第8話 お茶会の準備とお土産選び

「クリスティーナは、あまり神王に呼び出されるようでは……クエビアが引き渡せと言ってくるかもしれんな」


「断固拒否です」


 神王領クエビアへの引越しなど、お断りである。

 同じ国内の王都へ来るだけでも早くグルノールへと帰りたいぐらいなのに、他国へ引越しなど断固拒否だ。


 ……まあ、レオナルドさんが出奔してクエビアへ行く、って言うんなら付いていくけどね。


 私の日本語が読めるという素質はセドヴァラ教会があれば国は違っても活かされるが、レオナルドは別だ。

 白銀の騎士としても、国境を守る黒騎士としても、手放すには惜しい人材だろう。

 レオナルドのような一騎当千の騎士を、タダで他国へとくれてやるいわれはない。


「わたくしはレオナルドお兄様の傍にいます。レミヒオ様はこれで一度引いてくれていますよ」


「引いてくれている、ということは、すでにそういう話はあったのだな? 私のところへは報告が来ていないようだが」


 職務怠慢か、とレオナルドへと視線が移ったので、これを庇っておく。

 レミヒオが私にクエビアへと来ないかと誘ったのは、グルノールの街でのことだ。

 あの頃のレオナルドは私が転生者だなんて知らなかったので、妹の行動をいちいち国へ報告するわけがない。


「しかし、そんな具合で断っていたのなら……仮王は下からの突き上げがすごいことになっているのだろうな」


「クリストフ様も、なにかあるのですか?」


 レミヒオに対する同情的な響きに、下からの突き上げとはなんだろう、とクリストフを見つめる。

 私の視線を受けると、クリストフは自分の失言に気がついたようだ。

 失言などなかったかのような顔をして、虚勢を張った。


「私のところへは、クリスティーナを寄こせとセドヴァラ教会とイツラテル教会から横槍がきているぐらいだな」


 他には王子の嫁にして国へと縛り付けろ、という意見もあるらしい。

 私と年回りの合う王子など、ディートフリートぐらいなので、お断りすぎる意見だ。


「養女にして庇護してやろう、という杖爵もいるな」


「そういう欲を出すのは、華爵ぐらいかと思っていました」


「華爵ではそなたに何かあった場合の責任が取れんからな。そういった危ない橋を渡れる余裕のある者はいない」


 似たような理由で、忠爵と功爵もおとなしいらしい。

 この二つの爵位については、ベルトランの睨みが効くということもある。


「……面倒そうなので、早々にグルノールへ引き籠ります」


 武器を持ったら帰っていい、と言ったのはクリストフなので、責任を持って守ってください、と言ってみる。

 私に利用価値を示せと言ったのはクリストフだ。

 その利用価値へと群がる害虫を抑えるぐらいはしてくれるのだろう。


「そこは任されてやるが、護衛はもう少し増やした方がよさそうだな」


「知らない人が周囲に増えるのは落ち着きません」


「それは理解するが、精霊に攫われやすい身で、このうえ人間にまで攫われたくはないだろう?」


 警戒するべきは人間である、と言われれば納得するしかない。

 幸いなことに、この国の国王含め王族は話のわかる気のいい人物が多いのだが、中には例外もいる。

 自分さえ面白ければいい、と父親の后へ毒を盛っている疑惑がある王子なんて存在もいるのだ。

 私が守られる立場にいるということは理解しているので、保護者たちが安心するのなら、護衛の増員ぐらいは我慢するしかない。


 ……人間が一番怖いって言うしね?







