第86話 兄妹デート 3

 秋の甘えん坊キャンペーンによる兄とお出かけ三昧は、まったりペースで継続中だ。

 観劇に出かけたのは最初の一週間だけで、あとはいつもどおり離宮でゆったりと過ごして、レオナルドが行きたい場所を思いついた時に出かけるぐらいである。

 私が行きたい場所を思いつくことはほぼないので、傍から見ればレオナルドのお出かけに私がくっついて行っているように見えるだろう。


 レオナルドの出かけたい場所というのも、華やかさに少し欠ける。

 白銀の騎士の訓練所や詰め所、知人が眠っているのかもしれない墓地といった、およそ妹と出かける場所としては首を傾げたくなる場所ばかりだ。

 妹でも首を傾げるのだから、当然恋人などを連れてくれば即振られる場所だろう。


 ……レオナルドさんって、基本的には遊びを知らないよね。


 娼婦とよろしくやることは知っているが、若者が好みそうな遊びや、自分が好む遊びを知らない気がする。

 だから私をどこかへ連れて行く、ということになっても、案内する場所が図書館や墓地なのだろう。

 その代わり、私から希望を出せば全力で答えてくれようとして、今度は王都中で行われている劇場の演目を調べ、公演中のチケットをすべて用意してくるといった暴走を見せるのだ。


 ……アルフさんとのコンビは、ホント、クリストフ様の慧眼だね。


 グルノールの街でのアルフは、本当によくレオナルドの制御をしていたと思う。

 王都でアルフレッドの振りをしているアルフは、アルフレッドの振りをしているためにレオナルドの制御まではしてくれない。

 お薦めのお出かけ先までは紹介してくれるが、それとなくレオナルドへと釘を刺すということはしなかった。


 ……アルフレッド様の振りをしているから手を貸さないっていうより、そろそろ妹の扱いに慣れろ、ってことかもしれないけどね。


 レオナルドがわたしの扱いに慣れる前に、私がレオナルドの扱いに慣れてしまった。

 というよりも、出不精の私にはレオナルドが連れて行ってくれる図書館や墓地でも充分に気分転換になるのだ。

 こういうのを、割れ鍋に綴じ蓋と言うのかもしれない。


 ソフィヤに贈られてミカエラに改修された秋の帽子を被って、今日の外出先はドゥプレ孤児院だ。

 どうも近頃のレオナルドは自分の過去を探しているようで、すでに引退した白銀の騎士の館へも訪問したりとしていた。


 古いが清潔感のあるドゥプレ孤児院の食堂へと通されて、お土産にと途中で買った焼き菓子を子どもたちへと配る。

 日持ちをする飴や干した果物は、孤児院長であるジュードへと渡した。

 ジュードへと渡しておけば、後日彼が平等に子どもたちへと配ってくれるだろう。


「……そういえば、近頃はゴドウィン様が姿を見せてくださらなくなったのだけど、何かあったのか、聞いていないかい?」


 レオナルドが自分の足跡を追っているようなので、と今日は完全に聞き役に徹するぞと構えていたのだが、横合いから突然殴られた気分だ。

 棚に上げてそのまま忘れていた話題を、ジュードの方から振られてしまった。


 ……どうしよう。ホントのこと、言った方がいい? 言わない方がいい?


 それを悩んで結論を後回しにしたのだが、後回しにしたはずの話題に真正面から向き合うはめになってしまった。

 私からしてみれば他に考えることもいっぱいあったのだが、ジュードにしてみれば貴族関係の話題など聞ける相手は限られてくるだろう。

 今日レオナルドと私が来たことは、その限られた機会の一つに違いない。


「ゴドウィン……というと、以前話を聞いた?」


「ああ、孤児たちを引き取って、行儀見習いをさせてくださっていたゴドウィン様だ。近頃お顔を見せてくださらないので、お体でも優れないのかと、みんなで心配していたところだよ」


