第16話 収穫祭の結婚式
季節は秋に変わったのだが、まだ秋物の服に替えるには少し暑い。
それでも肌寒い季節になってきたので、私の服も半袖から長袖に替わった。
ここ数日のミルシェはカリーサに付いて私の世話の仕方を教わっている。
淑女の身だしなみの整え方だとか、王都で流行していた編み込みの仕方だとか、下働きとは少し毛色の違う仕事だ。
……ミルシェちゃんの練習台になるなら、髪の毛は切らない方がよかったね。
精霊の八つ当たりで不揃いな切られ方をしてしまったため仕方がないのだが、ここにきてようやく惜しいことをしたという気がしてきた。
女の子の髪を切るなんて、とフェリシアが精霊に対して怒っていたが、あれは妥当な怒りだったのだろう。
……カリーサに付いて仕事の勉強中なおかげで、ちょっとミルシェちゃんとお話しする時間は増えたよ。
主人と使用人の区切りはつけなければ、と庇いすぎるのは止められているが、一日の終わりに少し話すぐらいは許されていた。
それが、今はちょっとした雑談を挟み込む隙がある。
……部屋付きの
私の
……レオナルドさんも、すっかり前の生活に戻ったね。
離宮へ行く前の生活ではなく、私が城主の館へと引き取られた頃の生活だ。
館へと帰ってくる時間が不規則で、ほとんど寝に帰ってくるだけの状態とも言う。
以前と少し違うところがあるとすれば、私が起きている時間に帰って来ることだろうか。
前はタイミングによっては私の就寝中に帰ってきて、起床前に出かけて一日以上顔を合わせないということもあったのだが、今は一日に一度は顔を合わせていた。
……ほとんど仮眠を取りに戻って来てる感じなのは気になる。
その仮眠中も、私の隣に陣取ってベッドで横になろうとはしない。
見かねてベッドで寝ろと注意した時は、ならば一緒に昼寝をしようと誘われた。
レオナルドのトラウマは、順調に悪化しているようだ。
……いつになったら安心するんだろうね?
レオナルドの仮眠に付き合って、ベッドの端に座って過ごすことがある。
そういう時は横になって眠るレオナルドを眺めながら刺繍をしたり、本を読んだりとして過ごすのだが、睡魔に負けてレオナルドの体の上へと倒れこんでも起きないが、用事があってベッドから立ち上がっただけでもレオナルドは目を覚ます。
これで本当に眠れているのかと、少し心配だ。
アルフはこの束縛っぷりを見て頭を抱えていたが、束縛という意味では特に不自由を感じていない。
ただ、まともに眠れていないのではないか、という意味では心配である。
……精霊も困ったことをしてくれたね。
砦から戻ってきたレオナルドに渡された報告書へと目を落とす。
王都ではどうやら増員する私の護衛が決まったようだ。
レオナルドは新人を連れてこようとしたようなのだが、私が早々にグルノールの街へ戻ることを希望していたし、護衛の騎士自身の希望ということで、フェリシアの護衛をしていた白銀の騎士がグルノールへと来ることになった、と報告書には書かれていた。
「覚えのある名前ですね?」
王都での引き継ぎが終わり次第グルノールへと派遣する、と締めくくられた報告書に、添付されていた身上書へと目を移す。
覚えのある名前に、離宮で何度となく言葉を交わしたフェリシアの護衛たちの顔を思い浮かべると、身上書に綴られた名前の主がその中にあった。
「あれ? フェリシア様のお気に入りの騎士?」
フェリシアお気に入りの、うっかりしたら女性に見えるほど可憐な容姿をした騎士の姿を思い浮かべ、もう一度報告書へと目を通す。
何度読み直しても『本人の希望によるグルノールへの出向』と書かれていた。
……フェリシア様、なにしたの!?
フェリシアのお気に入りの騎士がグルノールへ来るというのなら、フェリシアが私を気にかけてくれて信用できる者を送ってくれたのか、フェリシアから騎士が逃げ出したいかのどちらかだろう。
女神の美貌を持つフェリシアに気に入られて逃げ出したがるという気持ちはわからないので、たぶん前者だ。
後者であったとしても、前者だ。
秋が少しだけ深まると、収穫祭の季節がやってくる。
今年も街路樹の下に花の咲いた鉢が飾られる等、日々お祭りの雰囲気が増しているらしい。
『らしい』というのは、私はあまり館の敷地外へと出ないため、タビサに付いて市場へと買い物に行くこともあるミルシェから聞いた話だからだ。
……お祭り系は、基本的にレオナルドさんはお仕事なんですよね。
追想祭は夜に祭祀を行うため、昼間は仮眠の時間として休みである。
ところが、私が精霊の寵児として追想祭に参加しているため、本来は仮眠をとっているはずの時間もレオナルドは起きて私に付き合ってくれていた。
春華祭や収穫祭は、街のあちらこちらに立つ警備の黒騎士や兵士と同じように働いている。
一般のご家庭ではお祭りは休日扱いなのかもしれないが、黒騎士の兄を持つ我が家では普通に仕事の日だ。
……たまには遊びに行こうかなぁ?
