第61話 気になる噂

 薄情な私にはジゼルの気持ちに沿うことはできない。

 それが判ったので、今度は貴族らしい言葉で提案をしてみた。

 ジゼルの家は華爵とはいえ、何代も領民の生活を支えてきたはずだ、と。

 兄弟と叔父が犯罪に加担してしまったことは今更なかったことにはできないが、領民にはこれからの生活がある。

 親類の罪とジゼルが領民を預かる貴族であることは、分けて考えなければならない。

 突然主と仰ぐ領主の顔が変われば、領民たちが戸惑うはずだ、と。


 領民のために、懲罰房を出るようにと説得する。

 騎士としての実力はなく、護衛としては少々どころではなく頼りないジゼルなのだが、貴族としての矜持きょうじはしっかり持っていた。

 領民を引き合いに出されれば、この世の終わりのような表情をしていた顔に、決意の光が宿り始める。


「……ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした。懲罰房からは出ることにいたします。自宅にて、今しばらくの謹慎をお許しください」


 心の整理がついたらまた仕えさせてほしい、と言うジゼルに、待っています、とだけ答えた。

 今はとにかく、懲罰房からジゼルを引っ張ってでも連れ出すことが先だ。

 懲罰房こんなところになどいるから、必要もない罪の意識に捕らわれてしまうのだ。

 今回のことに対して、ジゼルには何の罪もなかった。







 ジゼルの心の整理は、十日程でついたようだ。

 というよりも、館の中で落ち込むジゼルに、両親が活を入れたらしい。

 身内から犯罪者が出たことは嘆かわしいことだが、それに引っ張られてどうするのか、と。

 身内の恥を己の恥と錯覚して部屋に閉じ籠るぐらいならば、その恥をそそぐべく行動するべきだ、とも。


 ……まあ、その父親も弟と息子たちのしでかしたことに、自決しかねない雰囲気だったみたいだけどね。


 これはウルリーカが調べてきたことだ。

 身内の恥にショックを受けたのはジゼルだけではなかったようなのだが、落ち込む娘に父親の方は自力で復活したようだった。

 自分まで落ち込んでしまっては、本当に家が途絶える、と。


 ……なんにしても、表面的にでもジゼルが元気になってよかった。


 ついでに、私周辺の不穏な人物たちが一掃できたらしい、というのも朗報だ。

 秘術の復活も少しずつではあるが着実に進んでいるし、ベルトランは近頃なりをひそめているし、で良いこと尽くめだ。

 レオナルドがまた王都を離れる春が近づいていることからは目を逸らしたいが、おおむね平和である。

 平和だった。

 奇妙な噂が聞こえ始めた以外は。


「レオナルドお兄様の双子説は、初めて聞きましたね。どこから仕入れてきたお話ですか?」


「騎士棟の台所女中キッチンメイドと居城の洗濯女中ランドリーメイドがそれぞれにレオナルド様をお見かけしたと証言しておりました」


 レオナルドを見かけただけならば、双子説など生まれるわけがない。

 事実、離宮の外ではレオナルドの双子説など流れてはおらず、離宮へとこの話が持ち込まれて初めて双子説となった。

 レオナルドは離宮に一人しかいないはずなのだが、離宮の外でレオナルドを見かけた者がいる、と。


 王都に戻って来てからというもの、レオナルドは以前のように私の護衛代わりとして側にいてくれている。

 騎士として仕事でたまに離れる時間もあるが、それ以外の時間はほとんど一緒だ。

 女中メイドたちが見かけたという場所と時間に、レオナルドが私の側を離れていたことはない。


 戦場で敵兵の体を鎧ごと縦半分に割っただとか、故障した投石器の代わりに敵陣まで大岩を投げただとか、レオナルドには耳を疑う噂が多いが、双子説は本当に初めて聞いたと思う。

 ウルリーカが噂を仕入れてくれるのはいつものことなのだが、今回の噂はこれまでと傾向が違った。


「レオナルドお兄様は、双子の兄弟がいたのですか?」


「俺の兄弟は、ティナの他には一つ下の妹と八つぐらい下の弟だ。双子なんて年齢の兄弟はいない」


 どこから出てきた噂だ? とレオナルド本人も首を傾げているのだが、私にはなんとなく噂の出所に心当たりがある。

 離宮に侵入しようとしていたお化けは、レオナルドと似た声をしていた。

 姿を見ることはできなかったが、あの時のお化けがレオナルドと似た姿をしているのではないだろうか。

 なんとなく、そんな予感がしていた。


「……あれ? レオナルド様、もう離宮へお戻りになられたのですか?」


 アルフレッドの館へと遣いに出ていたはずのソラナが、戻るなりレオナルドの顔を見て瞬く。

 足が速いですね、長さの違いでしょうか、と言ってソラナが肩を落とすのだが、そこは比べる相手が間違っている。

 レオナルドは男性の中でも背が高く、ソラナは女性の中でも背が低い。


「ソラナはどこでレオナルドお兄様を見たのですか?」


「はい? えっと……貴族街へと通じる城門の付近ですね。一緒に白銀の騎士の方が何人かいましたので、お仕事かと思って声をかけなかったのですが……」


 それがどうかしましたか? と室内の雰囲気に、ソラナの声がだんだん小さくなってくる。

 室内では今まさに、そのレオナルドのそっくりさんについて噂をしていたところだ。


「レオナルドお兄様は、今日はずっとわたくしと一緒ですが、ソラナが見かけたのは今日のこと、ですよね……?」


「はい。今日というより、本当につい先ほどのことです。アルフレッド様の館から帰ってくる時に見かけましたから」


「出かける時ではなく、本当についさっきの話なのですね」


 これはますますおかしい。

 ソラナがレオナルドのそっくりさんに会ったのは、お遣いの間ということになるが、ソラナにお遣いを頼んでから戻ってくるまでの間、レオナルドは私に付き合ってヘルミーネの講義を聴いていた。

