第4話 二度あることは三度ある

 王都に帰還すると、翌日は案の定熱を出した。

 とはいえ、微熱であったし、寝込む程ではなかったので、私も体力が付いてきたと思う。

 もしくは、移動に慣れてきたのだろう。


 留守中の離宮では、追想祭の支度が進められていたようだ。

 昨年の精霊による誘拐騒ぎのあと、その責任をメンヒシュミ教会へとアルフが押し付けた結果、精霊の寵児が王都に滞在しているということは王都の民が知ることとなった。

 それならば、と民から奏上があがり、今年は内街の追想祭に精霊の寵児として参加してくれないか、と申し訳なさそうな顔をしたアルフが話を持ってきたのだ。

 帰還の準備をしていることから、嫌なら精霊の寵児はすでにグルノールの街へと帰ったことにもできるので、断っても良いというありがたい助言付きでもある。

 

 このありがたい助言に乗ってもよかったのだが、私は内街の追想祭への参加を決めた。

 聖人ユウタ・ヒラガの秘術を復活させたとはいえ、離宮での私の食費諸々は民の納めた税金から出されているのだ。

 追想祭にコスプレで参加するぐらいで国民が喜ぶのなら、そのぐらいの仕事はしてもいい。


 ……追想祭の精霊の寵児って、席で座って祭祀を見守るだけだしね。


 知らない人間には囲まれたくないので、今年はレオナルドの同行を条件として付けさせてもらった。

 おかげで、今年のレオナルドは私と一緒に神々の仮装をする予定になっている。


 私の衣装と揃いで作られているのは、破壊と再生の神コヨルナハルをモチーフにした衣装だ。

 コヨルナハルは兄妹神で、兄神がコヨルナハルで、妹神もコヨルナハルと名前まで同じ二人一組の神だった。

 神話によっては夫婦神とも、表裏一体の同一神ともされている。

 大きな災害が町や村を襲った時に、その復興を願って最初に社を建てられる神々でもあった。

 そういったいわれを思えば、追想祭の元となった事件の際にも、復興のため真っ先に社が建てられていたとしても不思議はない。







 妹神の衣装を着付けられ、髪を複雑に編みこまれる。

 編みこまれた髪へと、宝石で作られた花芯を中心にレースや布で花びらを作った花が挿し込まれていく。

 遠目には髪に花を挿しているように見えるだろうが、値段を考えるだけでも恐ろしい。

 うっかり落として失くしでもしたら、とんでもない金額を弁償させられそうだ。


 ……それにしても、髪の毛伸びましたね。


 豪華な花飾りの挿し込まれた髪を手にとり、ふとこんなことを考えた。

 以前は肩より少し長い程度だったのだが、レオナルドに引き取られてからというもの、髪を弄ってくれる人がいるおかげで切る必要がない。

 少し長いぐらいの方が編みこみやすかったし、その甲斐もあるらしく、髪を切ろうかなと言うたびに保護者カリーサたちからやんわりと回避されてきた結果だ。

 今は腰ぐらいまで伸びているのだが、また少し切ってもいいかもしれない。


 妹神コヨルナハルの衣装で居間に向かうと、そこには兄神コヨルナハルの衣装に身を包んだレオナルドが立っていた。

 レオナルドの衣装は、夜に行う祭祀の衣装に似ていて袖がない。

 夜の祭祀では罪を犯した若者の衣装なため額にサークレットがあったのだが、今日は兄神の衣装なので額にあるのは皮のバンドだ。

 左右からねじれた山羊の角を生やしてもいた。

 ちなみに、兄妹神ということで、私の頭にも小さな山羊の角がついている。

 同じ兄妹神でも軍神ヘルケイレスと正義の女神イツラテルは共通点が目と髪の色ぐらいなのだが、コヨルナハルは表裏一体な神のためか、衣装や飾りがほとんど同じだ。

 私とレオナルドの衣装の違いなど、男女の違いぐらいで、私のスカートの裾は長く、レオナルドの裾は膝よりやや上にある。

