第72話 白髪の狸ジジイ

 アルフにアピールする以外でも抜け目のないところがあるのだな、とアルフレッドの一面を知ったところで、もう一度首を傾げる。


「……アルフレッド様が王子として功績を挙げるというのは、良いことですか? 悪いことですか?」


「国への貢献となるので、良いことではあるな。次期国王を目指すのなら、良い宣伝になろう」


「それだと、フェリシア様と王位を争うことになるのでしょうか? アルフレッド様は王様になりたい……?」


 アルフレッドが次期国王になりたいのなら、フェリシアを私の離宮へと押し込めておくことは、ライバルを蹴落とすという意味では有効な手になっている気がする。

 フェリシアは私の子守のために、公務を離宮へと持ち込んで行っているが、外へと出て行く仕事は激減したとも聞いていた。


 ……あれ? でも、どうしてもなる人間がいなかった場合の保険のつもりだ、って言ってたよね?


 そう考えると、アルフレッドが次期国王を目指して自分の功績を稼いでいる、とは考え難い気もする。

 わけが判らなくなって頭を悩ませる私に、エセルバートは苦笑いを浮かべた。


「……あの子が考えているのは、いつでもたった一つのことじゃよ」


「アルフレッド様が考えることというと……アルフさんのため、でしょうか?」


「そうじゃな。あの子はもう一人のアルフレッドのためだけに動く」


 他に対する興味が薄すぎて、王としては不適格である、とアルフレッドを評するエセルバートに、ますますわけが判らなくなる。

 次期国王になれば、子をせる伴侶を得ることが求められる。

 アルフへの愛がどういった種類の物かは聞いたことが無いが、異性の伴侶を得るということは、アルフへの愛ばかりを叫んではいられなくなるだろう。


 ……アルフさんへの愛を叫んでも気にしない女性をお嫁さんにするしか解決方法が思い浮かばないんだけど?


 アルフレッドの場合、妻を迎えてもアルフを一番に考えそうだ。

 妻どころか、子どもや孫が産まれてもアルフが一番だと言いそうでもある。

 アルフレッドならやりかねない、と思うのだが、逆の立場で考えればこれを許してくれる妻や子どもはそうはいないはずだ。

 家族よりも自分と顔のよく似た男への愛を叫ぶ夫・父親など、受け入れがたいだろう。


 ……あれ? でも、アルフレッド様はアルフさんのお嫁さんにソラナを、って考えているんだっけ?


 ソラナは女中メイドとして離宮で働いているが、実家の身分は侍女の二人よりも高い杖爵の娘だ。

 普通に考えたら第八王女の乳兄弟に女中の仕事などさせるはずはないのだが、そこをアルフレッドが囲い込んで女中の仕事をさせている。


「あの子のことは単純に考えれば良い。呆れる程にアルフレッドのことしか頭にないからの。むしろ、自分が自由でいるためにフェリシアを王位に付けようとしているようにも見える」


「それだと、先ほどの言葉と矛盾しませんか?」


 んんん? とますますわけが判らなくなってきて、困惑する。

 アルフレッドは功績を立てていて、その功績が次期国王としては良い宣伝になって、しかし次期国王として有力視されているのはフェリシアである。

 そのフェリシアは私の離宮へ滞在し、表舞台へ出ることが減っているはずなのだが、エセルバートからはそれがフェリシアを王位へ付けようとしているようにも見えるそうだ。


「……ダメです。頭が痛くなってきました」


「難しく考えすぎじゃな」


 単純に考えて良い、とエセルバートが私にも判りやすいようにと噛み砕く。

 王爵を得ていない弟妹が突然やる気を出して王爵を得ても、フェリシアの有利は動かないらしい。

 対抗馬として有力であるはずの第一王子はそもそも王位継承権を拒否しているし、他に王爵を得ている王女もいるが、彼女たちも王位を継ぐ気はなく、王の子として生まれた責任を領主の一人として果たしているだけなのだとか。

 アルフレッドの意思も、他の王爵たちと大きくは変わらない。

 王爵として王と次期国王を支えるために働き、私への支援はその一環なのだとか。

 忙しいフェリシアの代わりに、と私の管理をしているようにもアルフレッドは見えるらしい。

 アルフレッドではなくフェリシアの方が主立って私を庇護しているように見えるのは、私の離宮に居ることが理由だそうだ。


「フェリシア様が忙しいのは、離宮に閉じ込められているのが理由でもあるようなのですが……」


 もともとは自分の留守の間に頼れる人を、とアルフレッドからフェリシアを紹介されたはずだ。

 最初から私の係はアルフレッドだと思っていたのだが、外から見ると私係はフェリシアで、アルフレッドがフェリシアの代理として働いているように見えるというのは、初めて聞く視点だった。







