第17話 さすがにそろそろ慣れてきた

 結婚式というものは、どこの世界でも大差ないらしい。

 法と秩序を司るソプデジャニア教会の祭司が式を執り行い、新しく夫婦となる二人への有難い説法と誓いの言葉の後、婚姻誓約書へと夫婦二人で署名をして終わる。

 誓いのキスや、ブーケトスのようなイベントはないのだが、女の子へは幸せのお裾分けとして木の実で作られたブレスレットが贈られた。

 これは希望すれば男の子でも貰えるらしい。

 ただ、子宝に恵まれますように、という願いが込められたブレスレットであるため、欲しがる男の子はほぼいないようだ。


 式が終わってお酒が振舞われるようになり、披露宴はあっという間に酒宴に変わる。

 子どもの私には居づらい場所に変わってきたので、新郎へともう一度挨拶をしてローレンツ邸を後にした。


 レオナルドのお遣いは果たしたので、当初の予定通りに収穫祭を回ることにする。

 騎士の住宅区を出て大通りに入れば、ペトロナの家はすぐそこだ。


「うわぁ。収穫祭なのに、お客さんがいっぱいですね」


 気のせいでなければ、普段よりも賑わっている。

 収穫祭は実りの秋を祝う祭りなのだが、糸や生地を取り扱うペトロナの店が賑わっているのはなんだか不思議な気がした。


「収穫祭はあちこちで結婚式があるから、花嫁さんに影響されて刺繍をしたくなる人が多いの」


 いらっしゃい、ティナちゃん、と久しぶりにペトロナから『ティナ』と呼ばれてホッとする。

 近頃は『ティナ』から『クリスティーナ』と呼び方を改める人がいて、少し寂しかったのだ。


「来年こそは自分が、とか、まずは春華祭に素敵な恋人を作らなきゃって、もともと秋は刺繍糸がよく売れるの」


「なるほど。納得しました」


 冬は家に籠っている時間が長くなるので、春華祭に向けて凝った刺繍をするにもいいのだろう。

 私は一年中刺繍をしているが、他の仕事をしている女性には纏まった時間が取れる季節といえば冬になる。

 収穫祭で結婚する花嫁に憧れて春華祭に向けた刺繍をするのなら、秋に刺繍糸を買って冬に時間をかけて刺繍をすればいい。


 アーロンを土産としてペトロナへとけしかけつつ、店の中を観察する。

 お祭りということで普段よりも着飾った女性たちが、熱心に色鮮やかな刺繍糸や生地を見ていた。

 今生では、花嫁衣裳は各家庭で作るものだ。

 年頃の女性ともなれば、花嫁衣裳への憧れというものも強いのだろう。

 さすがに貴族ともなれば仕立屋で衣装を作らせるが、それでも最後の仕上げとして刺繍ぐらいは花嫁が入れる。

 私がお嫁に行くことがあれば、レオナルドがはりきって仕立屋を呼んで花嫁衣裳を作らせることだろう。


 ……その前に、レオナルドさんのトラウマを治さなきゃね。

 

 なにか恋愛的なイベントでも起きないものかとアーロンを連れてペトロナに会いに来たのだが、特になにも起こらない二人だ。

 アーロンが鈍いのか、白銀の騎士と商家の娘ではどうにもならないと最初から諦めているのか、ペトロナが春華祭に刺繍を贈ったのも一度だけだ。


 ……ペトロナちゃんが跡取り娘なんだっけ? それじゃ、二人が成立するためにはアーロンが騎士を辞めて商人になるしかないから、無理だね。


 もしくは跡取りをペトロナの兄弟に引継ぎ、ペトロナがアーロンに付いていくしかない。

 娘が跡取りとして良いとされる風習のあるこの世界では、なかなか難しそうだ。


 糸の購入についてまた館へ呼ぶかもしれない、という話をして店を出る。

 雑貨を取り扱うエルケの店も覗いたが、似たような賑わいをみせていた。

 収穫祭は食べ物系の店が賑わうお祭りかと思っていたのだが、やはりお祭りという日はどの店も稼ぎ時のようだ。


 大通りと中央通の交わる広場に出ると、今年のウェミシュヴァラ・コンテストが終わったところだった。

 舞台中央で微笑みながら手を振っているのは、以前も優勝していた美女だ。

 王都にいた二年の間はどうか知らないが、私が初めて見たウェミシュヴァラ・コンテストでも優勝していたし、その時点ですでに二年連続優勝とのことだったので、そろそろフェリシア同様に殿堂入りとして出場停止になるのではないだろうか。