「近頃……といっても、俺はしばらく王都を離れていたからな」


 私に話を振らないでくださいとばかりに素知らぬ顔をしてお茶を飲んでいたのだが、レオナルドにそんな私の内情などわかるわけがない。

 少しだけ記憶を探る仕草を見せたかと思ったら、一応の確認だとは思うのだが私へと話を振ってきた。


「ティナは何か聞いているか?」


 ゴドウィンの近頃の動向については知らないが、『ジュードの言うゴドウィン』のその後のことなら知っている。

 ゴドウィンはゴドウィンでも、ジュードの言っている『ゴドウィン』は偽者の方だ。


 さて、どうしようかな、といつか棚へと乗せた問題といよいよ向き合う。

 本当の話を聞かせてもいいのだが、それを知ればジュードもレオナルドも悲しむだろう。

 特にジュードは、孤児院長として子どもたちを育ててもきたのだ。

 自分が育て、これから幸せになれると信じて送り出した子どもたちが、すでに死んでいるなどという話は、聞かせない方がいいと思う。


 悩みに悩んで、重い口を開く。

 即答で「知りません」と言えなかった時点で、知っていると言っているようなものだ。


「……ゴドウィン様は、お元気ですよ。特にご病気をしているという話は聞きません」


 ただし、このゴドウィンは本物の方だ。

 ジュードが聞きたがっている偽者のゴドウィンのことではない。


「最近はいろいろあったようなので、忙しいのだと思います」


 触れたくない話題には触れないように、しかし嘘にもならないように慎重に言葉を選ぶ。

 この辺りの話術は、ヘルミーネからも教わっていることだ。

 嘘は後々自分に返ってくるので、できるだけ使わずに、伏せたい事柄は真実の中に隠すものだ、と。

 この場合、私が隠していることは、『私が語る内容は本物のゴドウィンの事柄である』ということだ。

 偽者のことを聞かれて、それと承知で本物の話を聞かせた。

 どちらもゴドウィンの話ではあるので、嘘ではないし、調べられても私が困ることにはならない。


 ……ちょっとどころじゃなく罪悪感でお腹が痛いけどね。


 いろいろとは何があったのか、とジュードに突っ込まれたので、正直に答えておく。

 ゴドウィンの話であって、偽ゴドウィンの話でもあるので、まるきり嘘でもない。


「政敵? に嫌がらせを受けていて、それを撃退したそうですよ。いろいろと引っ掻き回されていたようで、その後始末で忙しいのだと思います」


 貴族同士の争いなんて複雑かつ恐ろしくて近づきたくないので、これ以上は聞かれても困ります、と先手を打って話を終わらせる。

 ジュードにしてみれば、ゴドウィンが病気などで体調を崩しているのではないと知ることができればいいのだ。

 敵を排除し、終わった話だと聞かせておけば、これ以上食い下がることもないだろう。


「……そうか。お忙しいだけで、体調を崩されたりしているわけではないのか」


 ホッと胸を撫で下ろすジュードに、私もそっと溜息をはく。

 狙い通りに納得してくれたようなのだが、嘘ではないが騙しているという自覚があるので、チクリと胸が痛んだ。







「……ティナ、ゴドウィン様のことだが」


 本当は何を知っている? と、帰りの馬車の中でレオナルドに聞かれた。

 どうやらジュードは納得させられたようだが、レオナルドは私の嘘に気がついていたようだ。


「レオナルドお兄様は、変な時だけ鋭いですね」


「これでも騎士だからな。犯罪者の嘘の証言など、見破れないでどうする。しかも、嘘をついているのは犯罪者ではなく、俺の妹だぞ?」


「今日はよくぞ見抜いた、と褒めてさしあげます」


 よしよし、と隣のレオナルドの頭を撫で、腕を下ろしながらそのままレオナルドのわき腹へとハグをする。

 言い難いことなので、兄へと抱きついて勇気を補充することにした。


「一応言っておきますが、わたくし、嘘はついていませんからね。ジュードさんには聞かせない方がいいかと思って、お話したのは本物のゴドウィン様の近況です」


「……本物?」


 本物と聞いて、レオナルドの声が一段低くなる。

 本物がいるということは、偽者がいるということにすぐ気がついたのだと思う。


「レオナルドお兄様にも確認しておきたいのですが、あまり聞かせたいお話ではありません。それでも聞きますか?」


ティナが一人で飲み込むには、お腹の痛そうな顔をしているからな。嫌な話でも聞かせてくれ」


「わかりました」


 それでは、と本物のゴドウィン経由で聞いた事件のあらましをレオナルドへと聞かせる。

 レオナルドにとっては同じ孤児院の妹たちの悲しい末路に、拳をぶるぶると震えさせて怒っていた。

 最後に残された少女へと本物のゴドウィンが取った対応については、レオナルドもホッとしたようだ。

 生き残った少女がドゥプレ孤児院出身でないことは、告げる必要もないだろう。


「……ティナは、だからジュードさんへはゴドウィン様の話をしたがらなかったんだな」


「馬鹿正直だという自覚はありますからね。嘘をつかずに本当のことも話さないのは、少し難しかったです」


 結局レオナルドには気付かれてしまった、と肩をすくめながら体を離す。

