第52話 従兄弟とのお茶会 1
バシリアをお茶会に同行させたい、とミカエラに相談したところ、伯母と従兄弟の面会のためのお茶会だったのだが、少々話が発展してしまった。
子どもが三人も来るのなら、と知人の子どもも交えた小規模のお茶会をしよう、ということになり、身内のお茶会だったはずのものは、止める間もなく規模を広めていく。
繊細な
この機会にバシリアに友人・知人が増えれば、私への関心も弱くなるはずだ。
ついでに、これまで経験した内々のお茶会よりもほんの少しだけ規模が大きなお茶会というのは、私にとっても良い勉強になるだろう。
なによりも、子どもも来る場ということで、少しの失敗なら許される場になったはずだ。
……ハロウィンみたいですね。
お茶会の趣向として、神王祭には少し気が早いのだが仮装をしよう、ということになっている。
私はいつもの猫耳でいいと思っていたのだが、フェリシアからは完成したばかりの
渡された衣装で頭のてっぺんから足の先までを固めるのはさすがに祭り好きがすぎるので、梟を模した上着だけを着ることにする。
神王祭ではモフモフの毛皮で作られたワンピースと、膝丈のかぼちゃパンツで梟の丸い胴体を再現する予定だ。
意外に細く鋭い梟の足は、温かいタイツで表現される、フェリシアこだわりの仮装だった。
……上着としてだけでも、暖かくて可愛いんだよね、これ。
目と
袖に羽を取り付けてあるので、両手を広げると梟の羽が広がって楽しい。
ボタンを外せば袖と羽は離れるので、お茶を飲むといった動作の邪魔にもならない。
鏡越しに後姿を確認してみると、背面まで手を抜かずに梟の背を模した美しい模様が表現されていた。
少しだけ地面につけてしまいそうで不安もあるのだが、尾羽もちゃんと付いている。
……どうしよう、可愛い。
この可愛いは、今生の自分の顔に対してではなく、梟の上着に対しての感想だ。
可愛い仮装を纏っている、という特別感から気分が高揚し、その場で鏡に向かってクルクルと回ってみた。
梟の上着の下は、衣装に合わせて作った服ではないが、今日の装いに合うようカリーサが選んでくれたものだ。
上着との違和感もなく、色合いもぴったりだった。
「……ティナお嬢様、アーロンの支度も整ったようです」
「それは見ものですね」
ジゼルはこのところウルリーカの指導で潜入捜査まがいのことをしている。
そのため、今回のお茶会の護衛はアーロンだけだ。
犬が二匹もいるため、護衛の戦力的には問題がないのだが、身近に張り付いて護衛をする役が今回はアーロンということで、アーロンも獣の仮装を強制されていた。
「……いっそコクまろとお揃いの首輪でもつけますか?」
自室の扉の前に立っていたアーロンの短い黒髪には、てっぺんに犬の耳がついている。
髪の色に合わせて犬耳も尻尾も黒いのだが、そのせいで私の連れている犬と色が同じだ。
これは悪乗りをして首輪をつけてみたい。
そんな気になったとしても、仕方がないだろう。
「首輪はさすがに……」
「ちなみにコクまろの首輪は、レオナルドお兄様の紋章入りです」
コクまろの付けている首輪のチャームには、レオナルドの紋章が入っている。
正確には『レオナルドの紋章』ではなく、レオナルドの預かる騎士団の
これはレオナルドのマントの留め金とお揃いで、私のお財布に付けられたチャームにはグルノール騎士団の象徴であるケルベロスしかいない。
本当に、
「……ティナ、さすがに人間に首輪をつけるのはどうかと思うぞ」
「冗談で提案したら、本人が意外にも食いついてきたので、そのまま採用しました」
私の保護者兼エスコート役として同行してくれたアルフレッドが、私の後に続くアーロンの首輪を見て眉間に皺をつくる。
アルフとお揃いのチャームが付くぞ、と言えばアルフレッドこそこの提案に飛びついてきそうなのだが、他人に対しては意外にも常識的な反応をした。
「コクまろの首輪にはレオナルドお兄様の紋章入りだ、と話したら即決でしたよ」
「ああ……、アーロンはレオナルドに憧れて白銀の騎士になったからな」
「そういえば、そんな話を聞いたことがあったような気がします」
「嘘をつけ。覚えていてわざと言ったのだろう」
まったくもってその通りな指摘を受けたので、小さく舌を出す。