 中央通には大道芸人や食べ物の屋台が立ち並ぶ。

 その中にコラルを使った焼鳥屋があるのを見つけ、レオナルドへのお土産にと焼き鳥を三本購入する。

 私はコラルの匂いが苦手なのだが、レオナルドはこれが好物らしかった。


 ……そういえば、テオも好きだったね、コラルの焼き鳥。


 ベルトランに好きな物を買って来いと大銅貨一枚を渡されて、買えるだけコラルの焼き鳥を買ってきたのを覚えている。

 テオと並んでおいしそうに焼き鳥を食べていたミルシェを思いだし、焼き鳥を追加で購入した。

 私以外の人間は、このコラルの香りに食欲を刺激されるらしい。


 ……私は匂いのキツイ香草焼きより、焼き栗の方がいいけどね。


 焼き栗の屋台を見つけ、量り売りをしていたので十粒購入した。

 前世で見た甘栗より大きな粒なので、全部食べたらお腹がいっぱいになってしまう。

 そのため、味見として一つを食べただけで、後はコートのポケットへと入れる。

 焼きたての栗は、地味に温石おんじゃく代わりになってくれて嬉しい。


 ……ホクホクで美味しいけど、甘栗みたいな甘さはないね。


 ナパジに行けば甘栗があるだろうか、と考えながら歩いているうちに仕事中のレオナルドを見つけたので、コラルの焼き鳥を差し入れとして渡しておく。

 これで荷物が少なくなったのだが、うっかりミルシェの分も渡してしまったので、帰りにまた買う必要があるかもしれない。


「収穫祭は、食べ物天国ですね」


 右を見ても、左を見ても、食べ物の屋台ばかりである。

 調理法として焼くだけの焼き芋はともかくとして、じゃがバターの屋台まであるのは、絶対にこれを始めたのは日本人の転生者だと思う。

 モンブランケーキが『モンブラン』として定着してしまっているのだ。

 気付かれていないだけで、転生者が持ち込んだものは意外に多い。


わたくしはクリスティーナお嬢様が屋台で購入した物を躊躇いなく口へ入れられることが不思議です」


 貴族の娘は普通屋台で売っているような物は食べない、と指摘されて、味見にどうぞ、と焼き栗やじゃがバターを差し出すたびに一瞬ジゼルが躊躇っていた理由を知る。

 こどもの食べ物を横取りするなんて、と遠慮していたのではなく、屋台で売られている物を口にするなんて、という葛藤があったのだろう。

 貴族のお嬢様は、基本的にお抱えの料理人が作った料理しか食べない。


「わたくしだって、普段から屋台の食べ物を食べているわけではありませんよ?」


 お祭り限定のメニューであったり、普段は見かけない屋台であったりとするから、今日はせっせと心惹かれる物を購入しているのだ。

 普段は館から出ないので、私のおやつはほとんどカリーサ作である。


 三羽烏亭で私が持てるだけの皿焼きを購入すると、私の外出の目的はすべて達成だ。

 温かいうちに一つずつカリーサたちと皿焼きを食べ、後は館へのお土産として持ち帰る。


「今日はミルシェが一緒じゃないんだな」


「ミルシェはお祭りの料理を教わるそうなので、今日は連れ出せませんでした」


 だからお土産を買って帰るのだ、と焼き栗や買ったばかりの皿焼きを見せると、ミルシェの様子を気にする店主が皿焼きを少しおまけしてくれた。

 私は餡子が好きなのだが、どうやらミルシェはカスタード派らしい。

 カスタードの挟まった皿焼きが五つも増えた。







 ミルシェやタビサたちのお土産も買ったし、と購入したものを確認し、来た道を引き返す。

 私の歩いて良い道はレオナルドに決められているので、帰りは来た道を引き返すだけだ。

 ついでにコラルの焼き鳥をもう一度買わねば、と考えながら歩いていると、通りの向こうから女性の悲鳴と物が倒れる盛大な音が聞こえてきた。


「わっ!? 驚いた」


 祭りの喧騒とは種類のまるで違う叫び声に、一瞬意識がそちらへと向かう。

 視線を悲鳴の聞こえた方向へと向けているのは私だけではない。

 カリーサやジゼルはもちろん、周囲の人間が一斉に悲鳴の聞こえている場所を見ていた。


 ……何が?


 何が起こっているのだろう。

 そう思って向けた視線の先にあったのは、いかにもならず者といった風情の薄汚れた三人の男と若い娘だった。

 これはどこか街の角に立っている兵士か黒騎士へと知らせた方がいいだろう、と思考する私の目の前に黒い影が落ちる。

 一瞬何が起こったのか判らなかったが、それでも反射的に落とすまいと皿焼きの入った袋を抱きしめる手に力が入ったのは、さすがの食い意地だと思う。

 あっと言う間もなく大きな手が私の口を塞ぐ。

 気が付いた時には太い腕がお腹へと回されていて、すぐ横の路地へと運び込まれていた。


 ……え? 誘拐?