「そうそう。レオナルドからお嬢さんへの誕生日の贈り物を預かっておるぞ」


 重い物なので直接馬車へと積み込ませておる、と言われて私へとキュウベェが渡してくれたのは目録だ。

 目録というよりは、仕入れ台帳に近い気もする。


「……お米?」


「誕生日の贈り物と聞いていたが、さすがに色気の無い贈り物じゃな。レオナルドらしいといえば、レオナルドらしいが……」


 少し呆れた声音のエセルバートに、我が兄ながら誕生日プレゼントにお米とは、妹を食欲の魔人とでも思っているのか、と突っ込みたくもなったが、思いだす。

 そう言えば、そのような会話をしたような気がする、と。

 米を仕入れるか、と言い出したレオナルドに、私が「誕生日の贈り物として贈ってください」と言ったのだ。


 ……まさか本当に贈ってくるとは思いませんでした! レオ大好きっ!


 でも、なぜエセルバートに預けたのか、と聞いてみれば、預けたのではなく、エセルバートが取り寄せる米と一緒に取り寄せてもらったとのことだった。

 レオナルドが個人的にナパジから米を取り寄せている商人を探すより、すでに商人と繋がりのあるエセルバートを頼る方が安全で確実である、と。


「そうじゃな。今回の秘術復活の御褒美は、ナパジの調味料をわけてやろう」


 まだ輸入が始まったばかりの、出回り難い調味料もあるぞ、と自慢げにエセルバートが言うので、持ち上げておく。

 ナパジの調味料を分けてくれるというのなら、エセルバートは私にとって神様だ。

 感謝を伝える私へ孫にならないかとエセルバートが誘い、それを断るといういつものやり取りを挟んでいる間に、キュウベェが追加で目録を持って来てくれた。

 見たことのない名前もあったが、実物を見れば判るものもあるだろう、と受け取っておく。


「そういえば、今日はエセルバート様にお土産を作ってきたのでした」


「ほう? なにかな?」


 カリーサがキュウベェへと箱を手渡し、キュウベェが箱の中身を確認する。

 カリーサが箱に詰めた芋きんつばを目の前で毒見して見せれば、引渡し作業の完了だ。

 一度キュウベェが箱を持って下がり、次には小皿へと芋きんつばをのせて戻ってきた。


「カリーサに作ってもらった、芋きんつばです」


「芋きんつば、とな?」


「えっと……」


 きんつばという言葉が通じなかったので、少し考える。

 離宮内では普通に『きんつば』と言っていたが、冷静に考えれば周囲はなんのことか判らずに、私が呼ぶのでそう呼んでいたのかもしれない。


 ……そういえば、こっちの剣に日本刀のようなつばなんてないしね?


 ナパジに刀があれば似たような鍔もあるかもしれないが、それでも呼び方が違う可能性もあった。


「ナパジの料理にはございませんか? 羊羹ナクオユに小麦粉を溶いた水をつけて焼いたお菓子なのですが……」


 羊羹ようかん羊羹ナクオユという名前で存在していたので、羊羹を使ったお菓子も当然あるだろうと考えたのだが、違ったのだろうか。

 きんつばの由来についてもうろ覚えで解説したのだが、エセルバートが反応をしたのは作り方についてだ。

 名前は違うがきんつばのようなお菓子は存在しており、中の餡子が芋であることにエセルバートは引っ掛かっていたらしい。


「……餡子は、言ってしまえばジャムのようなものですから、オミアムタスでも南瓜でも、餡子は作れると思いますよ?」


 そんなに不思議だろうか、と考えて思いだす。

 グルノールの街で皿焼きを食べた時にレオナルドが餡子には微妙な反応をして、クリームの挟まった皿焼きは美味しいと言って食べていた。

 レオナルドには餡子が違和感のあるものだったように、ナパジ贔屓で餡子にも慣れたエセルバートではあったが、芋を使った餡子という発想はなかったのだろう。


 ……たぶん、餡子の方が芋餡より高級品だと思うけどね?