 言い難い話が終わったのだから、いつまでも兄に甘えてもいられない。


「ティナ」


「なんですか?」


 これ以上追加で聞かせられることなどありませんよ、とレオナルドの顔を見上げる。

 レオナルドはジッと私の顔を見つめたあと、小さく頭を下げた。


「ジュードさんを守ってくれてありがとう。それから、本当のことを話してくれてありがとう」


 よしよし、と今度は私の頭が撫でられる。

 それだけで、少しだけお腹の痛みが引いた気がした。







 毎日気ままにレオナルドを引っ張りまわして散歩をし、ミカエラとソフィヤのお茶会へ顔を出したり、神王祭の仮装を仕立てたりとしている間に、あっという間に秋が終わる。

 晴れて写本の終わったジャスパーがグルノールの街へと戻る日が決まり、それに合わせてレオナルドが冬の移動を開始することにした。

 今年は早めに砦を回り、神王祭はルグミラマ砦で祭祀を行い、そのあとは雪の様子次第では王都へと戻ってきてくれることになっている。

 あくまで雪の様子次第になるので、あまり期待はするなと言われたが、妹馬鹿のレオナルドならば多少の無茶をしてでも帰ってきてくれる気がしていた。


「ジャスパーは真っ直ぐに帰って、セドヴァラ教会で日本語の研究ですか?」


「……いや、まずは写本の写本作業だな」


「なんですか、それ」


 写本したものをさらに写本するなんて、と突っ込みかけて、気がつく。

 この世界には印刷機はあっても、コピー機はない。

 日本語を研究するにしても、写本を大事に保存しておくにしても、複製作業は必要だろう。

 私が自分の使う用に研究資料の写本を作ったような物だ。


 ……それに、セドヴァラ教会には聖人ユウタ・ヒラガの写本だろうが、全部燃やしちゃった過去があるしね。


 今更そんな時代に戻ることはないと思うが、一度あったことだ。

 警戒はしておきたいのだろう。

 写本を守る、という意味では、レオナルドを護衛代わりにグルノールへと一緒に戻れるのは心強いはずだ。

 並みの盗賊や山賊なら、レオナルドの名前を聞いただけでも逃げていくだろう。


「ムスタイン薬とグリニッジ疱瘡の予防薬は俺がグルノールへと持ち帰るから、おまえもまたなにか完成させたら連絡しろよ」


「嫌ですよ。次に秘術を復活させたらグルノールの街へ帰れるのですから、わざわざ連絡なんてしません。そっちがグルノールの館へ来てください」


「……本当に帰って来れるのか?」


「怖いこと言わないでください。帰りますよ。ダメだって言われたら、ストライキも待ったなしですよ。離宮のお化けを世に解き放ってくれます」


 いざとなったら猫耳を外して暖炉から帰ります、と続けたらレオナルドに頬を抓られた。

 さすがに冗談にしても言ってはまずい冗談だったらしい。

 私の場合は、うっかりしたら本当にできてしまいそうで怖いのだそうだ。


「ティナは俺が留守の間ハルトマン女史たちの言うことをよく聞いて、良い子で待っているんだぞ。間違っても精霊になど付いて行かないように」


「わたくしはいつでも良い子ですよ、レオナルドお兄様。精霊に攫われたのは偶然ですし、神王様に攫われたのはたまたまです。そう何度もあることではございませんから、安心してください」


「その何度もないことが、すでに二度もあっただろう。三度目も警戒してくれ」


「そういえば、こんなことわざがありましたね。『二度あることは三度ある』って」


「怖いことを言うな」


 出立前に兄を脅かしてどうする、とレオナルドの腕の中へと抱き込まれる。

 以前は頭ごと抱き込まれていたのだが、今は少しだけ背が伸びたのでレオナルドの手が私の肩に添えられていた。


「……そんなに心配でしたら、荷物へわたくしをそっと詰めて持っていきますか?」


「それは前にも言ったが、……ティナはたまに子どもみたいなことを言うな」


「子どもですからね」


 薄い胸を張る代わりに、モフッと厚いコートに包まれたレオナルドの腰へとハグをする。

 保護者とのしばしの別れだ。

 ヘルミーネも怒りはしないだろう。


 ……減点はされると思うけどね。


 名残は惜しいが、旅立つ二人を見送る。

 レオナルドは冬の間に帰ってきてくれるかもしれないが、ジャスパーに次に会えるのはグルノールの街へ戻ってからだ。

 まずは春に採取を失敗したアドルトルの卵を、次の春こそ入手しなければならない。


 ……レオナルドさんには、お土産にアドルトルの卵を頼めばよかったかも?


 本当にそんなことを頼めば帰還が春の中頃になるが、レオナルドがいれば凶暴なアドルトルもなんとかできる気がするのだ。

 ルグミラマ砦の主として、サエナード王国の騎士と直接戦ったばかりのレオナルドが国境を越えるのはさすがに難しいかもしれないが、一番成功率が高い気がした。


 ……来年は手に入るといいな、アドルトルの卵。


 昨年の失敗を活かし、今年は早めに出立すると聞いている。

 採取に向うのも、セドヴァラ教会の人間もいるが、人を雇う予定でもいるようだ。


 ……今はどういう予定になっているのか、今度アルフさんに聞いてみよう。

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