 この状況で誘拐以外のことがあるだろうか、とこんな状況でも冷静なのは、そろそろ慣れてきたからだろう。

 思い返せば、誘拐されそうになることの多い人生だ。

 一度目はラガレットの街のサンルームで攫われかけ、二度目は同じくラガレットの画廊で攫われている。

 精霊に攫われることもあるが、人間に攫われそうになるのはこれで三度目だ。

 未遂や計画があったという話だけなら、もっとある。


 ……今度の誘拐は解決までに何分だろうね?


 腰に腕を回されて後ろへと持ち上げられる形で運ばれている。

 誘拐犯が背を向けている背後がしっかり見える私には、すぐに追いかけて来てくれている黒柴コクまろやアーロン、カリーサの姿が見えていた。


 ……うん、ジゼルはやっぱりスタートダッシュも遅いね。


 思考に余裕があるのは本当に慣れてしまったということもあるだろうが、やはり怖いのだと思う。

 知らない男に力任せに運ばれて、怖くない人間はいない。

 だからといって恐怖に飲まれてしまってはいざ逃げ出す時に身動きできなくなってしまうので、故意に余裕を持って状況を観察する。


 ……ヘルミーネ先生の教えにあったもんね。理性と感情は分けて行動できるようになりなさい、って。


 怖がるのも、恐怖に泣くのも、後でレオナルドの元に戻ってから好きなだけすればいい。

 今はこの誘拐犯から無事に逃れるため、できるだけ平静を保つべきだ。


 建物の影で薄暗い路地を抜け、急に明るくなった視界に目が眩む。

 思わず目を閉じると、一度大きく体が上下に揺られ、次の瞬間には固い板の上へと投げ出された。


「……かはっ!?」


 おかしな体勢で床へと叩きつけられ、圧迫された肺から空気が押し出される。

 どこに連れ込まれたのか、と体を起こす背後から扉の閉められる音がして、直後に黒柴の吠える声と男の悲鳴が聞こえた。


 ……コクまろが追いついてくれたみたい?


 けほけほと肺が落ち着くまで小さな咳を繰り返し、ゆっくりと体を起こす。

 振り回されたために目が少し回っているが、目の前には上等な布の張られた座席があった。

 とりあえず座席を借りて体を起こそう、と腕を伸ばすと肩がズキリッと痛む。

 乱暴に扱われたため、また打ち身でもしているようだ。

 よく見たら、膝にも擦り傷ができている。


「さすがに動き出されたら困りますっ!」


 足元が揺れ始めたのを感じ、目の前の座席からここが馬車の中であると判った。

 こうなったら少し体が痛い程度は飲み込むしかない。

 ズキズキと痛む肩と膝を無視して扉へと向き直ると、ステップのあたりで大きな音がして、閉じられたばかりの扉が開かれた。


「アーロン!」


 馬車の扉を開けて姿を現したアーロンに、思わず歓声をあげる。

 馬車が動き出した時はさすがに肝が冷えたが、今回の誘拐もこれで解決しそうだ。

 アーロンの体の向こうには、汗をかきながらも全速力で走っていると判るジゼルが見え、そして消えた。

 馬車の速度が上がってきたらしい。

 揺れも少し激しくなってきた。


「どういうおつもりかご説明願います、チャドウィック王子」


「王子?」


 アーロンの視線は私へではなく別の誰かへと注がれている。

 その視線を追って馬車の中で首を巡らせると、私が叩きつけられた座席の向かいに金髪の男性が座っていた。

 人のよさそうな、温厚そうにも見える笑みを浮かべた男性だ。

 ゆるく波打つ金髪に、第一王子エルヴィスと似た顔のつくりをしている。


 ……変な顔。年齢的には大人のはずなのに、大人に見えない。


 美醜という意味では、悪くはない。

 ただ、社会に出ず歳だけ重ねた人間のような顔つきをしていた。

 子どものように無邪気な表情を浮かべ、しかし体だけは年相応に成長しているために、違和感がある。

 そんな感じだ。


「平民風情が無礼であろう。この私を誰だと思っている」


「我が国の王族であらせられるチャドウィック第二王子とお見受けいたしますが?」


 まさか王族が人攫いの真似事などしないだろう、とアーロンの目が細められる。

 この二年、護衛対象である私は主として扱われてきたが、アーロンは敵への挑発行動として慇懃無礼な態度をとる時がある。

 どうやら第二王子に対しても変なスイッチが入ったようだ。

 というよりも、私の護衛として働き始めたのだろう。


「外に掲げた紋章が見えなかったのか? 貴殿は王族の馬車へと勝手に乗り込み、恐れ多くも王族である私に剣を向けようとしている。これが白銀の騎士にとってあってはならぬ事態だと解っておるのだろうな?」


「あの紋章で黙るのは権力におもねる白騎士ぐらいでしょうね。王爵でもない王族の紋章など、白銀わたしはもちろん、黒騎士もすぐに集まってくるでしょう」


 なにやら口論を始めた二人に、私はというとそっとアーロンへとにじり寄る。

 助けが来たのだから、いつまでも馬車に乗って運ばれている必要もない。

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