第78話 神王様による誘拐事件の事情聴取

 アルフの母親の名前は、たしかクラリスと言ったはずだ。

 后の症状を纏めた報告書を持って来てくれたのを覚えている。

 アルフの母親という割には平凡な顔立ちをしているのだが、ついホッとする雰囲気なのはさすがはアルフの母親と言ったところか。

 もしくは、乳母という仕事をしていたせいだろう。

 子守女中ナースメイドを付けられていた私には、乳母という近い職種にいた女性の雰囲気は安心できるものだった。


「とにかく、クリスティーナ様の無事をクリストフ様へ報告を……、ああ、でもその前に『精霊の座』の確認もしなければ……」


 ランタンに照らされた私の顔を確認してからのクラリスは、見ていて気の毒になるほどの慌てっぷりだ。

 まず報せを、と身を反転し、すぐに私を忘れたと気付いて戻ってきて、私の手を取ると今度は背後にある『精霊の座』に気がつく。

 もともと『精霊の座』に用があったらしいクラリスは、そこで用事を思いだしたのか、先に用事を片付けなければと『精霊の座』へと入りかけ、またすぐに私の無事を報告するのが先ではないか、と思い直してドツボに嵌っていた。


「クラリスさん、落ち着いてください」


「クラリス、です。クリスティーナお嬢様」


 いつもの調子で『さん』をつけて呼んだら怒られた。

 侍女と王城の客人となれば、客人わたしの方が身分は上になる。

 離宮の主としての私は『クラリス』と呼ぶべきだったのだろう。


 ……まあ、いいか。クラリスさんも冷静になったみたいだし。


 私へと注意をすることで、冷静さを取り戻したようだ。

 あたふたとした雰囲気は消えた。


「クラリスは、『精霊の座』へはどんな御用で来たのですか?」


 まずは問題を解決しよう、と話の先を促す。

 クラリスが一人で混乱しているのなら、二人で考えればいい。


わたくしは『精霊の座』へと持ち込まれた……」


 お酒などの片付けを、と声が潜められて思いだす。

 昨年の追想祭で、私もクリストフから聞いている。

 台座の隠し扉の奥に入れたお菓子やお酒は、あとで片付けている、と。

 クラリスはあれらをこっそり片付けに来たのだろう。

 そのために、一人でこっそりと行動していたのだと思う。


「お片付けは大事ですね」


「ええ、ですが……クリスティーナ様の保護を先にお伝えするべきでしょう」


 参りましょう、と背筋を伸ばしたクラリスに、私が待ったをかける。

 行方不明者であろう私の無事を伝えるのは急いだ方がいいと思うが、あとのことを考えたら先にやっておいた方がいいかもしれないことがあった。


「あの、わたくしはしばらく『精霊の座』に閉じ込められていたのですが……お腹が空いて、隠し扉の中のお菓子を食べました」


「それはクリスティーナ様のために用意されたものですから、お嬢様が食べられても問題はございません」


「いえ、扉の近くで食べていたのです」


 誰かが近づいて来たら扉を開けてもらおう、と陣取っていたため、扉の付近にはお菓子の箱やジュースの瓶が置き去りになっている。

 これをそのままにしておいては、来年からクリストフの祭祀にお菓子やお酒が持ち込みづらくなるだろう。

 行方不明になっていた私が『精霊の座』で見つかったとなれば、騎士がなんらかの捜査を行うために入り、放置されているお菓子の箱などを見つける可能性がある。

 それをそのまま伝えると、クラリスは『精霊の座』をとりあえず片付けることを選択した。

 昨年同様小袋に入った焼き菓子は私の服へ入れ、ジュースの瓶は台座の隠し扉の中へと隠す。

 ほかに出されている物はないかと簡単に確認をして、とりあえずはこれでいいかというレベルに片付けた。

 後日もう一度回収にくる必要はあるが、今回は仕方がないだろう。


「それではクリスティーナ様、私と一緒に来ていただけますか」


「はい」


 クラリスに手を差し出されたので、その手に自分の手を重ねる。

 何時間も暗い部屋に閉じ込められていたせいか、手を繋いで歩くという子どもじみた行為が逆に落ち着く。


 回廊を歩く途中で遭遇した白騎士に私が見つかったという伝言を持たせ、白騎士は捜索本部と化している離宮へと向かう。

 これで最低限の対処はできたはずだ。

 今頃は大規模に捜索されているかもしれない気がするが、それも落ち着くだろう。


「あれ?」


 回廊の先の暗闇に白くて丸い点を二つ見つけ、足を止める。

 じっと白い点を見つめていたら、暗闇から黒柴コクまろとジゼルが現れた。