私はアーロンであればレオナルドを引き合いに出せば飛びつくと考えた上で、レオナルドの名前を出していた。
犬耳に赤い首輪をしたアーロンは、意外にもペトロナの受けがよかったようだ。
普段はアーロンが怖いのか遠巻きに見ているのだが、犬耳アーロンには自分から積極的に近づいて行ってかいがいしくお世話をしていた。
……大型犬と、その毛づくろいをする仔猫の絡みのようで、目の保養でした。
そして私のエスコートをしているアルフレッドの仮装は羊だ。
ついでに言うのなら、衣装は執事のお仕着せである。
ただし、お仕着せとは言っても、あくまでお仕着せの『衣装』だ。
王子が身に付けるものとして相応しく、最高品質の布が使われていた。
「ところで、アルフレッド様はわたくしのエスコートばかりしていて良いのですか?」
チラチラと茶会に参加するらしい年頃と判る令嬢の視線がくるのだが、アルフレッドはそれらを涼しい顔で黙殺している。
王子であるアルフレッドへは思慕の視線が、そのエスコートを受ける私へは嫉妬の視線が痛い。
十一歳の子どもになど嫉妬をする必要はないと思うのだが、この国の成人年齢は十五歳だ。
それを考えれば、たしかに私も彼女たちの
「おまえを連れていると、面倒な見合い話を振られることが減るので助かる。それに、おまえだって私の婚約者候補だと誤解させておけば、恋文が減るぞ」
「それは素敵な提案ですね」
この話には乗るしかない、と重ねていた手を握る。
顔も知らない相手からの恋文がなくなるのなら、アルフレッドとの誤解でしかない噂など、大歓迎だ。
大歓迎だ、とは思っていたのだが、王子であるアルフレッドの登場に伯母ソフィヤは萎縮した。
本来は身内だけを集めた小さなお茶会だったはずなのだが、いつの間にか身内どころかご近所の家族連れまで来るような規模の茶会に変わっている。
貴族街にこんなにも子どもがいたのか、と私としては新鮮な気分なのだが、ことの発端であるソフィヤとしては気が気ではないのかもしれない。
アルフレッドに深々と頭を下げて挨拶すると、すぐに別室へと下がってしまった。
「なぜ、今日は猫ではありませんの!?」
ジークヴァルトの館についた途端に
今日は知人ではない人間もいる茶会なので、いつもの調子というわけにはいかなかった。
「……なぜ猫ではありませんの?」
声を抑えて恨みがましい目で見上げてくるバシリアの頭には、髪の色と同じ猫耳が付けられている。
ツンデレなバシリアの性格を考えれば、現在離宮にいる二匹の猫耳
もしくは、純粋に私とのお揃いを狙ったのだろう。
少しだけ申し訳なくなったので、今日はバシリアのエスコートをすることにする。
……そろそろアルフレッド様を解放しないと、お姉様方の視線が痛いしね。
アルフレッドに近づこうと狙っている令嬢たちに聞こえるように、子どもらしくアルフレッドに許可を取る。
バシリアと行動をしてきてもいいか、と。
私を女避けに使っていたアルフレッドは渋面を浮かべたが、これ幸いとばかりに令嬢が割り込み、子どもは子ども同士の方がいいだろう、と訳知り顔でアルフレッドに微笑みかけた。
令嬢はアルフレッドへは綺麗な笑みを浮かべているのだが、私とバシリアには猫の子を追い払うように手を動かしている。
私とバシリアを遠ざけた令嬢が優位を得たのは、一瞬だった。
私たちが離れると、これでもう遠慮は要らないとばかりに、令嬢たちが一斉にアルフレッドへと群がったのだ。
……アルフレッド様、モテモテだね。
女性避けに使われているとは解っていたのだが、私には私の目的があるので、少しだけ場を離れさせてもらう。
アルフレッドの側にいれば細々とした面倒は避けられるが、新しい友人・知人を作るということにはまったく向いていない。
私としては友人・知人を増やす必要はまったく感じていないのだが、バシリアは別だ。
バシリアは私以外にもう二・三人友だちを作った方がいいと思う。
……私の他にも友だちができれば、馬車で尾行してくるようなこともなくなるでしょ。
そんな下心を持って、バシリアと共にお茶会参加者である子どもへと話しかけてみる。
参加者の中で、何人かの大人の顔には見覚えがあった。
フェリシアのお茶会へと呼ばれた時に紹介された、フェリシアの信者たちだ。
……このお茶会って、ミカエラ様の友人・知人とその家族が呼ばれたって話だったけど?
