閑話:レオナルド視点 子ども時代の終わりに 2
※暴行・火事描写有り。
焼死体などのグロ描写もありますので、苦手な方はご注意ください。
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ただでさえ祭りの日は普段の仕事に祭りの警備が追加されて忙しいというのに、元・第二王子のせいで今日のグルノール砦は死ぬほど忙しい。
馬車が暴走した後始末、被害状況の確認と把握、怪我人の搬送、予期せぬ貴人の街への滞在と、仕事がどんどん積み上がっていく。
これではティナが台無しにしてしまったという三羽烏亭の皿焼きを買い直しに行く隙がない。
「宿屋にて、アンセルム王子の滞在が確認できました」
宿へと遣いに出した黒騎士が、チャドウィックの証言どおりにアンセルムの姿を確認して戻ってきた。
一応アンセルム付きの白銀の騎士がいたが、警備らしい警備もない宿に王子を滞在させておくことはできない、と今は警備の堅い砦へと移動してもらっている。
事情聴取の後、アンセルムの扱いが決まれば、改めて城主の館かアルフの館の客間へと滞在してもらうことになるだろう。
幸いなことに、アンセルムはグルノールの街に来てからまだティナと会ってはいない。
許可なくティナと接触してはならない、という決まりを破ったことにはなっていないので、どうとでも扱うことができる。
いい様に利用され、まんまとチャドウィックをグルノールの街へと連れて来てしまったが、アンセルムがしたことはそれだけだ。
「アレに懐きすぎているから、注意が必要だとは思っていたのだが……」
職にも就いていない、比較的
同性の兄弟で、アンセルムの遊びに付き合えた者はチャドウィックだけだ。
アルフレッドは王爵として働いていたし、エルヴィスもまた王爵として働きつつ、クリストフの補佐を務めていた。
王爵を得ていない姉ならば他にもいたが、同性ということもあってアンセルムはチャドウィックにより懐いたのだろう。
アンセルムに直接話を聞いてきた黒騎士によると、アンセルムは自分の意思でティナとの面会許可を取ったと言っているのだが、アンセルムの言葉がそのまま報告されたため、これを聞いたアルフの感想は『見事に誘導されているな』だ。
アンセルムはチャドウィックの誘導にのり、自分の意思で動いたと思っているようだが、アルフから見れば本当に体よく使われているらしい。
アンセルムは少し教育が足りないようだ、と頭の痛そうな顔をしていた。
「末っ子だからと、周りが甘くしすぎたのか」
「しかし、素直に宿で待っていたおかげで、アンセルム王子はティナに会っていない。何事もなかったとして王都へ返せるぞ」
「そこだけが救いだな」
アンセルムの生母であるジョスリーヌへは教育環境を引き締めるように一筆したためようということになって、アンセルムのことはひとまず片付けておく。
とにかく仕事が積み上げられすぎて、個々に時間をかけてはいられないのだ。
「怪我人の搬送は終わったのか?」
「馬車の暴走で怪我を負った者は、セドヴァラ教会へ送った。教会へ送るほどの怪我ではなかった者は、名前を控えて家に帰している」
「セドヴァラ教会も、祭りの日だというのに災難だな。……治療費や被害の算出はどうなっている?」
「どちらもすぐには無理だな。日が暮れてきたから通りの様子は見えなくなってくるし、そもそも馬車で移動していたせいで被害が大きい」
セドヴァラ教会への治療費や怪我人への見舞金、街の整備費については、王都の第二王子が使っていた家具等を売って充てることになるだろう。
王爵を得る気のない王の子は、王の
本当の意味で子どもでしかない未成年の王族はこれに限らないが、成人を過ぎても働かない子どもにかける無駄な
王族の着るもの、食べるもの、そのすべてが生母である妃のための予算から切り崩されていく。
そのため、王爵を得ることが不可能だと判断された王の子は早々に婿や嫁入り先を探し、妃の離宮から出されることになる。
チャドウィックが四十を手前にして生母の離宮に留まっていることは、極めて異例なことだ。
細々とした報告を聞き、一つひとつ確実に対処していく。
そうしている間に、天幕の中へとランタンが持ち込まれる時間になった。
もうそんな時間なのか、と天幕から顔を出して空を見上げると、すでに空の色は藍色に近い。
……一度休憩をとって、そろそろティナを迎えに行かないとな。
アルフと交代で休憩を取り、その間にティナを迎えに行こう。
そんなことを考えながらぐるりと空を見渡すと、北の空だけが妙に明るい気がした。
……いや、明るいというよりは……赤い? すこし黒い影も見える気がするが……。
何かおかしい、と目を
今日は収穫祭ということで、遅くまで開いている店もあるだろう。
しかし、この空の明るさは、街の光ではない。
……位置的には、北の桟橋のあたりか……?