「まろー」


 おいで、と腰を落として手を広げる。

 黒柴は猛烈な勢いで私へと向かい、革紐リードの先のジゼルは引きずられていた。


「クリスティーナ……お嬢様、発見……しました……ぁ」


 貴族令嬢にあるまじき優雅とは言いがたい姿で、私を見つけたジゼルが肩で呼吸を整える。

 髪のあちらこちらに小枝や葉っぱをつけているので、もしかしなくとも黒柴がとんでもない道を選んで進んできたのだろう。


「よくジゼルはわたくしがここにいるのを見つけましたね?」


「ヘルミーネ女史が、以前クリスティーナお嬢様が精霊に攫われた時は、コクまろが一番に暖炉の前に陣取っていた、とおっしゃられたのを思いだしまして」


 黒柴に私を探させようとしても夕方まではまったく動かなかったのだが、夜になって急に言うことを聞き始めたらしい。

 タイミングを考えるに、『精霊の座』へと私が放り出されたあたりから黒柴は動く気になったのだろう。

 ついでに言うと、ヘルミーネはまた暖炉から帰ってくるのではないかと、暖炉の前にいるそうだ。

 ヘルミーネだけではなく、ソラナを除く侍女と女中メイドも各部屋の暖炉を見張ってくれている。

 ソラナはアルフレッドの手足として、いろいろな場所へと遣いに出ているらしい。

 たぶん、体力的な意味では一番ソラナが動いている。


「一応聞いておきますが、ヘンリエタは何か言っていませんでしたか?」


「フェリシア様ですか? フェリシア様でしたらアルフレッド様とご一緒に……」


「いえ、フェリシア様の飼っているミミズクの方です。ミミズクの方のヘンリエタに、心配ないと伝言してもらったはずなのですが……?」


 神王がミミズクに伝言を頼むと言っていたはずだが、誰も何も聞いていないのだろうか。

 不思議に思ってジゼルに聞くと、ジゼルではなくクラリスに横から指摘をされてしまった。


「クリスティーナお嬢様、ミミズクがどのようにして人間われわれに言葉を伝えるのですか?」


「……それもそうですね」


 ……それはちょっと思ったけど、神王様が言うんだから、なにか方法があるのかな? って思っちゃったんですよ。


 これでは動物が人間とおしゃべりできると思っている、メルヘン思考の子どもだと思われてしまう。

 それは少しだけ恥ずかしい気もするが、もともと黒柴や黒犬オスカーへは普通に話しかけているので、今更かもしれない。

 私は動物へは結構話しかけるタイプの人間だ。


 ……神王様、やっぱり動物に伝言は無理でしたよ。


 黒犬と黒柴へは私の無事が伝わっていたようなのだが、人間にはさっぱり通じていない。

 番犬たちは私の心配は必要ないとのんびり過ごしていたようなのだが、精霊の言葉も、動物の言葉もわからない人間は、やはり突然消えた私に大騒ぎをしていた。


「これは離宮へ戻ったら怒られるのでしょうか? え? でも今回はわたくしの責任ではありませんよ?」


「どなたの責任なのか、それはクリストフ様の前で詳しくお話しください」


 ……あ、なにか口を滑らせたっぽい。


 にっこりと微笑むクラリスが私の両肩を掴む。

 どこへも逃がさないぞ、という気迫を感じて、なんだか保護者たちの元へと案内されるというより連行されるという気分になった。







 ……レオ、早く帰ってきて。


 レオナルドが側にいればべったりと甘えるふりをして後ろに隠れつつ、眠気に負けましたと寝たふりをしているうちにレオナルドが後始末をしてくれると思うのだが。

 残念ながら、レオナルドは遠いルグミラマ砦だ。

 私の盾役にはなってくれない。

 不可抗力ではあったが私の引き起こしてしまった騒動の事情聴取は、私が受け答えをするしかなかった。


 まずは無事な姿を見せなければ、と居城の応接間へと通されて、椅子に座らされる。

 がっつり怒られる雰囲気を感じて、室内にどこか隠れられる場所はないかと探したいのだが、淑女として背筋を伸ばした。

 さすがに今日はこれ以上隠れたら、本当に怒られてしまうだろう。


 王の居城ということで、一番に顔を出したのはクリストフだ。

 落ち着きのある声で「心配したぞ」と一言だけ言われた。

 一言というのが、逆に心に響く。

 申し訳なくなって、レオナルドの背中に隠れたいと思っていた自分を恥じる。

 私が心配をかけてしまったのだから、迷惑をかけてしまった人には私が対応するべきだろう。


「クラリスの報告によれば、何者かに攫われたようだという話だったが……」


