レオナルド視点 遺体の身元とセドヴァラ教会

 夜も更けてくると、砦へと集まってくる情報の種類も変わる。

 昼の間は収穫祭での馬車暴走事件に関する情報が集まりやすかった。

 集まりやすいというよりも、チャドウィックによる馬車の暴走は現場の被害状況の確認と洗い出しが主になるので、ほとんどただの作業だ。

 火事の痕跡から犯人へと繋がる手がかりを探すものとはまるで違い、すでに起こってしまった被害を纏め上げ、その損害を計算し、補填等の処理をして復興していくだけのことだった。

 これは問題こそ山積みになってはいるが、一つひとつをこなしていけばいつか終わる。


 問題は、桟橋の火事とティナの誘拐だ。

 有力と思える手がかりはカリーサが残してくれた犯人の物と思われる指と指輪ぐらいで、水路を使っての侵入と逃走であったため、目撃者らしい目撃者もいない。

 もしかしたら犯人たちを目撃していたかもしれない桟橋の管理人と倉庫番は、すでに殺されていた。

 他に残っていたものといえば、身元不明の男女四人の遺体ぐらいだ。

 そのうちの一人である女性の遺体は、確認はまだ取れていないのだが、カリーサのものだという確信もあった。


 ……まだ遺体がジゼルであれば、ティナの近くにカリーサがいると安心もできたんだが。


 ティナの側に残っている可能性があるのがカリーサであればいい、と考えて緩く頭を振る。

 その場合はジゼルが死んでいればよかった、ということだ。

 護衛として戦力的には当てにならないジゼルではあったが、代わりに死ねとは思えない。

 カリーサであれば、カリーサなら、とつい考えてしまうのだが、それらはすべて無意味なことだ。

 カリーサはすでに死んでいて、彼女にできる最大限の成果を残してくれてもいた。

 彼女の働きに報いる一番の方法は、彼女の残してくれた手がかりを正しく読み解き、ティナを取り戻すことだろう。


「倉庫の三人の男の身元が判明した」


 集められた情報は一度アルフの元へと届けられ、そこで有力な情報とそうでないものとが選り分けられる。

 遺体の名前が判ったという話は深夜を回ってから届けられたので、アルフも情報の山に埋もれさせられていたはずだ。

 俺はまず目先の案件を処理しなければ、と馬車暴走事件の後処理をしているので、アルフの負担は相当なものだと思う。

 桟橋の火事にまつわる案件は、今のところすべてアルフへと寄せられているのだ。

 とはいえ、どちらの仕事も後回しにはできないので、二人で手分けにするしかない。

 情報の整理といった分野は俺よりもアルフの方が得意としているので、桟橋の火事とティナの誘拐についてはアルフに任せた。

 俺は片付けられる仕事を先に片付け、いつでも動ける状態を作っておく。


「身元が判明した、ということは、街の人間か?」


「わかりやすく言えば、下町のゴロツキだな」


 話とアルフの持って来た報告書へと目を通すために、別の報告書が広がっている執務机の上を片付ける。

 アルフの持つ報告書を受け取ろうと手を伸ばしたら、新たな報告書を広げる前に執務机の上には二人分の軽食が広げられた。


「お二人とも、まずは休憩をなさってください」


 働きづめでろくに休憩もしていないだろう、と従卒のアルノルトから非難の目を向けられる。

 夕食は食べたので注意を受ける程のことではないと思うのだが、働きづめでは効率が落ちるという話も知っているので、これに従う。

 片手でも食べられるように、すばやく大量の栄養が取れるように、と肉類多めのサンドイッチだ。

 アルノルトに降伏してアルフが椅子を持ってくると、その間に熱いお茶が用意される。

 いつでも温かいものが出せるように、と従卒の控えの間には簡易な調理場が作られていた。

 スープを温めるのも、お湯を沸かすのも、いつでもできる。


「倉庫の遺体は、下町でも評判の悪い三人組だった」


 こんな出だしで遺体の身元に関する話が始まった。

 報告書に纏めてはあるが、口頭での報告も必要になる。