 太ももはむき出しなのだが、足には山羊の皮で作った靴が、脛には山羊の毛皮で作った脛当てがされていた。


「……レオナルドお兄様は、やはり神話の仮装がお似合いですね」


「やはり、という部分がどこを指してのことかは気になるが、褒め言葉と受け取っておこう。ティナは今年も可愛いな」


「わたくしとしてはカリーサたちがこだわってくれた衣装の細部を褒めてほしいのですが、レオナルドお兄様はいつもまとめて『可愛い』で完結してしまいますね」


 ちなみに、私がレオナルドに対して『仮装が似合う』と言ったのは、袖のない衣装のため筋肉のついた太い腕や脚が見えているからである。

 私の兄は筋肉ムキムキで、とても男らしい体つきをしていた。

 普段は服の下に隠された筋肉が、古風な衣装を纏った時には惜しげもなく晒されるので、逞しい男性を好む淑女には目に毒だろう。

 私はというと、レオナルドに慣れすぎて、普通の体格の男性でもモヤシに見える。

 これは本気で早めにブラコンを直さなければ、レオナルド以下の男性にはトキメキを感じない不治の病にかかるかもしれない。

 環境からくる不感症という奴だ。


 アルフとメンヒシュミ教会からやって来た女性導師の待つ玄関へと出て、用意された馬車にレオナルドと乗り込むと、今日のお仕事が始まる。

 グルノールの街でもそうであったように、まずはイツラテル教会で捧げられる信者たちの悔悟と改悟を見守ることになった。

 グルノールの街とは比べ物にならない程に大きなイツラテル教会へと足を踏み入れ、精霊の寵児のためにと用意されていた席につく。

 レオナルドの同行を条件に入れたため、レオナルドの椅子も用意されていたのだが、レオナルドは私の護衛も兼ねているので、と椅子に座ることは断った。

 ならばと王子として同行したアルフが椅子に座り、粛々と始まる今年の祭祀を見守る。


 祭祀の開始を告げる司祭の声と、祝詞の奉納。

 それが終わると、信者たちが思いおもいに悔悟と改悟を捧げ始める。


 ……そういえば、神王様を最初に見かけたのもイツラテル教会だったな。


 人生で二度も神王に会った人間など、そうはいないだろう。

 そもそも神王は、神話の時代から姿を隠していることになっている。

 一度でも姿を見て、言葉を交わしたことがあるだけでもすごいことだと思う。


 ……うん?


 ふわり、と頭に手が載せられる。

 またレオナルドだろうか。

 今は精霊の寵児としての仕事中だぞ、と少し眉を寄せて怒った顔を作る。

 それから、神王に会う時はいつも髪を撫でられるな、と少しだけ不吉なことを思いだしつつ背後を見上げると、そこにあったのはレオナルドの黒い瞳ではなく、蒼い瞳だった。







「……今日は別に困っていませんし、助けも呼んでいませんよ?」


 人生で一度会うだけでも珍しいだろう、と思っていた神王とのまさかの三度目の邂逅に、驚きを通り過ぎて冷静になる。

 二度あることは三度あるとは言うが、本当に三度あるとは思わなかった。

 さすがに四度目は勘弁してほしい。

 三度目はすでに起こってしまったので、しかたがないと受け入れておく。


「おまえは、昨年何かを言いかけていただろう」


「え? 昨年、ですか?」


 昨年、話の途中で私が帰ってしまったため、続きが気になった、と言って神王は私の顔を覗きこんでくる。

 気になったからといってホイホイ三度目の登場をした神王に、随分人間味を取り戻してきたな、と内心で驚く。

 初めて遭遇した時はほとんど無表情だった神王が、今は少しだけ拗ねたような表情をしているように見えた。

 気になったから、というだけの理由で私を攫うだなんて、本当に気安くなったものである。


 ……うん?