「攫われたというよりは、精霊と神王様がわたくしを匿ってくれたようです」


 アルフレッドとメンヒシュミ教会の男の諍いに困惑していたら、精霊が私を助けるつもりで匿ってくれたのだ、とクリストフへと説明をする。

 こちらの人間には迷惑をかける結果になったが、精霊も悪気があったわけではない、と。


「精霊と神王様は、精霊の寵児がこの世界の人間たちの都合でいいように使われることを善しとはしてないようです」


「その話は知っている。だからこそ、精霊の寵児には祭祀への参加を願う形で呼びかけ、決して強制はしていない。今回のことも、クリスティーナは人見知りをする性質たちだと把握しているアルフレッドが、面識のない王都のメンヒシュミ教会と共に祭祀に参加することは嫌がるだろう、と事前に断っていたのだ」


「アルフレッド様の判断は、わたくしとしては花丸満点です。文句の付けようがございません」


 少し私という人間を把握されすぎていて怖い気はするが、アルフレッドの判断は正しい。

 私は知らない人に囲まれて内街の祭祀に参加するよりも、会う人間が少なく、すでに顔見知りでもあるクリストフの行なう祭祀を見守る方が気が楽だ。


「それにしても、クリスティーナは再び神王に会ったのか。二年前にも神王と遭遇したらしいという報告は来ているが……」


「以前お会いしたので、わたくしのことを覚えてくださったようです」


 知人と判断されたので、手助けのつもりで今回は攫われることになった、と神王のフォローをしておく。

 誰でも即攫うわけではないし、そもそも騒動を起こすために私を攫ったのではない、と。

 神王としては、よかれと思ってしてくれたことだ。


「そういえば、今回はいろいろとお話しをしたのですが……」


 以前会った時と比べて、神王は少しだけ口が軽くなっていた気がする。

 険が取れたというのか、人間味を取り戻しつつあるというのか、結構いろいろなことを話して聞かせてくれた。


「人間が忘れているだけで、いつか神王の世代交代は復活するそうですよ」


 穏やかな様子で、怒っている風ではなかった。

 あの様子であれば、探し人さえ見つかれば、本人が言うように天寿を全うし、この世界の人間を許すのだろう。


 神王の様子を語りつつ、お菓子以外は朝から何も食べていないという話をしたら、クラリスが夜食を運んできてくれた。

 クリストフの前で夜食など摘まんでもいいのだろうか、と考えていたら応接間の扉が開く。

 扉の向こうに立っていたのは、本当に見慣れすぎて本来の顔を忘れつつある猫頭の少年ことディートフリートだ。


「ディートフリート様? どうしました? 子どもは寝ているお時間でしょう?」


 中身が王子であるとは知っているので、一応淑女として対応をする。

 ラガレットの街にいた時のように雑に扱うのは、国王クリストフの前では憚られた。


「なぜここに……痛いですよ」


 ズカズカと応接間を一直線に進んで私の元へとやって来たディートフリートに、力いっぱい抱きしめられて少々どころではなく苦しい。

 そのうえ、猫の被り物がガンガンと頬に当るので、地味に痛くもあった。


「なんですか? どうしました?」


 呼びかけてみるのだが、返事はない。

 ただ振り回すような勢いで抱きつかれて、カリーサがいれば引き離してもらうところだ。


 ……前にもあったね、こんなこと。


 ラガレットの街で誘拐され、宿泊施設ホテルへと戻った時にも同じことをされた。

 あの時もディートフリートは何も言わず、ただ私に抱きついてきたのだ。


 ……つまり、ディートフリートも心配してくれていたのか。


 言葉はないのだが、ただしがみ付いてくる少年に、宥めるように背中を軽く叩く。

 大丈夫ですよ、私は無事ですよ、危険なことなんて何もありませんでしたよ、としばらく慰めていたら、猫の被り物の中から鼻をすする音が聞こえた。

 どうやらこの被り物の中で、ディートフリートは王子様らしからぬ顔になっているようだ。


 ディートフリートの拘束が緩む頃になって、アルフレッドが応接間へとやってきた。

 背後にソラナが控えているところを見るに、白騎士からの報せを聞いてそのままやって来たのだろう。


 私の顔を見てホッと胸を撫で下ろすアルフレッドに、私はというと頭に疑問符が生まれた。

 アルフレッドは私の心配はしてくれるだろうが、ここまで顔に出る程の心配のされ方をするとは、少し意外だ。


 ……あれ? そう言えば、何かひっかかるような……?