 ソラナが離宮の外でレオナルドを見たと言う時間には、確実に私と一緒にいたのだ。


「……ソラナはなぜレオナルドお兄様のそっくりさんを捕まえて来なかったのですか?」


「ええっ!? 捕まえる必要のある方だったのですか?」


 レオナルドモドキへの白銀の騎士の態度は、うやうやしいものだったらしい。

 それを見たソラナは、ついにレオナルドがクリストフに口説き落とされて養子になる決意でもしたのかと思ったそうだ。

 王族であれば本人が白銀の騎士であろうとも、護衛に白銀の騎士が付けられることになる。


「ティモン様かジークヴァルト様に聞けば、真相がわかるでしょうか?」


「白銀の騎士のことなのですから、レオナルド様にお聞きすれば判るのではありませんか?」


「そういえば、レオナルドお兄様は昨年の闘技大会で一番になったのでしたね」


 闘技大会で優勝したとなれば、白騎士を除けば実力主義の我が国としては、騎士団の団長ということになる。

 白銀の騎士が動いているということならば、レオナルドの耳へも入ってくるはずだ。


「期待されているところ申し訳ないが、俺は白銀の騎士の団長になる気はないから、俺の権限でなんでも聞きだすことはできないぞ」


「そうなのですか?」


「今ルグミラマ砦から完全に離れることはできないし、白銀の騎士に戻れば俺の任地は王都になる。俺の預かる砦すべてが新しい団長に引き継がれて、ティナは王都に住むことになるが……」


「レオナルドお兄様はグルノール砦の団長さんでいてください」


 レオナルドが白銀の騎士に戻るとは、つまりグルノールの街へは戻れなくなるということだ。

 すでにグルノールの館を自分の家だと思っているし、タビサとバルトも家族同然に思っている。

 少し離れるだけならまだしも、グルノールの館が帰る場所でなくなってしまうのは嫌だ。


 ……あれ? でも、レオナルドさんが白銀の騎士として王都に落ち着いたら、冬の移動はなくなる? レオナルドさん的には、そっちの方が楽になるの……かな?


 そう考えると悪いことばかりでもない気がするのだが、レオナルドの冬の移動とグルノールの館とを天秤にかけて、グルノールの館を選択する。

 レオナルドの移動は最長で三ヶ月我慢すればいいが、王都に移り住めば冬の移動が無いかわりに交友関係は一から作り直しだ。

 これは、基本姿勢が引き籠りで人見知りな私には辛い。

 辛すぎる。

 ついでに言えば、ベルトランとの物理的な距離も近い。

 ベルトランとは可能な限り距離を取りたいので、王都に移り住むというのはあまり歓迎できない案だった。


「とりあえず、今度外でレオナルドお兄様のそっくりさんを見つけたら、捕まえて来てください」


「えっ!? 無理ですよ! 相手は白銀の騎士に守られているんですよ? 一人ならまだしも、二人以上の白銀の騎士を出し抜くなんて、私には無理です」


 一人なら出し抜けるのか、というツッコミは飲み込む。

 実年齢より若く見えるソラナは、体格も小さく可愛らしい。

 そんなソラナに倒される精鋭中の精鋭であるはずの白銀の騎士など見たくはないし、それができてしまうソラナにも気軽に抱きつくことはできなくなってしまう。


 ……そっか。一人なら倒せるのか。アルフレッド様の女中だもんね。そのぐらいの無茶振りはされてきたんだろうなぁ……。


 などとこっそりソラナに同情しつつ、アルフレッドの顔を思いだす。

 離宮には王女であるフェリシアが滞在しているし、王子のアルフレッドも頻繁に顔を出してくれていた。

 どうしても気になるのなら、彼等に聞けばいい。


 ……レオナルドさんのそっくりさんか。


 八つも離れているというのなら、レオナルドの弟ということはないだろう。

 春の終わりに二十五歳になるレオナルドに似ているというのだから、そっくりさんの年齢もその辺りのはずだ。

 となれば、父親という可能性もない。

 あと考えられることは、叔父や従兄弟という路線だが、レオナルドに心当たりはないらしい。

 というよりも、レオナルドの血の繋がった家族は、どうやら核家族だったらしい。

 祖父母はもちろん、両親に兄弟がいたかどうかも判らないらしく、そのせいで両親が住んでいた家を引き払ってしまえば、それ以上の捜索をすることもできなかったそうだ。


 ……一つ下の妹はもう大人と考えても、八つ下の弟は気にならなかったんですかね?


 生きていれば、十五・六歳の少年だ。

 レオナルドと同じく体格に恵まれた少年であれば、今頃は黒騎士を目指しているかもしれない。

 可能性としては彼が黒騎士を目指していれば、どこかでレオナルドと再会することもあるだろう。


 ……ってことで、レオナルドさんの直接の身内の線は消えたけど?


 エセルバートやクリストフが時折レオナルドの顔を懐かしげに見ることを思えば、他人の空似ということはあるかもしれない。

 レオナルドは王族の知る誰かに似ているのだ。

 そして、その誰かが目撃されて、レオナルドと間違われているのだと思う。


 ……ホントに病死したランヴァルド様だったのかな? お化け改めレオナルドさんのそっくりさん。


 みんなが見間違えるほどに似ているというのなら、一度ぐらい見てみたい気がした。

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