 事情聴取から開放されると、帰還準備を再開する。

 私の帰還に伴い、フェリシアが離宮から退去することになった。

 もともとアルフレッドが王都を離れる際に付けてくれた他の王族への牽制役だったため、予定外に長く居てくれたという方が正しい。

 フェリシアが居てくれるおかげで、次期国王最有力候補フェリシアより力のない王族・王爵からの接触はほぼ防がれていたと思う。

 猫頭を被ったディートフリートと、アンセルムの訪問は、子どもだからと包囲を抜けられたようなものだ。


 私がグルノールの街へと帰還するに向けて、王族内でも取り決めができたとアルフが聞かせてくれた。

 私への接近は、王族であっても制限してくれるらしい。

 王爵三人の許可と、最終判断としてアルフレッドの許可なしに私へと接触を持つことは禁止された。

 王都にいる時であればなんとかなる条件だが、実質私への接触禁止令だ。

 グルノールにいる私に対して、この条件では接触を持つことは難しい。

 最終的な決定権を握っているのがアルフレッドなのは、王族内では私との付き合いが一番長いからだろう。

 アルフではない方のアルフレッド王子も、私の扱いについては心得てくれていた。


 ……すごく気を遣われているのがわかるね。


 平民の娘としても、功爵の娘としても、普通王族が私にここまで気を遣う必要はない。

 それなのに私の意志を優先してくれるのは、良好な関係を崩したくないのだろう。

 現在は子どもである私の『保護者から離れたくない』という、普通すぎる要求をはね除けて手元に置き、良好だった関係を壊す必要はない。

 二十歳になれば王都へ出て来てもいいと言っている人間に、今すぐでなければ駄目だ、と悪印象を与えたところでなんの特にもならなかった。


 離宮を去る際に、フェリシアから『グルノールへ帰る前にお茶会を開くように』と助言をいただく。

 ほぼ離宮に籠っているか、ジークヴァルトの離れへと通うぐらいの生活ではあったが、少し知人が増えている。

 しばらく王都を離れることになるのだから、そのぐらいの挨拶は必要だ、と。

 

 ヘルミーネに相談しても似たようなことを言われたので、お茶会の開催を検討する。

 今回は淑女教育の一環として、ヘルミーネとではなく、ナディーンと相談しながらお茶会を開催することになった。


「招待するのはわたくしがお世話になった方たち……となると、バシリア様とのお茶会のようにはいきませんね」


 バシリアとのお茶会は、バシリアを楽しませることを考えてケーキ作りを企画してみた。

 他に参加したお茶会となると、ミカエラの主催した中規模のお茶会や、フェリシア信者の集まるお茶会になる。

 ボビンレースの指南書をフェリシアに売ったことで、実際に作っているところを見たいとお願いされて何人かの令嬢に囲まれて講習会の真似ごとをしたこともあった。


 ……お茶会にも、いろいろあるなぁ。


 私は女の子だったので招かれたことはないのだが、これが男性主催のお茶会になるとまた様子が変わってくる。

 ジェミヤンのようにお気に入りの絵画を自慢するお茶会であったり、お茶会の横で狩猟大会が開かれたりと、こちらも実にさまざまだ。


「バシリア様をお持て成しした方法では、招待するお客様全員に楽しんでいただくことは難しいかもしれません。しかし、バシリア様にはご好評いただけたとも聞いております」


「……では、ミカエラ様のお茶会のように、ケーキが作れるテーブルや盤上遊戯ボードゲームが楽しめるテーブルを用意しましょう」


 私一人ですべての招待客を楽しませることは不可能である、とそれぞれに楽しめるテーブルを用意することにした。

 あれこれと思いつくことを提案し、無理があることや、相手に対して失礼になってしまいそうなことはナディーンが訂正してくれる。

 油断をするとディートフリートを我儘暴君に育て上げたナディーンの『なんでも願いを叶えてさしあげます』が発動するので、見極めは重要だ。

 私の思いつきを『私のやりたいこと』とナディーンが捉え、実は失礼であったり非常識なことであったりを招待客へと強要するわけにはいかない。


「季節でないことは重々承知で、趣向の一つとして獣の仮装を義務付けることは可能でしょうか」


 おそらくはディートフリートも呼ぶことになるのだし、と獣の仮装を推す建前を用意する。

 見かけるたびに猫頭の被り物をしているディートフリートは、あれはあれでさまざまなお茶会へと出かけているようなのだが、被り物を脱いだという話を聞いたことがない。

 そんなディートフリートが来やすいはずだ、という立派な建前を用意した。

 本音を言えば、私だけ一年中獣の仮装というのは、少し面白くない。

 獣の仮装をドレスコードとすることを反対されたら、当日会場へと配置する給仕たちに獣耳を付けさせてもいいかもしれなかった。


 趣向や当日のお菓子の手配へと話が進むと、次に考えることは誰を招待するのか、だ。

 お世話になった人を招待する、というとセドヴァラ教会の薬師も呼びたい気がした。

 バシリアは当然として、一応ディートフリートにも声をかけた方がいいかもしれない。

 ティモンやジークヴァルト、ミカエラ夫人にもお世話になっているのだが、ティモンとジークヴァルトは白銀の騎士だ。

 仕事があってお茶会へは参加できないかもしれない。


 ……指南書の時にお世話になったメンヒシュミ教会の人も、呼んだ方がいいかな?