「昨年の私は、話の途中で追い返されたと思っていたのですが……?」


「そのようなことはしていない。おまえが勝手に戻ったのだ」


「そう……なのですか?」


 あれ? 変だぞ、と眉を寄せ、遅れて気が付く。

 神王が私の目の前にいるということは、私はまた精霊に攫われたことになっているのかもしれない。

 ということは、私を見失ってレオナルドたちは慌てているのではないだろうか。

 可能性に気が付いてみると、サッと血の気が引く。

 故意ではないとはいえ、こう何度も姿をくらましていては、保護者たちの心労はすごいことになっているだろう。


「……今回はどうなっているのでしょうか? 前回は突然私の姿が消えたということで、結構周囲に心配されていたのですが」


 できれば初めて会った時のように周囲の時が止まっていて、何事もなかったかのように戻れるのが理想だが、それは不可能だと聞いた気がする。

 あれは不慮の事故のような出会いであったために偶然時が止まったのだ、と前回説明を受けたはずだ。

 今年は故意に神王が私へと会いに来たらしいので、不慮の事故とはいえないだろう。


「時を故意に支配することは、時を司る女神にしかできぬ。俺は神々から一部の力を預かってはいるが、ただの人間だ。時を故意に止めることなどできんよ」


「……つまり?」


「おまえは俺に攫われて姿を消したことになっている」


「また保護者たちに心配をかけているのですね!」


 言われて改めて周囲を見渡せば、レオナルドが私を見つめているのだが、その瞳に私の姿は映っていない。

 体を捻って隣のアルフを見ると、こちらはレオナルドの異変で初めて私がいなくなっていることに気が付いたようで、驚愕に目を見開いたあと、頭を抱え始めた。

 今年こそは、と頬を緩ませていたメンヒシュミ教会の女性導師も、まさかの事態に顔色を失くしている。


「……早めに戻してください」


 昨年の話だったな、と保護者たちの元へと一秒でも早く戻るため、神王の疑問を晴らすことにした。


「えっと、なんのお話でしたか?」


「俺の瞳を持っている女を捜している、という話をしていた」


「そうでした。神王様が恋人へ目印に自分の片目を食べさせた、ってお話でしたよね?」


 生まれ変わって新しい生を受けているはずの恋人を捜している、という話だったはずだ。

 今際いまわきわに自分の瞳を与えたので、転生した先で同じ色の瞳をしているはずだ、と。


「そうだ。あの時、おまえはなんと続けようとしていたのだ?」


 それが気になって、この一年は悩み続けていたらしい。

 尋ね人を捜して歩く以外のことに頭を悩ませたのは、姿を隠してから初めてのことだ、と神王は言う。

 ここ数年、私と会って会話をしているせいか、神王は本当に人間らしくなってきた。


「えっと、たしか……あの時思ったのは……」


 思考を辿って、昨年の自分が考えていたことを探り出す。

 会話の流れさえ思いだせれば、何を思いついたのかは思いだせそうな気がしたのだが、その時首筋に冷たい風が触れた。


「うえっ!?」


 冷たい風に飛び上がって驚き、反射的に首筋を押さえる。

 肩を竦めて周囲を見渡すのだが、騒ぎ始めている周囲が見えるだけで、私の首筋へと息を吹きかけそうなものなど誰もいなかった。


「大事な話をしている。邪魔をするな」


「へ?」


 神王には誰かがいるのが見えるようだ。

 緩く手を振り、私の周囲から何かを払うような仕草をした。

 何かがいるようには見えないのだが、謎の寒気はそれで収まる。


「……それで、あの時おまえはなんと言おうとしていたのだ?」


 やけにこだわるのだな、とふと疑問が湧く。

 この世捨て人のような神王が、私とのささやかな会話の続きなどを気にすること自体がなんだかおかしい。

 瑣末なこと、と次に会った時には忘れていそうな内容を、一年も気にかけていたということが不思議でしかたがなかった。


 ……これも、人間っぽくなってきた影響かな?