顔ぶれを見る限り、いわゆる有力貴族といった者たちなのだろう。
杖爵が多く、華爵はほとんど姿がない。
身内だけのお茶会から少しだけ大きな規模のお茶会で練習を、と思っていたのだが、考えていたよりも規模の大きなお茶会になっているようだ。
これではたしかに、ソフィヤも気を揉むだろう。
……そして私の前ではツンデレでポンコツ気味なバシリアちゃんが、猫を被るとちゃんと淑女なところが地味にショックだ。
のんびり大人になっていけば良いと思っていたのだが、バシリアはやればできる子だったようだ。
完璧な淑女の仮面をつけて貴族の子息との会話をこなしていた。
これは少しお手本にするべきだとも思う。
「……バシリア様は、コクまろは平気なのですね」
何人かの子どもと自己紹介をし、用意されたセークやリバーシで一緒に遊ぶ。
少し疲れたので休憩を取ろうとテーブルを離れると、バシリアが私についてきた。
黒犬からは距離を取っていたのだが、バシリアは私の足元に寄り添う
犬すべてが怖いわけではなく、黒犬だけが怖いようだ。
「アビソルクの方はおとなしそうな顔をしておりますもの。あちらの犬とは違いますわ」
黒柴はお気に入りのようだったので、仔犬の頃の愛らしい姿についてを語る。
前世ではどちらかというと猫派だったのだが、犬だってもちろん好きだ。
「あら、あそこにも犬を連れている子がいますわ」
「え? どこですか?」
バシリアに促され、お茶会会場へと視線を向ける。
少し会場を眺めると、白い大型犬を連れた男の子の姿を見つけることができた。
歳はニルスと同じぐらいだろうか。私たちよりも少し年上だ。
髪の色は金色で、瞳の色は距離があって判らない。
少年はゲームをしているテーブルに興味があるようなのだが、輪の中に入っていく勇気はないようだ。
遠巻きにテーブルの上を覗き、時折寄り添う白い犬の背を撫でている。
「少し話しかけてきます」
「
なんとなく友だちになれるような気がして、私としては珍しく自分から話しかけてみることにした。
バシリアに断りをいれて離れると、即座にバシリアも私の後へと続く。
バシリアに新しい友だちができれば良いと思っていたのだが、これではまだしばらく時間がかかりそうだ。
「こんにちは」
「え? あ、こんにちは」
バシリアと連れ立って少年に話しかけると、少年は少し驚いたようだった。
紫色の目を丸くして驚いたあと、小さな声で挨拶を返してくれる。
「あなたも犬と一緒なのね。この子も番犬なんですの?」
「この子は番犬というよりも、僕の世話係かな。僕はすぐに体調を崩すのだけど、この子が先に気が付いて助けてくれるんだ」
白い大型犬は、近づいてみれば少年の雰囲気と同じで、実におとなしそうな犬だった。
無警戒に手を伸ばすバシリアに、逃げるでも威嚇をするのでもなく、されるがままに撫でられている。
……うん? すぐに体調を崩す?
話しかけたのは私なのだが、バシリアと少年も馬が合うらしく、犬を話題に談笑を始めた。
私はというと、二人の会話を聞きながら奇妙な予感に背中のあたりがむず痒い。
「優しくてお利口な犬なのね。クリスティーナ様のところの黒犬とは大違い」
「オスカーは、あれはあれで番犬としては優秀ですよ」
黒犬の名誉のために一応のフォローを入れたのだが、黒犬の名前に、少年の方が奇妙な顔をして私へと振り返る。
これはどうやら『当り』らしい。
「……失礼ですが、もしかしてあなたが『クリスティーナ』?」
自信なさげに少年からそう問われ、正直とぼけたい気はしたのだが、正直に答えることにした。
根が馬鹿正直な私は、正直者に弱いのだ。
「そうですよ。もしかしなくとも、あなたはわたくしの従兄弟殿ですか?」
そう聞き返すと、少年は居住まいを正して紳士の礼を取る。
これに釣られて私も淑女の礼で返した。
「はじめまして、クリスティーナ。僕はきみの従兄弟のアリスタルフだ」
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