 そうナディーンへと聞いてみたところ、呼ぶのならメンヒシュミ教会は導師だけにしておいた方がいい、と言われた。

 私がお世話になったと認識しているのは印刷工房の人たちなので、王城内にある離宮へと招待したところで失礼にならない服は用意できないし、そもそも場違いだと萎縮してしまって楽しめないだろう、と。


「問題は、ベルトラン様を呼ぶか、呼ばないか、ですよね」


 私にとっての最大の難問がこれだった。

 心情的には近づきたくないのだが、世話になった人というくくりでは、アドルトルの卵を取ってきてもらったという恩がある。

 これに関しては、レオナルドは私に一任する気でいるようだ。

 口を挟んでくる様子がない。

 そしてアルフへと相談をすれば、当然呼ぶように、と言われてしまった。


「ベルトランは呼んでおけ。ティナは用がなければ連絡を入れない方だから、用がある時はそれを積極的に利用して少しずつ交流を持っていくといい」


「交流を持ちたくはないのですが」


「そうは言っても、完全に交流を断てば、それはそれで気に病むのだろう?」


「アルフレッド様は、わたくしをお見通し過ぎです」


 指摘をされれば確かにその通りだと思うので、少し面白くない。

 母を悪く言うベルトランには腹も立つが、祖父と知らない頃は懐いてもいた。

 距離をもって接することができるのならば、ベルトランが祖父でもいいか、と思い始めてもいるのだ。


 ……あくまで、レオナルドさんと引き離されないことが前提だけどね。


 孫として引き取られたくはないが、祖父としては少しずつだが認識しつつある。

 それを認めたくなくて、苦肉の策でアリスタルフへと『保護者同伴でどうぞ』と招待状を書く。

 ソフィヤへは別口で招待状を書いておけば、一応はベルトランを誘ったことにはなるだろう。


「……ティナは本当に意地っ張りだな」


「なんとでも言ってください」


 多分に呆れを含んだアルフの視線に、確認してもらった招待状を封筒へと入れる。

 素直に祖父と慕うには決定打に欠けるのだから、今の私ができる精一杯の譲歩がこれだ。


「ところで、お世話になった方というと王族の方にも何人かお世話になっているのですが……」


 王族を招待するのは不敬だろうか、とアルフに聞いてみる。

 フェリシアはお茶会を開くようにと言っていたのでもちろん呼ぶし、アルフではなくアルフレッドも私の後見のようなことをしてくれている。

 この二人については呼ばない方が不自然だろう。

 問題は、この二人ほど親しくはなく、それでいて身分は上の方々だ。

 招待するというのは相手方を招くことだが、相手が王族だった場合はこちらが呼びつけているということになって不敬だったりはしないのだろうか。


「難しく考えている振りをして、呼ばない言い訳を探すのはやめておけ。呼ばなければ呼ばないで煩いのが、エセルバート様だ」


「ですよね」


 いっそお断りしてくれた方が楽でいいな、などとそれこそ不敬なことを考えながら、エセルバートとクリストフへと招待状を出す。

 クリストフについては、招待状を出したので除け者にはしていません、という体裁をとりつつ、仕事の都合が付かないという理由で断っていただく手はずをアルフが整えてくれた。