 神王の変化が気になりつつも、あの時思ったことを言葉にする。

 あの時は、この続きを言おうとして、突然『精霊の座』へと投げ出されたのだ。


「神王様の両目は揃っています……ぉっ!?」


 ひゅっと喉が絞まり、言葉は最後まで紡げなかった。

 喉に違和感を覚えた瞬間に悪寒が背筋を駆け上がり、次の瞬間にはつむじ風に包まれていた。

 衣装の裾が風にはためき、風が触れた箇所から体中に痛みが走って赤い飛沫が舞う。

 絞まったと思った喉は、今度は破裂でもしたかのように熱が走り、痛い。

 口の中いっぱいに広がった鉄の味に、何が起こったのかと理解する前に神王の胸へと抱きしめられた。


「やめろ」


 密着したことで、触れた場所から私の血が吸い取られて神王の衣服に赤い染みが広がる。

 それをぼんやりと眺めていると、つむじ風が治まり、足元で軽い音がした。

 音のした方へと視線を向けると、花飾りのついた黒髪が一房落ちている。


「……な、いがぁ……かはっ!?」


 ビキリッと引きつって痛んだ喉に、反射的に手を当てた。

 腕を持ち上げただけでも、ピリピリとした痛みが走り、所々に赤い筋が走って見える。


 何が起こったのかは解らなかったが、自分の身に起こった異変は判った。

 体中に無数の切り傷が刻まれており、髪も少し切られている。

 そして、体の表面だけならまだマシだったのだが、おそらくは喉もやられていた。

 この熱を持った痛みは、そういうことだろう。


「ない、がぁ……」


「しゃべるな。喉を使わなくとも、伝えたいことは判る」


 神王の蒼い瞳に覗きこまれ、診察されているのがわかった。

 促されるままに喉を反らし、口を開け、もう一度喉を見せた時には、神王の指が私の喉の辺りを撫でる。

 神王の指が首から離れると、少しだけ痛みが引いた気がした。


 ……何が、起こったの?


 何が起こったのかは解らなかったが、神王が止めてくれたということだけは判る。

 何者かからの攻撃だとは思うのだが、神王に抱きしめられた時から攻撃の手はゆるくなっていたし、神王の制止を最後に肌へと熱が走るのも終わった。


「あちらに戻ったら、しばらくはしゃべるな」


 傷口が開く、と言われて、神王が触れていたあたりを撫でる。

 先ほどまでは何もなかったはずなのだが、なにか薄いものが首に張り付いていた。


「一応綺麗に塞いでおくが、治る前にしゃべると、話せなくなる危険があるぞ」


 指先に触れるものは、どうやら何かの葉っぱらしい。

 この葉が自然に離れるまではしゃべるな、と釘を刺された。


 何が起こったのだ、と説明を求めて口を開きかけ、慌てて閉じる。

 しばらくはしゃべるなと言われたばかりだ。

 折角綺麗に塞いでくれると言うのだから、自分でそれを台無しにするわけにはいかない。


「……おまえは精霊の怒りに触れたのだ。普段は温厚で、気のいい奴らだが、付き合い方を間違えるとこうなる」


 ……私、なにか間違えたんですか?


 神王が手を差し出してきたので、その手に自分の手を重ねる。

 神王の指が傷口をなぞると、特に深いと判る傷へは丸っぽい葉を絆創膏のように張られた。

 おそらくは、首にも同じような治療が施されているのだろう。


「おまえはなにも間違えてはいない。精霊好みの、正直で、素直で、働き者だ」


 ……でも、怒らせたのですよね? 付き合い方を間違えるとこうなる、って神王様がおっしゃいましたし。


 精霊を怒らせた、と身に覚えのないことを指摘され、実際にその制裁を受けている。

 突然攻撃を加えてくる存在ものを怒らせたことも怖いが、自分が何をしたのかも自覚がないということが恐ろしい。

 自覚がないせいで、また同じことをしてしまう可能性もあるのだ。


 何が間違いだったのか、とちゃんと教えてほしい。

 ゆっくりと実感し始めた、突然の攻撃と体中の切り傷。

 避けることもできず、そんな攻撃が加えられた理由も解らないという恐怖に、今さら体が震え始めた。


「精霊や妖精の類は、付き合い方を間違えると本当に性質の悪い仕返しをしてくるぞ。しかし、これはただの八つ当たりだ」


 私がなにも間違えていないように、今回は私に非はないらしい。

 ただの八つ当たりだ、と神王が言う限りは、精霊の側が神王による制裁を受けることになる。


「おまえが精霊の恨みを買ったのは、精霊たちが隠したかったことを暴露したからだ」

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