 軽食を食べながらの話題ならアルノルトも煩くは言わないだろう、と結局仕事を続けながらパンを口へと運ぶ。


 遺体の男たちについては、近頃羽振りが良い、と周囲で話題になっていたそうだ。

 もとから素行の悪さで人目ひとめを集める男たちで、祭りともなれば昼間から酒場に入り浸って酒を飲んで暴れていたのだが、昨日の収穫祭に限ってどの酒場へも顔を出していなかったらしい。

 それぞれの店では『今夜は別の店で飲んでいるのだろう』というぐらいにしか思っていなかったそうだ。

 客とはいえ、酔って店で暴れるような連中だったので、来なければ来ないで清々していたらしいのだが、今日になって聞き込みに来た黒騎士と話しをしているうちに、昨夜はどの酒場にも男たちが顔を出していないと判った。

 あとは男たちと交流のあった人間を見つけ出し、遺体と対面させて身元の確認をさせる。

 真っ黒に焼けた焼死体で、人相もなにも判ったものではなかったが、腕の古傷や焼け爛れてはいるが服のおかげで辛うじて肌に残された痣などから、くだんの男たちであろうという確認は取れたようだ。


「酒場の店主の証言によると、ジャスパーらしい男がその男たちと一緒にいるところを見たことがあるらしい」


「またジャスパーか……」


 情報が集まれば集まるだけ怪しく思えてくるジャスパーに、苛立ちを誤魔化すように髪を掻きあげる。

 仕事中はきっちりと整髪料で整えた髪だったが、さすがに少しくたびれたのか、乱れ毛がひと房顔にかかって煩わしい。


「ジャスパーはティナと同じメイユ村出身だったはずだろう。同郷のティナに害をなすか?」


「たしかにジャスパーはティナと同郷だが……グルノールの街に来る以前は長く他国にいたことがある。同郷だからといって、ティナに対して『郷里の人間』といったような同族意識を持つかは判らないぞ」


「他国にいた、ってぐらいなら、薬師には珍しいことではないだろう」


 薬師が国を移動することは、さほど珍しいことではない。

 オレリアのように少し変わったなり方をする者もいるが、多くの薬師はまずすでに薬師として働いている者に師事し、そこである程度の薬術と調薬を学ぶ。

 素質ありと師匠に認められれば、神王領クエビアにあるセドヴァラ神殿へと紹介され、そこで更なる修行を積むことになる。

 セドヴァラ神殿で薬術と調薬技術を身につけたと認められ、初めて半人前とはいえ薬師を名乗れるようになる。

 その後、一人前になるための修行期間として各地のセドヴァラ教会へと派遣されることになるのだ。

 派遣先は薬師の足りない故郷で働きたい、というような薬師本人の希望も考慮されるが、最初の数年は完全にセドヴァラ教会の指示で決まる。

 故郷のあるイヴィジア王国で働きたいとジャスパーが希望した可能性はあるが、グルノールのセドヴァラ教会へと派遣されたのはただの偶然のはずだ。

 ジャスパーに他国にいたという過去があったからといって、すぐに誘拐犯の一味だという証拠にはならない。


「……まだ似ているだけの別人、という可能性もある」


「可能性はあるが、ジャスパーも姿を消している以上、調べる必要はある」


 最初からジャスパーが怪しい、と決め付けることも危険だが、まったく疑わないということもできない。

 ティナと共に姿を消したという事実も、集められた情報の中に似た姿が見られていることも、ジャスパーがこの件に無関係であるとは考え難いのだ。


「夜が明けたら、セドヴァラ教会へはジャスパーの経歴を開示するよう要求しておく」


 嫌疑が不当と思えば仲間の薬師を守るため騎士に逆らうこともあるが、今回ばかりは素直に情報を開示してくれるだろう。

 セドヴァラ教会にとっても、一薬師でしかないジャスパーより、日本語の読めるティナの方が高い価値を持つ。

 そのティナの行方不明に自分たちセドヴァラ教会が関与していると疑われているのだ。

 むしろ積極的にその嫌疑を晴らそうと協力してくれることだろう。







 昼過ぎになって、火事の翌日すぐに消えた舟を追った騎士二組が戻ってきた。

 