いくら引き籠り上等な私でも、たまには外へ出て遊ぼうと思う時もある。
とはいえ、いざ収穫祭に出向こうと考えても、お目当ては三羽烏亭のお祭り限定メニューぐらいしか思い浮かばなかった。
目当てが一つだけとなると、途端に出かけることが面倒になってくる。
たった一つのお目当てのために、アーロンやジゼルを付き合わせるのは悪い気がするのだ。
そんなことを考えていたら、珍しくもレオナルドから用事を申し付けられた。
「騎士の住宅区で結婚式があるから、俺の名代として贈り物を届けつつ、少し顔を出してきてくれないか?」
「お使いぐらいは喜んで行きますが、わたくしが行ってレオナルドお兄様の代わりになどなるのでしょうか」
騎士の住宅区で行われる結婚式ということは、新郎はほぼ黒騎士である。
騎士団長のレオナルドが出席するのと、その妹が出席するのとでは、意味が違ってくるだろう。
「ティナも知っているローレンツの結婚式だ。メイユ村に行った時もいたし、ワイヤック谷へも遣いに出したことがあっただろう?」
「ああ、あの
あとで聞いた話なのだが、メイユ村に来る際の人選として、レオナルドはわざと強面の黒騎士ばかりを選んで連れて行ったらしい。
当時の私は強面だらけの騎士たちに、騎士になるための必須条件が強面な顔なのか、とも思ったはずだ。
「あの強面でも嫁が見つかったらしい」
数年前にテオとの勝負で春華祭に砦へと贈り物を運んだのだが、あれ以来黒騎士の家の子どもなら春華祭に限り砦へと入れてもいいだろう、と規則を緩めたのだとか。
その甲斐あってか、ここ数年はグルノール砦で結婚する黒騎士が続出しているらしい。
おめでたいことである。
「……女の子は花嫁さんとか好きだろう。見ておいで」
「初恋もまだなわたくしに、結婚願望や花嫁さんへの憧れのようなものはないのですが……」
もとから外出をしようとは考えていたし、レオナルドの名代という用事が増えるのなら、私の重い腰も上がりやすくなるだろう。
現に、三羽烏亭の限定メニューのためだけに出かけるのもな、と少し躊躇っていた気分が上昇中だ。
「では、少し出かけてくることにいたします」
「ああ、行っておいで。くれぐれもアーロンとコクまろから離れないように」
「ジゼルを忘れていますよ!」
さて、遊びに出かけることが決まったぞ、と外出の準備をする。
薄手のコートを用意してもらって、久しぶりに黒猫の財布を引き出しから取り出す。
九歳の時に『子どもらしいだろう』と選んで買ってもらった黒猫の財布は、今の私が持つには少し違和感があった。
……新しいお財布を買おうかな? でも、そもそも私がお財布を持って出かける機会自体がないような?
レオナルドの妹としてお嬢様扱いされる私の買い物は、レオナルドから預かっている財布でカリーサやタビサが支払う。
もしくは、レオナルドが同行している時はレオナルドがすべて支払う。
私がお財布を持って買い物をする機会などもとから少なかったし、これからはますます少なくなって行くだろう。
財布を新調するかどうかは、悩みどころだ。
……まあ、いいや。今日は黒猫で。
お祭りを見学しながら、気になる財布を見かけたら買えばいい。
まずは小銭を確認して、と開いた財布の中身に、出かける前に一度タビサに両替してもらう。
お祭りの屋台で買い食いをするには、銀貨や銅貨よりも粒銅が役に立つのだ。
「あ、三羽烏亭にも行くので、ミルシェを誘いましょうか?」
「今日のミルシェは、タビサがお祭りの料理を教えるのでダメです」
女中として私の世話を完璧に覚えればお供を任せてもいいのだが、残念ながらまだまだミルシェ一人に私のことを任せることはできないらしい。
護衛までこなせるカリーサに並ぶ女中に、ミルシェが本当になれるのかはわからないが。
「わかりました。ではミルシェにはお土産を買ってきましょう」
コートを着て玄関を出ると、殺風景な玄関にアーロンが眉を顰める。
馬車には乗らないのか、と。
「歩いていける距離ですよ?」
どこへ行くにも馬車に頼らざるを得ない王城ほど広くはないので、グルノールの街では基本的に私は徒歩だ。
運動らしい運動もしていないので、出かける気になった時ぐらいは歩いた方がいい。
「あと、今日は人通りが多いはずですから、馬車は危ないと思います」
「馬車の方が安全なのですが……」
護衛対象の危機感が足りない、とアーロンは少し遠い目をした。
それから、使用人を増やす予定があるのなら、まず
一応はお嬢様なのだから、身の安全を第一に考えろ等々、小言の始まったアーロンに、そういえばしばらくペトロナに会っていないな、と思いだした。