 でき立てが最高に美味しい、とお勧めしておく。

 似たようなお菓子があるのなら、エセルバートも自分のところで料理人に作らせればでき立てを食べられるはずだ。


「して、わしの料理人に芋餡の作り方は……?」


「エセルバート様の料理人でも、芋で餡を作るように言えばできるのではございませんか?」


 少なくともカリーサは「小豆の代わりに芋で」と言っただけで、芋餡を完成させている。

 そこから羊羹にしたのは料理人の指導あってのものだが、カリーサにナパジ料理を教えてくれたのはその料理人だ。

 エセルバートの料理人に芋餡が作れないということはないと思う。


「では、わしも後日焼き立てを食べてみることにしよう」


「冷めていても充分美味しいですけどね」


 カリーサのナパジ料理の習得状況などを話しつつ、しばしグーモンスでの話を聞く。

 砂漠が程近いグーモンスは、グルノールの街とは随分違うようだ。


「……ところで、わしの留守中に変わったことはなかったかの?」


「変わったこと、ですか?」


 はて、なにかあっただろうか? と考えてみる。

 エセルバートが王都を離れている間にあったことなど、考えれば考えるだけ出てきて、エセルバートが何についてを指しているのかが判らなかった。


「わしの離宮に侵入者の形跡があったのじゃが」


「あー」


 それですか、と気の抜けた声が出る。

 答えを聞いてしまえば、なんということはない。

 離宮でその侵入者ことランヴァルドが気にしていたことだ。


 ……形跡ってことは、ランヴァルド様が使っていた形跡か、クリストフ様の指示で騎士が捜索にきた形跡かな?


 のこのこと王城へ出入りしていることが知られれば殺される、だなどと言っていたわりには、うかつなことである。

 自分が離宮を使っていた形跡を残すだなんて。


 ……っていうか、本当にエセルバート様の離宮に潜伏してたんだね、ランヴァルド様。


 詳しい話は聞いていなかったのだが、クリストフの予想通りだったらしい。

 聞けば聞くほどに呆れる話である。

 見つかってはいけない相手の離宮へと潜伏し、その痕跡を残しているとは。


 ……どうしようかな?


 アルフレッドからはランヴァルドを匿ってほしいと言われている。

 クリストフからは何も聞いていないが、アルフレッドがクリストフの命を受けてランヴァルドを離宮へ匿ったと考えていいだろう。

 ランヴァルドには王族の護衛として付けられる白銀の騎士が付けられているのだ。


「……神王祭の頃に、王城に侵入者騒ぎがあって、その時に侵入者を探しに騎士が入ったのだと思います」


 私の離宮もレオナルドが忙しそうにしていた、と嘘をつかない範囲で答えられるように答えておく。

 フェリシアには匂わす程度で気付かれたのだ。

 エセルバートには嘘をつかない範囲かつ、話さないぐらいで丁度いいだろう。


 ……まあ、私の離宮のことなんて、エセルバート様には筒抜けなんだけどね。


 ランヴァルドによると、ナディーンはエセルバートの回し者のようなので、離宮へと入ってくる人材についてはすべてエセルバートに知られていると考えていいだろう。

 同じように、食材の仕入れや商人の出入りについても知られているはずだ。


「いつものように謎の情報網で調べられてはいかがですか?」


「わしとしては、お嬢さんに聞くのが手っ取り早いと思ったのじゃが……」


 少しはものを隠すということを覚えたようじゃな、と言われて背筋を伸ばす。

 それだけで隠しごとがあると言っているようなものだ、とエセルバートには笑われてしまったので、やはり私には隠しごとは向いていないと実感した。


「それで、お嬢さんはわしに何を隠しておるのかな?」


「隠しごとは、隠しているからこそ隠しごとなのですよ」


 私の口からはなんとも言えませんので、自分で調べてください、と突っぱねてみる。

 何か隠しているということはもうバレているので、せめて自分からランヴァルドの滞在をばらしてしまうことだけはないようにしておこう。


「顔に隠しごとが全部出てしまうから、判りやすいお嬢さんだと思っていたのじゃが……そう開き直られると、逆に判らなくなるの」


「え? そうですか? では、これからもどんどん開き直ります」


「開き直りついでにポロッと洩らしてみんか?」


「その手には乗りませんよ。アルフレッド様からも、ちゃんと言われていますからね」


「そうか、そうか。この件にはあの子がかかわっておるのか」


「……あっ」


 少し持ち上げられただけだというのに、ついポロッと名前を出してしまった。

 アルフレッドの名前を出しただけなので、致命傷とまでは言わないかもしれないが、失敗は失敗だ。

 これ以上の失言をしないよう、両手で口を隠す。

 もう何もしゃべりませんよ、と態度で示しつつ、今日は親子二代に対して耳と口を塞ぐ妙な日だな、と思った。

 目に関しては、常にフェリシアが際どい服装をしているために今更である。

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