何か変だ。
そう思った時には、周囲の黒騎士へと指示を飛ばし始めていた。
こういった時の勘には自信がある。
何かおかしいと感じているのだから、街の北で何かが起こっているのだ。
「アルフ、セドヴァラ教会でティナの確認をしてきてくれ。迎えに行くまで待っているように言ってあるから、まだセドヴァラ教会にいるはずだ」
「おまえが迎えに行くと言ったのなら、おまえが行け」
ティナが待っているぞ、と肩を竦めながら言うアルフを黙殺する。
俺の勘としては、街の北だ。
セドヴァラ教会ではない。
「妙な胸騒ぎがする。俺はあちらへ向かうから、おまえはティナの無事を確認してきてくれ」
色の変わった空を指差すと、アルフもなんらかの異常が起きていることを察したようだ。
からかいの色は早々に奥へと引っ込めて、馬の用意をしつつ黒騎士へと指示を出し始めた。
「体力の余っている者は俺と来い!」
空が夕焼けとは違う色に色づいているのだ。
あの空の下で、火事が起きている可能性がある。
俺の声の異常性に気付き、周囲の黒騎士の顔つきが変わった。
みな一斉に状況を掴もうと動き始め、空を見上げる者、まずは俺の指示を待つ者とに別れていく。
あとは精鋭揃いの黒騎士は行動が早い。
馬を集めてくる者、火事であった場合に必要な道具を集める者、と実に手際よく働き始めた。
道具集めの指示はパールに任せ、馬の用意ができた体力と腕力自慢の黒騎士を率いる。
あとはひたすらに街の北へと馬を走らせた。
グルノールの街の北には川が流れている。
その川の源流はエラース大山脈にあり、グルノールの街の真横を通り、ラガレットの街へと流れ、さらにその先にあるティオールの街へと続き、海へと合流していた。
外の街から物を運びこむ時も、グルノールの街から物を運び出す時にも、まず一度荷物が集められるのが、街の北にある桟橋だ。
城門を抜けて真っ直ぐに桟橋を目指す。
門を出てすぐに、かすかに焦げ臭いにおいが風に乗ってきた。
チリチリと背筋を這い上がってくる嫌な予感に、手綱を握る手に力がこもる。
「倉庫番は何をしている!? 誰か様子を! 他の者は消火にあたれっ!!」
駆けつけた桟橋では、やはり火の手があがっていた。
九つある倉庫の一番端にある建物から炎が吹き出ており、すでに隣の倉庫へも火が燃え移っている。
誰か人はいなかったのか、なぜ街へと助けを呼びに来なかったのか、と周囲を探すのだが黒騎士以外の人影はない。
……おかしい。
そうは思うのだが、まずは火を消さなければならなかった。
何がおかしいのかを調べるのは、火を消した後だ。
「団長、倉庫番と桟橋の管理人が殺されているのを見つけました」
燃えている建物と隣接する倉庫を壊すことで他への被害を最小限に抑えようとしているところへ、桟橋の管理小屋へと様子を見に行ってきた黒騎士が戻ってくる。
倉庫番も管理人も殺されていたという報告に、やはりこの火事は故意に引き起こされたものだと判った。
倉庫に火を放たれたということは、倉庫の中には燃やしてまで消したい物があるのだろう。
……とはいえ、これだけ燃えていては中の確認は不可能だぞ。
どうにか中を荒らさずに消火できないものかと懸命に試み、やっと火が消えたのは夜が白々と明け始めた頃だ。
結局、燃え盛る倉庫に対して有効な手段など思い浮かんだとしても使えず、できたことといえば周囲への延焼を抑えるぐらいだった。
……アルフはどうした?