グルノールの街へ戻ってきてから、お世話になりましたと一度ペトロナの両親の元へ挨拶に行ったきりだ。
……うん。アーロンを連れて行って、ペトロナちゃんの驚く顔を見よう。
収穫祭へと出向く用事がもう一つできたぞ、と内心で思いついたばかりの悪戯にほくそ笑みながら歩き始めた。
レオナルドに遣いを頼まれた家は、城主の館からそれほど離れていない。
黒騎士の家は騎士の住宅区にあるため、もしかしたら私の部屋の窓から見えるかもしれないぐらいだ。
隣を歩く
結婚式、ということで門からすでに花や布で飾られている。
この国の結婚式は教会で式をあげるのではなく、夫婦の新居で行なわれることになっていた。
城壁に囲まれた砦の街ということで土地が限られているため、さすがに新居というのは難しいのだが、夫婦が住むことになる家で結婚式が行なわれるということに違いはない。
「兄の名代として、新郎新婦に贈り物を届けに参りました」
そういって淑女の礼をすると、門番として立っていた黒騎士は笑顔で私を通してくれる。
団長の代理が
さすがに砦にいるすべての黒騎士の顔を知っているとは言えないが、私の顔を知っている黒騎士は多い。
新郎新婦へと贈り物と祝いの言葉を贈り、これでひとまず役目を果たしたぞ、とホッと一息つく。
このまま帰ろうか、もう少し結婚式を見て行こうかと考えていたら、新婦の祖母に食事もどうぞ、と誘われたので少し頂いて行くことにした。
……食事を勧められて断るのも失礼かな? って思っただけですよ。たまには違うご家庭の味を食べてみたいとか思ったわけじゃないですよ。
決して食欲に負けたわけではない、と心の中で言い訳をしながら、新婦の祖母お薦めの川魚のパイをいただく。
タビサの料理に近い味付けで、それでも他所のご家庭の味というだけあって、少し違和感もあった。
……でも美味しい。それに、花嫁さんも綺麗。
来るまではそれほど興味のなかった花嫁さんなのだが、実物を見たらさすがにキュンときた。
なけなしの私の乙女回路なのだが、辛うじて正常に動いているようだ。
……純白のウエディングドレスってわけじゃないんだね。
どこかの転生者が持ち込んでいても不思議はなさそうな気がするのだが、意外なことに花嫁衣裳は白くない。
光沢のある赤い長衣に色鮮やかな花々が刺繍された花嫁衣裳だ。
引きずるような長さではないが、一応ベールもある。
ベールを頭へと固定しているのは前世で見たようなティアラではなく、木の実や蔓で作られた冠だ。
木の実を使っているのは、木の実は秋の実りということで、子宝に恵まれますようにという祈りが込められているらしい。
秋の花嫁は木の実で冠を作るのだが、春は花冠、夏は青葉で冠を作る。
一番人気はやはり秋の結婚式で、冬に結婚する者はほとんどいない。
冬になる前に結婚して、冬は家に籠って制作活動に没頭するというような大人な理由もあるような気がした。
少なくとも、メイユ村のような閉ざされた村ではそうだった。
……あれ? そういえば、使用人の結婚相手を探すのって、女主人のお仕事?
ジゼルは貴族の娘なので、実家がどうにかするだろうと心配はしていないが、問題はカリーサだ。
カリーサには結婚相手を探してくるような親がいない。
それどころか、私にはいまいち理解できないのだが、三つ子ということが理由で嫁の貰い手はないだろうとレオナルドからも聞いたことがある。
どんな迷信があるのかは知らないが、双子だろうが、三つ子だろうが、私から見ればカリーサはカリーサだ。
三つ子だからと言って二の足を踏むような男に、カリーサをお嫁にあげる気はない。
……でも、カリーサ自身はどう思っているんだろうね?
カリーサは自分の将来をどう考えているのだろうか。
今見たばかりの花嫁さんに影響されているという自覚はあるが、急に気になってきて、それをそのまま伝えてみた。
「結婚、ですか? 特に予定も憧れもありませんが……」
心底不思議そうな顔をしたカリーサに見下ろされ、なんだかこちらが不安になってくる。
カリーサには自分の将来の夢だとか、いつか子どもを持ちたいだとか、そういうものはないのだろうか。
「ティナお嬢様が必要としてくださる間はお嬢様の側で働いて、役目を終えたらマンデーズへ戻ります」
そこで姉妹共々、今と変わらない生活を送るのだ、とカリーサは言う。
館の主に仕えて、働けなくなるまで館で働くのだ、と。
これがカリーサの将来設計らしい。
……うちの使用人、主含めて恋愛欠乏症すぎるよっ!
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