 どう考えても国王クリストフが、王族が住んでいるわけでもない離宮で行われる茶会に出てくるというのはおかしい。


 こちらの目論見どおりに茶会を辞退する条件として、なぜかクリストフからは「クリストフという名を漢字にしろ」という返事が来た。

 どうも以前書いた『似非エセバート』という当て字を気に入り、エセルバートがクリストフへと自慢したらしい。

 ならば自分も、と要求してきたので『クリ豆腐トフ』と食べ物で揃えて返事を書いた。

 王の居城の針子たちは、私のせいでクリストフのマントへとデカデカと『栗酢豆腐』とデザインされた刺繍を縫うことになったらしい。

 お針子には悪いことをしたかもしれない。

 これについては、私が生きているうちに日本語の読める転生者が現れないことを願うばかりである。







 お茶会の準備を進めつつ、帰還の準備も進める。

 もうすぐグルノールの街へ帰れるということで、内街でお土産を探すことにした。

 もちろん、エルケとペトロナも一緒だ。

 今日は休暇扱いで、私とお買い物である。


「カリーサはアリーサたちへ、何か買わなくていいのですか?」


「イリダルとアリーサは使用人ブラウニーですので、お土産など必要ありません。サリーサへは王都で知った料理のレシピを手紙にしたためましたので……」


 特にお土産は必要ないらしい。

 それでも何か贈った方がいいのでは、と言ったのだが、カリーサを悩ませるだけで終わった。

 さすがに王都と比べればどこも田舎だが、マンデーズは大きな街だ。

 欲しいと思うものは大体揃えることができるので、わざわざ王都で買って荷物にする理由がカリーサには解らないらしい。


 ……そして私の発想はどうしても食べ物よりだね。


 タビサたちへのお土産なのだが、どうしても私の目はお菓子へと向かう。

 これは前世の影響だと思いたい。

 お土産といえば、売店で売っている消え物のド定番お菓子だ。

 あとはよく解らないご当地のキーホルダーであったり、御利益の望める気がしない可愛らしいお守りだろうか。

 そのどちらもが存在したとして、王都土産として渡されても困ってしまうだろう。


「王都にしかないもので、お土産になるものってなんですか?」


 少年時代は王都で暮らしていたレオナルドへと聞いてみる。

 ついでに言えば、タビサとバルトが喜ぶものがいい、と条件を追加した。

 今は館にミルシェもいるはずなので、ミルシェへは日持ちのするお菓子を買っていく予定だ。

 あとは可愛らしい雑貨だろうか。

 あの家を出て館で働くことになったのだから、少しぐらい質の良い物を持っていた方がいいはずだ。


「バルトたちも、イリダルたちと対して違わないぞ。実用一辺倒だ」


「実用……となると、ラローシュの種や、花の球根なんてどうでしょう?」


 裏庭の花壇を世話していたのはバルトなので、グルノールの館にない花の球根であれば喜んでくれるかもしれない。

 ラローシュの種は、王城での生育は難航中らしい。

 神王領クエビアはイヴィジア王国とは離れた国であるため、気候や土が違いすぎるようだ。

 グルノールであれば少しだけクエビアに近いので、気候的にどうだろう、という試験的なことも考えている。


「生地が丈夫なエプロン、とかもグルノールで買えますしね……」


 意外にお土産を選ぶのが難しい。

 帰りの馬車に積めるだけの荷物、というのも押さえておくべき点だ。


「ヘルミーネ先生も使用人へのお土産はお菓子で十分、って言ってましたけど……」


 本当にお菓子だけ、というのも色気がない。

 タビサとバルトは確かに使用人なのだが、グルノールの館ではレオナルドよりも一緒にいる時間の長い使用人だ。

 口に出せば注意されるだろうが、家族に近い身内だと思っている。


 結局、私がタビサたちへと選んだお土産は、珍しい果物の干し物とお酒だ。

 バルトがお酒を飲むかは知らなかったので、バルトが飲めなければ料理に使ったり、レオナルドが飲めばいい。


 エルケとペトロナの家へは何が欲しいか、と相談したところ、二人とも女の子なためか、珍しい染物の布を欲しがった。

 グルノールでは見たことのない染め方だ、と感心した目で布を見ていたので、もしかしたらお洒落心よりも商人としての琴線に触れたのかもしれない。

 新しい物には興味があるのだろう。

 

 これもまたお土産とは違う気がしたのだが、レオナルドを振り回しつつエルケたちと買い物を楽しむ。

 ミルシェへのお土産は、三人で決めた可愛らしい雑貨だ。

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