ティナの様子を見に行かせたはずなのだが、その結果を報せにアルフが来ない。
グルノールの街で黒騎士たちの指揮を取っているのなら仕方がない気がするが、それにしても代理を立てて連絡を寄こさないのは不自然な気がした。
……何が起こっている?
焦る気持ちはあるが、それを無理矢理に押さえ込む。
焦ったところで何も良いことなど起こらない。
何かあるとすれば、焦る心から何か大切なことを見落として足元を掬われるだけだ。
周囲が明るくなるのを待って、まだ熱の残る焼けた倉庫を片付け始める。
殺されていたという倉庫番たちを調べるのは、他の黒騎士に任せた。
俺はどうしても、この倉庫が気になる。
屋根は完全に焼け落ちてしまったが、その分軽く、壊しやすくもあった。
馬と人を使って多少形の残った部分を取り除くと、倉庫の中にあったものの様子が判ってくる。
屋根を退かして現れたのは、真っ黒に焼けた男女数人の遺体だ。
奇妙なことに手足が取れておかしな場所へと落ちている遺体があるため、咄嗟に数は判らなかったが、数えてみたら全部で四つの遺体があった。
……子どもの遺体はなし、か。
無意識にティナの姿を探し、緩く首を振る。
ティナはセドヴァラ教会に置いてきたので、こんなところで焼死体になっているはずもなかった。
……女性は一人、手足が取れているのは男だけか。
遺体の様子を確認しながら、いくつか気付くことがある。
手足が取れているのは男たちの遺体で、それぞれ倉庫の中のあちらこちらに散らばっていた。
しかし女性の遺体は倉庫の奥で
女性の遺体だけが、他の遺体と様子が違っていた。
……変だな?
女性の遺体の横へと膝を突き、その顔を覗きこむ。
肌は真っ黒に焼け焦げて髪も残っていないのだが、妙に顔が気になった。
……そうか、口を閉じているんだ。
火事に巻き込まれて死んだ遺体は、大きく口を開けて苦悶の表情を浮かべていることが多い。
それがこの女性の遺体は、体は丸く蹲り、口は固く閉ざされていた。
「カリーサ、何を隠している?」
口から自然に出てきた名前に、背筋を嫌な汗が流れる。
黒く炭化し、顔も判らない女性の焼死体だ。
だというのに、俺の口からは自然に彼女の名前が出てきた。
およそ、こんな場所にいるはずのない娘の名前だ。
口から出してしまった名前を引っ込めることもできず、無言で遺体の口元へと手を当てる。
固く閉ざされた口の膨らみに何かが隠されている気がして探ると、顎の筋肉が焼ききれたのか口が開き、中から血と金色の指輪の嵌った男の指が零れ落ちた。
「……この指の主が、この火事を引き起こした犯人か?」
答えなどあるわけがないと判りつつ、遺体へと話しかける。
この遺体が本当にカリーサなのだとしたら、いつまでも蹲らせてはおけない、と体をひっくり返して抱き起こす。
と、その動きにあわせ、腕が地面へと落ちた。
「これは……」
蹲って庇われていたため、腹は炭化していない。
それでも真っ赤に焼け爛れた腹部は、服の燃え残りどころか下着を着ていた形跡すらなかった。
むき出しになった乳房と腹部に目が行くかと思えば、そんなものよりも余程気になる物が遺体の腹にはくっついていた。
それに気が付いてみると、地面に付いていたため炭化していない両手にも同じ物が付いているのが判った。
「これは、ティナの髪、か?」
ただの短い黒髪だ。
それが大量に女性の遺体の下から出てきた。
それだけのことだと思うのだが、どうしてもこの遺体がカリーサの物に思えるし、髪はティナの黒髪に見えてしまう。
カリーサは炎の中で、ティナを守っていたのだ。
「すぐに街とルグミラマ、レストハムへ伝令を出せ! 十三歳の少女が少年に偽装されて連れ攫われた可能性がある! 我が国から出て行こうとする人間を徹底的に検めろっ!!」
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