くから使われている手だ。


 城壁を抜けて外町へ入り、そのまま内街への城門をくぐる。

 早く報せを運びたい気はしたが、王城へ入るためには身だしなみを整える必要もあったため、馬は貴族街へと進ませた。


「アルフお兄様! どうしたのですか、突然……」


 貴族街にあるアルフレッドの館――正確には私の館だ――にランドルを伴って入ると、ソラナが驚いた顔をして駆け寄ってきた。

 その後ろを歩いて玄関ホールへと顔を出した家令が渋い表情をしているのは、ソラナの行動が貴族の令嬢としても、女中メイドとしても減点されるものだからだろう。

 そんなところが愛らしい、という理由でアルフレッドがソラナを囲っているので仕方がない。

 アルフレッドが自分の意思で側に置いているソラナは、そういった意味では特殊な女中だ。

 私の代わりに王子として過ごすアルフレッドが、役目が終わる前にソラナを他所の男に取られないよう、王子付きの女中という形で囲い込んでいる。

 王子の代わりなどと面倒な役割を任せている手前、ある程度は好きにさせてやるべきだとは思っているのだが、せめて侍女にするべきではなかっただろうか、とは時折思う。

 女中という仕事は、ようは下働きの仕事だ。

 間違っても貴族の令嬢がつく仕事ではない。


 ……ティナの離宮でも、妙な力関係になっていたな。


 ソラナは杖爵の娘であったため、ヴァレーリエが遠ざけられたティナの離宮では、ティナに仕える女性の使用人たちの中で一番生家の格が高かった。

 侍女と女中であれば侍女の方が格上になるのだが、家の力では忠爵や功爵のレベッカたちなどよりも上にいる杖爵のソラナが女中をしているということには、侍女たちも仕事がしづらかったことだろう。


「外の馬は馬丁に任せる。無理をさせたから、労わってやってくれ。ランドルは客間へ。仮眠を取る」


「はい、わかりました」


 こちらです、と言ってソラナはランドルの案内をする。

 その背中を見送ってから、家令が口を開いた。


「お帰りなさいませ、アルフレッド様」


「ああ。私も強行軍だったからな、これから仮眠を取る。目が覚めたら汗と埃を流せるように整えておいてくれ」


「かしこまりました。王城のアルフレッド様へお帰りの報告はいかがいたしましょう?」


「……知らせなくて良い」


 私が王都の館に帰ったなどとアルフレッドに知らせれば、仕事を放り出して戻ってくるだろう。

 自分の代わりとして行っている公務を、投げ出すような真似をさせるわけにはいかない。


「おやすみなさいませ、アルフレッド様」


 外套と上着を脱ぎ、家令へと渡す。

 襟元を弛めて客間ではなく主寝室のベッドへと潜り込むと、ランドルを客間へと案内してきたソラナが追いついてきて、部屋のカーテンを閉め始めた。

 仮眠を取るのだから、眠りやすいよう陽は遮った方がいい。

 なぜ私がアルフレッドのベッドで眠るのだろうか、という疑問がソラナの顔に浮かんでいるが、それをわざわざ聞いてきたりはしなかった。

 急用で戻ったと判る私が仮眠を取ると言っているのだから、その邪魔をするべきではない、とソラナは弁えているのだろう。







 ……しまった、寝すぎたか。


 明らかに陽を遮ったからとは言いがたい暗闇に、目覚めて即座に己の失態を悟る。

 国王に対していくら緊急の報せだからと言って突然の謁見許可など下りるわけもないので、夕食時にでも乗り込もうと二・三時間の仮眠のつもりだったのだが、たっぷり十時間以上眠ってしまっていた。

 正確な時間はわからなかったが、感覚的には明け方近い時間だろう。


「王子のベッドを占拠するとは、不敬にもほどがあるだろう」


王子わたしの部屋とベッドだ。なんの問題もない」


 己の失態に思わず枕へと突っ伏してしまったのだが、横から聞こえてきた声にのそりと体を起こしながら応える。

 今はアルフレッドがこの館の主ということになっているので、寝室へも普通に入ることができたのだろう。


 私こそが『王子』で、アルフレッドは『臣下』である。


 そう答えながら、寝すぎたせいで少しだけ重い頭を持ち上げると、ベッドの端に座っていたアルフレッドが立ち上がり、床に膝をつく。

 うやうやしく頭を垂れるアルフレッドの肩から、金色の髪が滑り落ちた。


「おかえりをお待ちしておりました、私の王子アルフ


「……またすぐに出かけることになるがな。よく留守を務めてくれた。おまえには感謝している」


「もったいないお言葉です」


 アルフレッドが私の目覚めを伝えにいくと、すぐにソラナが寝室へとやって来た。

 寝る前に指示を出していたため、風呂はいつでも使えるように整えられている。


「そうだ、私がアルフの背中を流してやろう」


「……好きにしろ」


 他者ひと目のある場では、いつも通りのアルフレッドだ。

 アルフレッドの生来の性質が物静かな少年だったことを覚えている者は少ない。

 私と入れ替わった際に私を演じようと明るく振舞い、入れ替わる機会を作りやすいようにと必要以上にアルフとして過ごす私に引っ付いていた。

 ソラナなどは私とアルフレッドが入れ替わった後の印象の方が強いため、今さら生来のアルフレッドに戻られても困ってしまうことだろう。


 風呂へ入るついでに衣装を取替え、そのまま入れ替わるのはよく使う手でもある。

 風呂場を使うと周囲の人間を排除できるため、情報の擦り合わせを行なうのに都合もいい。


「あとで父上の前でも話すことになるが……」


 グルノールの街でチャドウィックを捕らえたことと、ティナの行方不明について簡単にアルフレッドへと伝える。

 細部についてはクリストフの前で語ることで一度に済ませたい。


「セドヴァラ教会の協力でいろいろと話してくれたので、しばらくは証拠の回収で王都も忙しいだろう。できればソラナをグルノールへ連れて行きたいのだが……」


 女性的な細やかな気配りができる人間を、今のレオナルドの側に置きたい。

 本来ならティナの代わりにカリーサがその役目を引き受けてくれたはずなのだが、残念なことにその二人は今のグルノールにはいない。

 ティナは攫われ、カリーサは焼死体として見つかっていた。


「ソラナはアルフレッド王子の女中です。必要ならお連れください」


「それができたら助かるが、チャドウィックの後始末にもソラナは役立つだろう」


「王都での小回りはアリエル様に頼みます。彼女もなかなか小回りの利く女性ですし……王子が戻ってこられるのなら、復縁したという宣伝は必要になります」


 元・婚約者であるアリエルだけで手が足りなければ、ティナの離宮にいるウルリーカを使えばいい、とアルフレッドは言う。

 ティナの離宮の侍女たちは現在主が不在のため、比較的自由に使えるようだ。

 では王都での行動はアリエルとウルリーカに任せよう、と話を結んで王子としての正装に着替える。


 王子として戻って来たのだから、これからはずっと『アルフレッド第三王子』だ。

 気軽な『アルフ』という呼び名は、本来そう呼ばれていたアルフレッドへ返す。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


次回より、アルフとアルフレッドの表記が入れ替わります。

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