 二人一組になって川の上流と下流を調べた騎士は、上流を探した組に成果はなかったようだ。

 舟で進める限界まで川を遡り、何も見つけることができなかった。

 それでは舟は下流に流されたのか、と下流の調査に向かった組と合流し、そこで川辺の岩に引っかかっている舟を見つけた。

 あとはその舟を起点に、上流と下流を調べてきたらしい。

 

 結果だけを言うのなら、舟の周辺には誰かが乗り降りしたような足跡は残されていなかった。

 乗り捨てられた舟が流され、犯人たちが降りた場所から離れてしまったのではないか、とも考えて一日周辺を調査したのだが、なんの成果もない。

 舟は追っ手をかく乱するため故意に流されたのだろう、というのが舟を追った騎士たちの見解だ。

 

 もう少し増員して調査範囲を広げる必要は感じるが、ティナは舟を使って連れ攫われたという可能性だけに囚われるわけにはいかない。

 こうなってくると、国境にあるルグミラマ砦、メール城砦へと報せを真っ先に送ったことは正解だったのだろう。

 ティナを連れて馬で国境を強行突破することは不可能だ。

 ということは、犯人は馬車か何かでティナを運び、その分移動速度が落ちている。

 国境の砦へは早馬を出したので、ティナ誘拐と各地への検問設置、国境を越える旅人の荷物検査等を強化することで、ティナを国外へと連れ出される前に取り戻せる可能性があった。


 ……国外に連れ出されてしまうと、捜索は困難になるからな。


 ティナの追跡は、時間との勝負だ。

 倉庫の消火で出遅れている分、一つひとつの判断を誤るわけにはいかない。


 誤るわけにはいかないのだが、ティナの誘拐から三日経ってもこれといった進展のない捜査状況に、俺の我慢も限界に近かった。

 そろそろ犯人の首根っこを捕まえてその首をへし折ってやりたいのだが、駆け出していくべき方角も、犯人の正体すらも判っていないのだ。


「アドルトルの紋章については、イヴィジア王国で調べられる範囲では無理だな」


「他国の貴族の紋章だからな。王族に連なる家や、有力な貴族家なら資料が残っているが、その分家筋のように細かく分かれた新しい家になると、国外へと出すような資料ではなくなる。これ以上を調べたければ、サエナード王国へ行くか、サエナード王国の貴族でも捕まえるしかないだろう」


 大陸中の有力貴族家の紋章を集めた資料ではあったが、金の指輪に残された紋章とはどれも似ているようで僅かに違う。

 一致する紋章があればティナが連れて行かれる場所の予想もできて、その足取りを追うことも、先回りして検問を設置することもできるのだが、一致する紋章自体がないのだから、お手上げだ。

 やはりアドルトルのことならば、とサエナード王国まで行く必要があるかもしれない。


「……王城の図書館なら、もっと資料があるだろうか」


「それはあるだろうが……割ける人手がない。いや、あるか」


 ティナの誘拐という失態は、一度王都へと報告に出向く必要がある。

 現場を離れたくはないし、何か手がかりを掴めればすぐにでも馬を走らせたいのだが、ティナに関することは保護者である俺の責任で、グルノールの街で起こった事件も俺の責任だ。