 アルフレッドに少しの違和感を覚え、ジッと見つめていて逃げ遅れた。

 第三王子の登場に、ディートフリートはようやく私の体を解放する。

 自由になった私はといえば、アルフレッドに頬を引っ張られた。


「目の前で突然消えるな、馬鹿者」


「ふかこうりょくれす! わたくしはわるくありましぇん!」


 痛いですよ、と抗議しつつも、お叱りは受けておく。

 心配させてしまったことは確かなので、お説教はすべて聞くつもりだが、もしかして私は今夜眠れないのではないだろうか。

 離宮へ戻ればまず間違いなくヘルミーネのお説教が待っていると思われる。


 ……私、悪くないよ! 今回は、精霊と神王様が気を遣ってくれただけだよ!


 ようやくアルフレッドから頬が解放され、両手で頬を隠す。

 せっかく今生は可愛らしく生まれたのだ。

 頬を引っ張られすぎたせいで顔が横へと伸びてしまっては、可愛く産んでくれた両親が草葉の陰で泣く。


「わふっ!?」


 アルフレッドの次はソラナだ。

 無言で頭へと何かをかぶされ、それが猫耳のついたフードだと気がついた時には頭が真っ白になった。


「仮装は春華祭までですよ!?」


「クリスティーナお嬢様には春も夏もございません! 夏でも精霊に攫われるのですから、一年中獣の仮装で丁度いいはずです」


「まさかの一年中猫耳生活!?」


 それは嫌です、と抗議をしている間に猫耳フードが整えられていく。

 皺を伸ばし、リボンを結び、と完璧に整えられた猫耳フードに、最後の抵抗とばかりにフード部分を後ろへと落としたら、笑顔でソラナに直された。


 ……うん、アルフレッド様が見込むわけだ。こうと思ったら譲ってくれない。


 これは本気で王都にいる間は獣の仮装を強制されそうである。

 悲しいことに、きっと離宮に私の味方はいない。


「それで、何があって目の前から突然消えるなんてことになったのだ?」


「同じことをもう一度お話しするのは辛いので、クリストフ様に聞いてください」


 私は子どもなので、そろそろ睡魔が限界です、と訴えてみる。

 折角用意してくれた夜食も、ディートフリートの登場で結局食べられずにいた。

 お持ち帰りして、離宮への馬車の中で小腹を満たしたい。







 眠気の限界だ、と訴えたら意外な程にあっさりと解放された。

 クリストフへは事情を話してあったし、長時間寒い『精霊の座』にいたため、私の体力も地味に限界である。


 離宮への馬車の中で、包んでもらった夜食を食べる。

 小腹が満たされてくると、考える余裕が出てきたのか、先ほどは言い忘れたことを思いだした。

 これはクリストフに伝えておいた方がいいかもしれない事柄だ。


「……神王様がおっしゃられたのですが」


「うん?」


 ランヴァルドの探しものは見つかる・見つからないは謎として、届ける予定の場所へはすでに届いているらしい、と神王の見立てを伝える。

 私には意味が判らなかったが、ランヴァルド本人やクリストフへと伝えれば、最低でもランヴァルド本人には意味が判るだろう。

 情報の扱いはアルフレッドに任せるが、伝え忘れていたことなので、できればクリストフに今日のことを聞くついでにでも伝えておいてほしい。

 そう話を結んだら、くしゃみが一つもれた。


 離宮に戻ればお説教大会が始まるかと思っていたのだが、私の顔色をみたカリーサがすべてを察する。

 私を手早く寝巻きへと着替えさせると、早々にベッドの中へと放り込まれた。

 援軍として冬に使っていた猫の湯たんぽも導入されたのだが、翌日の私は見事に風邪をひいていた。

 どうやら『精霊の座』で長時間体を冷やしたことが原因らしい。


 ……神王様! 助け方が中途半端だよっ!


 今度会ったら文句を言ってやろう、と心に決めて、おとなしくベッドの住民となる。

 願わくば、寝込んでいる間にヘルミーネたちがお説教の内容を忘れてしまえばいい。

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