 俺が王都まで行って事態を報告しなければならない。


「俺が報告に行くついでに調べてくる」


「いや、王都への報告は私が行く」


 ティナ係は私だ、と言うアルフに、一瞬だけまたたく。

 王族内のティナ係はアルフレッドだったはずだが、と考えて、思いだした。

 アルフこそがこの国の第三王子だと、つい先日聞いたばかりだ。

 王子と砦の主であれば、より責任が重いのは王子ということになる。


「……ティナの誘拐は俺の失態だ。おまえに責任を負わせるわけにはいかん」


「勘違いするな。おまえを庇ってのことじゃない」


 ジャスパーの経歴の開示を求められたセドヴァラ教会は、遣いの騎士を待っていたかのように書類を用意していた。

 そして、自分たちの無関係を証明したい、と『ワワラベーラの妙薬』まで用意していた。

 夢の神ワワラベーラの名を戴くこの妙薬は、使用された人間は目を開けたまま夢の世界へと誘われ、すべての警戒心を解かれてしまう。

 そして、聞かれるままに秘密を打ち明けてしまうのだ。

 用量を誤ると使われた人間が廃人になってしまうため、普通は使用を禁じられている薬でもある。

 自分が犯人であると認めている犯罪者や、現行犯で確保した疑いようもなく犯人であることが確定している人間にしか使うことはできない。


 自分たちの身の潔白を証明するため、自らに妙薬を使用する、と言うセドヴァラ教会の責任者に、アルフはそこまでの誠意を見せてくれたのだから、とセドヴァラ教会を信用すると言って責任者を宥め、言葉巧みに妙薬を掠め取ってきた。


「さすがに、王族相手に『ワワラベーラの妙薬』は不味いだろう」


「現行犯で捕まえた疑いようのない犯罪者だ。気にするな」


 ついでに言えば、捕らえたその場で王族の籍からは抜いたことにしておくので、すでに王族として扱ってやる必要もない、とアルフは言う。

 セドヴァラ教会グルノール支部責任者の監督の下、慎重に『ワワラベーラの妙薬』を投薬されたチャドウィックは、呆れる程によくしゃべったようだ。

 その一つひとつを洩らさず記録し、報告とこれまでチャドウィックが行なってきたことへの証拠集めのためにも、一度王都に戻る必要があるらしかった。

 俺を庇って王都へ出向くのではなく、あくまで自分の予定に合致するからであり、今の状況でグルノール砦から団長と副団長が揃って離れるわけにはいかない、という考えもあってのことだ、と。


「ついでにティナ誘拐の捜査に関する指揮権を全部貰ってくる。おまえの失態は棚に上げて、まずはティナを取り戻すことだけを優先できるようにな」


「すまないな。恩にきる」


「謝る必要はない。本当に私の都合で『丁度いい』ってだけだからな。あと、私が砦にいるとおまえが安心して暴走を始める、という理由もある」


「……すまん」


 一応抑えてはいるつもりなのだが、そろそろ飛び出して行きかねないという自覚はある。

 アルフがいれば、それに安心して俺は暴走を始めるだろう。

 四つの砦を預かる騎士団長だなどと呼ばれていても、裏を返せば普段の砦は団長おれ抜きで回っているということだ。

 俺の存在は、必ずしも必要というものではない。

 それが判っているので、背後を任せられる人間がいるということに甘え、ティナを探しに飛び出して行きそうになるのだ。


「ティナはおまえの妹かもしれないが、我が国にとっても、セドヴァラ教会にとっても、失えない宝だ。ティナを取り戻そうと行動することは、国益に繋がる。国に益があるのだから、騎士団を使うことを躊躇うな。後ろめたいことではない」


「解っている。俺が一人で飛び出しても見渡せる範囲は俺の視界だけで、歩ける距離も俺の足が動く限界までだ」


「それが騎士団丸ごとおまえの目や足になると思えば、どれほどの範囲を見渡し、移動できるかはわかるだろう」


 自分が王都へ行っている間に少し頭を冷やしておけ、とアルフは王都へと向った。

 ティナを乗せた馬車の旅は片道だけでひと月かかったが、アルフの移動は王族の移動ではない。

 騎士が王都へと火急の報せを持って、馬での移動だ。

 往復で考えてもひと月はかからない。

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